第55話『認めさせるために』


「ありがとう及川、でもまれちゃんは俺のものだからな」

「ふっ、ほざいてろ」


 及川の援護によりこの場に同席していることは理解を得られた。

 とはいえ渋々といった感じで雰囲気は最悪だが。


「とりあえずまずは方向性を決めようぜ」


 彰の一声によって話を元に戻す。


「会長、去年の先輩たちは何をやったんですか?」

「去年はほとんどの男子生徒が吹奏楽の経験者だったから、男子生徒たちによる演奏会って形でしたね」

「今の3年生たちは?」

「劇をやってましたね、ドラマの話をモチーフにしてって感じだったかな」

「歴代の男子生徒たちも劇や楽器演奏会といった形式が多いですよ、さっき弟くんが挙げようとしたお店形式みたいな形はあまりないですね」

「なるほど……」


 質問をしたBクラスの二人はあまり参考になった感じがないようだった。


 劇にしろ、発表会にしろあまりピンとこないのは俺も同じである。


「うし、じゃあオレがとっておきのフライヤーズコレクションお披露目会をしてやろう」

「……なんだそれは」

「球団創立100周年を迎えるフライヤーズの名場面を収めた映像に、サインボール、バットを持ってきて展示するんだ。あの柚月選手が現役時代に使ってたユニフォームもあるんだぜ!」

「いらん、一部にしか受けんだろう」


 そっかぁ、と彰は落ち込んでしまった。興味あるからちょっと見てみたいけど出し物としては弱い気がするな。


「内川、お前は何かあるか?」

「あまり思いつかないな、無難に発表会でもいい気がするけど」

「そうだな……」


 誰も名案が浮かないようだった。

 そんな中、リンが声を上げる。


「喫茶店をやろうよ」

『喫茶店?』


 リンの発案に俺を含め全員が疑問符を浮かべた。


「ボクは義兄さんの手伝いでお店の手伝いをしているんだけど、将来はお店を持ちたいんだよね。文化祭って形ではあるけど将来に向けて経営をしてみたいんだ」

「夢は理解したがそんな凝った物を出すつもりなのか?」

「いや、さすがに簡単なものに留めるよ。一人で作るのは大変だしね。みんなにも手伝ってもらえるようなものがいいかな」

「いいじゃん、俺は賛成するよ」


 発表会とかよりはリンの挙げた喫茶店の方が魅力的だし何よりも文化祭っぽい。

 俺に続いて彰も『まぁいいんじゃねーか?』と乗ってくれた。


「けど喫茶店てことは誰かがウエイター的なことしなきゃならないんだろ!? おれはごめんだぞ!」

「同じく」

「絶対に嫌だね」


 内川をはじめとした3人が強く反対する。

 及川も口には出さないがやりたくなさそうである。


 ただまぁ――。


 リンがチラッとこっちを見てる時点で察している。


「俺がやるよ、うってつけだろうしね」

「さすが恵斗、やってくれると思ったよ」


 そもそもアルバイトでも経験していることであるし問題はないと思う。


「な、なんだよそれ、ぼくらはまだ納得してないぞ!」

「そうだ!」

「喫茶店なんかやりたくない!」


 内川をはじめ三人は否定の声を上げる。

 及川は……どうするか考えているような素振りも見られる。


 彼らが俺の意見を聞いてくれるかわからないけれども、ここは思い切って思うことを言ってみよう。


「なぁ、せっかく高校生活で唯一の男子限定での取り組みなんだ。例年通りのようなことじゃなくて新しいことにチャレンジしてみようよ」

「そもそもさっきの話があったとしてもおれたちはお前を認めなんか――」

「俺のことは認めなくていい」


 内川の話を遮る、意表を突かれたような表情となったがこっちも止まる気はない。


「俺のことを認めなくたっていいし嫌いで構わないよ、Eクラスを悪く言うのだけは止めて欲しいけどこれももう我慢する。だけど今回は俺にチャンスがほしい」

「チャンスだと?」

「そうだ、君たちに俺の評価を改めさせる。俺がただの落ちこぼれなんかじゃない、俺の力を君たちに認めて欲しい」

「な、なんだよそれ……」

「いいじゃないか」


 たじろいではくれたが、納得には至らなさそうなところで及川が声を上げた。


「やってみるといいさ、お前がどれだけやれるのかをな」

「……及川」

「それに、一ノ瀬だけに任せる気はない、僕も手伝うとしよう」

「お前が?」

「不満か?」

「いや、そういうわけではないけど」


 意外だった。正直『くだらん』と突っぱねるイメージがあったからだ。


「お前の考えていそうなことはなんとなくわかる、これは男子生徒全員で取り組む物だ。お前だけに負担を掛けるつもりはない」

「及川……」

「それに希華へ良い所を見せるチャンスだ」


 ふふっと息巻いてる所悪いんだけど、残念ながらそれは無駄な努力で終わると断言できる。

 まれちゃんが及川に靡く姿が想像できない。てか想像もしたくない。

 

 でも及川に対して感謝の気持ちは絶えないのだった。


「二人で回すのは大変だろうしな、メインは恵斗と及川だけど多少は手伝うよ。オレは女子野球部でマネージャーやってるから少しは耐えられそうだしな」

「ありがとう彰」

「ふん、僕たちでも充分だがまぁいいだろう」


 そういう流れで喫茶店をやることに決まった。

 接客は俺と及川がメイン。

 フォローとレジ関係が彰。

 料理メインがリンでフォローに料理経験のある内川。

 その他雑務担当が村田と吉村。


 最後まで俺を嫌う彼らとは仲良くなることはできなかったけど。

 あれだけ仲の悪かった及川ともこうして話すことが出来るようになったんだ。

 

 もしこの文化祭で交流が出来たら、彼らとも友達になれたらいいなと思うのだった。




 

 ――


「けいちゃん、喫茶店絶対に行くからねっ」

「ありがと姉さん、待ってるよ」

「ところでサービスはどこまでしてくれるの? お触りOK? ハグは? キスは?」

「不健全なプレイはダメに決まってんでしょ」


 はぁ、と溜息を吐きながら智子先輩が言う。

 姉さんは『ちぇー』と不満を垂れているけれど、家でハグまでは毎日やってるじゃん……。


「さっきのけいちゃんすごく良かったよ」

「……そうね、ちょっと見直したかも」

「えぇ~、さとはさっき私以上にムカついてたのにけいちゃんが話し始めてから『よく言った』みたいな顔になったじゃん!」

「そ、それは彼らが一方的に弟くんを卑下してたからです!」


 慌てた様子で姉さんの言ったことを否定した智子先輩。

 なんだか立場がいつもと反転していてちょっと新鮮だ。


 大体いつも姉さんが智子先輩に怒られてるからな。


「弟くん期末テスト頑張って結果出してたのに、彼らは認めないし、そもそも結果を知らなったことに『はぁ!?』ってなったけども。それにランクAなんだって? すごいじゃない、上級生でも最高はBランクなのに」


 すごい、と本気で称賛してくれる智子先輩。なんだかこれも新鮮だ。


 ――本当はSランクなんだけどね。


 とでも言いたげな姉さんを視線で窘める。

 これは極秘らしいから言っちゃダメだよ。


「だからそんな弟くんを認めない彼らにイライラは確かにしました。そしてなによりも自分にも」

「智子先輩が自分にムカついたんですか?」

「そうよ、だって――」


 彼女は一息吐いて真剣な表情になる。


「彼らの言ってたようなことって、私自身が最初にあなたと会った時に言ってたようなことと同じだもの。見る目のない自分に苛立ちと、弟くんとEクラスのみんなに申し訳なくなってね」

「智子先輩……」

「だからさ、ちゃんとあなたに謝らないとね。ごめんなさい! あの時の私は本当に失礼なことを言いました!」

「そんな頭なんて下げないでくださいよっ」


 頭を下げる先輩に止めるように促す、しかし彼女は頭を上げてくれない。

 その一方で俺が困っている時に必ずと言っていい程、助け舟を出してくれるはずの姉さんは冷静に見守っている。


 ――のか、それとものか……俺を?


 姉さんから感じたことのない雰囲気をひしひしと感じる。

 とはいえ今は姉さんは放っておこう、相手をしなければならないのは智子先輩だ。


「智子先輩、俺はあなたに頭を下げられるようなことはしてないですっ」

「だって……」

「だってじゃないです! あの時の俺は勉強もしないで遊び呆けてる大馬鹿野郎だったし、むしろ活を入れてくれてよかったと思ってるぐらいなんですよ」


 ――適用外男子。

 今でこそ逆に気に入った呼び名ではあるが、このような呼び名をされて喜んでる姿は婚約者となっている彼女たちの価値を落としてしまう不名誉な称号だ。

 そんなことも考えずにちゃらんぽらんだった俺をしかりつけてくれた智子先輩は良い人なんだ。


「それにまだ達成してないですよ」

「……達成?」

「そう、俺が智子先輩を認めさせたら名前で呼んでくれるんでしょ? まだ俺全然あなたの期待に応えられてないです」

「そんなのもう……」

「いーやダメです、期末テストだって今回だけが順位良くて後はダメでしたー、なんてなったら意味ないし、このランクだってちゃんと生かせなかったら無意味なものになる。俺はまだまだなんですよ」


 だからね、と続けて智子先輩へと見据える。


「まだまだ俺の事見ていてくださいね、絶対先輩が来年卒業するまでに俺の名前呼ばせて見せますから!」

「弟くん……」

「まずは文化祭頑張らないとな~、二人は今後も協力してくれるんですよね?」

「え、えぇもちろん」

「まっかせてね!」

「よっしゃ気合入って来た。智子先輩もだけどあいつらに絶対俺の事認めさせてやるんだ!」


 この文化祭は俺にとってもターニングポイントになることだろう。


「もうっ、本当に変わった男子なんだから」

「だから適用外男子なんですよ」

「自分で言っちゃ世話ないじゃないっ」


 智子先輩は噴出して笑った、ようやくいつもどおりの彼女に戻った。

 隣を歩く姉さんもいつもの雰囲気に戻っている。


 ちょっとした波乱はあったけれど、とにかくこれから文化祭に向けて忙しくなりそうな、そんな確信めいた予感を感じるのだった。

 

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