第20話『こんなに可愛い彼女を俺は知らない』
日曜日、この日は俺にとってまた一生忘れられない日になるだろう。
俺はそんな予感がしていた。
昼過ぎ、東葛駅前で理奈を待つ。
今日はいよいよ先日約束した理奈とのデートの日だ。
いつも彼女と会う時は結局最後にキャッチボールをしたりするから動きやすい服装にしているんだが今日は違うぞ。
俺は今日理奈とデートをするんだからな。
前の世界で読破した脳内の『これでバッチリ! モテ男が教える必勝デート術♪』で予習はバッチリだ。
この教えに従い今日のデートを成功させて見せるぜ!
指定した時間まで余裕はまだまだあるのでリラックスして待つ『待ち合わせでスマホばっかり見てる男は嫌われます。相手の子を待つその時からあなたのデートは始まっていますから堂々と待ちましょう』って本に書いてあるからチラチラとスマホを見たりもしない。
ふふっ、本が破けるくらいに読みまくったからな。
前世の記憶とはいえ細部まで覚えてるぜ!
――まぁ前の世界ではモテる所か彼女の一人もいなかったから実践することはなかったんですけど。
唐突に思い出してしまったむなしい過去は置いておいてだ。
駅にある時計台を背に彼女を待っていると遠くから赤い髪の女の子が歩いてくる。
――理奈と同じ髪色の子だ、かなり可愛いなぁ。
いかんいかん、デート前から他の子に見惚れてどうする。
そもそも彼女はあんなに可愛い服は着ないからな。
理奈と言えば野球少女、着飾るよりも野球のユニフォームを着てるイメージがあるのは言うまでもない。
男みたいとは言わないが彼女の普段の服装はジャージとかズボンのスタイル。
足が出る姿なんて夏の半ズボンか体育で以外見たことないしな。
もちろんそんな彼女が俺はとても魅力的だと思っているが。
ところで理奈ってどんな格好で来るんだろ、いつものようにジャージとかかな。
でもデートって伝えたよな……。
今日でさえジャージ出来たら……どうしよう。
ちょっとした不安を抱えていながら、先程目に入った女の子は俺の姿を見つけると、ものすごく焦ったように走り始める。
おいおい、ヒールを履いてるし凄く走り辛そうだし、あれ大丈夫かな?
俺の座右の銘は『人に優しく』たとえ
転ぶかもしれない予想をして俺は走ってくる女の子に対していつでも動けるような態勢をとる。
そして予感が的中しその子はヒールが慣れないのか躓き転びそうになった。
「きゃっ!」
「大丈夫ですか!? ヒールで走るなんて危ないですよ!」
女性が地面と接触することなく受け止めることに見事成功した。
抱きとめた子から香水だろうか、とても良い香りが鼻を擽る。
いつも思うけど女の子というのはなぜこうも良い匂いがする生き物なのだろう。
能天気に香りに思いを巡らせていると抱き留めた子から信じられない言葉が飛び出した。
「あ、ありがとうけーと……」
「……へ?」
今俺の事を『けーと』って呼んだ?
マジマジと女の子の顔を見てみるとうっすらと化粧をし柔らかそうな唇にピンクのリップが塗ってあり、赤い髪は結ばず自然におろしている。
抱き留めているせいか頬が真っ赤であるが、腕の中にいた子はなんと俺の普段良く知る彼女とはとても想像つかないくらいの美少女に変身した理奈だったのだ。
「と、とりあえず立てるか?」
「う、うん……」
身体を支え、立つように促す。
改めて上から下まで彼女を見るが、普段休みの日に会う時のジャージ姿とは違いおしゃれな白のワンピース。
小さなカバンを肩から掛けた理奈は文字通り可愛い女の子だった。
――おいマジで誰だよこの子。
混乱するのも無理はないと思う。
何故なら目の前にいるのは今まで見た事がない理奈の姿だったからだ。
――すっごい可愛いんですけど……。
いつも俺は色んな女性に可愛、綺麗などの感想を抱くが本気でときめいてるのはまれちゃんだけだった。
でもこれはねぇ、新たに追加しなきゃならないでしょう。
つまり俺は今めちゃくちゃドキドキしているだ。
もう、心臓がバクバクうるさいよ、止まれ!!
照れくさそうに前で手を組んで、自分の格好を気にする理奈が凄く可愛い。
真っ赤な顔で俯いてる姿がめちゃくちゃに可愛い。
理奈ってこんなに可愛かったのか……っ。
――もう告白していいか?
そう思うのは無理はないでしょう。
一方の理奈は中々口を開かない俺に対して不安そうに声を出す。
「や、やっぱり怒ってるよね?」
「へ?」
怒ってる?
緊張して言葉が出ないんですけど?
そんな俺の感想とは裏腹に理奈はぽつりと喋った。
「男の人を待たせる女なんて最低だよね、ごめんなさい」
目に涙を浮かべ謝罪の言葉を口に出す理奈。
お、おかしいぞ……、俺の予定ではこうなったはずだ。
――ごめんねけーと待った?
――いや、俺も今来たばっかりだよ。
――嘘、もっと前から待ってたの知ってるんだから、けーとは優しいね♪
こんな感じで最初っから良い感じの雰囲気になるはずだったんだ。
脳内の『これでバッチリ! モテ男が教える必勝デート術♪』には『到着した女の子にこのセリフを決めるのは基本中の基本です、これを決めれば上手くいくこと間違いなしです!』って書いてあったのに。
どうなってんだ、レビューでボロクソに書いてやろうか。
これは後調べたことなのだがデートで女性が男性を待たせる行為は最低な行為だと。
それ逆じゃない? と思ったがこの世界男女比が違うからそういうことで通っているらしい。
まぁ、知った所で俺は女の子を待たせる気が微塵もないから今後も早く来るのだろうが。
いくら別世界でもここは譲れん、男は女の子を待たせるべきじゃないよ。
話が逸れた、とにかくその時の俺はこれ以上彼女を泣かせたくなくて。
「お、俺が今日のデートを楽しみにしすぎて早く来すぎちゃったんだよ、だから全然待たされてないんだ」
「だって……、だってぇ……」
「な、泣かないでくれよ。せっかく化粧までしてくれたんだろ? 可愛い顔が台無しだぞ?」
「か、かわいい……?」
「そうだよ! その ワンピース理奈にすっごい似合ってるし、髪をおろした理奈はいつもと雰囲気が全然違くてさ、俺さっきからずっとドキドキしてるんだよ」
涙が止まった理奈は目をぱちぱちとさせる。
あぁもうそういうのも凄く可愛いんだよ!
用意してたハンカチで涙をぬぐう。
理奈に涙なんて似合わないんだから。
「さ、デートしようぜ理奈、こんなに可愛い女の子とデートできるなんて俺は幸せ者だよ」
「ぁぁ……ぅぅ……」
手を彼女へと差し伸べる。
彼女は照れ臭そうに自分の手と俺の手を見て視線をきょろきょろさせるが、やがて意を決したように俺の手を握り締めた。
け、結構恥ずかしいな……。
けれど今日は記念すべき理奈との初デート。
俺がしっかりとエスコートしなければならないんだ。
いつもの間違いだがこの世界のデートは女性が男性をもてなすもの。
つまり普通エスコートするのは女性。
ははん、知ったことか、俺がエスコートしてかっこいい所見せてやるのさ!
男は女の子にいつでも格好つけたい生き物なんだからな。
心の中では強がっている俺だったが、内心は心臓の動悸が収まらず右手と右足が同時に出る失態を冒したが、俺と理奈のデートはここから始まるのだった。
――
「うん、大丈夫そうだね」
物陰から二人を見つめる少女……早川希華がそこにはいた。
「りなちゃん、ちゃんとおしゃれ出来たね」
希華は先日、理奈が泣いたあの日の夜に彼女から電話で相談を受けていた。
『まままま、まれぇ!!』
『どうしたのりなちゃん?』
『でででででっでっでっで』
『新しい歌?』
『デートに誘われちゃったよぉっ!!』
耳がキーンとなる。
一旦スマホから耳を離して耳鳴りが落ち着いてから希華は話した。
『知ってるよ、けーくんに話したもん』
『な、何を話したの!?』
『りなちゃんが泣いてたこと』
『ええぇぇっ!?』
『そしたらけーくん、りなちゃんをデートに誘って伝えるって』
『な、なにを……?』
『それはわたしが言う事じゃないかな~』
スピーカーから理奈の恥ずかしがる声が聞こえる。
今日理奈が泣いていた事、それを伝えたうえで彼が改めてデートに誘われた以上何を言われるかわかっているはず。
そのことに思い至り先程彼から『大事な話がある』と言われたのを理奈は思い出していた。
『いいのかなあたしが……』
『はぁ~……』
『ま、まれ?』
愛する彼氏も鈍感だったが、彼の事が好きでしょうがないはずのこの子も何を言ってるんだろうかと希華は大きなため息を吐いた。
『りなちゃん、わたしはりなちゃんにも怒ってるんだよ?』
『え、えぇ?』
『お・そ・い・の』
『お、おそい……?』
『けーくんを好きになってから今の今まで何をしてたの?』
『う、うぅ……』
『わたしずっとりなちゃんに早くけーくんに告白してって言ったよね』
『だってぇ……』
理奈は恵斗を好きになったのは結構前であったが、デートにも誘えずついつい得意の野球をしようで逃げて続け今に至る。
会うたびに野球、せっかく希華が一緒にお出かけに誘っても色気も何もない服装で来るものだから恵斗はすっかり彼女の事を気の許せる友達としか思わなくなってしまったのだった。
『これは最後のチャンスでもあるからね?』
『さいご……?』
『もし日曜日にいつものジャージで行ってごらん、けーくんの決意は絶対に冷めるよ』
『うぅっ』
『だから絶対におしゃれしてけーくんの心をつかむんだよ!』
『……っ』
『りなちゃんわかった?』
『ま、まれぇ……』
『一緒にお洋服買いに付いて来てください……』
希華は苦笑してしまった。
そうしてデート前日、丸一日翌日に向けた下準備を二人で行う。
また、デートの注意点をしっかりと彼女に叩き込んだ。
さすがにメイクの仕方がわからなかった理奈には手を焼いたが。
こうして見守った先の二人はとても良い雰囲気であるので上手くいってるのだろう。
――まさかけーくんがあんなに早く待ってるとは思わなかったけれど。
普通のデートの待ち合わせは女性が先に待ち、男性は時間を守らないのが常識であると知識としては知っていたが。
よくよく考えた希華はそういえば自分の彼氏はいつも家まで迎えに来てくれていたなと。
――ほんとにけーくんは優しいんだから。
彼の良い所をまたひとつ見つけてますます彼の事が好きになる。
そんな大好きな彼と大好きな親友が恋人になってくれれば希華はもっと嬉しくなる。
だからこそ理奈に早く告白してと言っていたのだが、ここまで長かった。
視線の先の二人はとても良い雰囲気であるので上手くいってるはず、もう大丈夫だろう。
「じゃ、あとはがんばるんだよりなちゃん」
これ以上見ているのは二人に失礼だ。
そう思った希華は二人に見つからないように駅の裏へ回り遠回りして帰ろうとするのだった。
「あ、そういえば」
ふと希華は思い出す。
「けーくんとあぁやって恋人みたいなデートしたことなかったなぁ」
恵斗と希華は恋人となって長いが未だこうして遠出をしたことはない。
それはまた別の理由があってのお互いに話し合っての結果なのだが、理奈に恋人っぽいデートの初体験を奪われてしまったことは少し嫉妬してしまう。
――週明けに会ったらけーくんにいっぱい甘やかしてもらおう。
密かな決意をした希華は二人のデートが無事にいくことを祈り、結果を心待ちにしながら家路につくのだった。
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