第54話『文化祭、男子の伝統』


 夏休み後の目玉といえば……。

 そう文化祭である。


 城神高校の文化祭は二日間を通して行われる。

 学校の規模故に学外から一般客はもちろん、様々な来賓客を招待して盛大に行われるビッグイベントだ。


 そしてこの文化祭における注目度の高いイベントといえば――。


「さぁ、みんな集まったので文化祭で何やるか決めていきましょう」

『……』


 ――1年生男子生徒たちによる催し物である。




 ――


「一ノ瀬君」


 とある休み時間、次の授業開始までクラスメイトたちと談笑をしていると。

 担任である鷹崎先生から声を掛けられた。


「どうしたんですか、先生」

「今日の放課後なんだけれど、帰らずに残っていてほしいんです」


 鷹崎先生からの用は放課後のことだった。


「予定は特にないんで大丈夫ですけど、何かあるんです?」

「文化祭のことでね」

「文化祭ですか」


 文化祭は10月に行われる行事である。

 学外からお客さんが多数来るので非常に大掛かりな催しとなるらしい。


「毎年1年生男子生徒による出し物がありまして、今日はその集まりに参加してください」

「1年生の男子……ですか」

「そう、一ノ瀬君には……気が乗らないことかもしれないですね」


 女子生徒とはおかげさまで仲良く交流をさせてもらっているわけだが。

 男子生徒での友達は彰とリンを除けば居ない。

 

 二人を除いてしまうともはや喧嘩ばかりする及川がまともに交流しているといったレベルだ。


 その他の男子生徒とは接点が皆無だ。


 理由はもちろん以前友二人が話してくれたように、俺が嫌われていることにつきる。


「嫌でしょうけど、これは毎年の伝統なので……」

「大丈夫です、ちゃんと行きますよ」


 駄々をこねて一人参加しないわけにもいかない。

 いい加減向き合わなければいけない課題でもあるからだ。




 ――


 というわけで、時は進み放課後。


 指定された場所、視聴覚室へと歩みを進める。


 またあの視聴覚室か。

 あんまり良い思い出がないぞ。


 男子交流会で初めて男子生徒と触れ合えるとワクワクした気持ちで行き、扉を開けてみれば彰とリンの二人しか居なかった。

 そこで知る、自分は嫌われているのだという事実を。

 中々にショッキングな事件だった。


 でも、彰とリンっていう友達が出来たから良い思い出もあるのだけれど。


 アレは一応任意という形になるので俺という存在が嫌であれば参加しないのも良しであったが、今回は強制参加である。この先には必ず彼らがいるはずだ。


 最初から自身を嫌っているのが分かっている状態というのは中々気が重くなる話である。


 扉の前で軽く深呼吸をする。

 息が吐かれることで高まっていた緊張が少し和らいでいく。


 ――よし、行くか。


「失礼しまーす」


 扉を開け教室へと足を踏み入れる。

 教室の中、席がある方に6人の男子生徒、リンと彰――及川の姿も確認できる。

 席は真ん中を空洞に囲むように配置されていた。まるで会議室のように。

 そして――。


「あれ、姉さんと智子先輩?」

「やっほーけいちゃん」

「弟くん、ここから資料を持って空いてる所に座ってね」


 壇上の方には見知った女子生徒2人、姉さんと智子先輩がいた。

 二人とも生徒会役員だからかな、きっとこの場に立ち会うことも必要なんだろう。

 

 自分で納得しつつ指示された通り適当に空いてる所へと腰を下ろす。ちょうどリンと彰たちの近くだ。

 

「さて、では全員揃ったので始めましょう」


 俺が着席したのを確認し姉さんより発せられた。


「今日1年生男子生徒のみなさんに集まって頂いたのは聞いているかもしれませんが、文化祭での出し物について話し合って頂きたいと思います――の前に何故自分たちだけで? という疑問もあることかと思いますので、さとお願いね」


「はい、それじゃあ皆さん手元の資料を見ながら聞いてください」


 資料と智子先輩の話によると――。


 昔、所属していた男子生徒たちから『男子生徒だけによる出し物を行いたい』と学校へ要望があったことがキッカケとなる。

 理由としては簡単で『女子生徒とやりたくない』と後ろ向きな意見が大半であったが、当時の学長が『あえて男子生徒だけでチャレンジすることで団結力が高まりモチベーション向上に期待できるかもしれない』と狙いがあり取り組みを許可することに。


 もちろん女子生徒側から反発があったものの、実際やってみるとこれが大きく反響を呼んだ。


 文化祭とは学外から多くのお客さんが来る所。


 男子生徒だけに着目した所に多くの人が興味を持ち多くの人が殺到する。

 もちろん彼らは初めは嫌気を抱くものの、自分たちが考案し、取り組んできたものということが評価されているといった気持ちもあり尽力を尽くした。


 結果大成功という結果に至る。


 お客さんたちからは大好評、男子生徒たちはこの期間に数多くの女性を相手にすることで慣れができる。

 それによりその後の学校生活へ良い影響を与えたということだ。


 これにより1年生は男子生徒のみで出し物を行うという文化が城神高校に確立された。


 なお、2・3年生においては『さすがに将来のために女子生徒と交流をしないとマズい』と彼らにもあったようでこの文化は1年生だけのものになったとさ。


「ということになりますが、何か質問ありますか?」


 全員を見渡したが特に異を唱える者はおらず、智子先輩からの話は以上となる。


「では、ここからは皆さんで話し合いましょう、質問があったら私たちもここに居るので何でも聞いてくださいね」

 

 ということで、後は俺たちで話し合うということになった。椅子の向きを変え、彼らの顔が見えるようにする。

 こういう咄嗟に場を委ねられると誰も口を開かないものだ、ならばここは先陣を切って――。


「まずはさ、方向性を決めようよ。お店形式にするとか――」

「君はいいよ」

「――え?」


 唐突に口を挟まれる。ちょうど向かい側にいた男子生徒。たしか及川と同じAクラスの内川だったと思う。


「君はいいって……どういう意味?」

「そのままの意味だよ、ぼくは君があまり好きじゃないからさ、一緒に取り組みたくない」

「おれもだ」

「同じく」


 立て続けに彼の言葉へと同調するように声が上がった。

 残りの二人はBクラスとで村田と吉村という名前だったはずだ。


 一緒に取り組みたくないって……そこまで俺嫌われてるのか……。


「おいおい、それは言いすぎだろ」

「そうだよ、恵斗のこと嫌いなのって早川さん関連でしょ、さすがに妬みが過ぎると思うよ」


 俺が落ち込んでいると彰、リンの二人が庇う様に異を唱えてくれた。

 しかし向かい側の彼は気に食わないのかフンッと鼻を鳴らし。


「そもそも男子のくせにEクラスなのがおかしいんだ、ぼくらの足を引っ張るだけじゃないの?」

「Eクラスの落ちこぼれが役立つとは思えないな」

「そうだそうだ」


 ――またか。

 

 Eクラスだ、落ちこぼれだ、とか。こんなんばっかだなこの学校。


「君らが俺のことを嫌いなのはいいんだけど、Eクラスを落ちこぼれって言うのは止めてくれ、彼女たちはそんなんじゃないんだ」

「そうやって女側に立っているのも腹が立つんだよ何が『王子様』だ。くだらない」

「彼女たちなりに親しみを込めて呼んでくれているんだよ。――『王子様』呼びは俺も止めて欲しいんだけどね」

「そうやって有頂天になってられるのも今だけさ、お前みたいな落ちこぼれはこの先生き残れず消えていくんだ」

「有頂天とかそういうんじゃなくてさ……」


 どうすれば彼らは話を聞いてくれるようになるのだろう。


 ……ん、なにやら殺気が。


「――っ!」

「か、会長我慢、我慢ですよ!」


 姉さんめっちゃ怒ってる……。あんなに怒った姉さん初めて見た……。


 すると殺気を感じたのか、三人は少し怖気づいたようでEクラスを悪く言う勢いは鎮まった。


 とはいえだ。

 

 毎回のように俺、若しくはEクラスを否定することばかりを続けられ疲れてしまう。

 こんな調子で彼らとやっていけるのかな……。

 

 伝統から背く形になるけれど、引くべきなのかもしれない。

 その結果内申点が急降下しそうだけども。

 どこかで挽回は必須になるだろう。じゃないと退学になってしまう。


 やや諦めの境地に入った所で、今まで口を開かなかった男が声を挙げた。


「内川、お前期末テストの順位は?」

「え……20位だよ」

「そこの二人は?」

「なんだよ急に、33位だよ」

「おれは25位」


 及川は彼らの顔を見渡しため息を吐いた。


「お前たちが馬鹿にしてるそこの男は11位だそうだ」

『なっ――!?』


 驚きが隠せないようで目を見開いている。

 しかし、どうして及川が俺をフォローするようなことを……?


 彼はそれだけに留まらず言葉を続けた。


「先日の検査のランク――お前たちは公表する度胸があるか?」

「なっ……、言えるわけないだろ!」

「あれはそもそも公表するようなもんじゃ――」

「自ら話す分には問題ない、僕はAだ」

「A!? そりゃ、及川は……」

「一ノ瀬、お前は言えるのか?」


 及川の目が俺の姿を捉える。

 今日初めて彼とは目が合う形になった。


「俺も――Aだった」

『は、はあぁっっ!?』

 

 今日2度目の彼らにとっての驚愕。

 後ろの智子先輩も『嘘!?』と驚いている、隣の姉さんはドヤ顔をしている。

 

「お前たちが今馬鹿にしている男は、お前たちより遥かに優れた男だということだ」


 それだけ言って及川は口を閉じた。後は言うことはないといったように。


「な、なんで及川がこいつを持ち上げてるんだよ!」

「お前が一番こいつのこと嫌いだろ!」

「早川さんだってこいつのせいで――」

「黙れ」


 ふぅ、と彼はまた息を開いた。

 そしてまた彼の目が俺を捉える、そこにはいつものように敵意も感じるがそれとなく情のようなものもあるような。


「僕はたしかにこの男が嫌いだ。希華がこいつの婚約者などという事実を今も認めん。だが、僕は能力のある人間を卑下することはしない。それは男だろうが女だろうがな。この男は能力を示した。故に嫌いではあるが認めはしている」


 そう言って彼は笑みを浮かべた。


 俺を嫌っている彼らも呆気にとられたようで呆然としている。


 ひとまず、彼のおかげで俺がここに居ることを許された、そのような雰囲気になるのだった。

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