第17話『理奈への決意、佐良千尋の決意』☆


 朝、駅でまれちゃんを待つ。

 なんとなく今日は着替えの手伝いをしなくても彼女はこの時間にやってくると予感がしていた。


「おはよう~けいくん」

「おはようまれちゃん」


 いつものハグをしてお互いの挨拶を終える、この日課は何時如何なる時も欠かせないものだ。


「りなちゃんとしっかり話せた?」

「うん、ちゃんと日曜日にデートの約束を取り付けたよ」

「ふふっ、そっか」


 昨日、まれちゃんと別れた後にとった俺の行動は『理奈をデートに誘う』ことだった。


 理奈との電話でのやり取りを振り返る。


 ――


『もしもし理奈か?』

『けーと……?』


 いつもと違って元気のない声、電話越しだから表情は見えないけれど、先程まで泣いていた。

 そんな雰囲気が電話口からなんとなく感じられた。

 

『ごめん急に、今大丈夫か?』

『うん……大丈夫』

『そっかよかった、まずは今日の事謝らせてくれ、理奈には嫌な光景だったよな』

『い、いいの、だってあたしはけーとのただの友――』


 友達。

 彼女がそう言い切る前に俺は遮って口を開く。

 

『理奈、今週の日曜日……俺に時間をもらえるか?』

『え、日曜日……? う、うん……その日は練習休みだから大丈夫』


 よし、予定は大丈夫だったか。

 ここでコケてしまったら格好が付かないからな。

 

『日曜日……俺とデートをしよう』

『――っ、で、デデ、ででっ!? デ、デート!? あ、あああ、あたしと!? う、うそ、え、な、なにそれ、どうして!?』


 理奈の声が電話越しに跳ね上がり、焦っている様子が伝わってくる。息も絶え絶えでなんだか笑ってしまう。

 ただ、彼女を茶化すことなく、真剣に返事をする。

 

『あぁ、俺と理奈の二人きりでだ』

『な、なんで……っ、あ、あたしなんかと……』

『……理奈に大事な話があるんだ』


 大事な話。

 そう伝えると理奈は電話越しに喉を鳴らす音が聞こえた。

 

『だ、大事な話……? そ、それって……っ!?』


 先が聞きたい、早く聞かせて欲しい。

 そう願うような声色に変わるも、俺は冷静に次の言葉を伝える。

 

『その先は日曜日のデートで言わせてくれ、とにかく日曜日楽しみにしてるから』


 俺の決意の篭ったトーンに何かを感じてくれたのか、彼女は動揺も治まり――。

 

『……うんっ、わかった。楽しみにしてるよけーと』


 いつものような、明るい彼女の声に戻った。

 

『あぁ、それじゃあまた日曜日にな理奈』

『えへへっ、またねけーと!』

 

 互いに別れを告げて電話を切ったのだった。


 ――


 理奈をデートに誘うのは初めてだからかなり緊張した。

 

 今まで休日に遊んだことってのはあるけど、大体はまれちゃんも一緒だったり、一緒に野球をしたりとまるで普通の友達と遊ぶような感覚だったから今まで彼女を恋愛的対象として扱ったことはない。

 

 だからこそこうしてちゃんと『デート』として彼女を誘うのは会話中ずっと余裕ぶってたけど実は手に汗を掻いて心臓もバクバクうるさくて実は凄く緊張していたのだった。


 そして会話の中であった理奈への大事な話。

 これはもちろん彼女へ……いや、今言うべきことじゃないな。


 俺は頭の中で浮かんだことを振り払いつつ、まれちゃんとの会話に意識を戻す。


「ところでりなちゃんは――、いや、そっか、日曜日まで会わないんだね」

「なんとなくそんな気がして、また日曜日にって言って電話を切ったんだ」


 さすがまれちゃんだ、察しが良い。

 恐らく今の理奈は俺と顔を合わせ辛いだろうし、日曜日まで彼女がここに来ることはないだろう。

 

 とにかく理奈に関しては日曜日に集中しよう、その前にしっかりとデートプラン考えないとだ。

 

 そうして今日も学校生活が始まる――。


 教室に入ると、すぐにクラスメイトたちが集まってきた。

 みんな俺のことをキラキラした眼差しで見つめてくれている。


「おはようみんな」

『おはよう王子様!』


 一斉に明るい声が返ってくる。

 そしてそのうちの一人が、こちらをじっと見て前髪に目を向ける。

 

「今日もかっこいいねっ、前髪がバッチリ!」

「そうかな? よく見てくれてるんだね、ありがとう北村さん」


 髪を褒めてくれた北村さんに返事をすると、彼女は顔を赤くさせて俯いた。

 

「ほ、本当に名前を憶えてくれてる!?」


 そう言って驚いてるこの女の子は、たしか竹田さんだったな。

 

「まだ名字だけだけどね、いずれはフルネームで覚えるつもりだよ。君は竹田さんだったよね」


 返事を返すと北村さん同様に顔を赤くさせ『やったー!』と喜んでくれた。

 名前を憶えるだけで喜んでくれるなんて、最高の世界じゃないかここ。

 

「王子ー! 私は前田粧裕ですー!」

「前田粧裕さんね、オッケー下の名前もちゃんと覚えたよ」


 前田さんにグッとサムズアップを返すと彼女もうっとりした表情で『はぁ……好き』――なにやら呟いていた。よく聞こえなかったな。


 教室に入ると席に着く前からこうしてクラスメイトに囲まれる。

 

 あぁ、やっぱこれだよ俺の夢だった生活は。

 

 Eクラスに配属が決まり、教室までの道をガッカリされた雰囲気で見られていたあの時はいったいどうなることやらと思ったが、なんとかクラス内では評価は得られたようだ。


 だが……。


『完全に呼び名が王子様で定着しちまったな……』


 言い出したのはみくさんと紗耶香さんだったか……。

 結局これがクラスメイト全員に定着してしまった。


 正直な所、俺はこの呼び名が好きではない。

 

 王子様ってなんだよ、俺はそこまで大層な人間じゃないし、はっきり言って恥ずかしいよ。

 中学の時のプリンスもそうだけど、そっちより『一ノ瀬くん』とか『恵斗くん』と呼んで欲しいものだ。


 ただ女の子が気に入ってることを止めさせたいかって言われればそうではない。

 彼女たちが自分に関することで楽しそうにしてるのは俺も嬉しわけで。


 けっきょくこういう甘い所がダメなんだろうな。

 まぁ定着してしまったものはしょうがない、ひとまずは受け入れよう。

 

『絶対に王子様を定着させてやる』

『誰が――なんて呼ばせるもんか』


 なにやらこそこそとクラスメイトが喋っている。


「どうしたの田中さん、清水さん」

「えぇ!? あ、いやなんでもないよ王子様!」

「うんうん! てか私たちの名前も覚えてくれて嬉しい……、嬉しいよ王子様ぁ」


 んー、思い過ごしかな。

 なにやら物凄く強い決心を感じたんだけれど気のせいだったかな。

 

 まぁそんな俺の勘違いはさておき、クラスメイト達と談笑していると佐良さんたち三人組がやってきた。


「王子おっはよー!」

「王子様おはようございます」

「一ノ瀬くん……、おはようっ」

「三人共おはよう!」


 特にみくさんは一番元気がいい、紗耶香さんはお淑やかな面が出ていて、このクラスで唯一王子様呼びしない佐良さんは一番好感が持てる。


 ――まぁ昨日俺がごり押したんだけれど。


「ねぇねぇ、佐良さん」

「え、な、なに?」


 俺を囲んでいた女の子の一人、中野さんが輪を抜けて佐良さんへ声を掛ける。


「王子様とは結局どうなの?」

「えぇっ!?」

「だって昨日あんな風に抱えられてもらってさ、全女の子の夢だよアレ」


 すると中野さんの言葉に感化されるように他のクラスメイトも続いた。


「たしかに、アニメとか絵本でしか見たことがないよね」

「ドラマでも男性俳優さんが接触NG出している人ばっかりだから見たことない!」

「いいなぁ、王子様に抱きしめてもらえるなんて……」


 佐良さんを他所にどんどんと盛り上がっていく。


「昨日あれから四人でどこか行ってきたと思ったら少し仲良くなって帰ってきたし、何か進展あったのかなって」

「仙道さんと砂村さんも居たんだよね、どうだったの?」

「あ、あははー」

「ほほほー」


 二人ともごまかすの下手か?

 もうちょっと何かないの!?


「王子様どうなの?」

「え、あー、そのぉ、どうなんだろうね!」


『王子もうちょっと何かないの!?』

『言い訳が酷いですよ!?』


 と言っている二人の心の声がよく聞こえる。

 ごめん、俺もごまかすのは下手だった。

 

 ど、どうしよう……。

 理奈の事もあるのにこれじゃあなぁ……。


 とはいえ何をどう説明するんだ。

 転びそうになったのを抱き止めただけの話だし……。

 

 それでも話題は長引けば長引くほどドツボにハマる気がするし……。


 どう結論を出すべきかなぁ、困っていると思わぬところから助け船が。


「い、一ノ瀬くん!」


 目を瞑りながら、前で手をぎゅっと握って叫んだ佐良さんはクラスの視線を一気に集めた。


 ……視線を一気に集めて『ひぃっ』って怖気付きそうになっているけれど、大丈夫かな。


「き、昨日は言いそびれちゃったんだけどあなたに伝えたいことがあります!」

「な、なんでしょう?」


 佐良さんの台詞に、昨日のような高まりが教室中に広がる……。

 

「わ、わたしと……わたしとその……っ」


 一瞬言い淀んだ彼女だったが、意を決したように再び口を開いた。


「わ、わたしと、お友達になってください!」

「……と、友達?」


 クラス中が静まり返った。

 いや、なんだか拍子抜けみたいな空気にもなりかけている。


 だが……。

 

「そ、それでいつか……いつの日かあなたのことを」


 佐良さんは胸の前で手を握り締め、そして俺の目をじっと見つめる。


「わたしに惚れさせてみせます! そ、そしたらその時は……、その時は本当に……っ、物語なんかじゃなくて、本物のわたしの王子様になってください!」

 


 ――クラス中が静まり返る。


 息の詰まるような静けさはとても長いように感じて。

 想いを伝えた彼女は、真っ赤になりながらもきちんと俺に向き合っている。


 なんだか凄く。

 物凄く佐良さんが輝いて見えた。


 目立つことをするのそんなに好きじゃないだろうに、それなのに俺へ正直な想いを伝えてくれた。

 

 ――ならば俺もちゃんと答えないとな。


「わかったよ佐良さん……いや千尋」

「あっ……」

「君と俺は今日から友達だよ。今は何も返事が出来ないけど、君が俺を夢中にさせてくれる日を楽しみにしてる。――俺って惚れたらとことん相手のことを好きになる男だから……その時は覚悟してくれよ?」

「……うんっ! 見ててね一ノ瀬くん、わたしがんばるからっ、絶対にあなたをわたしに夢中にさせるからっ!」


 その時の千尋の笑顔は誰よりも輝いていて、そんな彼女を非難するようなクラスメイトは存在せず。

 

「佐良さん頑張って!」

「くぅ~、悔しいけど私佐良さんの応援するよ!」


 と、彼女に賛辞の声を上げた。


 成り行きを見守っていた千尋の親友二人は安心したように笑って見守っていてやがて『ちっひーやるね!』『千尋ちゃん、よかったぁ』と彼女を抱きしめるのだった。

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