第15話 二十三夜(4)

 「ところでさ」

 相瀬あいせは話を変える。

 「あんたたちって、サンシュー様のお手先ってことでここの村に来たんでしょ? その、お姫様探しか何かで」

 「ああ」

 顔の四角いほうが言う。

 「まあ、そうだけどさ、そのお姫様とかいうの、こんなところにいるわけないじゃないか。お城育ちだぞ」

 その考えはクワエと同じだ――示し合わせているのか、それともほんとうにそう思っているのか。

 「ま、慎之進しんのじょうのやつは、人別にんべつ帳まで調べて、人別帳に載ってない娘がいないか、とか探してたけどな」

 いまさらながらに背筋がぞっとする。

 そこまで調べていたのだ、あのクワエは。

 「で?」

 「でもさ、女の子はご城下とかほかの村とかで子守りに雇われたり、逆に子守りや手伝いでこっちの村に来たりで、人別帳と合わないだろ? まあお姫様が子守りなんかやってるわけないけどさ」

 わからない。やるかも知れない、あの子なら――と思い、姫様を思い出したことを急いで打ち消す。顔の四角いほうの武士は続けた。

 「まあ、そういうのとかあって、けっきょくわからなくなってあきらめたみたいだけど」

 ともかく、姫様はこの浜の村には来ていないのだから、人別帳と引き比べてみても見つかるはずがない。

 「で、クワエがそうやって熱心に調べてるあいだ」

 相瀬は話を変えてみる。

 「あんたたち、ずっとお酒飲んで寝転んでばっかりいたってきいたけど?」

 「だれだよ、そんな話したの」

 四角いほうが言う。細面のほうが

「ま、ほんとのことだけどな」

と言って、二人で笑った。

 「だって、お城に帰ったら、また毎日朝から晩まで仕事だぞ? それも、なんかよくわからないような書きもので、書いて行ったらあれも違うこれも違うって直されて、あと、武芸の鍛錬たんれんとか言ってやるのが、また型どおりでつまらないんだ。だから、この村に出てこられたっていうのは、いい骨休めだよ」

 ――いま言ったこと、ぜんぶサンシューに教えてやろうか?

 「魚とか貝とかはうまいしさ」

 だれが獲ってきたと思ってるんだ。

 相瀬は黙ってきいている。

 ああそうだ。海鼠なまこがうまいかどうかきいてやればよかった。

 「それにさ、そのお姫様って、かわいそうじゃないか」

 顔の四角いほうが言うと、細面のほうも

「そうそう。あんな、やったかどうかわからない、あやふやな理由で追いかけられて」

と言う。そして相瀬に

「ほんとにあのお姫様とかいうおねーちゃんがお殿様に毒を盛ったと思う? あんた」

ときく。

 そう詰るように言われても答えに困る。

 「わかんないよ。女って何考えてるかわからないものだからさぁ」

 相瀬はわざといっぱいに笑って言った。

 「そりゃ、あんたはそうだろうけど」

 そうかなぁ?

 「そのお姫様っていうのがそんなことするわけないじゃないか。ずっとお城育ちで、それからはお寺でずっと尼さんになる修行だぞ」

 「アマ」は呼び捨てにすると「海女」になるが、「さん」をつけると「尼」になって、ずいぶん違う。

 まあ、いいけど。あのお姫様になら譲ろう。

 「そんな子が人殺しなんか考えるわけがないし、考えたとしてもさ、どうやって毒を手に入れるかなんて知恵が働くわけがないじゃないか。それに、もうひと月もどこを逃げ回ってるって言うんだよ? 住んでた岡下おかしたのほうに通じる道はぜんぶ見張ってるし、そのかなえっていういっしょに逃げた女の親類とか友だちとか、ぜんぶ見張ってるんだぞ」

 そこまでしているのか。

 まあ、そうだろうな。

 だから、あの二人は追いつめられて、最後に身投げを考えたのだ。

 「で、それでもずっとこの村でその姫様探しやってるわけ?」

 「あ、いや」

 顔の細いほうが肩をそびやかしてから落とし、つまらなさそうに言う。

 「もう帰って来いって言われててさ。お城でももうその姫様探しあきらめたんだろ?」

 「で、明日は昼からもうお城で仕事だよ」

 「そうそう。ほんとは今日帰るって言ってたんだけど、祭りだろ? だからさ」

 「いや、楽しい休みだったよ」

 そう言って、二人は立って行ってしまった。

 ああ、と、いろんな気もちをこめて息をつきたい。

 お城が姫様探しをあきらめてくれたのなら、それは嬉しいことだ。

 でも、そうかんたんにあきらめたりはしないだろう。姫様が生きているかぎり、サンシューの立場はいつ危なくなるかわからない。

 しかし、ともかく、明日の夜はこの役人どもがもういないのだと思うと、相瀬はほっと息をつきたい。

 もっとも、やっぱりサンシューのことだから、そうやって村の油断をさそって何かを探り出しにかかるかも知れないけれど。

 二人の話を思い返してみる。

 この二人が相瀬に探りを入れるためにうそをついているのでなければ、あの、姫様が毒きのこを殿様に食べさせて殿様を殺そうとしたという話は、サンシューの手下にすら信じられていないのだ。

 それに――。

 姫様が人殺しなんか考えるわけがないし、考えたとしても、どうやって毒を手に入れるかなんて知恵が働くわけがない、か……。

 ところが人殺しは考えたのだ。少なくとも本人はそう言っている。

 そして、毒を手に入れる知恵も働かせた。

 それでも、あの姫様は人殺しは思いとどまったに違いないと相瀬は思う。たとえ、あの貝に人を殺せるだけの強さの毒があったとしてもだ。

 もし、あの毒にそれだけの強さがあったら、自分が「父」と慕う養父を殺す前に、自分が死にたかったのだろう。

 それで、自分で毒を試してみたのだ。

 毒が弱くてよかったと思う。それとも、その阿蘭陀おらんだ語の字引を引きながらその毒の作りかたを読んだときに、何かまちがえたのだろうか?

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