第20話 二十三夜(9)
二十三夜の月待ちは、つまり月が昇るのを起きたまま待つ行事で――。
昇った月を拝むことで月待ちは終わる。
参集した人たちはその太鼓の音で静まりかえる――ことになっているけれど、静まりかえらない人もいる。
相瀬が声を張り上げた。
「みなさんっ!」
そのみなさんが、びくっとなって、拝殿の前を見上げる。
相瀬の声の効き目は太鼓以上かも知れない。
最初は笑っているのは
そういうことをやるんじゃない!
相瀬は続けて言う。
「あと少しで月が昇ります!」
こちらの一言のほうが効きめはあった。こんどはみんな黙った。
それはまあ、海女の娘組の頭より、お月さまのほうが偉いよなぁ……。
「月待ちの場所に向かいましょう」
その相瀬の声をきいてみんなまたざわつき始める。荷物をまとめ始めているのだ。
月待ちは、古い時代にはいま相瀬が
でも、このお社では木立ちがじゃまになって月が拝めない。相瀬が娘組の海女としてお祭りに加わるようになってからは、ずっと、浜の道が村にさしかかるいちばん高いところで月待ちをするようになった。
前に、相瀬があのクワエと話しに行ったあと、自分の家に帰る真結と出会った場所の近くだ。浅葱の家はその場所のすぐ横にある。
ここだと、場所が高くて東の空がよく見えるうえに、浜の村と陸の村のちょうどまんなかで、月が昇ってから浜の人たちと陸の人たちの家に帰るまでに歩く遠さがだいたい同じくらいになるからだろう。
拝殿を下りるときに供え物のお下がりをもらって行く。豆のだんごやそれを焼いた菓子が多い。型くずれしにくそうな焼き菓子を紙に巻いて懐に入れる。もし姫様が起きていればいっしょに食べるし、眠っていればそっと置いてくるつもりだ。
去年は月待ちの場所に出発するまでがとても長く感じた。今年はそうでもない。ずっと座りどおしで疲れたけれど、でも、ふだん話している人とも、ふだんはめったに話をしない人ともいろいろ話ができて楽しかった。
こういうのを「慣れた」というんだな、と思う。
みんなが――起きているみんなが――支度を終わると、神主様を先頭に、次に相瀬が従い、その次に名主様が続き、その後ろに村の人たちが従うという順番で月待ちの場所に向かう。
相瀬が名主様より前というのが歩き心地がよくないが、役目なので、神主様に従って、歩調を合わせておとなしく歩く。身分からいうと小百姓の海女の娘組の頭が二番めにつくからかどうか知らないが、後ろを続いてくる人たちも身支度のできた順番で、とくに身分の順には並ばない。お正月のお参りなどは身分の順番がうるさくて堅苦しいが、そういう決まり事がないのがいいと相瀬は思う。
思うが――。
身分はどうあれ、後ろのほうにいるらしい海女の娘組があいかわらずうるさい。とくに浅葱の高い声はよく響く。
身分の順ではいちばん先に立てなければいけないはずのお城の役人のヨシイとキタムラも、ほかの人たちに交じって歩いてくる。こいつらはお役目中あまり外には出ていないはずなので、村人の知り合いは少ないと思っていたが、いまはほかのお百姓さんといっしょにときどき話を交わしながら歩いている。
たぶん、月待ちのあいだに仲よくなったのだろう。
もっと前ならば、姫様のためにはこういうのは困ったことだと思っただろうが、いまは違う。
姫様は、クワエやヨシイやキタムラや同じくらいの年ごろの役人たちが領内を治めるようになれば岡平領はずいぶんよくなるはずだと言った。
そして、実際にこの者たちと話していると、やっぱりそう思う。サガラサンシューの手下でも、名主様に頭を下げさせて喜んでいるような連中とはたしかにぜんぜん違う。こういう連中が村の人がどんなふうに暮らしているか知っておいてくれるのはいいことには違いないだろう。
ヨシイとキタムラは怠け癖がありそうだが、お城に戻ってもやっぱり怠けているとは限らないと、いまは思い直している。でも、思い直したらまた騙されそうで、どう考えればいいかわからない。
そんなことで悩んでもばからしい。お城の仕事がどんな仕事かなんて相瀬には考えることすらできないのだから。
それより、漁師の若者組は、
でも、この連中にはかなえたい願い事というのはべつにないのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます