第20話『男性と女性の役割』☆


「それでは第1回目の授業を始めますね」


 記念すべき最初の授業、教壇に立つのは担任の鷹崎先生だ。


「とはいっても、最初の授業はただお話をするだけなんですけどね」


 苦笑しながら先生は黒板へと字を書いてゆく。

 黒板には『男性』『女性』の文字が書かれた。


「それではまずみなさんに答えてもらいましょうか、佐良さん、この国ではいくつから婚姻を結ぶことが出来るでしょうか?」

「は、はい、十八歳以上で、あとは高校を卒業してからです」

「はい、正解です。高校を卒業しないと男子と女子のどちらも結婚することは出来ませんね、ご存じだとは思いますが当校では飛び級と留年は認めてませんので、年齢についてはみなさん心配ありませんよ」


 大きく『高校を卒業後』とふたつのところに書かれる。


「では次の質問です。結婚できるのは先程佐良さんが言ってくれたとおり卒業後からとなりますが、婚姻が可能とされる人数について聞きましょう。女性は一人、男性は三人以上と高校を卒業までで決まっています。その理由は何故でしょうか砂村さん」


 指名された紗耶香さんは椅子から立ち上がった。

 

「はい、婚姻数が多いのは女性の数が男性よりも少ないから、一対一にすると過度な競争となり秩序が崩壊することや、人口の減少へ繋がってしまう為です」

「素晴らしい回答ですね。ありがとございます。かつて……我々が生まれるよりも前の時代には少ないながらも今よりは男性の人数も多かったと言われています。しかし、国がまだ一夫多妻制度を許可していない頃に問題は起きました。結婚出来る男女数の低下、それに伴い子供の出生率が低下していったのです、これでは国が崩壊してしまいます」


 減少していく人口を抑える為の施策として、男性は複数の女性と婚姻できる一夫多妻制度を可とする法律を作った、とされている。

 

 しかし法律が出来た頃はまだ数少ない男性を射止めようとあの手この手で競争していた時代。

 世の多くの男性はあまりに積極的すぎる女性に恐怖し、中々多妻制が進まなかった。


 そこで打開策として設けられたのは国が男性に掛かる費用のほぼ全般を負担するようにして、代わりに結婚を義務付けさせた。

 

「だからといって女性も枠が増えたとはいえ、結婚できる女性の数は相変わらず限られています。子供を作る為人の男性を奪ってでも精子が欲しかった女性も中には居ました。そこで国は女性に対しても政策を追加しました。それはなんでしょうか、仙道さん」

「え、えと……人工授精?」

「そうです、人工授精の技術が進められたことによって男性へ無理に子作りを強要する件数は減りました。ただ恋愛に関しては……いつの世も私たちは人間ですからね、こればかりは難しいですね」


 鷹崎先生は苦笑いしながら話を纏めた。


 ――人工授精。

 先生が挙げた通り、男と性行為せずとも子供を作ることが出来る技術。

 母さんもこの制度を利用して俺たち三人を生んでいる。

 

 この制度を受けるためには独身であるのとは別に、年収や犯罪歴はないか等、様々な審査が必要にはなるらしい。

 厳しい審査はあるものの、それでも政策前より断然と治安は良くなったとされている。


「それでは一ノ瀬君、今度は男性側のことについて答えてもらいましょう。先程も話した通り男性には国が補助金を用意したりと一見男性のあなたたちに有利と思われる制度が多くあります。それは何故でしょうか?」

「それはやっぱり……男の数が少ないから?」


 数少ない男を守る、保護する為とかそういう意味でもありそうだ。

 

「そうですね、正解です。結婚をすると相手の女性一人につき数百万もの援助金が支給されますよ」

 

 数百万!?

 凄い額だな……。


 先生は『ただ、毎年規定人数を大きく上回って卒業する人はいませんけどね』と苦笑いして話す。

 

 「さらに子供が生まれると新たに補助金も支給されます。このように男性に対し優遇される措置が取られるのは世の中の人口比が理由です。どうしてここまで婚姻にお金を掛けるのかというと、時折国会等でも議論されますが、やはり男性には結婚、そして人工授精ではなく性行為で女性と子供を作ってほしい……その意見が強く国は男性に結婚を推奨する傾向にありますね」


 性行為でというワードが出てきた際、心なしかクラスメイト達からの視線が集まったような気が……。


「ただし」


 みんなの視線が俺へと集まる中、一言を発して注目を集める。

 ここまで笑顔で授業を進行していた鷹崎先生だったが、一変して真剣な表情へと変わっていた。


「これらはあくまでに適用されます。――つまり、社会へ貢献しない若しくは、貢献する意思が見られない男性はどうなるか……一ノ瀬君はわかりますか?」

「……今までの優遇がなくなるってことですか?」

「そうですね、もっと強い言い方をすれば、社会貢献する意思を見せない男性には尊ぶべき価値がないという事になります」


 こ、こえぇ~よ、何だよ価値がないって……。

 今まで甘い汁を吸って生きてきた男にとって、突然奈落へ突き落されるようなものじゃないか。


「結婚をしない男性というのは世に子を残す役目を放棄するという事、ある意味男性に求めている一番重要なところでもありますからこれを放棄するということはその男性は尊ぶべき価値が無いということになります。厳しい言い方にはなりましたが、一ノ瀬君も社会に求められている男性の役割というのを覚えておいてくださいね」

「は、はい……」


 よくわかりました。

 ちゃんと卒業して結婚しないとな……。


「さて、最初の話に戻りますが、男性、女性関係なく、たとえ婚約をしていても高校を卒業できなければ結婚ができません。そして高校は義務教育ではありませんのであまりに成績が伴わない生徒は退学勧告がされます」


 た、退学か……。

 成績が伴わないというのはどの程度までを示すのかわからないが、このクラスは入試の段階で最底辺ということ前提がある。

 

 さっきまでの性行為というワードで浮ついた雰囲気は一切なく、各々危機感を抱いた表情に変わっている。

 

 もちろん俺も同じだ。

 もしクラスの中で最も学力が低いのは誰かと問われれば答えは確実に俺だろう。


 智子先輩へあれだけ豪語したのだ、これで結局成果を上げられなければ俺はただのダサい男になってしまう。


 ん、そういえば……。


 卒業しないと結婚ができないというのは理解した。

 そしてその男には社会価値が無くなる……。


 つまり?

 



 

 ……想像してみよう。

 そこには退学通告をされた俺がいて、目の前にはまれちゃんが冷たい目で俺を見ていて。


『高校も卒業できないけーくん……一ノ瀬くんとは別れます、さようなら』


 と、彼女は俺へ告げた……。


「ほげぇ……っ」

「え、ど、どうしたの王子!?」

「魂抜けてますよ!?」


 両隣から心配する声が聞こえてくる。

 クラス内がざわざわした雰囲気となっているが、俺はそれどころではなかった。


 ま、まれちゃんと別れる……?

 無理、絶対無理、俺死んじゃう。


 それに一ノ瀬君って呼ぶまれちゃんを想像しただけで苦しい。

 そもそも彼女と別れるみたいなシチュエーションを思い浮かべただけでもうだめだった。


「えーと、一ノ瀬君、保健室に行かれますか……?」

「だ、大丈夫です……、しばらく死んでるんで進めてください……」

「は、はぁ……」


 勝手に別れ話を想像して魂が抜けてるだけなんで……。

 机に突っ伏した俺を先生は特に咎めることをせず、授業は再開されたのだった……。





 ――


「え、えーと、一ノ瀬君には少し辛い話だったみたいですが……気を取り直して授業を進めましょう」


 鷹崎明日菜は机に伏せた恵斗を尻目に見ながら話を続ける。

 隣の席のみくと紗耶香が『王子大丈夫?』『王子様にはいっぱい良い所がありますよ?』と慰めている。

 

 当の本人は(自分で想像した)悪夢でそれどころではないのだが。


「今話したのはあくまで極端な例の話です、学業はもちろん大事ですが、それ以外の部活動や委員会活動等もきちんと評価されます。あまり意識しすぎないようにしてくださいね」


 城神高校では新1年生に対してこの話をするのが教師の役目として決まっている。

 これは最初にいつだれがそうなってもおかしくないと意識付けをする為に必要なことであるからだ。

 

 もちろんあまりにも低い成績で素行不良ということもあれば退学措置をとられる可能性は無きにしも非ずだが、わざわざ難関とされる城神高校に入学をしている彼女たちはこれに値することはほぼありえない。

 現にこれまで退学となったはほぼ存在しないに等しい。


 要は軽い注意喚起みたいなものだ。


 ――それを理解することなく1名ショックで伏せてしまったのは予想外であったが。

 

 彼の場合は退学云々ではなく愛する彼女を失った未来を考え自爆しただけのことなので事情が違うのだが、そんなことは教壇に立つ明日菜には知る由もない。


 本来この話をすると男子生徒は『男である自分にはありえないだろう』と余裕を崩さないか『こいつ失礼な事を言う女だな』と見下す思考になる二通りのパターンなのだが、勝手にショックを受けるというパターンは教師歴が短いとはいえ明日菜も初めてである。

 

 生徒会長が普段から彼を褒め称えているのは直に聞いていたが、この男の子は本当に変わっていると心の中で苦笑する明日菜だった。


「男性は社会に子を残す為多くの精子を女性たちへ提供する役割が、女性は国を存続させる為に未来へ子を残す役割があるのです。どちらかが上、どちらかが下というのはありません。皆それぞれに役割があるのです」


 とはいっても『数少ない自分たちのおかげで国を存続させられるんだ』といった男性本位の主張が強くなり、それに併せてかつて女性に貞操を狙われ続けた遺恨が蔓延っているのか、この世はいつからか完全に男が上位となってしまった。

 

 この話をしても大抵の男性は態度を軟化させることない。

 中には最後まで婚活がスムーズにいかず、学校側が婚活に介入する事態が毎年のように続いている。


 昨年も卒業した何名かの男子がギリギリに既定の3名と婚姻を結んだ。

 退学で結婚ができないのはもちろんだが、規定人数をクリアというのが全国高校の男子の卒業必須課題となっている。

 

 この話を伝え、互いに尊重しあい円滑に婚活を進めてほしいというのが学校の狙いなのだがそれほど上手くいっていないのが現状。

 

 今の世の中は女性が結婚せずとも審査さえ通れば子供を作ることが出来る時代、女性は婚活も考えながら入学はするが最低限卒業さえできれば良しという生徒も中にはおり、男性がある程度態度を軟化させないと互いの婚活が上手く回らないようになってきている。


 明日菜は未だ机に伏せている恵斗を見やる。


 この男は既に幼馴染と事実上の婚姻を結んでいる。

 Fクラスにスポーツ推薦で入学した柚月理奈とも親しくしていると聞いている。


 そして既にEクラスの女子生徒全員から支持を得ている。

 彼へ交際を申し込む女子生徒は多いだろう。


 学力こそ他の生徒たちより遥かに劣ってはいるが、素行面では問題視する所は何もない。

 卒業した東葛中学、地区の評判、生徒会長の一ノ瀬明美の談もある。


 城神高校は期待しているのだ。

 自分以外の男性が居ない地区で育ち、他の男性とは違う人間性。

 考え方が変わっている所はあるが、彼ならばもしかしたら何かを変えてくれるのではないかと。


 最初は他の生徒も知る通り最低保証であるDクラスの配属にしようと学校側は考えていた。


 しかし彼の姉である一ノ瀬明美から『忖度しないでいい、わたしの弟なら大丈夫です』と話があり、Eクラスの所属となった。

 これは彼の母親も了承を得て関係者のみ知っている


 ある意味彼はなのだ。


 ――彼の動向には目を離せないわね。


 譫言のように『ま、まれちゃんあいしてる……』と抜かしてる恵斗を見て苦笑する明日菜だったが、彼には期待しようと結論付け初日の授業を終えたのだった。

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