第6話 鬼の裔(6)
姫様はその相瀬の顔をじっと見ている。
目を
この別院を造ったのも鬼――そして、その者たちは……。
「わかりませんか?」
再び姫様と目を合わせた相瀬に、姫様は
「
「あ?」
何を言われたか、よくわからない。
岡平の御領、その御領の御領主、その泉家。
それが……。
鬼の血筋?
「……いや、そんな……」
ばかなことが、と言おうとする。
でも、相瀬が領主家の何を知っているだろう?
今度の件が起こるまで、殿様がギョーブ様というのだということすら知らなかった。少なくとも、御領主のお家については、姫様よりはるかに少しのことしか、相瀬は知らない。
姫様は話し始めた。
「昔、あるとき、そうですね、二百年ほど前でしょうか。鬼がこの国を襲ってきました。それは、相瀬さんの知っているほうの鬼、つまり、この貝のことを知っている鬼たちです」
「あ、はぁ……」
あの「鬼」たちが「襲ってくる」なんて、そんなにおっかない者たちだとは相瀬は信じられない。相瀬の会ったことのある「鬼」たちは、体は大きいけれど、おとなしい者たちだ。浜の漁師どものように騒がしくもないし、浜に来る商人たちのように
でも、ここはおとなしく姫様の言うことをきいていたほうがよさそうだ。
「一方で、この国にもとから住んでいた人たちで、自分からその鬼の手先になろうとした人たちもいました。鬼たちのほうが強かったですからね。ずっと強かった。だから、その手先になってあっしょに荒らし回ったほうがいい、という人たちが出てきても、おかしくはありますまい」
それはまあ……。
おかしくはないよね。
だれだって強い者の味方になりたい。そのほうがいい目を見られるのだから。
「その両方がいっしょになって、海賊になってこのあたりの海岸を荒らしていたのです。そして、いま、わたしは、その海賊だったころの鬼たちの本拠に、こうやって座っているのですよ」
この別院は、そういう建物だったのだ……。
「じゃ、あの遺跡の街というのは……?」
「もちろん、その海賊となった鬼たちが造った街です」
姫様は答える。
姫様にとっては当然のことなのだろう。
「しかし、そのうちに、困ったことが起こりました。遠くから――たぶん鬼の国から襲ってきたほうの鬼たちの勢いがおとろえ、死に絶えてしまったのです」
相瀬は驚く。
鬼でも、勢いがおとろえたり、死に絶えてしまったするのだろうか?
姫様が続ける。
「そうなると、その鬼たちといっしょに海賊を働いていた、もとからこの国にいた者たちは困ったことになります。もうほんものの鬼はいない、しかし、自分たちは鬼の仲間として憎まれているのですから」
姫様は首を傾げる。「わかりますか?」と問うているようだ。
「あ、ええ。わかります」
「その頭が、
澣文公様はこの岡平の御領を創められた方だ。
だからほかのひとに言われれば驚いただろう。
そのひとが、鬼だとか、海賊だとか。
でも、姫様からきくと、それがあたりまえのことのように相瀬の心に入ってきた。
「ああ……」
「そのままだれも助けに現れなければ、瀚文公様は海賊として捕縛されていたか、殺されておしまいになっていたか、よくてもただの貧しい
「はい」
相瀬は釣られるように言う。
「ということは、だれかが助けに現れた……?」
「そのとおりです。それがだれか、わかりますか?」
相瀬はすなおに首を振った。姫様の唇に軽い笑みが浮かぶ。
「西のほうから流れてきて、自分は名族の出だと名のっていた武士です。その血筋はほんとうかどうかはわかりません。その武士は」
と短くことばを切ってから、
「
そうか、と思う。
「それがあのサガラサンシューの祖先……?」
「そうです」
姫様が頷く。
「相良右衛門尉は、江戸に来られたばかりのご
「ああ……」
カンドだ何だというのはよくわからないけれど、とりあえず感心しておくしかない。
「瀚文公様と相良右衛門尉様は、泉家が鬼の党、
忘れてしまったのだ……。
それは、たぶん、「鬼」だと思っていた泉家のご先祖が、この御領のためを思ってほんとうによく治められたからだろう。
実際、澣文公様、澣桓公様、澣成公様といえば、御領内で神様としてまつられるほどあがめられ、慕われている。
最初のころは「鬼」だからと嫌っていた人たちも、御領のためにこんなによくしてくれる殿様ならば「鬼」のわけがないと思い直したのだ。
姫様の話は続く。
「さらに、瀚成公様は、晩年のお子の
「ブンリ」がまたわからないけれど、きかないことにする。
「それは……?」
「泉家の過去を記した文書を、岡平から岡下に移すためです。そして、その文書を、浩文侯様のご子孫に託しました。そんなものは焼き捨てればよいようなものですが、瀚文公様、瀚桓公様、瀚成公様ともにご立派な方で、
難しいことばと名まえが次々に出てくる話は相瀬は苦手だが、「永遠寺の真浄土院」は思い出せた。
「そこに姫様が預けられていたわけですね?」
「そうです。もちろんそんな文書はだれも見られません。領主家の者にも見せない
「では」
ときいてみる。
「ご領主の方がたも、その、鬼たちの、棟梁、ですか? ご自分の家がそういうところだったことはもう覚えておられない?」
「岡平はそうです。もう
「父上」というのはギョーブのことだろう。
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