第22話 別れ(1)

 月待ちが終わってもお社の境内に残っている者は神職に追い出され、家に帰される。もう正体を失うまでに眠り込んでいる者は、親類縁者や近くの住人に預けられ、担いで行かれる。

 村人はみんな家に戻り、家の外に人の姿は見られなくなる。

 相瀬あいせ参籠さんろう所に戻った。

 今日は月が照っているが、しかたがない。

 それに、ヨシイやキタムラが明日からお城で仕事をするように言われているということは、今晩はもう領内では姫様探しは行われていないのだ。そして、明日の夜、こうやって月が照らしているときには、姫様はもういない。

 ――「人」の世には。

 昨日に続いて、月の明かりが低い空から照らす林のなかを、できるだけ音を立てないように抜ける。浜辺に近いところの草は、起き上がりかけているものもあるが、ほとんどがまだ倒れたままだ。

 入り口の壁を、二度、少し開けて三度叩いて、合図をし、壁のすべり戸を開ける。

 すべり戸がいつもより軽く開いたように感じたときには、昨日、夜明けが近いことを気にして慌てて出て、きちんと閉めなかったからだろうかと思った。

 異変に気づいたのは、最初の部屋から天井裏に上がるところでだった。

 いつもならば、少しすべらせただけで天井板が上がる。

 それが引っかかった。小さく、がたっ、と音がしてから天井板が上がった。

 一つならば偶然だろう。二つでも偶然かも知れない。でも、二つの入り口の二つとも、少しだけだけれどもいつもと様子が違うということは、相瀬以外のだれかが閉めたことを考えないといけない。

 先に別院の周りを調べておいたほうがよかった。

 どうしようかと考える。このまま進むか、それともここから戻るか。

 しばらく考えただけで、天井裏へ上がる。

 外にはだれも待ち伏せしている気配はない。もし、相瀬が中に入ったところに押し寄せるつもりなら、そろそろ外に動きがあってよさそうだが、その気配もない。

 だれかがいるとしても、中に、それも少人数だ。あの部屋にはそんなに大人数は入らない。

 もう望みは捨てていた。

 天井裏の天井板もやっぱり相瀬の閉めかたとは違う閉めかただった。ほんのわずかだけれど、開けやすさが違う。

 よけいなことは考えずに、天井板を動かして見る。

 中には、長い黒髪の女の子がいた。白い着物を着て、茣蓙ござの上に座っている。

 姫様にそっくりだ。

 でも、どんなに仲間内で身分が高くても、お城育ちの姫様とはやはり居ずまいが違っている。

 そうか。

 こういうことか。

 相瀬はほっと息をついた。

 見ただけでだいたいの事情はわかった。

 決心もついた。これからどうするかということについての。

 そんな決心が、こんな一瞬でつけられるとは思わなかった。

 中にいる女は相瀬が入ってきたのに気づいても顔を上げない。

 中にいるのが姫様だったときよりも乱暴に、どん、と床に足を下ろす。

 相瀬は、姫様が相手でもそんなに気を使っていなかったつもりだが、それでも、やっぱりいろいろと相応に気を使っていたんだな、ということに気づく。

 天井板は閉めなかった。

 相手が姫様のときは、向かい側にきちんと座っていたのだけれど、その気づかいもいらないだろう。

 壁に背をもたせかけ、床に足を投げ出して座る。さっきまで足を投げ出して座ることができず、疲れていたのだ。

 そして、天井から入ってきた自分に向かって、笑っているような、でも泣き出しそうな、しかしやはり何か自分をあざ笑っているような顔をしている少女に向かって、相瀬は声をかけた。

 「真結まゆい

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