第31話 月が昇るまでに(2)

 桑江様は姫様を海に落として殺すはずだ、姫様もそれを望んでいる。

 ――相瀬あいせはそう言った。

 でも、そうはならなかった。

 姫様が姿を現したのは、ここの南の甲峰こうみねという村だ。

 あの禁制の浜の南、大岬の南側は切り立った崖の上の山地になっていて、人は住んでいない。

 その険しい山地の向こうに、甲峰村がある。

 その村の名主の家に、あの姫様は

玉藻たまもと申します」

と言って名のって出た。ちょうど真結が急に頭になって、参籠さんろう所でとまどっていた日のことだ。

 姫様の言うには、かなえという乳母を失ってここまで逃れて来、米を盗み、石清水いわしみずを飲んで生きてきたが、その盗んだ米もなくなり、進退がきわまったので名のり出たということだ。

 唐子からこの村から城下に戻る途中の捕縛ほばく役の役人のうち、桑江くわえ慎之進しんのじょうがこの村に向かい、姫様を捕縛した。

 慎之進にとっては、昨晩別れたはずの姫様との再会だったが、どちらもそんなことは漏らさなかったようだ。

 しかし、その日は遅くなったからと、玉藻姫はその日にはお城には突き出されなかった。

 城下に入る手前の役人の役宅に玉藻姫は預けられた。

 そして、翌朝、その役宅の松の木で姫が首をくくって死んでいるのが見つかったという。

 でも、この話には最初から不審があり、それはうそだという噂が流れた。

 もし、その松の木で姫が死んでいたならば、その朝、その役宅は大騒ぎになっていなければならない。しかし、近くに住んでいる人、朝参りで通りかかった人などによれば、その朝も役宅近くはしずまりかえっていた。そんな大ごとが起こっている気配は少しもなかったと言っているというのだ。

 後に真結はこの姫様の首くくりという話がうそだったと知ることになる。

 しかし、そのときは、玉藻姫をめぐる騒動は、おおやけにはそれで決着したことにされた。

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