第52話『夏祭りで……』


 夏休みも気付けば片手で数えられるくらいしか残らなくなった。


 あれだけあった鬼のような課題もようやく終わり、これで後は登校日を迎えるだけだ。


 今年の夏は色々とあった。


 ――初めてのバイトをした、ちょっとした騒ぎにもなってしまったけれど。

 ――無事に試練を乗り越えこれからも大切な人たちといられることが決まった。Sランクっていうのは予想外だったけれど。

 ――千尋と恋人になった。これからも彼女の自慢となる男でいたいと思う。


 あっという間の夏休みだった、来年も再来年もこうして楽しい夏を迎えられるといいな。


 そう感傷に浸っているとスマホに通知が飛んできた。


 送り主は千尋だ。


『今日地元の公園でお祭りがあるんだけど……どうかな?』


 千尋が送信したところは俺、まれちゃん、理奈が入っているグループチャットだ。

 既読がすぐにつく。


『今日は午前で練習終わったからいけるよー!』

『私も大丈夫』


 理奈、まれちゃんと参加の返信が来た。

 おっと俺も返信しないと。


『俺もオッケーだよ、何時に集合しようか?』


 しばらくチャットでやり取りした後、夜のお祭りに向けて俺は準備を開始するのだった。


 この夏最後の思い出作りが始まる――。



 ――


 

「うわぁ、すごいなぁ」


 祭りが行われている神社へと到着する。

 敷地が広い公園でたくさんの出店が広がっている。


「ここのお祭りはテレビでも特集されるくらいに大きなイベントなんだって」

「なんでも男性とこのお祭りでデートしたあとに、ね……」

「後になにかあるの?」


 理奈が言い淀む、なんだろうか。

 少し顔が赤くなっており、言い辛いことなのだろうか。


「え、えっちなことすると、こ、子供を授かれるって言い伝えがあるんだって」

「へ、へぇ~……」


 言い淀んだ理由が分かった。

 恥ずかしくて言い辛かったんだろう、顔を赤くして俯いてしまった。


「ごめんな理奈、無神経だった」

「あ、あたしが気にしすぎただけだしっ」

「じゃあけーくん、あとで、ね?」

「まれっ!?」


 まれちゃんとは既に身体を重ねた関係もある故にか、全く恥ずかしがることなく堂々とお誘いをしてくる。。


「あ、あの往来の場でそういう事はちょっと……っ」


 千尋が恥ずかしがった様子で指摘をした。

 な、なんともまぁ微妙な空気になってしまったが、お祭り楽しむぞ、おー。


 


 パァンと乾いた音が響き、衝撃で物が落ちる音。

 理奈が射的にチャレンジ中で見事に景品をゲットした。


「へへ、やりー!」

「すごいな、これで3個目だ」


 さすがスポーツ万能少女の理奈というべきか、定員泣かせレベルで商品を手にしていく。


「恵斗何が欲しい? 取ってあげるよ!」

「ん-、そうだな」


 上段にあるイヤホンが目に入る。

 赤と黒のカラーリングで好きな色構成だ。


「あの上段のイヤホンかな」

「オッケーぇ、任せて」


 理奈は銃口をイヤホンの所へ向け狙いを定める。


 パァンと乾いた音でコルク弾は発射され、命中した弾は景品へと当たり台から落ちた。


「うおお、すげー」

「やったぁー!」


 定員のお姉さんは『これじゃ赤字だよ、もう勘弁して』と苦笑しながら景品を差し出した。


「さすが理奈。頼りになるよ、ありがとう!」

「えっへん、当然でしょ!」


 理奈からイヤホンを受け取った。

 これは大事に使わせてもらおう。


「りなちゃんさっすがー」

「すごいなぁ……」


 まれちゃんと千尋が感激した声をあげた。

 二人の手には先程までなかった食べ物を持っている。

 

 まれちゃんは綿あめ、千尋はりんご飴だ。


「はいけーくん、あーん」

「ん、あーん」


 さも当然のようにまれちゃんから綿あめを差し出され、俺も当然のように口を開いた。

 差し出された部分は一口齧ったと思われる個所だ。

 

「えへへ、関節キスだね」

「そうだね」

「あんたら今更間接キスで照れるような仲じゃないでしょ」

「わかってないですね理奈さん。こういうのは雰囲気ですから」

「そういうものなの?」

「そうです、ということで恵斗くんあーん」

「あーん」


 今度はりんご飴を口元へ差し出される。もちろん一口食べた部分から。

 うん、冷たくて甘くて美味しい。


「あー、ズルい! あたしもけーとにあーんしたい!」

「りなちゃんはけーくんに格好つけたじゃん」

「そうだそうだー」

「むぅ……、そうだけどさ~」


 千尋はまれちゃん、理奈とテストの打ち上げ、この間のデートで話したくらいの関係で。

 まれちゃん、理奈は同じ学校の関係だから違和感なく一緒に過ごしているけれど、千尋も上手く加われるかだけ心配していた。


 けれどこの感じは心配ないだろう。


 3人が次はどうやって俺に尽くすか的なことを話し合っており、3人の仲の良さと気持ちに嬉しくなって心が温かくなった。


 ――楽しい雰囲気だったのに。


「あれ、佐良じゃね?」


 刈り上げの男が声を掛けてきた。

 後ろには女性を数人連れている。


「ひっ……」


 俺の腕を掴む千尋の力が強まる。

 もしかしてこいつ昔千尋をいじめてたという男か?


「こんなところで久しぶりじゃん?」

「あ、あぁ……」


 腕を掴む手が震えているのがわかる。

 その様子を見たまれちゃんと理奈が心配そうにしているのが見て取れる。


「お前ずっと引き籠ってたんだって? だっせぇーな、ちょっと虐めたくらいで逃げるなんてよ、なぁ?」

「あ、あはは……」

「そ、そうだね……」


 後ろにいる女の子たちは乾いた笑いをしている。


「あぁ、そういやお前らもあの時のクラスメイトだったな。忘れてたわ。つーか佐良さ、女のくせしておれに逆らうからそうなったんだよ。お前みたいな女はさ黙って男の言うこと聞いてればいいんだよ。つーか、結局そこにいるの男じゃん。はっ、あん時は嫌がってたくせに結局嬉しかったんだろ。またそのデケー胸触らせろよ」

「おい」

「あん?」


 ぺらぺらと虫唾が走るようなことばかりを口走ってる男のセリフを遮る。


「失せろ」

「はぁ?」

「千尋が怖がってんだろ、とっとと失せろ。俺の恋人を泣かすんじゃねーよ」

「あぁ? その胸デカ女がなんだって?」

「俺の恋人に手を出すな」

「そいつが恋人だぁ? ははっ、笑えるぜ!」


 汚い声で笑い声をあげる刈り上げの男。


「はっ、言われなくてもそんな胸デカ女に用はねーよ、つか後ろにいる女いいじゃん。隣の赤髪の奴も。こんな奴放っておれと遊ぼう、ぜっ!?」

「俺の女に近寄るな」

「てめぇっ、離しやがれ!」


 このゴミみたいな男が彼女たちに近寄って汚れたらどうすんだ。


「てめぇっ、なんなんだよマジで!」

「彼女たちは俺の恋人だ、それ以上寄ろうとするな」

「……っ、わかったよ離せよ!」


 わかったと言ったので刈り上げの腕を放した。

 奴は俺から数歩離れて忌々しそうに睨みつける。


「なんなんだよてめぇ、クソっ」

「……」

「はっ、白けちまった。おい行くぞ」


 踵を返し立ち去ろうとするが、着いてきていた彼女たちはその後へ続かなかった。


「何やってんだよ」

「ご、ごめんなさい、けど」

「私たちもう着いていけないっ」

「はぁ!?」

「私たちだって本当はやりたくなかった!」

「あ、あの時あなたたちの指示に従って佐良さん虐めることしたのずっと後悔してた」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」


 男は腕を振り上げ彼女たちを殴ろうとする。


 ――おいおい。


「女の子に手をあげようとすんなよ」

「てめぇにこいつらは関係ねぇだろっ、離せよ!」

「誰であろうと関係無くない、女の子を殴ろうとするなんて最低だ。彼女たちに傷が付いたらどうすんだ」

「だったらてめぇを殴ってやるよ!」


 掴んでいる方とは逆側の腕で殴ろうとするが、その手首を冷静に掴む。


「……っ」

「もう一度言うぞ、失せろ」

「チッ、クソッ」


 男は腕を振り払い、舌打ちをして立ち去って行った。


「もう大丈夫だよ千尋、だから怖安心して」

「け、恵斗くん……っ」


 奴が立ち去ったのを確認し、千尋の元へ歩み寄る。

 すると彼女は俺へと抱き付きながら涙を流した。


「恵斗くんっ」

「もう大丈夫、君を虐めてたやつはいなくなったから」

「うん、うんっ」

「これからは俺がいるからさ、心配しないで」

「恵斗くん……っ」


 感謝を述べながらも抱き着いたまま。

 俺は彼女の頭へそっと手を置きどうか泣き止んでほしいと頭を摩った。


「千尋ちゃん大丈夫だよ」

「けーともあたしたちもついてるからさ」


 まれちゃんと理奈も傍へと駆け寄り千尋の肩へと手を添えた。

 

「……っ、みんなありがとうっ」


 千尋が泣き止むまで、俺たちはずっと彼女の傍に付き添っていった。



 ――


「ここがね、花火がよく見える穴場スポットなの」


 夏祭りも盛り上がりを見せ、時間が過ぎていくと花火の打ち上げがあるとうことで千尋の案内の元場所を移動していた。


 ――あの後、刈り上げ男と決別した千尋の元クラスメイトたちは彼女へ謝罪の言葉を述べた。


 千尋は彼女たちを責めることなく『クラスから広がらないようにしてくれたんだよね、ありがとう』と逆に彼女たちへ感謝の言葉を送った。

 二人は申し訳なさと千尋の懐の深さから涙を流し『また私たちと友達になってくれる?』の言葉に対し『もちろん』と頷いた。


 千尋はもう過去を乗り越えた、先程までの恐怖は残っていない。

 あの後からずっと俺の腕を放さない彼女を見て、俺はそう確信した。


 少し坂になっているところへ腰を降ろし、花火が始まるのを待っていると。


「あ、はじまった!」


 理奈の声で上を見上げると花火が打ちあがり、大きな爆裂音が広がった。

 まばゆい光が次々と夜空を彩り、心から見入ってしまう。

 

「すごい……」

「きれい……」


 あまりの迫力の声を漏らし、千尋の反対側に立っていたまれちゃんも続いた。

 彼女はすっと俺の手を握り締める。


「まるでさ、今のあたしたちのために打ち上げられてる……なーんてね」


 胡坐を掻いた俺の上に座っていた理奈がしなだれかかって微笑み。


 「今がずっと続いてほしいなぁ」


 隣で腕を組んでいる彼女がそう呟いた。


「来年も、いやこの先もずっと何年経っても、夏になったら俺たちとそしていつか出来る子供たちも連れて花火を見に行こう」

「うん、ずっと一緒だよ」

「絶対来ようね、これからもけーとを放さないからねっ」

「これからもずっとあなたのことが大好きです」


 夏が終わる、今年の夏休みはこれまでで最高の思い出となり幕を閉じたのだった。


 ――


「ねぇ、けーと……今あたしのお尻に当たってるのって……」

「大好きな恋人に囲まれてるんだ、察してください」

「わ、私準備出来てるから!」

「あ、あたしも!」

「わたし……けーくんとの子供欲しいな」


 その後3人でそういう所へ休憩しに行った。


 理奈、千尋とも身体を重ねたおかげか今までよりも距離がぐっと縮まった、そんな印象を受けたのだった。。


 ちなみにまれちゃんとの子供はできなかった。俺たちまだ学生だもんな!


「……残念」


 

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