八葉・木曜日。

木曜日とは、なんとも不思議な曜日である。

一番気の抜ける、それでいて、一番忙しくなってしまう一日。

小学生の頃から木曜日の授業が一番遅くまであったし、習い事もこの日だった。

まさに、魔の木曜日である。

とはいえ悪いことばかりでもなく、夕方から深夜に至るまで平日で一番テレビ番組が充実しているのが木曜日なら、好きな授業があるのも木曜日だし、なにより「あと一日頑張ればお休みだ」という日でもある。

つまり、良い意味でも悪い意味でも、いまいち気の抜ける日なのである。

そんな、ある意味特別な一日に……。


「よしっ!」


今学期の全講義過程を終えた僕は、今週一番の気合いを入れていた。


「そろそろ、手紙を読みきらなくちゃ」


今週は大学の最終授業とレポート提出期限と、それからバイトが忙しくて彼からの手紙をなかなか読み進めることが出来ていなかった。

でも、来週の土曜日--つまり二日後には葬式から一週間が経ってしまう。

いつまでも机の上に放り出しておく訳にはいかなかった。


だからこそ、丸一日用事のない今日に頑張って読みきろうと思っていたのだが……。


「気がつけばこんな時間に……」


4の数字を指し示す時計の長針を眺めて僕は呟く。

朝の四時……というわけではない。

丸一日寝過ごして、今は夕方の十六時。

窓の外を橙に染める西陽は、もうすぐ一日が終わることを否応無く教えてくれている。


昨晩の飲み会の帰り。

ハル姉ぇ達と別れてから感じた狂おしいほどの郷愁は、一晩眠れば随分と落ち着いていた。

夢の中で親友に逢えていたならば、もっと違ったかもしれない。

けれどお酒の力もあって、十五時に目が醒めるまでは夢のひとつも見る事なく爆睡したおかげで、スッキリとした寝覚めを得ることができた。

これもひとえに、最近導入した炬燵のおかげである。

最近、「人を駄目にする〇〇」というものがよく取り上げられるが、その原点にして頂点は間違いなく炬燵と言えるだろう。

その温もりに包み込まれれば、如何なる女子でもイチコロというものである。

全く……お前は罪な男だぜ。


「……っと。そんなこと言ってる場合じゃないんだっけ……」


思わず脱線しかけた戯言から意識を引き戻して、僕は手元に目を落とす。

カサ……。

静かな部屋に、紙の擦れる小さな音が響いた。


「前回読んだのは……小学生のあたり。だから、ここだ」


前回の読み終わり位置を探し当てて、紙をめくる。

僕が読んだところは、丁度親友が自分を責めて落ち込んだ下りまで。

丁度小学校の夏のあたりだったから、手紙の中では僕と出会うまでにはまだ半年ほどの時間があった。


「その半年で、何があるんだろう?」


喉から漏れた疑問に、一瞬を置いてから気がつく。

それは、その呟きに気づいてからの数秒間は不可解な疑問であり、やがてその意味に気がついてからはある意味納得の言葉として腑に落ちた。


僕が親友と出会った頃、彼は常に笑顔であった。

悩みも迷いも無いようなまっすぐなその笑顔は、いつでも僕を導いてくれて。

何が彼をそんな人物へと昇華させたのか、知りたかった。

でも彼はいつも自分の昔話は笑って誤魔化すばかりで、僕もそこまでして聞こうとも思わなくて。

それが今、ようやく知ることができるのだ。

出逢ってからずっと変わらなかったあの笑顔の、その原点に。


「よしっ!」


気合いを入れて目を落とす。

その手元を、堕ちゆく西陽が柔らかに包み込んでくれた。

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