第21話『理奈とのデート』


 理奈の手やわらけぇよおぉーーっ!!

 

 のっけから初心な男子高校生ばりの感想を抱くが、絶対に顔に出さない覚悟で東葛駅から電車に乗り、デートとして選ばれやすい金立きんりつ駅へと着いた。


 駅を出て俺たちは街を歩く。

 当然手はつないだままだ。

 

 えーと……さっきから微塵も役に立たない『これでバッチリ! モテ男が教える必勝デート術♪』にはこう書いてあったはずだよな。

 『女性とのデートは何といってもショッピング! 女性の目に留まった物はなんでも買ってあげましょう、女性は貴方にコロッと落ちること間違いなしです♪』


 本当かぁ……?

 それで落ちる女ってとんでもなくクソ女な気がするんだけど。

 

 ちらりと理奈の顔を見る、するとこっちを上目遣いで覗いていた彼女と目線が合い二人して慌ててそっぽを向く。


「ご、ごめん……」

「うぅん、あたしこそ……」


 あぁもう可愛いよ!!

 慌てて顔を背けるけど手だけは放そうとしない理奈がすごい可愛いよ!!


 俺は即座に脳内から役に立たない本の記憶を削除した。

 理奈はこんな本に書いてることをしても心が動くようなクソな女とは違うのはよくわかってる。


 この本絶対レビューでボロクソに書いてやる、もう書く手段ないけど。


 金立にはショッピングはもちろん、食事や映画、カラオケにダーツ等と遊ぶ事にも適してる街でデートや友人と過ごす事にも向いており第二の都市部ともいわれてる街だそうだ。

 中学のクラスメイト達がよくここに遊びに来てると話していたのをよく覚えている。


 俺はここに来るのは今日が初めてなんだけども、人が多いな。

 それにすれ違う人がみんな足を止めこっちを見てくる。


 一体何なんだ……?


「みんなけーとを見てるね」

「俺を?」


 ぼそっと理奈が言った。

 なんで俺を……って、あぁそうか、さっきから見掛ける人は全員女性だ。

 つまり男の俺が珍しいのか。


「けーと凄くかっこいいし、こんな風に手を繋いで男は女と歩かないからみんな羨ましくて見てるんだよ」

「へ?」


 それはアレか、リア充爆発しろ的なアレか。

 たしかに過去の俺はラブラブしてるカップルを見るとつい舌打ちが出たりしたね。

 渋〇とか見回せば『あれもカップル……』『こっちにもカップル……』って状態だから独り者には辛い。


 つまりはみんなそういう感じで足を止めてるのね、ははぁーん、なるほどなるほど。

 これがリア充が街を歩く快感ってやつか。


 気持ち良いじゃないか!


 見てくれみんな、俺の彼女(まだ付き合ってない)はこんなに可愛いんだぞ!!


「……なんか微妙に勘違いしてる気がする」

「いやいや、理奈が可愛いのは勘違いじゃなくて事実だよ」

「なっ……もう、そういうことじゃないのに……えへっ」


 頬を染めながらも嬉しそうにする理奈がホントのホントに可愛い。


 さっきから可愛いばかりで語彙力死んでるけど、本物の可愛い女の子が隣にいるとね、こんな感想しか出なくなるんですよ。


 誰に対しての言い訳なのかを済ませ、目星をつけていたお店に入ることにする。

 入ったお店はザ・女性向けといっても過言ではないくらいのおしゃれな雑貨屋だった。


 ふふ、ネットで調べたぜ、ここは女性に人気のお店なんだってな。


「ここ野球部の子が言ってた有名なとこだ」

「……もしかして理奈も来たことある?」

「うぅん、あたしはないよ」


 ほっ……、さっそく失敗をせずにホッとした。


 二人で店内を巡る。

 店内には可愛いマスコットをモチーフにした小物や筆記具、中には家具や装飾品など様々なものが置いてあった。


 正直過去の俺には将来恋人が出来る予定でリサーチの為にしか足を運んだことがないが、今現在恋人の居る今の俺には結構目を引かれるものが置いてあって楽しい。


 ――お、このわんこの絵が入ったペンとかまれちゃん好きそう、買おうかな?


 いつものように脳内がまれちゃんに染まりつつあった俺の手をぎゅっと握りしめる感覚。

 隣を見ると理奈がちょっと恨めしいような目を向けていた。


「今、まれのこと考えてたでしょ」

「な、なぜバレた?」

「わかるよ……、いつもけーとを見てるんだから。でも今は、だめっ」

「え……?」

「今は……、あたしのことだけ考えてて?」


 脳に衝撃を受けたような感覚が起きた。

 

 ホントなんですかこの可愛い生き物は?

 理奈ってなんでこんなに可愛いんだ?

 なんで俺今までこの子の事ただの女友達だって思ってたんだ?


 嫉妬をする理奈が本当に愛らしくて俺は彼女に『ごめん』と告げた。


 ホントいい加減にしろよ一ノ瀬恵斗、今日は理奈とのデートだろ。

 今は彼女の事だけを考えないとだ。


 まれちゃんへ心の中で謝罪をしつつ目線を前に向けると赤色のイヤリングを発見。

 

 これ理奈に似合いそうだな。


 理奈の手を引いてイヤリングのある所へ移動する。


「理奈、これ付けてみてくれないか?」

「う、うん……」


 すっと彼女の方耳へイヤリングを付ける。

 ただイヤリングを付けただけだというのに彼女の魅力が格段と上がったじゃないか。

 

「すいません、これください」

「け、けーと!?」


 店員さんに渡してお会計をする。

 決して安くはないけど、それでもこのプレゼントを買うのに迷いはなかった。


「はい、理奈付けてくれるか?」

「そ、そんなけーとにプレゼントしてもらうなんて……っ」

「……何かまずかったか?」

「だってだって、そんなの男の人にしてもらうことじゃ」


 あぁ、きっとまたこの世界の当たり前か。

 

 関係ない関係ない。


 

 シンプルな考えでいいんだよ。


「男だからどうじゃなくてさ、ただこのイヤリングが理奈に似合ってたし俺が付けてほしくて買ったんだ、それでいいだろ?」

「そんなの……ずるいよっ」

「ははっ、可愛い理奈の魅力をもっと上げたいんだから手段は問わないんだ」

「もう……っ」


 呆れながら理奈は受け取ったイヤリングを右耳にそっと付けた。

 イヤリングを付けた彼女は本当によく似合っている。


「けーとからのプレゼント……嬉しいなっ」

「よくよく考えれば誕生日にだってプレゼントしてない?」

「そうじゃないのっ! 初めてのデートでけーとにプレゼントしてもらえたってことが凄く凄く嬉しいのっ、これ大切にするからねっ」


 ちょぴり上目遣いで頬を染めた彼女に俺は落ちた。


 ――今すぐ抱きしめてキスしていいですか?

 ――実はもう恋人だったりしないかな。


 今日何度目かわからない彼女の魅力にやられながらふと思った。


『女性の目に留まった物はなんでも買ってあげましょう、女性は貴方にコロッと落ちること間違いなしです♪』


 落ちたの俺だよ。

 やっぱりあの本使い物にならねーな、俺の読破した時間返せ。




 その後も色々なところを巡って俺たちは大きな公園に入った。

 あの雑貨屋以外では何も買ってないからほぼウィンドウショッピングだったけれど、理奈は楽しんでくれたみたいだった。


 公園に止まっているキッチンカフェで甘い飲み物を買ってベンチで一休みする。

 前には噴水があって時間的に夕日と重なりそうな感じがして眺めが良かった。


「結構歩いたな、疲れてないか?」

「うん、大丈夫だよ」

「……嘘つけ、慣れない物履いてるんだから疲れるだろ」

「うぅ……」


 理奈がヒールを履いてる所なんて出会ってから見た事が無い。

 俺はヒールなんて履いたことないけどこれで歩くのは凄く大変だろう、女性ってすごいや。


「理奈、今日のデートどうだった?」

「ずっとドキドキしてて、恥ずかしかったけど、けーとが隣にいて楽しかった……」

「そかそか、俺も同じだよ」


 俺だって地区外で色んな所を巡るデートは初めてするんだ。

 前の日から緊張しっぱなしだったし、実は雑貨屋でも終始緊張していた。


 こんなにデートのこと考えたの初めてだよ、過去にクラスメイトへ告白した時のデートだってこんなに考えなかったさ。

 

 それくらいにずっと、理奈の事を考えてて、凄く幸せだった。


 ただ今回のデートの目的はここじゃあない。


「理奈、大切な話があるんだ、聞いてもらえるか?」

「……っ!! う、うん」


 ベンチに座ったまま、けれど顔は理奈に向けず前を向いて話す。


「理奈の事はさ、卒業前まで本当にただの友達、いや親友だと思ってたんだ。少し話したことがあると思うけど、昔少しだけ女性が怖かったんだ。それもまれちゃんと出会ったことで治っていったんだけどな」

「うん……知ってる」

「だからまれちゃんから理奈を紹介されたとき、本当は少しだけ怖かったんだよ。あの時みたいな人たちだったらどうしようって、もちろんまれちゃんの紹介だからそういう事はないと思ってたけどさ」

「……」

「で、初めて会った理奈はめちゃくちゃ緊張しててガッチガチだったよな。俺も多少は緊張してたけど理奈を見てなんか余裕を取り戻したよ」

「う、うぅ、恥ずかしい……」

「それで自己紹介した後理奈から誘われてキャッチボールしたっけ、そんで理奈から投げられたボールが速いの速いの、捕れなくて額に当たったんだっけな」

「あ、あの時は……ほんとうに反省してる」


 昔の話を持ち出され俺は笑っているが、一方の理奈は恥ずかしがって顔が真っ赤になってる。


 ははは、本当に可愛いなぁ。


「でも俺は男だからボールを捕れなくて悔しかったから一生懸命捕れるように練習したよ、おかげで今では理奈の本気のボールが捕れるようにもなったよ」

「うん、すごいよ恵斗、一緒に野球が出来ないの残念くらいに」

「その件はごめんな、それから理奈とキャッチボールするのが本当に楽しくてさ、あの時の俺まれちゃん以外に遊ぶ友達がいなかったから理奈が友達になってすごく嬉しかったんだ」


 あれからまれちゃんが遊びに来るときは必ず理奈も来るようになったんだっけ、三人で外を駆け回って本当に楽しかったな。



「中学に入ってからは最初に理奈とも同じクラスになったよな、クラスメイトたちは俺の事なんて知らないから互いに探り探りで最初は微妙な距離感だったと思うんだ」

「うん、そうだったね」

「けど微妙な雰囲気だったのを理奈が『けーとは良い奴だから、他の男とは違うんだよ!』って悪い空気を取っ払ってくれたんだ。それからはクラスメイトとも打ち解けたし最後にはあんなに慕ってもらえるようになったんだ。理奈には感謝してるよ」

「そんなことないよ、みんなけーとだからあぁやって慕ってくれてたんだから」

「ありがとう、そんな理奈の事を心から信頼してる親友として今後も付き合っていきたい、ずっと親友として一緒に居たい、勝手な俺の思い込みとこの間のアレで理奈を泣かせちまった」

「……」

「それでようやく気付いたんだ、俺の気持ちに。こんな我儘で馬鹿で鈍感な俺だけど、それでも理奈ともう一歩先へ進みたいと思った」


 俺はずっと噴水の方を向いていた顔を理奈へと向ける。

 彼女の顔はとても真剣な顔をしていた。


「これからも一緒に、ずっと俺と一緒にいてほしい。キャッチボールでも、昔みたいに外を駆け回るのもいい、けどその中で理奈とは親友じゃなくて恋人として過ごしたいんだ」


 口を挟まず、理奈は黙って聞いてくれている。


「君の事が好きだっ! これからも理奈の色んな表情を見たい、笑った顔、照れた顔、嫉妬する顔、いつまでも隣で俺に見せてほしい、だから柚月理奈さん、結婚を前提に俺の恋人になってくれませんか?」


 俺からの正直な想い、全てを理奈へとぶつけた。

 

 理奈は……、涙を流していた。


「あたしも……、あたしもけーとが好きっ、ずっと一緒にこれからも一緒に居たいっ、 親友じゃなくて恋人になりたいっ、 今日みたいにあたしの事を可愛いってこれからも言ってほしいっ、まれみたいに毎日抱きしめて欲しい、けーとのことが……大好きなのっ!!」


 言葉を言い終えた彼女を抱きしめた。

 堪えきれなくなったのか、理奈は声を上げて涙を流す。


「悔しかったっ、嘘だってわかってるのにあたしより先に他の子が好きだって言われたのが!」

「ごめん」

「あたしのほうがずっとずっと先にけーとの事が好きだったのに、盗られちゃったって思ったのっ!」

「ごめん」

「でもそれでも諦められなかったっ、だって……だってけーとが大好きなんだもんっ」

「あぁ……」

「いつもあたしとキャッチボールをしてくれて、いつもこんなあたしに優しくしてくれて、こんながさつなあたしを可愛いって言ってくれるけーとが大好きなのっ!!」

「あぁ……」

「だから……、本当に嬉しいよぉ……っ」


 ぎゅっと理奈を抱きしめる。

 あぁ、こんなに簡単なことだったんだ。

 

 彼女をこんな風に抱きしめるのってこんなに簡単だったんだ……。

 そして俺たちは抱き合いながら顔を向き合わせる。


「あたしを……あたしを、けーとのお嫁さんにしてくださいっ」

「もちろんだよ、俺とずっと一緒に居よう」


 お互いに目を閉じて唇を重ねる。

 

 初めて交わした彼女とのキスは、涙のしょっぱさととろけるくらい甘いキスの味で。

 噴水が祝福するように水飛沫を夕日に重ねて上がったのだった。

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