第14話 二十三夜(3)
「よぉ、
軽い調子で声をかけられ、
声をかけてきたのは、二人の武士――ヨシイゲンスケとキタムラセーゴだ。どちらがどちらかわからないけれど。
相瀬が座っていいとも言っていないのに、もう
図々しい男どもだ。
「巫女さんじゃないです!」
無愛想なふりをして言う。
着ているものを見てもわかりそうなものだ。たしかにいつもよりは少しましなものは着ているけれど、肌着の上に麻の上着を羽織っただけだ。巫女さんはもう少しましなものを着せてもらっていると思う。
ともかく、ヨシイとキタムラの二人しかいない。
「あれ? クワエは?」
「あ、あいつね」
どちらかわからないけれど、あごのあたりが四角いほうの武士が言う。
「あいつ、キュージュツ金の願い出にご城下に行ったよ」
「何それ?」
相瀬は無遠慮にきいた。
「救う、に、皿、みたいな字じゃないか?」
「キューサラ金?」
「いや、違うな。でも皿みたいな字で」
「じゃあ、血? 血を救う金?」
「あ、いや、それじゃあキューケツ金だろ?」
たぶん二人ともよく知らないのだろう。相瀬にはもう一人の細面の武士が答えた。
「ともかく、なんか、この、災難にあった人たちを助けるためのお金だよ。昨日たいへんだったでしょ? だから、そのキューケツなんとかをこの村に出してほしいって、お城まで掛け合いに、さ」
「はあ……」
「キューケツ」ではなかったと思うけど、どっちにしても相瀬にはわからない。
「そんなの出るの? 出たためしってないと思うけど」
相瀬は正直にたずねる。
この二人はサンシューの手下らしいけれど、姫様の考えによればサンシューの言うことならば何でもきくような連中ではないようだ。それに、昨日、この連中は、サンシューと仲がよい
「まあ、まず出ないな」
あごの四角いほうが言う。やっぱりそうかと思う。
「ほら、佃屋とか考えそうじゃないか」
細面のほうが言う。
「毎年、一両ずつ佃屋に預けてたら、十年に一回ぐらいはそのキューケツ金を出してやろう、とか」
「ああ、あいつならやりそう」
相瀬も、そう思う。
でも、そういう仕組みもいいかな、と、少しだけ思った。その預ける金が安くて、キューケツ金とかいうのを確かに出してもらえるのなら、だが。
「ねえ、あんたたち、佃屋さんって嫌いなの?」
きいてみる。
「ああ」
「まあ、あれ、好きってやつ、あんまりいないんじゃないか」
「あれほど嫌われてるってそんなにいないだろ」
二人とも手厳しい。
「あんたこそ、あれ、嫌いじゃないのか?」
あごの四角いほうがきくので、
「わたしはよくわからないけどさぁ。ここの浜のものをよく買ってくださるしさ」
と答える。あごの四角い男は言う。
「そのかわり、昨日みたいなむちゃなことを言って、村の人たちがたいへんな思いしてるのに、知らんふりだろ?」
「まあ、ね」
相瀬は答えを濁した。あんまり調子に乗って「悪いやつだよね」なんて言わないほうがいいだろうと思ったからだ。
「で、クワエはそのキューなんとかをもらうために?」
「ああ」
「今朝さぁ」
細面のほうが言う。
「あの、えっと、マユイさんっているでしょ、あんたの仲間の」
「ああ」
そういえば、いま
「その子がお屋敷の名主さんのところに来てさぁ、船一
「真結が?」
けっこう強く?
「うん」
細面の武士はうなずく。
「でさぁ、村で畑作ってるお百姓さんも何人か来て、集まってたんだけど、そっちもさ、畑流されて作ってたもの全滅、みたいな話で。それでさぁ」
間が悪そうに顔を
「ほら、あんたたちってお百姓さんのなかでは身分が下じゃない? それで、あの名主ってひとが、そのマユイさんを追い返しちゃったんだよ」
「あぁ……」
ため息をつく。
その身分のこともあるだろうけれど、名主様は実際には漁師や海女を軽く見てはおられない。
それより、真結は名主様の身内だ。あまり格の高くない分家からさらに分かれたような家柄で、身内のなかでは身分の低いほうだが、それでも名主様がご一族で集まるときには真結も出かけて行く。
畑を流されたお百姓さんにお金を出すと約束できない以上、身内の真結が来たからと言って甘い顔をして見せるわけにはいかなかったのだろう。
「ところが、
あごの四角いほうが言うと、もう一人が
「そうそう。あいつ、
……武士だったらそっちが普通じゃないのか?
ともかく、そこに真結が通りかかったということだろう。
「それで?」
「うん」
とあごの四角いほうが答える。
「それで、なんか二人で話してて、それで、そのへんの話を聞き出したらしくてさ、それで、なんかそのマユイさんの話聞いてて深刻な顔になっちゃってさ、それで、自分で名主様のところに乗りこんでさ、じゃあ自分がそのキュージュツなんとかをもらえるように頼んでみる、って言ってさ。で、自分でなんかいろいろ手紙みたいなの書いて、昼ごろからご城下に出かけた」
「あいつ女には優しいよなぁ」
「なぁ」
じゃあ、あんたたちは女には不親切なの、とかきいてやろうとも思ったが、やめた。
たしかに、あいつは、優しいといえば優しいのだろう。ただ、それは、相手が女だから、というような理由ではないだろうと相瀬は思う。
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