第18話 二十三夜(7)

 「ねえ」

と言ったのは浅葱あさぎで、かや麻実あさみが頷く。萱が

真結まゆいって、わたしたちにはもったいないくらいの、すごくできのいい頭だよねぇ」

と言うと、今度は浅葱が

「そうそう」

と頷く。

 そういうことを言うと、頭の相瀬あいせの立場がなくなる――というのがわかっているのだろうか、この娘どもは!

 ――そうは思うのだけれど、相瀬は自分が褒められるより真結についてこんなふうに言ってもらえるのが嬉しい。しかも、相瀬が真結を褒めるように話を持って行ったわけでもなんでもないのに。

 この前まで、真結は、このみんなに何となく遠ざけられていたように思っていた。

 いや、実際に遠ざけていたのだと思う。みんなから離れて一人でいて、いちばん下の浅葱や麻実ほども潜らない、獲物も申しわけ程度というのでは、みんな真結とどうつきあっていいかわからなかっただろう。

 相瀬だって、最初に真結を海に引っぱりこんで強引に連れ回したにしては、海女になってからの真結に親切だったとは言えない。

 あのクワエに頼まれて漁をして見せたときだって、ふさや萱は真結のやり方に納得していなかった。それについて美絹に話しに行くことまでした。

 嵐の日のできごと――漁師の若者組が船を出すのを身を張って止めようとし、それができなかったら名主様のところに行って話し合いをし、その若者組の船が難船しそうになると娘組で舟を出すと決め、恒七つねしちが流されたのに気づくと海に飛びこんだ。

 それで、この娘どもは、海女としての身を真結に預けるつもりになったのだ。

 よかった――と思う。

 「ねえ、みんなさ」

 相瀬は四人の娘組の海女たちに声をかけた。

 その声が酔っ払った浅葱より大きかったのがきいたのか、四人は、しんとして居ずまいをただし、相瀬の顔を見た。

 ふだんならばこうやってみんなに見られると恥ずかしくて避けてしまうのだが。

 「真結がすごくいい頭だっていうのはわかる。だから、みんなは真結を頼りにしていい。真結は何でもよく考えるし、人にはなかなか見せないけれど海女としてすごく才がある」

 言って、唇を閉じて、四人を見回す。

 みんな相瀬をじっと見ている。

 ――ここで、でもね、頭はこのわたしなんだよ、と強く言ったら、この子たちはどうするだろう。

 いや、大笑いする。

 大笑いして、それだけだな……。

 やめておこう。

 相瀬は続ける。

 「でも、真結もみんなを頼りにしてると思うんだ。だから、真結が何かきいてきたときには、ちゃんと自分の考えてることを言って――へんに気を使ったりしないでさ。それと、みんなも真結に頼られてだいじょうぶなだけの、立派な海女になってほしい。これ、お願い」

 そう言って、軽く頭を下げる。

 娘の海女たち四人は互いに顔を見合わせた。

 最初に萱が抜け、浅葱が抜け、房と麻実でちらちらと相手を見合ったあと、房が答えた。

 「はい」

と、短く。

 そこに美絹みきぬがやって来た。自分たちより上の海女が来たと見て、娘どもは場所を譲る。

 こういうときも浅葱が率先している。相瀬は、真結が娘組の頭になって、次の頭を選ぶとすれば浅葱か、と思いながら、その姿を見送った。

 美絹はさすがにきちんと敷物を持ってきて、その上に座る。

 相瀬が声をかける前に、美絹が言った。

 「相瀬ちゃん、いまのあいさつ、まるで相瀬ちゃんが頭をやめるみたいだったよね」

 詰るような、心配そうな言いかただった。

 そうは言うけれど――と相瀬は思う。

 あの子たちが、相瀬がいまの頭だということをすっかり忘れているような話のしかたをしたからじゃないか!

 ほんとうにひどい。でも、美絹には

「まあ、真結があの子たちにああいうふうに言われると、やっぱり嬉しいですから」

と答える。美絹は、うん、とまぶたを閉じて頷いた。

 「でもね、相瀬ちゃん」

 ふんわりと美絹が言う。

 「真結ちゃんがいちばん頼りにしてるのは、相瀬ちゃんだよ」

 「えーっ?」

 思い当たるところと、当たらないところが、半々ぐらいだ。真結の何がどちらにあてはまるのかと言われると、よく答えられないけれど。

 「将来はどうか知らないけれど、いまは相瀬ちゃんあっての真結ちゃんだからね」

 「あ、いや、なんて言うか、それはわかってます!」

 相瀬は言いつくろう。

 「だから、いま、みんなにあんなお願いをしたわけで……だから」

 うまく言えない。

 「だったらいいけど」

 得意そうに言って、美絹は目を細めて笑ってくれた。

 今度は相瀬がきく。

 「ところで、今日は、さだのやつは?」

 「ああ」

 美絹はきれいな声で言う。

 「家に貞のお父さんがいるし、仕事ならともかく、二人でお祭りで家を空けるっていうのは、やっぱりあんまりよくないしね」

と言ってから、ふふっと笑った。

 「でも、漁師の若者組の子たちと顔合わせるのがいやだったんでしょ?」

 「なんで?」

 貞吉さだきちのほうが避ける理由なんてないはずだ。

 「そういう人なの。わかるでしょ、相瀬ちゃんなら?」

 「ええ、まぁ……」

 これも、半分はわかりそうで、半分わからない。

 喧嘩けんかになりそうだからか、謝られたりありがたがられたりするのがいやだからか。

 祭りの最初のほうから騒いでいた騒いでいた林助りんすけたちは、もう酔っ払ってほとんど眠ってしまっている。たぶん月待ちは迎えられないだろう。

 こんな連中が貞吉に会ったところで、貞吉に謝るとは思えない。

 ならば、やっぱり、せっかくの祭なのに喧嘩するのがいやだったからだろう。相瀬がずっと拝殿に座っていなければならないのに、その見ている前で喧嘩するのも悪いと考えたのかも知れない。

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