第19話『適用外男子』☆
時間は少し戻り――。
理奈をデートに誘った翌日、千尋に『惚れさせて見せる』と言われる日の朝の出来事だ。
「今日けいちゃんが生徒会室に来るの何時!?」
「……何の話?」
朝の食卓で姉さんと会って早々にそんなことを言われた。
一体何の話をしているのやら。
「今日1年生は校内を見学に回るはずだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「あれ、昨日聞かされなかった? 担任の先生鷹崎先生だよね?」
「考え事していてちょっと耳に入っていなかったかも」
その時は千尋に痴漢してしまったと思っていた件と、理奈に誤解されたことをどう弁解するかで頭がいっぱいだったんだ。
まるで話を聞いていなかったな。
「お姉ちゃんは、けいちゃんが来るの待ちきれないよ~!」
嬉しそうな様子でクネクネと身体を動かしている姉さん。
母さんからは『早く食べちゃいなさい』と言われているがお構いなしだ。
俺はひとつ危惧をする。
「……お願いだからいつものように抱き着いてこないでね」
「えぇ!?」
心底ショックといった表情を見せる姉さん。
――これ伝えていなかったら絶対に抱き着いてきたやつだ。
「けいちゃん……お姉ちゃんの事嫌いになっちゃったの?」
ウルウルとした目で訴えかけられる。
隣の母さんからは『コーヒー冷めるわよ』と言われているが今度もお構いなしのようだ。
「いやあの、学校では止めてねって言ってるだけで、姉さんのことを嫌いになったわけじゃ――」
「じゃあ好き!? お姉ちゃんと結婚してくれる!?」
なんでそうなるんだ。
しかも謎の発想が隣の芽美にも移り――。
「兄さん! 芽美も兄さんと結婚します!」
「芽美? 兄妹では法律で結婚が出来ないんだ」
「大丈夫です、芽美と兄さんの愛は法律に負けません!」
「めぐちゃんズルいよ! けいちゃん、お姉ちゃんとも愛し合ってるもんね!?」
……朝から頭が痛い。
俺は助けを求めて母さんに目線を送るが、ニコッと返されただけで助けてくれなかった。
朝から暴走気味の姉妹を宥め余計な疲労を負ったまま学校へ向かったのだった。
――
俺たちは今、鷹崎先生の案内に寄って校内を回っている。
姉さんの言ってた通り、入学式の翌日である今日の午前中は校舎内を見学する時間となっている。
授業や部活などで使う各施設やレクリエーション等で使われる教室を順に回っていく。
上級生たちは明日から通常授業となる、なので部室には生徒がいる頻度が多く、下級生である俺たちが訪れると歓迎の意を示してくれる。
ただ……。
――あぁ、Eクラスか……。
軽蔑に近いような視線を受けるのであまり良い気はしない。
入試の結果によってクラス別けがされているのは周知の事実だが、とはいえあからさまに態度に出されると良い気分ではない。
それに加えて……。
「……あれが噂の?」
「Eクラスに配属されるの初めて見た」
悪い意味で俺が注目を集めてしまっている。
まぁ希少性の高い男子で尚且つ、例にない唯一のEクラス男子だ。
否が応でも注目されるというものだろう。
しかし、それよりも気になるのは――。
「
ちょこちょこ出てくるこの『適用外男子』というワード。
コソコソ話している感じ的に良い意味ではないのはなんとなく分かる。
そしてそのワードを聞く度にクラスメイト達が嫌そうな顔をしている。
「……私たちの王子様はそんなんじゃないのに」
「みんな王子様のすばらしさを知らないんだよ」
このようにフォローするような意見を言ってくれている。
良いクラスメイトに恵まれたなぁ。
ところで適用外男子ってどういう意味なの?
まさか
このような感じであまり良い歓迎を受けないまま、次は生徒会室に案内される。
――あんまり入りたくないな。
心の中で思うも鷹崎先生を始め、一人ずつ室内へ入っていく。
まぁ朝にちゃんと釘は刺したから、さすがに抱き着いてはこないだろう……。
そう信じ、クラスメイト達の後に続いて最後尾で生徒会室へ入ると――。
「けいちゃーんっ、待ってたよーっ!」
室内へ入るなり、姉さんの甘い匂いと柔らかな胸に包まれる。
……結局こうなるのか。
「え、ちょっと、えぇ……っ!?」
「な、なんで会長が王子様に――っ!?」
隣を歩いていたみくさんと紗耶香さんの二人が驚いているのが聞こえる。
千尋も顔を赤くして『はわぁっ』と声を漏らしているようだ。
そんな中、茶髪で短い髪、制服のリボン色的に上級生であろう女の子が駆け寄ってくる。
「ちょっ、ちょっと何やってるんですかあけ先輩!」
入室してくるなり男子生徒へ抱き着いた、傍からみたら頭のおかしい人を止めるべく姉さんを後ろから羽交い絞めにして、俺から引き離した。
「離してよさとっ、わたしとけいちゃんが愛し合ってるんだよっ!」
「他の生徒もいるんですよ!?」
「そんなの関係ないもん! けいちゃんとわたしは愛を誓った仲なんだから!」
「いや、誓ってないから……」
姉さんは『そんなぁっ!?』とショックの受けた顔をして……。
「けいちゃん、お姉ちゃんのことが嫌いになっちゃったの!?」
ウルウルとした目で訴えかけられた。
……なんかこのやりとり朝にもやったな。
そんな中、姉さんを羽交い絞めした先輩はどこから持ってきたのかハリセンを手に取り……。
姉さんの頭をパシーンと叩き、心地よい音を室内に響かせた。
「うぅ……痛い」
「目を覚ましてください」
頭を押さえながら、少し涙目になっている姉がちょっぴり可愛く思えた。
そして姉さんは気を取り直したように『こほん』とひとつ咳ばらいをして……。
「入学式以来ですねみなさん。わたしは生徒会長の一ノ瀬明美です」
背筋を伸ばし、凛とした佇まいで言い放った。
――いやいや。
「いや、今更無理だから」
「さすがに無理よ、一ノ瀬さん」
「えぇっ、そんなぁ!?」
当然ダメだった、ハリセンを持った先輩も呆れ、鷹崎先生は困った顔をしている。
そりゃ姉さん、そうなるって……。
「こ、これがあの一ノ瀬会長……?」
「入学式の時の人は別人?」
酷い言われようである。
もちろん自業自得なのだけれど
「てか、王子の事を『けいちゃん』って……」
「王子様って『一ノ瀬』だよね、ということは……!?」
周囲が俺と姉さんの関係に気付いてざわざわと騒ぎ出す。
「さっきまでいつも通り対応してたのに、なんで急に豹変するんですか!」
「だってけいちゃんが来てくれたんだもん!」
「り、理由になってない……っ」
先程姉さんをハリセンで活を入れた『さと』と呼ばれた女性は頭を抱えた。
姉さんが本当にすみませんね……。
「あ、あなたの弟好きっぷりがここまでとは……、たしかにいつもうざいぐらい弟自慢をしてたけど……」
「う、うざい!? ひどいよさとっ!」
後輩生徒にうざいと思われるって、いったい何を話しているんだ姉さんは。
「で、でもわたしが話してる通りけいちゃんは素敵でしょ!?」
そう言って改めて『さと』先輩からじっと見つめられる。
キリッとした目つき、今ま出会ってきた女性には居ない気持ちの強そうな人で思わずたじろぐ。
「たしかにまぁ、顔はカッコいいけど……」
「でしょ、けいちゃんがカッコいいのっていうのはもちろんだけど、わたしからすれば可愛くもあるんだよっ、もうけいちゃんを知ったら他の男なんて目に入らないよね。いつもお家ではわたしが帰るとぎゅーって抱きしめてくれてね、それでね――」
「あの、うざいですあけ先輩」
「そんなぁっ!?」
まるで漫才みたいなやりとりの二人である。
俺はいつも姉さんの勢いに押されっぱなしなので、後輩の生徒に押されている姿がなんだか新鮮だ。
「一ノ瀬さんって凛々しくて、美しくて、カリスマ性が高いって言われて、生徒たちから大人気の生徒会長なんだけどね……」
「……それって誰か別の人と間違えていないですか?」
鷹崎先生は困った顔で俺に教えてくれたが、いま語られた一ノ瀬明美像と我が家の姉さん像ではだいぶかけ離れていませんかね?
俺には毎日『けいちゃーん!』って言って抱きしめてくる甘々な姉さんしか印象がない。
そんな中、姉さんから視線を外した先輩さんは俺へと目を向け。
「先輩の弟の話は本当にうざいくらい聞かされてたから、どんな男の子なのか期待してたけど……」
そこで一言溜息を吐いてから。
「男なのにEクラスでしょ?」
室内の温度が急低下した、そんな気がした。
だが先輩さんはそのことを気にせず続ける。
「男子生徒って最低でもDクラスには滑り込めるはずでしょ、それなのにEクラスに配属されるなんてありえなくないですか?」
「け、けいちゃんはちょっとお勉強が苦手だけど……」
「それがちょっと所じゃないっていう話なんですよ」
そこで彼女は俺へと向き直り腰に手を当ててさらに言葉を続ける。
「きみ、学校では結構有名だよ。
「さっきから耳にしますね、なんですかそれ?」
「
――おいおい、冗談で予想したことが当たってしまったよ。
思わず苦笑してしまった。
「ちょ、ちょっと! 先輩だからって王子の事悪く言わないでよ!」
「そうです、王子様は適用外男子なんかじゃありません!」
みくさんと紗耶香さんが俺を援護するように、先輩へ反発する意見を言ってくれた。
クラスメイト達も『そうだ!』『王子様はそんな呼ばれ方するような人じゃないんだから!』と言ってくれている。
「じゃあ男なのにEクラスにいる理由は? この学校で最底辺のEクラスに居るって意味が同じクラスメイトのあなたたちならよくわかるでしょ?」
「そ、それは……っ」
先輩の指摘にクラスメイト達は何も言い返せず黙り込んでしまう。
そんな彼女たちを見て先輩は『そら見たことか』と鼻で笑った。
だが、その間俺が特に何も言わずやり取りを眺めているのが気に食わなかったのか。
訝しんだ表情に変えて先輩は俺へ向けて口を開いた。
「君さ、男が女から馬鹿にされてるんだよ、ムカつかないの?」
「いや言ってることは事実ですし、自分でもびっくりするくらいの点数だったのは知ってたんで……」
入試直後の自己採点で、驚きの点数を叩きだしたのは今でも覚えている。
理奈がゲラゲラ笑っていて、まれちゃんが優しく慰めてくれたよ。
しかし、俺の返答が思ったものと違い、面白くなかったのか先輩はこう続けた。
「……男ってとにかく体裁にこだわるんじゃないの?」
「いやぁ、あの点数で体裁にこだわるとか無理でしょ」
「……女から馬鹿にされる男子って事実は、きっとあなたが思ってるよりも世の中の男子には受け入れがたい事よ」
「そんなこと言っても俺がEクラスに所属している事実は変えられませんし、ここで否定したって他の所では既に同じように言われてるんですから」
「なんなのこの子……」
気味悪そうに呟く先輩。
そんな反応されてもな、言ってることそのまんまなんだから仕方ないだろう。
「いいじゃないですか、適用外男子って好きなように言わせておけば、ハッキリ言ってそんなことに興味なんかないですから」
正直な所、俺はモテていればそれで良い。
王子様だろうが適用外男子とかどうでもいいんだ。
いや、やっぱり名前で呼んでは欲しいな……。
まぁそれはソレだ。
だが、俺の感想とは裏腹に千尋が一歩前に出て口を開いた。
「わ、わたし、一ノ瀬君がそんな呼ばれ方されるなんて嫌だよ……」
俯きながら、想いを零すように話す千尋。
「わたしもクラスのみんなも一ノ瀬くんと一緒のクラスで本当によかったと思ってるから、男子なら誰でもいいんじゃなくて一ノ瀬君だからいいの……。だからあなたがそんな呼ばれ方するなんて――わたしは嫌だっ」
最後の方は力が入った声色で、目の端には僅かながら光るものが見えた。
そして千尋の言葉にクラスメイトたちが同調するように『わたしも!』『この人は適用外じゃなくて王子様なんだから!』と声を上げてくれた。
そうか……。
みんなそんなにも想ってくれているのか……。
ならば、俺も覚悟を決めないとだ。
先輩を見据える、俺の決意が、雰囲気が変わったのを感じ取ったのか先輩は一歩後ろに下がった。
「先輩、ちょっと修正させてください。たしかに適用外男子って呼ばれ方は構わないんですが――」
俺の『適用外男子で構わない』――その言葉に千尋は『一ノ瀬くん……』と悔しさを訴えかけるような目で見つめる。
大丈夫だ千尋、信じてくれ。
その想いを込めて俺は一度彼女の肩にそっと手を置いた。
「その意味を変えてやりますよ」
「……意味を?」
「そうです。『Dクラスからも外された適用外な男』じゃなくて『城神高校のどの男子とも違う適用外な男』ってな意味でね」
ポカンとした表情の先輩、姉さんは『さすがけいちゃんだね』と言いたげな顔でニコニコしている。
「そうだな、先輩が卒業するまでに、今の俺の評価を覆してやりますよ。それであなたに俺を認めてもらいます!」
ビシッと先輩へ向けて指を指す。
彼女は呆気に取られているようでなにも発しない。
先輩の反応に満足して俺は一度千尋に目を向け、そしてクラスメイト達へ振り返る。
「みんなもそれでいい? そうなれるように俺頑張るからさ」
「もちろんだよ一ノ瀬くん!」
千尋の言葉に続いてクラスメイト全員から賛同を得られる。
千尋の言葉に助けられた。
あのまま『適用外男子』で流されるのを良しとしてたら俺はこの先『でも適用外だしな』とかで逃げてしまう、そんな未来があったかもしれない。
千尋の行動に……心を震わされるものがあった。
初めて会話をした時の、内気な女の子だと思っていた最初の印象は少し消えつつある。
彼女は芯がしっかりとして、強い心の持ち主なんだって思うようになった。
「――っ、ぷっ……ははっ! なにそれ、意味わかんないっ」
黙って聞いていた先輩が笑う、お腹を抱えるくらいにツボに入ったらしい。
けど、その笑い方は馬鹿にしているような感じではない。
「やっぱりこの男の子はあけ先輩の弟だね」
「だからそう言ってるじゃん、けいちゃんはわたしの自慢の――」
「ねぇ、私は
姉さんの台詞を遮り、俺へ名前を尋ねた鹿目先輩。
その表情は今までの見下した目と違い、心から俺に興味を持ってくれている、そんな意思を感じた。
「俺は一ノ瀬恵斗です、鹿目先輩」
「ふふっ、智子でいいよ。よろしくね
「じゃあ智子先輩で、先輩も恵斗でいいですよ」
「うぅん、まだダメ」
ダメ?
智子先輩の真意がわからず俺は首を傾げた。
「弟くんが言った通り、卒業までに私を認めさせてよ。そうしたらその時はきみの事をちゃんと名前で呼んであげるっ!」
だからさ……と智子先輩は続けて手を差し伸べて……。
「期待してるよ、弟くんっ!」
とても様になっているウィンクをして俺と先輩は握手を交わしたのだった。
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