第17話 二十三夜(6)

 そう言えば、真結まゆいの姿が見えないと思っていると、そこにやっと娘の海女どもが来た。

 みんな酒が入っている。いまの海女の娘組で酒が飲めないのは相瀬あいせだけで、強さには差があるけれど、ともかくみんな飲める。

 とくに、弱いくせにあとさき考えずに飲むのが浅葱あさぎで――。

 そのくせ、そういうときにはみんなのまとめ役としてけっこう役に立つ。

 「あいせさ~ん」と口々にだらだらといいながら、小走りに来たり、どたどたとみっともなく歩いてきたりして、敷物もないまま、四人の娘の海女は相瀬のまわりに腰を下ろす。

 「あれ、真結は?」

 はじめて真結がいないことに気づいたように、相瀬はきく。

 「ああ、家で寝てます!」

 浅葱が言う。

 酒が入っていなければ、歳下の浅葱はふさかやに譲るだろうに。

 萱はあまり顔色が変わらないが、房はもうまっ赤な顔で、その浅葱のしゃべるのを目を細めて見ている。もっとも、この子はもともと目が細いのだけれど。

 「寝てる、って?」

 「だから疲れたんでしょう、昨日?」

 浅葱が大きい声で大げさに言う。きいていた麻実あさみ

「いや、あのあと」

と説明を始めた。

 「相瀬さんが上に戻って」

 「上」というのは岬の参籠さんろう所のことだろう。

 「真結さんが相瀬さんに言われたとおりいろんなことの手配りして、それで貞吉さだきちさんとかともいろいろ話して、それでわたしたちが浜で火を囲んでいろんなことをしゃべってたんだけど、先に寝るって言って相瀬さんのお家に引き上げたんですよ」

 「けっきょく、わたしたち朝まで浜でしゃべってたもんねぇ」

 房が言う。ふだんはこんな割って入りかたはしない子なのに、やっぱり酒が入ってるからだろう。

 朝までおしゃべりしていられるなんていい身分だ――と言いたいところだけど、その同じころ、相瀬もしゃべっていた。

 姫様と。

 「月が出て来たとき、きれいだったよね」

 萱が後ろから言うと、

「ねーっ!」

と浅葱が大きい声で繰り返す。

 「だって、月が出たときって、もう雨も風もやんでたでしょ? 早く寝なさいよもぅ」

 相瀬がたしなめる。浅葱が得意そうに笑った。

 「でも、相瀬さんもそれ知ってるってことは、起きてたんじゃない?」

 ああ、まずいことを言ったと思う。

 「それはさぁ」

 強気で通すことにする。

 「寝たんだよ。ところがさあ、雨戸が一枚吹っ飛んじゃっててさ、月が明るくて起きちゃったんだ」

 うそではない。

 「ああ」

 萱が言う。

 「雨戸って役に立たないよね、あんな風になると」

 「うちなんか、障子しょうじ、ぜんぶ破れちゃいましたよ」

 浅葱が言う。浅葱の家は、名主様のお屋敷ほどでなくても、けっこう広いはずだ。

 「おかげで朝から親に起こされて、障子貼れとか、風で飛んできたもの片づけろとか」

 それで、しばらく、それぞれの家がどんな目にったかという話になる。

 相瀬は話がれて行ったのでとりあえずほっとする。そういえば、真結が手配りして雨戸を入れてもらった相瀬の家がどうなったか、あれから見に行っていない。

 話が一段落したところで、

「で、真結はどうしたわけ?」

ときく。

 「あ、そうそう」

と身を乗り出したのはやっぱり浅葱だ。

 「真結さんも疲れたんだな、真結さん、まじめだから早く寝に帰ったんだな、って思ってたんですよ。そしたら、寝てなかったみたいで」

 「それも、ふまじめだからじゃなくて、もっとまじめだったからですね」

 麻実もにこにこ笑いながら言う。

 「そう!」

と浅葱が、

「なんか、しばらく漁師組と海女組がどれだけ損をしたかをずっと考えて、それをどうすればいいか、考えて、ずっとそれ考えて、寝られなかったみたいなんですよ!」

と、自分のやったことを自慢するように言う。

 真結らしい――と思う。

 損をしたといえば、真結が損をしたのだ。恒七つねしちを助けるためにもう少しで自分の命を投げ出すところだったのだから。

 きっと、真結のことだから、自分は勘定に入れず、漁師組の船は、網は、船に積んでいたいろんなものは、なんて、いろいろたずねて、見聞きしてわかろうとしたのだ。

 「それでですね!」

 目を輝かせ、もったいぶった前置きといっしょに、浅葱が言う。

 「わたしたちが、日の出まで待てないで、空が明るくなって寝に帰って、そしたら、そのあと、真結さんが名主様のお屋敷に行って、漁師組がどれだけの損を出したから、それをどうにかしてください、とか話したらしいんです! ね? すごいでしょう!」

 いや、すごいのは真結であって、浅葱ではない。

 それに、そんな言いかたをされると、なんとはなく相瀬がとてもすごくないように聞こえてしまうのだけれど。

 「それで、家で寝てる、って?」

 「あ、いや……」

 浅葱がことばを濁す。

 「それが、やっぱり名主様のお屋敷で何かあったらしくて」

 萱が言う。

 「うん、それはさっき名主さんからきいた」

と相瀬が口をはさんだ。萱は、うん、と頷くと、

「それで浜にさ――お祭りの支度の手伝いとかのためにね――戻ろうとしたらしいんだけど、やっぱりいろいろあって厳しかったみたいで、お家に帰ってね。お祭りが始まる前に、寝間着に何か羽織はおったみたいな着物でわざわざ浅葱のとこに来て」

 「うん、そうそう!」

 浅葱が言う。

 「今晩のお祭りは、体がきついから、出られないから、みんなにちゃんと伝えて、って。そういうとこ、真結さんってきっちりしてるよねぇ」

 だから、そういう言いかたをすると、相瀬がいかにもきっちりしていないように聞こえるのだけれど。

 ――事実、そうなのだけど。

 浅葱の家に行ったのは、真結の家からは浅葱の家がいちばん近かったからだろう。浅葱の家は浜の屋敷町寄りのいちばん高いところにある。この一家が村に来たのはわりと最近で、浜からはいちばん遠いところにしか家を建てられなかったからだが、それにしても家が大きいのは、やっぱりお金持ちなのだ。

 「それで、そのとき、真結の様子ってどうだった?」

 相瀬がきく。

 「いや、やっぱりきつそうでした」

 浅葱はまじめに言った。酔って舞い上がっているばかりでないところが、この子のできのいいところだ。

 「顔色もあんまりよくなかったし」

 「まあ、しようがないよ」

 房が言った。

 「昨日は、あの子、すごくがんばったんだもん。今日と明日で十分に休んでもらわないとさ」

 房までそうやって自分を差し置いて真結を褒める。

 房だってがんばったのだ。二艘分の漁師の男でいっぱいになり、その重さだけで沈みそうな船を、入り江のなかとはいえあの荒れた海で、貞吉が筒島の沖まで行って帰ってくるまで操りつづけたのだから。

 房だって、今日は一日寝ていてもよかったのだ。

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