第23話 別れ(2)
でも、何も言えないようだった。
相瀬は大きく息をついてから、言った。
感じかたの細かい真結をおどかさないように、小さめの声で。
「もう、体の具合はよくなった?」
「……」
真結は小さく頷く。
相瀬からは目を離せない。
月はまだ昇ったばかりだ。その月の光の照り返しを壁の隙間から採り入れているこの部屋は薄暗い。
相瀬は床に目を向けて、言う。
「じゃあさ、なんで月待ちに来なかったの?」
真結の顔を見る。
姫様のときと違って、座っているのが斜め前なので、左斜めに顔を向けると真結の顔を見ることになる。
真結は、喉をひくっと動かし、何も言えず、また同じようにして何も言えず、それでも相瀬が自分の顔を見ているのがわかると、相瀬の顔を見て、小さい声で言った。
「お姫様を、送り届けに行ってた……」
「送り届けに」か。
「で、どこに送り届けたの?」
軽く、きいてみる。
「海……」
海に連れて行って
それは一つのやり方だと思う。けれども、真結はそんなことはしないだろう。
いますぐこの話をしたくはないが、でも先に確かめておかなければいけない。
下手をすると村全体を巻きこむ。
「海で、どうしたの?」
「
真結は、少しずつ滑らかにしゃべるようになってきている。
……やっぱりクワエか……。
「桑江様は、お城にキュージュツ金のお願いに行ってたんじゃないの?」
よくキュージュツ金などということばを覚えていたと思う。覚えていてもだれも褒めてくれないけれど。
「行ったよ。そして、お城に行ったあと、どこかの村に回って、この沖まで舟に乗ってきてくださるっていう約束で」
「ほかのお役人といっしょに?」
「いいえ、一人で」
ああ、あいつが舟を漕げるというのを軽く見ていたな、と思う。
嵐で舟を出さなかったので、漕げるといっても一町も漕げば音を上げる程度だと思っていた。
どこの村からか知らないが、浦から浦へと岸辺づたいに行くぐらいには漕げたのだな。
そう言えば、村でも鍛錬を欠かさないぐらいクワエは熱心だった。その熱心さで舟を漕ぐのを覚えたならば、それぐらいはできてふしぎではない。
「で、真結はさ」
ことばを切る。真結が上目づかいで相瀬を見る。
「お姫様をどうやって桑江様の舟のところまで連れて行ったわけ? 桑江様をここに呼んだの?」
真結は黙って首を横に振る。黒い長い髪がその首の動きといっしょに動く。
「舟で沖まで連れて行った」
「舟って、娘組の?」
「うん……」
真結はやっぱり考えることがまともだ。
相瀬なんか、お姫様を板きれにつかまらせて泳いで引っぱって行こうとしたのだ。
もうその苦労をしなければならない心配はなくなったけれど。
「それで、桑江様には、姫様は
また首を横に振る。
「わたしが連れて行くから、どこにいたかはきかないでほしいって言ったら、村には絶対に迷惑はかけない、村に関わりがあることにはけっしてしないっておっしゃって」
そんな口約束なんか信じられるわけがない。
――と相瀬は思うだろう。
それがクワエシンノジョーでなければ。
でも、あのクワエならば、そこは信じていいと思う。
それに、きっと、うまくやってくれるだろう……。
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