第13話 二十三夜(2)

 相瀬あいせは足を崩してもよくなったが、それでもあからさまに足を伸ばしたりすることはできない。拝殿の下では酒を飲み、自分の家から持ってきたさかなをつまんでいるが、相瀬はいつものとおり出されたお膳を食べるしかない。

 最後に話をした二人のお坊さんのところには、さっそく若者や若い娘が群がる。遠国の話をもっとききたいということもあろうし、二人ともなかなか整った顔立ちなので、ということもあろう。

 集まったのは娘のほうが多い。そのなかには海女の娘たちもいた。浅葱あさぎの声がまた高くよく響く。

 この子たちがあちらに行っているとすると、相瀬のところにはまだ来ないだろう。これだけ人がいるのに、相瀬は一人で手持ちぶさただ。

 「相瀬さん」

 その相瀬に声をかけたのは神主様だった。

 「ああ」

 最初から答えがぞんざいだと自分で思う。それをつくろうように

「このひと月のご祭礼、ありがとうございました」

と神主様に頭を下げて笑う。

 「いえ」

 神主様は落ち着いている。

 「まだ終わっておりませんぞ。わたしとあんたに関するかぎり」

 「あ、まあ……」

 相瀬は照れ笑いする。

 「最後まで気を引きしめて務めます」

とまた頭を下げる。

 とは言っても、神主様は、最後の夜に相瀬が何をするかは知らないはずだ。

 ところで、いま神主様は「わたしとあんた」と言った。

 「神主様もまだお仕事があるんですか?」

 「それはそうだ」

 言って、腹の底から笑うように笑い声を立てた。

 「あんたの籠もってた参籠さんろう所の片づけがあるだろう。そういういろいろなことをやってこちらの仕事は終わる」

 「ああ、そうですね。すみません」

 片づけだけではない。神主様はそう伝えたいのだろうか。

 きいてみる。

 「神主様のお家はもうずっと神主さんをやっていらっしゃるんですよね」

 「そう」

 わざとふんぞり返って見せて、神主さんは言う。

 「ずっと一子相伝でこの職を伝えてきているな」

 「はあ、イッシソーデンで?」

 「わが子の一人に伝えて、ほかには、手伝いをさせることはあっても、村の神主のいちばんだいじな仕事はさせぬ。もちろんほかにも漏らさぬ。私の親もそうだったし、私もそうしている。そうやって、もう百年二百年とこの職を伝えてきた」

 「村の神主のいちばん大事な仕事」とは何だろう?

 「いや、神主様のほうと違って、わたしたちのほうは代ごとに入れ替わったりするんで、なんかわたしみたいなのが参籠に入ったりして……」

 「いえ。堂々としたおもりぶりでしたぞ」

 籠もるのに「堂々とした籠もりかた」があるのだろうか?

 「あんたのように、強くて元気のありそうな娘さんがこの祭のまん中にいてくださると、村の運が強くなるように思う。うん」

 言って、自分で合点して、頷く。

 そういうものだろうか。

 でも、「強くて元気のありそう」というと……。

 ――言っておいたほうがいいかも知れない。

 「次の頭、真結まゆいに決めたのは知ってますよね?」

 「ああ」

 神主様は目を中空に上げて、しばらくしてから芝居がかって頷いた。

 「おかの村から頭が出るのはずいぶん久しぶりだな」

 そうなのだろうか。たしかに、美絹さんはいまその「陸の村」のほうに住んでいるが、頭だったときは浜に住んでいた。

 でも、その前となると相瀬は知らない。

 「あの子はあの子でしっかりしていそうだし」

 神主様はそこで一言切ってから、相瀬に向かって、にこっと笑った。

 「頭もよさそうだしな」

 そしてはっはと笑いながら、神主様は行ってしまった。

 相瀬は頭がよくないということだろうか?

 ほんとうのことなので、しかたないけれど。

 でも、何となくおもしろくなく、じっと座っている。

 そのおもしろくない気もちが薄まるまで待ってから、相瀬はいまの話を思い出してみた。

 海女の娘組の頭と次の頭は、一生、村から出られない。

 でも、神主様もそのイッシソーデンで、神主様と次の神主様に決まった子はやっぱり村から出て行けない。

 そして、それを百年、二百年と続けてきたという。

 姫様は、あの「鬼」たちがこの国を襲ったのは二百年ほど前だと言った。そのどこかから襲ってきた「鬼」に国内のだれかが手を貸して「鬼党きとう」ができた。

 百年二百年というのがただの「ずっと昔から」という意味ならば別として、ほんとうに二百年だとすれば、神主様の「いちばん大事な仕事」は、そのころから続いてきたことになる。

 ああ、神主様もあれに関わっていたのか。

 でも、証拠はない。

 それに、そう思っても、それは口に出して言わないほうがいいだろうと思う。

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