第4話 鬼の裔(4)

 「前に言いましたよね」

 相瀬あいせがとまどっているのを姫様は察したのだろう。

 「わたしは、その鬼たちについて調べたことがあると。そのときに、その鬼たちの国というところがどういうところかも、少しは察しがついたのです。わたしたちにとっては、多少、窮屈きゅうくつかも知れませんが、そんなにひどいところではありませんよ」

 「いや……でも」

 しかし――と思う。

 その思っていることを、相瀬は姫様にそのままきいてみることにした。ここまで話が来て黙っていてもしかたがないと思った。

 「姫様がその鬼に会ったことがあるというのが、わたしにはわからないんです。わたしが会ったことのある鬼、つまり、明後日の夜、わたしが姫様を預けたいと思っている鬼は、わたしたち、つまり、唐子浜からこはまの海女の娘組の頭以外とは、けっして会わないはずなんです。いや、領外ではどうかわからないけれど、少なくともここの領内では」

 相瀬が強く言う。

 姫様は顔を伏せた。

 外は月の光が強く照っているのだろう。それが、じかにではなく、天井と壁の隙間からこの部屋に入ってくる。

 その壁を背にして顔を伏せると、姫様がどんな顔をしているのかは、薄暗いなかではわかりにくい。

 でも、姫様は何か考えているのだと相瀬は思う。

 「相瀬さんの会ったことのある鬼と、わたしが会ったことのある鬼は、違うのです」

 姫様はことばを選びながら言った。

 声が低い。それに、何か凄みとでもいうようなものが、その声にこもっているように感じる。

 こんな声は姫様はこれまで立てなかった。

 「あまり愉快な話にはならないと思いますが、きいてくれますか?」

 「あ……はい……」

 考える前にそう答えていた。考えるとまた「ユカイ」ということばで引っかかるから。

 姫様は、またしばらくまぶたを閉じた。

 目を開くと、思い切ったようにその着物の左肩をはだける。

 「……!」

 何をするのだろう? 相瀬は軽く身構えた。

 だが、姫様は、相瀬のほうは見ないで、自分の腰帯の左のところに手を当てていた。

 そこから何かを取り出す。取り出すと、首をそむけてかるく左の襟を直し、おもむろに相瀬のほうを向く。

 取り出したものを、右手を伸ばして、相瀬に見せる。

 それは、白木の、丸いかたちの入れ物だった。大きさは姫様の小さな手のひらにちょうど載るくらいだ。

 こんなものを身につけていたとはいままで気づかなかった。それにあの大岬の上から身を投げてよく無事だったと思う。

 かなえという女が、ほんとうにこの姫様をよく守ってくれたのだ。

 姫様は、無言でその入れ物を自分の胸元に戻し、入れ物を開けた。その入れ物を床に置く。

 姫様は、中に入っていたものを右の手のひらに載せた。

 さっきよりももっとはっきりと相瀬の目のまえに突き出してみせる。

 「あっ!」

 声が漏れた。

 しばらく身動きができない。

 姫様が長い息をつく。

 言う。

 「やっぱり、知っていたのですね?」

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