第24話 別れ(3)

 相瀬あいせは一つ息をついた。

 「真結まゆい

 声をかける。

 真結はまたびくんとなって喉を硬くした。

 相瀬は体の力を抜いて、ふっと息をつき、真結に笑顔を見せる。

 部屋は少しずつ明るくなっている。目が慣れたせいもあるだろうけれど、外がそれだけ明るくなっているのだ。

 「明日、やることの説明をするね」

 真結は、目を見開いて相瀬の顔を見る。

 瞬きする。

 「なんで?」

 「だって、明日だもん」

 相瀬はあたりまえのことのように言った。

 あたりまえのことなのだけれど。

 「いま説明しないと、説明できないじゃない? 真結がお祭りに来たら、その前にでも話そうと思ってたけどさ」

 「ああ……」

 真結が声をかすれさせる。

 相瀬がはっきりとことばを切って、言う。

 「いい? 明日の仕事は、頭が一人でやる。次の頭はかかわらない」

 「でも、じゃあ、どうしていま……」

 「まず、やっぱりほかの人に知られてはいけないから。参籠さんろうが終わってから話すことにすると、ほかにだれもきいてないところで話すってなかなかできないでしょ? わたしの家はあんなのだし」

 周りが開け放しの、しかも一間しかない小さなあの家で、ほかのだれに聞かれてもいけない話をするのは難しい。

 そういえば、あの家には、けっきょく戻らなかった。

 あの家はあのまま朽ち果てて崩れてしまうんだろうな。

 まあいい。

 あの家にある仏様やご先祖様のものは、大小母おおおば様かお寺の住持じゅうじ様がきっちり守ってくださるだろう。そのほかは漁具が少しあるだけで、ほとんど何もない。

 漁具は娘組のだれかが使うだろうし……。

 相瀬は続ける。

 「真結のお家で話そうにも、お家にはご両親もいらっしゃるでしょう?」

 「ああ、うん」

 真結の受け答えが普通に戻ってくる。

 「それとさ、わたしができないってことになったときには、真結がやらないといけないんだよ。ま、そんなことはあんまりないかも知れないけれどさ」

 でも、あるかも知れない。

 「そのときのために、いま伝えておかないといけないんだ。いい?」

 「……うん」

 真結は納得したのかしていないのか。ともかく相瀬の話をきくことにはしたようだ。

 「よくきいてね。ちゃんと覚えるんだよ」

 「うん」

 そこで、相瀬は、その、明日の夜にしなければならないことを真結に話した。

 段取りよく話せたと思う。

 それはそうだ。

 去年もやった。去年は、美絹みきぬさんに急にやり方を聞いて、なんとかこなした。「見よう見まね」でもできないので、覚えていないところは自分で見当をつけた。

 けれども、今年は違う。

 この段取りでここをこうして、次の段取りはどうやって――というのを詳しく何度も何度も考えて、それでいいかどうか確かめて、覚えた。

 失敗できなかったから。

 その段取りを、姫様を連れ出すということをはずして、一つひとつ伝えていけばいいだけだ。

 真結は熱心に聴いてくれた。

 話しながら、相瀬は、このあとどうしようかを考えていた。

 決めたのは、真結を決して叱らない、ということだった。

 それだけ守れば、なんとかなるだろう。

 それに、あまりゆっくりもしていられないのだ。

 真結に段取りを言い終わり、真結に自分でその段取りを言わせ、もう一度言わせて、相瀬は大きく頷いて、立ち上がった。

 天井板をはずしたところに手をかける。

 「じゃ、わたしはこれで」

 真結は小さく頷いた。

 でも、相瀬が天井裏に入ろうと勢いをつけようとしたとき、真結は

「相瀬さん!」

と大きい声で呼びかけた。

 声が大きいと思う。

 でも、いまはべつに声が大きくてもかまわないのだ。

 「うん?」

 だから、背と頭をかがめて立ったまま、相瀬は答える。

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