第18話『佐良千尋という少女』☆

 〇作者より

 こちらはリメイクの過程で第33話の『佐良千尋という少女』を第17・18話の間へ変更し、この話が新たに第18話になります。

 第33話は削除いたしました。

 リメイクが33話まで進むまで第〇〇話が重複します、なるべく早くリメイク作業終わらせますのでご了承願います…。



 ――


 佐良千尋という少女は今でこそ内気な少女だが、過去の彼女は幼馴染の仙道みく、砂村紗耶香よりも明るく元気な女の子だった。


 そんな彼女は背以外の身体の成長は早かった。

 小学生の頃には周囲の少女たちとは比べ物にならないくらい胸の膨らみがあり、彼女の身体はこの世界では性に消極的な男性にも通じる魅力がある。

 そのように周囲の大人たちは思っていた。


 しかし事件は中学生になり、最初の日に起きてしまった。


 彼女のクラスには三人の男子生徒がいた。

 一ノ瀬恵斗の地区には他の男子は居なかったが、千尋が生まれ育った地区には少ないながらも男子は存在していた。


 中学生になった千尋は持ち前の明るさと、身体の発育がありクラスの男子生徒の注目を集めていた。


 だからこそ事件は起きてしまう。


 恵斗がいた元の世界ではありえない、この世界だからこそのが。


「ちょっとソレ触らせろよ」

「え?」


 他のクラスメイトと談笑していて、男子の接近に気が付いていなかった千尋は振り向きざまに胸を揉まれた。


「ひゃぁ……っ」

「おぉ、すげーな、お前らも来いよ」


 無遠慮に揉まれる彼女の乳房、他の女子生徒にはないモノを持っていた彼女は彼らにとっては珍しいだった。

 胸を揉んでいる男子生徒が他の男子を呼び寄せ、彼らにも千尋の胸を揉ませていく。

 

「うはっ、すげーな」

「揉むだけで変形してんじゃん!」


 この行為に欲望や興奮など今の彼らにはない、ただ珍しいから遊んでいるだけ。

 

 あえて彼らを庇うとすれば、中学生でありながらこれほど胸を中心とした発育をした女性は今までいなかった、だからこそ余計に興味が湧いてしまった。


 しかし、さすがに無遠慮に揉まれている千尋にとっては嫌なことだった。

 相手は好きでもない、会話をしたのも今初めての男子。


 もし彼女がこの時から内気な少女だったら我慢してやり過ごす選択も存在しただろう。

 だからこそ事態は起きてしまった。


「や、やめてよ!」


 男子たちを拒絶するように離れ自身の身体を抱きしめる。

 中学生である彼女は自身の身体がどういうものかは既に理解している。


 しかし相手は男。


 この世界の男という存在は丁重に扱われる尊い存在。

 過保護に育てられた彼らが増長するのは時間の問題だった。

 そして全員がそうなるわけではないが、こうしてたまに極端に勘違いする男が現れる。


 ――自分たちは何をしても許される存在なのだと。


 そしてこのクラス……学校の男子たちは全員がそういう人間だった。


「え、なんなのお前?」

「俺たちは触らせろって言ったんだけど?」

「女のくせになに逆らってんの?」


 男子たちの冷ややかな目と憤怒した顔はいくら彼女でも怯えさせるのは十分だった。


「おい、いいからソレもっと触らせろよ」

「ついでに服も脱ぎなよ」

「いいね、その方が柔らかそうだな」


 けらけら笑いながら迫る男子たち。

 この時千尋の目に映った初めて接する男子は人間とは思えない悍ましい何かに変わっていた。


「い、いやだ……っ」

『は?』


 三人の声が重なる、その圧が余計に彼女を恐怖へと駆り立てる。


「あぁ、そうじゃあもういいや」


 一人の男子が興味を失い吐き捨てる。

 

 ――あぁ、よかった、辱められるのは許してもらえた。



 ――地獄はここから始まりだった。


「おい、女たち、全員でこいつをいじめろ」

「え……?」


 男たちはにやにやしながら千尋へと指をさす。


「俺たちに反抗する女なんていらないし価値がない」

「やり方はなんでもいいから絶対にやれよ」

「徹底的にな、わかってるだろうな?」


 目の前のモノたちが何を言ってるのかわからなかった。

 けれど理解はしてしまった。


 ――あぁ、わたしは彼らの敵になってしまったんだ。


 もしこの場に一人でも良識のある男がいたならば。


 この地獄はもうちょっとマシなものであったかもしれない。


 それからの彼女は挙げるのも躊躇われるような仕打ちを受ける日々だった。


 いじめ行為をしている女子たちは全員が理解している。

 千尋は何も悪いことはしていない、本当はこんなことをすべきではない。


 しかし男が言うのだ『千尋をいじめろ』と。


 ――男には逆らってはいけない。


 あくまでこのいじめはクラス内だけで行われた。

 本当は他のクラスの女子にもやらせろと命令されたが、何も悪いことをしてない彼女がいじめられるのはあまりに可哀想でその命令だけはクラスの女子全員が聞こえなかったことにしたのだ。

 

 やがて千尋は学校へと行くことを拒んでしまう。

 明るかった彼女の面影はなくなり塞ぎ込んでしまった。


 違う学校へと通っていた親友二人はこの現状を知った頃には既に千尋は心が折れてしまい、何故もっと早く気付いてあげられなかったのかと後悔することになる。


 元々の彼女にはいつか素敵な男性へ恋に落ちる。

 ドラマみたいな恋愛をしたい夢があった。


 その夢は粉々に打ち砕かれ、この世界に千尋は絶望した。




 義務教育期間である中学三年間は、不登校ながらも卒業することが許された。

 しかし、この後は義務などない、高校へ進学せず社会に出るのならば想像するのも恐ろしいくらいの格差が彼女を待ち構えることになる。


 そんな親友を心配したみくと紗耶香は共に城神高校へ行こうと声を掛ける。


 都市部で最難関とされるところだが、城神高校の男子生徒の選考基準には学力とが重要視される。

 

 故にこの学校にいる男共の人間性では城神高校には合格しないはずだと。

 彼女たちの説得もあって千尋は受験を決意した。


 しかし今年の城神高校は例年に比べて何故か女子の倍率がとても高い。

 その理由を彼女たちは入学後に理解したのだが、今は関係のない話。


 とにかくこの時の三人で一心不乱に勉強に打ち込んだ。

 そして元々勉強が苦手でなかった彼女は不登校であったにもかかわらず見事城神高校に合格することが出来たのだった。


 そして運命の時は訪れた。


 ――入学式。


 彼女は久々に学校へ通うことに対して、緊張でいっぱいだった。

 親友二人からは共に登校しようと声を掛けられたが、長年引きこもって昼夜逆転した生活を送っていた彼女が二人に合わせるのは困難で一人で登校することになった。


 だからこそ気づかなかった。


 まさか満員電車に男がいるとは、しかも目の前に。

 その男性がバランスを崩し、自身の胸を掴んでしまうまで。


「ひゃぁっ!?」


 突然胸を掴まれる感覚、顔を上げて前を見るとそこには男の姿が。


 千尋の脳内に悪夢がよみがえる。

 ――また……あの時のようになるのかな……っ。


 恐怖で身体が強張っていく。

 目の前の男がどういう表情をしているのか顔を傾けていた千尋にはわからなかった。

 

 あの時のように悍ましいモノなのか。

 とにかく、今の彼女に残された手はただ謝ることだった。


「も、申し訳ありま――」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 とにかく謝罪をし続ける、一方の男性が先に謝ったのと困惑しているのに千尋は気づいていない、彼女はそれくらいに必死だったから。


「いやいや、悪いのは俺で――」

「ごめんなさいっ、わたしボーッとしちゃってっ、決してわざとじゃないんです!」

「ま、まってください、胸を触ってしまったのは俺ですからこっちが謝らないといけないんですよ!」

「ごめんなさいごめんなさい! 男の人に胸を触らせちゃって、不愉快にさせてしまって本当にごめんなさい、許してください!」


 昔は自信にもなっていた自分の胸、けれどもそれはあの時の心の汚い男子によって汚され、自分でも嫌悪するようになってしまった。

 これに触れてしまったら相手は不愉快になる。

 自分も不幸になってしまう。


 だから誠心誠意謝罪をしなければならない。


 やがて目の前の男が溜息を吐いた。

 その様子を見て千尋は身体が震え青ざめていく。


 

 ――あぁ……許してもらえなかった。

 

 今度は痴女者という社会的制裁で自分の運命は終わるのだ。

 自分はただ立ってただけだというのに……。


『わたしがいったいなにをしたって言うの、どうしてわたしが――』


 今度こそ彼女は佐良千尋という自身の存在を、力の強い男という存在に失望した。

 だからこそ、正常な思考をしていなかった彼女は自身が扉の前に立っていることを忘れていた。


 電車が止まり、ドアが開いた。


「ひっ!?」

 

 瞬間後ろへ倒れていく感覚。

 このまま倒れれば頭をぶつけるだろう、このあと起こるであろう痛みに恐怖が脳をよぎる。



『……どうせならこのまま頭をぶつけて死んでしまいたい』


 今の彼女はそれほどまでに絶望していた。


 だが――。


「……っ、危ない!」


 頭を襲う衝撃ではなく、優しく背中を抱き止める女の子とは違う固くて大きな腕。


『格好良い……王子様みたい』


 初めて男の顔をまじまじと見た。

 中学にいた悍ましいモノとは違う、キラキラと輝いた、まるで絵本の中から現れた王子様みたいな人だった。

 

「ちょっと我慢してね」

「ふぇ?」


 突如起きる浮遊感。

 唐突な出来事に千尋の脳内では正常な思考が出来なかった。


 ――え、これってお姫様抱っこっていうやつでは?

 

「ひ、ひゃぁ……っ」


 思わず頬に手を当てた。

 頬に触れた掌が熱い、恐らく顔は真っ赤になっていることだろう。


 やがてに抱きかかえられ、駅のホームから外れた階段の裏でゆっくりと身体を降ろしてもらった。


「お姫様……抱っこ……」


 呟くのが精いっぱいだった。

 ここに至るまで1分も掛かっていない。数秒の出来事。

 だけれどその時間は千尋にとって、夢のような時間だった。


 しかし、夢は終わりを告げる。

 彼がスマホを手に取った瞬間、千尋は夢見心地だった気持ちから、一気に現実へと戻された。


 身体が震え、血の気が引いていく。


「ちょっと友達に連絡するだけだから、心配しないで、さっきの電車に乗って行っちゃったんだ」


 そう言って彼はスマホをタップする、その時間が千尋にとって死刑宣告をされるまで待たされている被告人である……そんな心境だった。


 この後自分は痴女者として糾弾され、警察に通報されるのだ。


 ここで自身の人生は終わる。

 痴女者として捕まった人間がこの先ロクな人生を歩めないのは理解している。


『でも、最後に良い想いが出来たなぁ……』


 全ての女の子の夢である、男の人からの抱っこ。

 お姫様抱っこをしてもらえたのだ。


 もう思い残すことはない。

 迷惑をかけてしまったけど、この男の人には感謝している。

 

 僅かな幸せな時間を味あわせてもらった、それだけで充分



 と、この時は思っていたのだ。

 


「貴方はなんて心の広い人なんだ、そんなあなたには俺からの気持ちとしてこれを差し上げます、どうぞ」


 気づけば目の前の男性に謝罪をされた挙句感謝までされ飴玉をもらった。


「では俺も人を待たせてるのでこれで!」

「え、あ、……え?」


 わけもわからず立ち尽くした千尋。

 男性は別れを告げ、ちょうどやって来た電車に乗ったので既にいない。


 あっという間の出来事だった。

 

 ふと、もらった飴玉の袋を開けて口に含む。

 中身はサイダー味でシュワシュワしながらも甘い味が口の中に広がった。


 まるでこの飴玉のように甘くて……優しい男性だった。


「また会えるかな……」


 絵本の中から出てきた王子様。

 そんな表現がぴったりな男の人だった。


 彼のことを考え胸に手を当てた。

 身体の熱があがっていく。


 彼のことを思うと、心臓が痛いくらいになり響いている。

 

「恋……しちゃった」


 一生恋をすることはないと思っていた。

 その夢を、彼が叶えてくれた。


「王子……様」


 そっと呟く、彼に抱き抱えてもらった感触はまだ千尋の中に残っていた。


「また……会えるかな」


 いつかまた会えたら今日のことを謝ろう、そしてお礼を言うんだ。


 密かに千尋は決意した。


「あ、そういえばあの制服……」


 彼が来ていた制服は城神高校のものだったような、パンフレットで見た制服と同じだった気がする。

 胸に付けていたネクタイの色は……自分が付けているリボンと同じ色。


「え、嘘……こんなことってあるの?」


 同じ学校、同じ学年が判明したことで千尋の中に喜びと焦り、様々な感情が沸き起こる。


「え、どうしよう……、は、恥ずかしくなってきた……」


 もじもじと、制服の裾を摘まんだりしている彼女は傍から見たら不審者も同然だった。


「ちょ、ちょっと落ち着いてから行こう……」


 階段を上がり改札を出て外に出た。

 最寄り駅は隣であるが、今すぐ学校に向かうには心の準備が足りなかった。


「……お茶してこよ」


 入学式初日の朝から喫茶店へ向かって行った。

 この時完全に遅刻が確定してしまったが、彼女の中ではそんなことは些事だった。


 そして、長い時間をかけてようやく学校へ向かった彼女が即座に運命の再会をし、結局まともに喋れずひと騒動が起きてしまうのはまた別の話――。


 



 ――その後の人生。


 この世界の男は尊い存在で丁重に扱われるのは常識である。

 だからこそ増長して自分は何よりも偉い存在だと勘違いしてしまうのは意味仕方ない話でもある。


 ただとある時期に分岐点が発生する。


 ひとつは自身の与えられた男としての役割を思い出し、女性との付き合い方を真剣に考え直す人間の人生。

 

 もうひとつは勘違いしたままその後も突き進み、この世で最も価値のない存在へとなり替わってしまう人間の人生だ。


 それを理解する時が高校卒業までの婚約義務である。


 中学までと違い高校では女性も自身の人生が掛かっている為男の見るべき目が変わってくる。

 男よりも意識の高い女性たちを相手に、いつまでも勘違いしてる男は女性たちから相手にされなくなるのは時間の問題であった。


 この世界は男尊女卑であり男に有利な世界である。


 幼い頃の男というのは、望むものすべてが手に入り、何ひとつ不自由なく過ごすこと出来る。


 しかし。


 この恵まれた環境下で結婚すらもできない男は……一気に存在価値がなくなり、今までの優しさと打って変わり社会の厳しさがここまで増長した彼らを襲う。

 散々甘い蜜を吸わせたにもかかわらず、社会の役に立たないゴミは人知れず切り捨てられるのだ。


 誰がこうなるとは言わないが、とある男たちが高校に入ってから幸せを掴んだ少女の記憶に残らず野垂れ死にするのは関係ない話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る