第18話『適用外男子』

「さて、今日はみなさんに係や委員会を決めてもらいたいと思います」


 今日最初の授業。

 授業とはいっても本格的な授業はまだ行われず、クラスでの役割決めや学校内見学とかゲームでいうならばチュートリアルみたいなもので、本格的な授業は午後に行われる。


 黒板に体育祭委員、文化祭委員、号令係等と様々な役割が挙げられる。

 俺が狙うべきはもちろん学級委員だ。

 

 学級委員とはすなわちクラスの代表であり中心にいる人間がなれるべきもの。

 

 つまり学級委員になればモテると俺は信じてる。

 

 過去の俺はもちろん迷わず学級委員に立候補した。

 しかし悲しきかな『〇〇くん(イケメンバンドマン)の方がかっこいいからわたしはそっちがいいな~』とクラスカーストトップの女子の一言で俺は落選を果たした。


 家に帰って枕を濡らしたあの日の事は忘れないよ。


 悲しい過去はさておき、やはり男ならば何かの中心に存在するということは常に憧れるもの。

 リーダー的な存在にはいくつになっても憧れ続けているのだ。


 今現在モテているのに学級委員になる必要はない?


 いやいや、このモテ現象もある日も境にパッと無くなってしまうかもしれないだろう。

 

『あの人の取柄って男なだけだよね』『他に何にも出来なくない?』とか言われて去って行ってしまうかもしれないだろう。


 少しでもポイントを稼がないといけないし『女子に目を向け続けて貰う為に俺は常に努力すべし』と最近の俺は感じるようになったのだ。


 この世界の教えである『数少ない男性に目を向けてもらう為に女は常に努力すべし』に通じるものがある。


 というわけで学級委員になろうそうしよう。


 幸い今の俺の顔は昔と違ってイケメンだし、男子生徒がいないから比べられて落選することもないし、『王子様が学級委員なんて素敵!』『王子様がなるべきよね!』と朝のもてはやされぶりならきっと反対されることはないだろう。


 虎視眈々と学級委員の立候補を集う時を待ち続ける。


「じゃあ次は学級委員――『はい!』」


 先生の言葉が言い終わる前に挙手をする。

 あまりの速さに先生はもちろん周りの女子生徒も唖然としている。


「一ノ瀬君?」

「はい!」

「本当にやるの?」

「はい、もちろんです!!」

「そ、そう……」


 先生の顔はかなり引き攣っていたが、他の生徒の立候補もなく無事学級委員になる事が出来た俺は嬉しさでテンションが上がっていた為気にならなかった。


 この周りの引き具合を俺はすぐ後に知ることになる。


 あの後グループチャットで『俺学級委員になったよ!』と送ったらまれちゃんから『わたしもだよ、お揃いだね♪』と返事をもらって滅茶苦茶ニヤニヤした。

 

 今は少し気まずい理奈もチャットには反応をくれて『けーとのことだからやりかねないと思ったけど……』と若干引いた返信を受ける。


 理奈曰く、城神高校の学級委員は大変らしい。

 クラスの広告塔にもなるし、学年トップの学級委員長ともなれば仕事量が尋常じゃなく学生にして社畜と化すのだと。


 え、学級委員てそういう感じなの?

 ただのリーダー的な物じゃないの?

 

 ま、まぁいいんだよ?

 俺本当に学級委員やりたかったんだし、それ知ってたとしても学級委員やるよ?


 ――ちょっと時を戻せないかな。


 まあでもリーダー的存在になるの嬉しいし、後悔はしていない。

 それに重大なモテ要素だしな。


 クラスメイトには休み時間に『王子様本当にやるの!?』『大丈夫!?』と質問攻めにもあったが『俺はみんなの中心でいたいんだ』と華麗にアホ丸出しのセリフを決めたし。

 

 もちろん黄色い歓声が沸いた、求めてたのはこれだよこれ。

 

 分かってきたよこの世界でこういうこと言えばみんな盛り上がってくれるって。

 

 前の世界だったらただのやばい奴で終わるがこの世界は男女比の方がやばいので特に問題はないと思っている。

 

 そんな役割決めの出来事を振り返りつつ。


 俺たちは今授業中にもかかわらず校内を歩いている。

 何故かというと今は校内見学の時間だからだ。

 

 鷹崎先生の後に続いて校内を歩く、授業で使う施設とか、食堂、各部室などを案内されている。

 上級生たちは明日から通常授業となる為、部室には先輩たちがいることが多くて男もいる為か歓迎ムードではあったが……。

 

 ――あぁ……E組か、可哀想に。

 

 といった雰囲気が口には出さないものの感じられ、そこまで心地の良いものではなかった。

 

 けどそれ以上に……。

 

 ――あれが『』?

 ――あんなにカッコいいのに残念だね

 ――でもあれって会長の……。


 と、俺に対する残念な感じがもっと強くて俺は愛想笑いをするのにだんだん疲れてきたのだった。


 でもいいんだクラスメイトが『王子様は残念なんかじゃないよ!』『わたしたち王子様大好きだよ!』と慰めてくれるから。

 

 モテてるって本当に最高だ……。


 そして鈍感な俺でも気付きつつあった。


 ――なぜうちのクラスに他の男子がいないのか。


 気付きつつはあったが、あえて考えないようにして俺たちE組は生徒会室へ向かうのだった。



「けいちゃーんっ!! 待ってたよーーっ!!」


 生徒会室へ着くなり俺は姉さんからの抱擁を受ける。

 ちょっ、顔にマシュマロがっ! とっても柔らかいっ!?


「ちょっとちょっと何やってんのあけ先輩!」

「離してよさとっ、わたしとけいちゃん姉弟の時間だよっ!」

「他の生徒もいるんだからやめろっつってんの!」


 どこから持ってきたのかハリセンで頭をパシーンと叩かれ姉さんは俺から離れる。『うぅ……痛い』と涙目になってるのが姉ながらちょっと可愛く感じる。


 一つ咳ばらいをして姉さんは姿勢を正し。


「こほん……、入学式以来ですねみなさん。わたしは生徒会長の一ノ瀬明美です」

「いや、今更無理だから」

「さすがに無理ねぇ、一ノ瀬さん」

「えぇっ、そんなぁ!?」


 改めて自己紹介したけど当然ダメだった、ハリセンを持った先輩は呆れ鷹崎先生も苦笑いだ。

 ごめん姉さん、誰だってそうなるよ……。


 ――これがあの一ノ瀬会長?

 ――王子様の事を『けいちゃん』って……。

 ――王子さまって『一ノ瀬』だよね、ということは……!?


 周囲がざわざわと騒ぎ出す、どうでもいいけどみんなちゃんと俺の名前覚えてくれてたんだね。


「さっきまでいつも通り対応してたのになんで急に豹変するんですか!」

「だってけいちゃんが来てくれたんだもん!」

「あ、あなたの弟大好きっぷりがここまでとは……」


『さと』と呼ばれた頭を抱える隣の紫色の髪をした女性、同じ生徒会役員なんだろうけどかなり姉さんと仲がよさそうだ。


「たしかにまぁ、顔はかっこいいけど……」

「でしょ!? けいちゃんはカッコいいけどわたしからすれば可愛くもあるんだよ!! もうけいちゃんを知ったら他の男なんて目に入んないよね!? いつもお家ではわたしが帰るとぎゅーって抱きしめてくれてねそれでね」

「うっさいっつうの!」

「……痛い」


 まるで漫才みたいなやりとりの二人、姉さんの学校での話は上手くやってると聞いてたし、生徒会長をしているのも聞いてたけどあんなに仲良しな人がいるのは知らなかったなぁ。


「一ノ瀬さんっていつもは凛々しいって評判の生徒会長なんだけどねぇ」

「え、姉さんが凛々しい? それって別の姉さんって人の間違いじゃないですか?」

「あ、あなたも大概ね……」


 鷹崎先生は困った顔で俺に教えてくれたが、姉さんが凛々しい?

 たしかに頼りがいあって料理上手な姉さんが大好きだけど凛々しいってのは悪いけど想像がつかない。


 いつも『けいちゃーん!』って言って抱きしめてくるほんわかした姉さんしか印象がない。


「あなたの弟の話は聞かされてたから期待してたけど……」


 そこで一言ちらっと俺を見てから。


「男なのにE組でしょ?」


 空気がピシりと凍った気がした。

 そんなことを気にせずに彼女は続ける。


「普通男子って最低でもD組には滑り込めるのに、その下のE組に配属されるなんてよっぽどじゃないですか?」

「け、けいちゃんはちょっとお勉強が苦手だけど……」

「それがちょっと所じゃないっていう話なんですよ」


 そこで彼女は俺へと向き直り腰に手を当ててさらに言葉を続ける。


「きみ、学校では結構有名だよ。って呼ばれてるの知ってる?」

「適用外男子?」

「そ、最低保障のD組からも外されちゃうから適用外男子なの」


 おっかしいよね~、と挑発するような笑みでクスクス笑う先輩。


 適用外男子ねぇ……。


 周りのクラスメイトに目を向けると気まずそうな顔をしてたり、そっと顔を背けたりもした。

 千尋たちも何とも言えないって顔をしてる。


 そっか、クラスのみんな知ってたのか。

 それでいても俺をこんなにちやほやしてくれてたんだな。


 ――良い子たちじゃないか、気を遣ってて尚且つそれでも俺を慕ってくれてるんだろ。


 そもそも俺転生者だからその時点でこの世界の適用外なわけだし。

 いいじゃん、適用外男子。

 むしろしっくりくる。


 挑発をしたにも関わらずむかっとした顔もせず余裕そうな雰囲気を崩さない俺を見て、訝しんでる様子の先輩。


「ムカつかないの? 男が女に馬鹿にされてるんだよ?」

「だって勉強できないからE組にいるんですよね、事実を指摘されて怒る理由なんてありませんよ」


 俺の返答に対して面白くなかったのか先輩はこう続けた。


「……男ってとにかく体勢にこだわるって聞いてるけどいいの? 女に馬鹿にされた男子って肩書はきっとあなたが思ってるよりも他の男子には受け入れがたい事よ」

「生憎俺はいつも『他の人とは違う』って言われるのが多くて、その肩書もいつもの事で済みますよ」

「なんなのこの子……」


 気味悪そうに呟く先輩。


 悪いんですけどその反応は馬鹿にされるよりも傷つきます。


「いいじゃないですか適用外男子って呼び名、他の女の子たちに俺は他の男子と違うんだぞってアピールにもなりますよ」

「で、でも一ノ瀬君、あなたがそんな呼ばれ方されるなんてわたし嫌だよ……」


 千尋が割って入り自身の想いを主張する。


「一ノ瀬君は『適用外』なんかじゃないよ……、わたしもクラスのみんなも一ノ瀬君がE組で本当によかったと思ってるよ。男子なら誰でもいいんじゃなくて一ノ瀬君だからいいんだよ……。だからあなたがそんな呼ばれ方するなんてわたしは嫌だ」


 千尋の言葉にクラスメイトたちがうんうんと頷く。


 そっか、そんなに俺の事評価してくれてたんだな。

 本当にみんな良い子たちだよ、この子たちに慕われて俺は幸せものだな。


 人とは違う呼び名に厨二心が擽られるものがないわけではなかったが、千尋たちの想いを聞いた後では話が違うな。


 そうだ、ならば決めたぞ俺は。


「先輩ちょっと修正します。今の俺は『適用外男子』で構いませんよ。けどいつか……そう、先輩が卒業する頃には『、それくらいに彼は素晴らしい男だった』って思わせて見せますよ!」


 ポカンとした表情の先輩、姉さんは『さすがけいちゃんだね』と言いたげな顔でニコニコしている。


「みんなもそれでいい? そうなれるように俺頑張るからさっ」

「もちろんだよ一ノ瀬君!」


 千尋の言葉に続いてクラスメイト全員から賛同を得られる。

 

 千尋の言葉に助けられた。あのまま『適用外男子』で流されるのを良しとしてたら俺はこの先『でも適用外だから』で逃げてしまう、そんな未来があったかもしれない。


 まだ惚れたわけじゃない、けれどさっそく千尋の行動に少し心を震わされるものがあった。

 

 ただの内気な女の子だと思っていた最初の印象は少し消えつつある、彼女は芯がしっかりとした前を向いてる女の子なんだって思うようになった。


「……っ、あっははは!! なんなのよこの子、意味わかんなくてほんと面白いんだけど! やっぱりあけ先輩の弟だよこの子」


 ここまで黙って聞いていた先輩が笑って俺を指さしている。

 おなかを抱えるくらいにおかしいらしい。


「だからそう言ってるじゃん! けいちゃんはわたしの自慢の」

「ねぇ、私は鹿目智子しかめさとこって言うんだ、改めてきみの名前教えて、適用外くん」

「俺は一ノ瀬恵斗ですよ、鹿目先輩」

「ふふ、智子でいいよ。よろしくね。さっききみが言った通り卒業までに私を認めさせてよ、そしたらその時はきみの事ちゃんと名前で呼んであげるっ」


 だからさ……と鹿目先輩は続けて手を差し伸べて……。


「期待してるよ、弟くんっ!」


 とても様になっているウィンクをして俺と先輩は握手を交わしたのだった。

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