十三葉・手紙④

中学三年生に上がってすぐ。

死んだような毎日を過ごしていた僕に、君が声をかけてくれました。


「高校、どこにいくの?」


未来さきのことなど何も考えていなかった僕は、言葉に詰まりました。

そんな僕に、君はあのお誘いをしてくれたんです。


「一緒に洛杜寺らくとじ高校に行こうよ!」


「無理」


即断即決でした。

当然でしょう。

洛杜寺高校といえば、名門中の名門と言われる私立高校。有名な学者さんや政治家を多数輩出するようなエリート校です。

僕も君も学校の成績でいえば真ん中よりは上にいましたが、ここに受かるためにはクラスで五本の指には入らなければいけません。

そんなことができるはずもなかったのです。


「一人ならね」


それでも君は、諦めませんでした。


「僕はこの高校に行きたいんだ。でも、君と同じ高校にも行きたい。だから、二人で目指そうよ。この高校を」


正直に言って、嬉しかった。

同じ高校にも通いたい。友達がそう言ってくれるだけで、僕は心が踊り気持ちは傾きました。

けれど、まだです。

まだ、もう一歩、踏ん切りがつきませんでした。

だから僕は、その「あと一歩」を求めて、君に問いかけたんです。

どうして、その学校を目指すのか、と。


「僕、下克上に憧れてるんだよ」

「は?」

「下克上だよ、成り上がり! あそこって賢い学校でしょ? それに受かったっていえば、それってまさに成り上がりじゃん! 憧れない!?」


思わずぽかんとしました。

将来のこととか、色んなことを考えた末の重い決意なのかと思っていたから。

けれどその返事は思いもしないほどにアホくさくて、子供っぽくて、それでいてどこまでも壮大なもので……だから僕は思わず笑ってしまいました。

その言葉は百の格言よりも何よりも、僕の心にスッと入ってきたのです。


「そうだな…………目指そう。成り上がろう!」


気がつくとそう言っていました。

君の、どこまでも軽薄なノリと勢いに乗っかって。


きっと、僕は君のこういうところに、惹かれていたんだと思います。

どんな時でも明るくて、いつも僕の思いもつかないほどに気楽な捉え方で世界を俯瞰している。そう言ったところがかっこよくて羨ましくて、そして理想だった。


こんな恥ずかしいこと、死んでからじゃないと聞かれたくないな。(笑)


さて、君のそんな馬鹿みたいにあっけらかんとした物言いに引っ張られて受験を決意した僕だけれど、それによって僕は少しだけ救われていたという話も一筆だけ添えておきたい。


もともと、死ぬことができなかった時点で、生きる理由というものを探してみようとは思っていたのです。

その中で、君の語った成り上がりという言葉。或いは、たとえ今価値がなくともその価値を自分でつけていけば良いのだという考えは、ストンと腑に落ちました。


こうして僕は、受験に本腰を入れるようになりました。

中学三年の一年間は、それはもう必死に勉強に取り組みました。

だって、僕にはもうこれしか残っていなかったから。

そんな僕の背を更に押してくれたのは、母の言葉。


「この学校、おじいちゃんの母校だよ」


なんと、君の勧めてくれた学校は母方の祖父の出身校だったのです。

身が打ち震えるような思いがしました。

この頃にはもう、遥か霞の向こうへと隠れかけていた祖父母たち。そんな彼らとの接点が降って湧いてきたのです。

殊更に、勉強には熱が入りました。


周りの友人達には、人が変わったみたいだと言われたりもしました。

当然でしょう。

ただ一つ残された、自らの存在価値を取り戻す術。ただ一つ、運命的に目の前へと現れた、愛する者達へのえにし

必死にならざるを得ませんでした。

サボりたい気持ちになった時には自分の胸を拳で殴りつけました。怠けたい自分を叱咤して、脇目も振らずに勉強をしました。


そうして迎えた春。


僕は、高校受験に失敗しました。

何が悪かったのか、何が足りなかったのか。

ただ、僕は地元の公立の高校へと通うことになりました。

僕は僕に失望しましたが、とはいえ、いつしか抱えていた自虐心はその受験のドタバタの中で幾分か薄れていました。

一度背伸びをしてみたことで、改めて自分の身の回りを見回す機会を得たことが大きかったのかもしれません。


志望していた私学への進学者は、結局同級生の仲間内には誰一人いませんでした。

一方で、通うことになった公立高校にはたくさんいた。

そのことも、慰めになっていたのかもしれません。

彼らは、僕が同じ高校に進学すると知るや否や、大いに歓喜してくれました。


「お前がいないとつまらないんだよ!」


そう言ってくれる人が何人もいました。

こんな人でなしの僕を、みんなは歓迎してくれた。

そこで気づいたのです。

僕は何も持たない人間なんかじゃない、と。

僕の両手にはこんなにも沢山の幸せが満ち満ちている、と。

今までは拒絶していた幸せ。でも、友人達の愚直でまっすぐな想いにあてられて、気づくと僕はその幸せを素直に受け止めていました。


僕は、受験に失敗しました。

でも確かに、この春は僕にとって幸せな時間でもありました。

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