第19話『男性と女性の役割』


「それでは第一回目の授業を始めますね」


 記念すべき最初の授業、教壇に立つのは担任の鷹崎先生だ。


「といってもこの時間はただお話をするだけなんですけどね」


 苦笑しながら先生は黒板へと字を書いてゆく。

 黒板には『男性』『女性』の文字が書かれた。


「それではまずみなさんに答えてもらいましょうか、佐良さん、この国ではいくつから婚姻を結ぶことが出来るでしょうか?」

「は、はい。十八歳以上で、あと高校を卒業してからです」

「はい、正解です。高校を卒業しないと男子と女子のどちらも結婚することが出来ませんね、ご存じだとは思いますが当校では飛び級も留年も認めてませんので年齢についてはみなさん心配ありませんよ」


 大きく『高校を卒業後』と二つのところに書かれる。

 

「ここで大事なのは卒業後というところです。つまりいくら婚約をしても高校を卒業できなければ結婚はできないという事です。そして高校は義務教育ではありませんのであまりに成績が伴わない生徒は退学勧告がされます」


 前の世界では十八歳以上で結婚が出来る法律だったが、この世界では高校を卒業してからという決まりがある。年齢に関しては先生も言っていた通り卒業さえすれば問題はないだろう。

 

 退学云々だって『あまりに素行不良が目立つと退学ですよ』みたいな注意喚起は高校に入ってからあったけど、結局の所、問題起こしてたヤンキーとかもせいぜい停学止まりで最後まで留年もせず卒業したからね、退学なんて犯罪でも犯さなければ大丈夫だろう。


 俺は男子で唯一E組だけど苦手な勉強も最低限は出来てるし、犯罪なんて起こす気はこれっぽっちもない。


 ははっ、にしてさえいれば退学なんて……。


 ……。


 ……おやぁ?


 E


『普通男子って最低でもD組には滑り込めるのに、その下のE組に配属されるなんてよっぽどじゃないですか?』


 ……智子先輩の言葉が甦る。


 俺ヤバいじゃん。


 まぁでも俺男だし?

 この世界は男に優しいはずだし?


「はいそこ、男は優遇されてるから自分は大丈夫だと安心しきっている適用外君」

「先生がその呼び名をしないでもらえますか!?」


 クラスはクスクス笑いに包まれる。


「この世はたしかに男性に有利な風潮で溢れています。クラスの皆さんはそれをご存じでしょう」


 うんうんと頷くクラスメイトたち、特に千尋は何回も首を頷かせてる。


「男性の数が圧倒的に少ないからこそ過剰に保護される、これは当然の摂理です。これは誰もが納得した上で社会は成り立っています。しかし、それはあくまでに適用されます。これがどういうことか一ノ瀬君はわかりますか?」

「高校を卒業も出来ない男には今までの優遇がなくなるってことですか?」

「そうですね、もっと強い言い方をすれば、卒業すらできない男性には尊ぶべき価値がないという事です」


 こ、こえぇ~よ、何だその表現。

 卒業が出来ないから価値がなくなるって表現にびっくりだよ!


「高校を卒業できなかった以上結婚が出来ない。つまり結婚しない男性というのは世に子を残す役目を放棄するという事、ある意味男性に求めている一番重要なところでもありますからね。だから一ノ瀬君は途中退学にならないように頑張りましょう、どんな尊い存在でも努力は必要、人間は甘い汁を吸うだけでは生きてはいけない、それを学ぶのが高校です。よくわかりましたね?」

「は、はい……」


 よく理解しました。

 今まで如何に男という存在に甘えてたか思い知りました。


 ちゃんと卒業しないとな……。


 というか卒業しないとまれちゃんと結婚できないんだろ?


 結婚できない俺には男としての価値がなくなる。

 

 つまりこの世の宝であるまれちゃんと価値がなくなった俺は釣り合わないから別れることになる?


 想像してみた。


 そこには退学通告をされた俺がいて、目の前にはまれちゃんが冷たい目で俺を見ていて。


『高校も卒業できないけーくん……一ノ瀬君とは別れます、さようなら』と彼女は俺へ告げる。


「ああぁぁーーっ!! 嫌だああぁぁーーっ!!」


 死ぬわ!!

 まれちゃんと別れるとか絶対無理だわ!!


 一ノ瀬君って呼ぶまれちゃんを想像しただけで死にたくなる。

 そもそも彼女と別れるみたいなシチェ―ションを思い浮かべただけでもうだめだ。


 忘れろ忘れろ、こんな未来を俺は認めないぞおぉーーっ!!


「そこの発狂してる適用外君はほっといて授業を進めますよ」


 だからその呼び名は止めてって……。


 突っ込む余裕もない俺はしばらく、想像してしまった最悪な未来に脳内が侵され机に突っ伏すのだった。




――


「さて、一ノ瀬君には少し辛い話だったみたいですが、気を取り直して授業を進めますよ」


 鷹崎明日菜は机に伏せた恵斗を尻目に見ながら話を続ける。

 隣の席のみくと紗耶香が『王子大丈夫?』『王子様にはいっぱい良い所がありますよ?』と慰めている。

 

 当の本人は悪夢でそれどころではないのだが。


「今話したのはあくまで極端な例の話です、学業はもちろん大事ですが、それ以外の部活動や委員会活動等もきちんと評価されます。あまり気にしすぎないように」


 城神高校では新一年生に対してこの話をするのが教師の役目として決まっている。

 これは最初にいつだれがそうなってもおかしくないと意識付けをする為に必要なことであるからだ。

 

 もちろんあまりにも低い成績で素行不良ということもあれば退学措置をとられる可能性は無きにしも非ずだが、わざわざ難関とされる城神高校に入学をしている彼女たちはこれに値することはほぼありえない。

 現にこれまで退学となった生徒はほぼいないに等しい。


 要は軽い脅しみたいなものだ。


 ……それを理解することなく一名ショックで伏せてしまったのは予想外であったが。

 

 彼の場合は退学云々ではなく愛する彼女を失った未来を考え自爆しただけのことなので事情が違うのだが、そんなことは教壇に立つ明日菜には知る由もない。


 本来この話をすると男子生徒は『男である自分にはありえないだろう』と余裕を崩さないか『こいつ失礼な事を言う女だな』と見下す思考になる二通りのパターンなのだが、勝手にショックを受けるとパターンは教師歴が短いとはいえ明日菜も初めてである。

 

 生徒会長が普段から彼を褒め称えているのは直に聞いていたが、この男の子は本当に変わっていると心の中で苦笑する明日菜だった。


「では話を戻しましょう、結婚できるのは先程佐良さんが言ってくれたとおり卒業後からです。そして婚姻できる人数は女性は一人、男性は三人以上と高校までで決まっています。ではなぜ男性は三人と婚姻を結ぶのか、大学へと順に上がっていくにつれて人数が加算されるのか、砂村さん」


「はい、婚姻数が多いのは男性が女性より少ないため、一対一にすると過度な競争社会となってしまう為です。人数が増える理由は、男性は生まれてから卒業後の一定期間まで生活に掛かる費用の半分は国が負担している為、それを還元していくためと言われています」

「素晴らしい完璧ですね。ありがとございます。かつて……我々が生まれるよりも以前は少ないながらも今よりは男性の人数も多かったと言われています。しかし、国がまだ一夫多妻制度を許可していない頃に問題は起きました。結婚出来る男女数の低下、それに伴い子供の出生率が低下していったのです、これでは国が崩壊してしまいます」


 国は減少する人口を抑える為、男性に対して複数の女性と婚姻できる一夫多妻制度を可とする法律を作った。

 

 しかしその頃はまだ女性が数少ない男性を射止めようとあの手この手で競争していた時代、世の多くの男性はあまりに積極的すぎる女性に恐怖しており中々多妻制は進まなかった。男性の性事情もその辺りから変化していったと言われている。


 そこで打開策として設けられたのが国が男性に掛かる費用を負担するようにして、代わりに結婚を義務付けさせた。

 

「だからといって女性も枠が増えたとはいえ、結婚できる女性の数は限られている。子供を作る為人の男性を奪ってでも子が欲しかった人も居ました。そこで国は女性に対しても政策を追加しました。それはなんでしょうか、仙道さん」

「え? えと……人工授精?」

「そうです、人工授精の技術が進められたことによって男性に無理に子作りを強要する件数は減りました。ただ恋愛に関しては……いつの世も私たちは人間ですからね、ある程度の競争は必要です」


 人工授精を受けるためには独身であるのとは別に年収や犯罪歴はないか等、様々な審査が必要にはなるが、それでも政策前より断然と治安は良くなった。


 いずれ恵斗も精液を提供する義務が発生する時が来るのだが……それはまた別の話。


「つまり男性は社会に子を残す為、多くの精を女性たちへ提供する役割が、女性は国を存続させる為に未来へ子を残す役割があるのです。どちらが上どちらが下というのはありません。皆それぞれ役割があるのです」


 とはいっても『数少ない自分たちが頑張っているからこそ子を残せるんだ』といった男性本位の主張が強くなり、それに併せてかつて女性に貞操を狙われ続けた遺恨が蔓延っているのか、この世はいつからか男が上位に立つようになってしまった。

 

 この話をしても大抵の男性は態度を軟化させることない。

 中には最後まで婚活がスムーズにいかず、学校側が婚活に介入する事態が毎年のように続いている。


 昨年も卒業した何名かの男子がギリギリに既定の三名と婚姻を結んだ。

 退学で結婚はできないのはもちろんだが、規定人数をクリアというのが全国高校の男子の卒業必須課題となっている。

 

 この話を伝え、互いに尊重しあい円滑に婚活を進めてほしいというのが学校の狙いなのだがそれほど上手くいっていないのが現状。

 

 今の世の中は女性が結婚せずとも審査さえ通れば子供を作ることが出来る時代、女性は婚活も考えながら入学はするが最低限卒業さえできれば良しという生徒も中にはおり、男性がある程度態度を軟化させないと互いの婚活が上手く回らないようになってきている。


 明日菜はそろそろ悪夢から解放されそうな恵斗を見やる。


 この男の子は既に幼馴染と事実上の婚姻を結び、入学式の日にはクラスメイトの佐良千尋に交際を申し込んだと明日菜の耳には入っている。

 結果的には佐良千尋の件は誤解だったが、翌日のやり取りからいずれ婚姻関係を結ぶようになるのではないかとクラスメイト、教師間では予測されている。


 学力こそ他の男子生徒より劣ってはいるが、素行面では問題視する所は何もない。

 卒業した東葛中学、地区の評判、生徒会長の一ノ瀬明美の談もある。

  

 城神高校は期待しているのだ。

 自分以外の男性が居ない地区で育ち、他の男性とは違う人間性。

 少し常識外れの所はあるが、彼ならばもしかしたら何かを変えてくれるのではないかと。


 最初は他の生徒も知る通り最低保証であるD組の配属にしようと学校側は考えていた。


 しかし彼が育った環境、他の男子がいないという同じ環境下で学校生活を送れば何か変わっていくかもしれない。

 現に彼は先程生徒会室でである鹿目智子を前に『自分は適用外なんかじゃない、他の男子が適用外だって思わせてやる』といった旨の啖呵をきった。


 故に彼は例にないE組の配属となった。

 これは彼の母親、姉からも了承を得て関係者のみ知っている


 ある意味彼はなのだ。


 ――彼の動向には目を離せないわね。


 やっと目を覚まし『ま、まれちゃんあいしてる……』と抜かしてる恵斗を見て苦笑する明日菜だったが、彼には期待しようと結論付け初日の授業を終えたのだった。

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