第27話 別れ(6)

 「最初、探したよ……」

 真結まゆいが心細そうな声で言った。

 「ずっと探して、見つからなかったから、やっぱり相瀬あいせさんはここまで来てないのかなって思った。でもさ」

 真結の声はとつぜん崩れそうになった。

 「ここの後ろまで来たとき、遠くから聞こえて来るみたいな、そんな女の子の声をきいたんだ。気のせいかと思った。でも、それに相瀬さんが答えてた。相瀬さんの声ははっきりわかったよ」

 ああ、だから姫様が何度も注意していたのだ。

 相瀬の声が大きいと。

 「そして、相瀬さん、女の子とずっと話してた」

 たしかに、あんなに長く話したのは昨日が初めてだったな。

 「なんだか楽しそうだった」

 べつに楽しい話ではなかった。

 でも、姫様と話すのが楽しかったのはたしかだ。

 そうだ。

 あの楽しさを真結と分かち合っておけばよかったのだ。

 そうすれば真結だって自分の「仏性ぶっしょう」というのをさとることができただろう。

 いまはどうにもできない。相瀬が「仏性」について話しても真結は信じないだろう。

 ――いい機会だったのだ。

 どうしてそれを逃がしたんだろう?

 「眠れなかった……帰ったところが相瀬さんの家だから、よけいに眠れなかった……眠れないままに朝になって、ともかく名主様のところに昨日の相談に行こうって思った」

 「それもきいた」

 相瀬が口をはさむ。真結は相瀬のことばには答えないで続ける。

 「そこで桑江くわえ様に会った。どうしようか迷ったけど……」

 そうか。

 嵐で浜に損が出たこと、漁師衆の気が立っていること、名主様に相談に行ったら追い返されたこと――それも話したに違いない。

 しかし、それといっしょに、姫様を見つけたということも話したんだ。

 クワエに。

 「それは、そういうめぐり合わせだったんだよ」

 言って、自分が言うとほんと薄っぺらに聞こえるな、と思う。

 姫様が言うとあんなに心に残るのに。

 「だれのせいでもない。いや、だれのせいかっていうと、たぶん、わたしのせいだ」

 相瀬にはそう言うのがせいいっぱいだ。

 真結がゆっくりと首を振る。相瀬がきく。

 「でもさ、相手の女の子って言うのが姫様じゃなかったら、どうするつもりだったわけ?」

 「そのときは、桑江様に正直にまちがいましたって言うつもりだった」

 真結は目を閉じた。

 「ここに入る入りかたを手探りして、見つけて、お姫様に会った。お姫様は自分で言ったよ、自分が追われている姫様だって。それきいて、わたし、見逃そうと思ったんだ。だって、あんなにかわいくて、すなおなお姫様なんだもの」

 相瀬は黙っている。

 その先、どう続くか、見当はついた。

 「でも……お姫様がさ、きっぱり、言うんだもん――連れて行ってくださいって。とうに覚悟はできていました、って。そうするとさ、連れて行かないのも何か悪いことみたいに思って来てさ……どうして見逃さなかったんだろう? だって、相瀬さんのだいじなお友だちだったんでしょ?」

 もう真結は涙声だ。

 相瀬は、崩れてくる真結を抱き止めようと、膝を起こした。

 でも、その前に一つ、言う。

 「真結とも友だちになりたがってた」

 ふうっと息をつく。相瀬も目を閉じる。

 「わたしがいけなかったんだ、姫様と真結を会わせないようにしようとしたから」

 崩れてきた真結の肩を支えてやる。

 真結はまだ体を寄せてきた。それを軽く止めて、きく。

 「ね、真結、ここに入るとき、合図、送った?」

 「合図?」

 真結はぱちっと目を見開いて相瀬の顔を見た。

 こういうときの真結の顔はかわいい。

 忘れないようにしよう、と相瀬は思い、しばらく答えなかった。

 「……そう。合図。わたしがいま入るときに送ったでしょ、最初に二度、壁を叩いて、それから三度叩くの。それがわたしがここに入るって合図だった」

 真結は目をぱちぱちさせた。

 「いいや……」

 「じゃあさ、姫様はやっぱり真結に会いたかったんだよ。そして、姫様は真結に会った。それでいいじゃない?」

 真結は、さっきのきょとんとした顔から、また泣き顔に戻った。

 立場が逆で、いまそう言われたのが相瀬だったら、ここでもうひと押しする。

 ――来たのが相瀬さんじゃないとわかったって、ここにはほかに逃げ場なんかないじゃない、と。

 そうしたら、真結に下の石の隠れ家について教えようと思っていた。

 姫様があの合図に注意していたかどうかは知らない。嵐の最中に来たときには、合図が聞こえないと言って下の岩屋に隠れようとしていた。

 でも、嵐が去ってからは、居眠りしていて――。

 聞いていなかっただろうと思う。

 でも、ともかく、逃げるつもりならば、いまの相瀬の足もとにあるその隠れ場所に隠れられたのだ。そうすれば真結はだれも見つけられず、得心のいかないまま帰るしかなかった。

 わかっていて、逃げなかった。

 しかも、たぶん、としか言いようがないけれど、それは――。

 ――来たのが真結だと思ったから。

 真結は崩れた。泣き声を立て、そして――。

 相瀬の体へと倒れこんできた。

 いままで相瀬がその手で真結の肩を押して、倒れこまないように支えていたのだ。

 真結がその手をすり抜けようとしたので放してやる。

 真結は自分の胸を相瀬の胸に合わせてきた。

 耳もとですすり泣きの声がする。

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