第21話 二十三夜(10)

 月待ちの場所に着く。

 神主様と相瀬あいせが前に並び、その後ろに名主様をまん中にしてついてきた人たちが並ぶ。

 遠い東の海を見ると、これから月が昇ってくるあたりの空はもう白く明るくなっている。

 その下の海が細くちらちらと白く輝いている。

 ここに着いたときにはまだみんなざわついていた。それが、その海の輝くところがこちらに近づき、広がってくるのに合わせて、しずまっていく。

 月の下で騒ぐ波が、月の出が近いことを教えてくれる。

 相瀬は肩の力を抜いて東の海を見ている。

 こうやって村の人たちといっしょに海から昇る月を見ているのが、なかなかあることのない、ありがたいことだと思う。

 いま、月の照らすところは、東の海の遠いところから、陸地に近づいてきている。

 神様の領知するところから、人の領知するところへと、少しずつ、でも止まることなく。

 神様は、人の世も、神の世と同じように月に照らされてもいいのだと決めてくださった。この海を見るとそうなのだと信じることができる。

 この神様の領知する世の向こう、いま月に照らされている海の向こうのどこかに、「鬼」たちの国がある。

 次の夜には、あのお姫様はその国へ行くのだ。

 ――姫様と、一度、こうやっていっしょに月待ちをしてみたかった……。

 姫様と自分はどんな話をしただろう? 姫様は何を話してくれただろう?

 海の果てに、ひと筋の光が横に広がる。

 月の空に騒いでいた波の明かりよりもずっと明るい。

 後ろでだれかが声を立て、ざわめきが広がる。

 そのひと筋のなかから、二十三夜の月が昇って来た。

 上側が欠けた半月だ。

 これまでの空の明かり、波のざわめきの色から、明るい清らかな月を思っていると、それは、思ったよりも濁った、眠そうな色に見える。暗い仄かな色の月が海からせり上がってくる。

 でも、月は、その半月が昇ってくるわずかのあいだに、その上側から明るさを増していた。

 後ろでまただれかが声を立てる。隣の神主様がふっと力を抜き、相瀬を見た。

 相瀬も黙って頷く。

 相瀬と神主様が、いっしょに、月に向かって頭を下げた。

 後ろでは、かしわ手を打つ人もおり、また小さい声でお経を唱えている人もいる。

 二十三夜様の月を迎えれば、願い事が叶うという。

 でも、相瀬は願い事を考えて月待ちをしたことがない。小さいころは願い事を考えていても月を待っているうちに寝てしまっていたし、海女たちといっしょに月待ちをするようになってからは、おしゃべりしているあいだに願い事を考えるのを忘れてしまう。

 そして、いまは、願い事を一つ決めるのがなぜか億劫おっくうになっている。それは願いたいことがありすぎるからか、それとも、願い事なんかしても叶わないに決まっているとあきらめてしまったからかは、わからない。

 顔を上げると、海から離れ、海の上に上がった月は、さっきよりもさらに明るさを増して、人のいる地上を照らし始めていた。

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