第16話 二十三夜(5)

 ――それから、何人も、また何組もの人たちが相瀬あいせと話しに来た。

 もと海女の娘組で商人の徳三郎とくさぶろうの妻になったこうは、徳三郎と、恒七つねしちと、隆左りゅうざといっしょに、それに、そのうちのだれの子かわからないというきょうという小さい子にも祭りらしい着物を着せて肩に抱いて、あいさつに来た。

 いつも相瀬を下に見たような言いかたしかしなかった香が、とても母親らしい優しい立ち居振る舞いと話しかたで、相瀬に昨日のお礼を言った。

 女の人ってこんなふうになれるんだ、と思う。

 この香の変わりようといい、ヨシイやキタムラがか弱くて虫も殺せないと思っているらしい姫様がほんとうは親を殺すことまで考えたと言っていることといい、女の人って見かけによらないよね、と他人ごとのように思う。

 そして、いつも見かけどおりりなのは自分ぐらいだろうと相瀬は思った。

 漁師組の頭も来て、漁師の若者組や佃屋つくだやの愚痴をしゃべって行った。

 いや、このひとがしっかりしていれば、昨日の大事はなかったのだと思うけれど、歳上なのでおとなしくお話をうかがっておく。

 そういえば、漁師の若者組の頭で、昨日は情けない姿を見せていた林助りんすけは、酒を飲んでその若者組の者たちと大声で話をしていたけれど、相瀬のところには来ない。こいつのせいで、相瀬は真結まゆいを失うかも知れないところだったのに。

 昨日は、まだ明るいうちに筒島沖まで帰ってきながら、村の岬と筒島とのあいだに船を入れようとするたびに横波を食ってひっくり返りそうになり、同じことを何十回と繰り返して、ついに精根せいこん尽きたそうだ。

 悪くは言えないけれど、褒められた話でもないと思う。

 この林助を頭にしているようでは、漁師の若者組はそのうち大きいしくじりをやるにちがいないと思ったけれど、ほかの組のことなのでどうでもいいと思うことにする。二年前ならば、そんなことは考えずに、自分から喧嘩けんかを売りに行っただろうけれど。

 そのころまではあの連中とも平気で派手に喧嘩することができた。そのかわり、延々とくだらないおしゃべりをしていることもあった。

 「頭」というものになって、そういうことができなくなった。

 それもきゅうくつだと思うけれど、しかたがない。

 名主様もあいさつに来た。

 畑が流された話もきいた。さっきは作付けし直せば豊年と言ったけれど、ほんとうはかなり厳しいようだ。その畑を作っている大人たちが朝から寄り合いをしているところに真結が乗りこんできたこと、その真結を追い返したこと、そうすると、クワエという侍が、自分が「救恤きゅうじゅつ金」――災難に遭った人をあわれみ救うためのお金なのだそうだ――をなんとかするとお城に掛け合いに行ったことなど、さっき役人どもにきいたとおりらしい。真結を追い返したのも、相瀬の考えていたとおり、身内がじかに訴えに来たのを親身に聞いているところを、畑を作っている者たちに見せたくなかったからだという。

 畑を作っている人たちと漁師や海女とは、もちろん仲よくしているけれど、根のところで互いに反目がある。畑を作っている人たちは百姓のなかでは漁師や海女より身分が高い。でも、城下の商人たちは、そのほとんどが畑の作物ではなく、浜で獲れた海のものを買いに来るのだから、漁師や海女の仕事のほうが目立っている。お社が浜のほうにあることからわかるように、村の仕組みそのものも浜のほうに重きを置いてできている。それも畑作り百姓たちには不満なのだろう。

 それに、畑を作っている人たちは、自分たちは畑をきっちり測られて作物から余すところなく年貢ねんぐを取られるのに、漁師や海女はいくらでも年貢をごまかせると思っている。それはほんとうではないのだけれど、でも、たしかに、浜の領分であれば海のどこからでも獲物を獲っていいというのは、畑作り百姓からすればずいぶん勝手がきくと思われていることだろう。

 そういうことも、頭になり、大小母おおおば様だけではなく、神主様や名主様とも話をするようになり、陸の村に出かける機会も増えて、だんだんわかってきた。

 相瀬がそういう反目をなんとかできるとは思わないけれど、できることはやらなければならないだろうと思う。

 そのとき屋敷町の出の真結が役に立ってくれるだろう。真結が娘組の頭になれば、そのために相瀬よりももっといい働きを見せてくれるだろうと思った。

 話の最後に、名主様は、名主様らしい少しかすれた声で言った。

 「真結は、このひと月で、いや、この半月でずいぶん大人っぽくなった。それも、あんたに次の頭にと決めてもらったおかげだ。でも、なにぶん、真結はまだ子どもっぽいところがある。あんたに向かってはやらないかも知れないけど、みょうに、それも意味もなく意地を張りたがるところがある。それをしっかり育ててほしい。頼みましたよ」

 そして相瀬の返事もきかずに行ってしまった。

 「育てる」なんて……。

 いまの話と似たようなことは盛の大小母からもきいた。

 でも、真結に子どもっぽいところがあるとすれば、相瀬にはその倍ぐらいあると思う。いやたぶん倍ではすまない。

 そんな身で真結を育てられるわけがない。

 真結からいろんなことを教わり、また真結にいろんなことを教えていくんだろうな、とぼんやりと思った。

 浜の人たちはもちろん、屋敷町など陸の村の人たちも来た。陸の村の人たちなど、顔は知っていても名まえがわからないとか、その逆とかという人たちもけっこういたけれど、そういう人たちとも少しずつ話した。

 相瀬はやっぱりこの祭りの「まん中」にいるのだ。

 相瀬自身は自分がべつに村の祭りの「まん中」にいなくてもいいと思う。窮屈きゅうくつなだけだ。

 でも「海女の娘組の頭が」ということならば、それを「まん中」にした祭があるのは嬉しい。

 海女の娘組の頭をまん中にして進む祭りということにして、その海女の娘組の頭が何をやっているかを、村の外の人たちはもちろん、村人の目からも隠す――そのためだったとしても、だ。

 次は、この役は真結がやるのだ。真結ならば相瀬よりもいっそうここにいるのが似合うことだろう。

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