第51話『たくさんの思い出を』


 電車内で少しだけイチャついた(当社比)俺たちは無事水族館へ着いた。


 まず先にお昼ご飯を摂ろうということになり付近のテラスがある広場へ。

 

 そこで千尋が披露してくれたのは手作りのサンドイッチだった。

 恋人(まだ付き合ってない)からの手料理……っ。


 最高だよ……っ。


 サンドイッチはハムとレタス、卵を使った定番のものや、鳥の照り焼きを挟んだもの等バリエーションよく作ってくれてとても美味しそうだ。


 どれから食べようかと目移りしていると。


「恵斗くん、あーん」





 はっ、意識を飛ばしてしまった。


 千尋が……あの恋人にしか行われないであろう伝説の『あーん』を!?


 やっぱり俺たちもう付き合ってるのでは……?


 謎の葛藤に囚われながら彼女の手元へと口を近づける。

 最初に口にしたのはハムとレタスのサンドイッチ。


 この組み合わせで美味しくないわけないのだが、なんだろう。

 普通に食べるサンドイッチとは違うこの幸せに満ちた味は。


「美味しいよ千尋、今まで食べたサンドイッチで一番美味いくらいなんだけど何か隠し味的なの使ってるの?」

「えーと、その……」


 千尋は一旦言葉を区切る。

 

 どうしたんだろうと彼女の言葉を待っていると、千尋は口を開いた。


「愛情……かな」




 はっ、また意識が飛んでた。


 待って……この子本当に千尋なのか?

 俺の知ってる千尋ってなんかこう……もっと奥ゆかしい感じで絶対こんなこと言う子じゃないんだけど。


 なんとなくだけど、電車の中で腕を組んでから彼女の中で何かが変わったのか……?


 などと思考を続けていると。

 

「はい恵斗くん、あーん」


 あーんの続きが。


 まぁ、幸せだからいっか(脳死)


 こうしてあーんもしてもらいながら食事を摂り俺は終始頬が緩みっぱなしだった。


 この食事の最中終始周囲がざわついてたり、何か聞き覚えのある女の子の姿や声があった気がするけどきっと気のせいだろう。

 1対1でデートしてる時点である程度の注目を集めているのは仕方のないことなのできっとそれのせいだな。


 


 

 

「おぉ~、すごいな」


 館内へと入り歩みを進めていくと巨大な水槽に挟まれた一本の丸い通路、中を歩いていくとまるで海の中を歩いているかのようだ。


「おぉ、でっけぇ。あれ早いなマグロ?」

「アレはクロマグロだって、時速80kmで泳ぐことも出来るみたいだよ」

「すっげぇなぁ、お、向こうのトンネルも凄そうだ」

「あっち側はクラゲトンネルだって、2000匹以上いるみたい。すごいなぁ……」


 クラゲトンネルと言われる通路へ入ると上から下までクラゲがたくさん。クラゲと聞くと刺されて痺れる悪いイメージが先行するが、観賞用とすればとても素敵な生物だ。


「うおぉっ、すっごい」


 ちょうどクラゲたちが泳ぎ始めたタイミング、トンネルをぐるぐると回るクラゲたちの姿に圧倒された。


「ふふっ」

「……あっ」


 千尋へ目を向けると微笑ましそうに笑っている。


「ごめん、なんか柄にもなくはしゃいじゃってるよ」

「うぅん、楽しんでもらえてるみたいでわたしは凄く嬉しいよ、でもちょっとだけ意外だったかな。恵斗くんがこんなにテンション高いの初めて見たから」

「いやぁ、実は俺こういう所へ出かけた経験がほとんどないんだ。昔は知らない女性が怖くて家にも籠りきりだったし、こうやって出かけるようになったのは高校へあがってからなんだよ」

「そうだったんだ……、恵斗くんでも女性が苦手だったの?」

「小さい頃だけどね、やっぱり大勢の大人に囲まれるのは少し怖かったな」


 今では全然そんなことはなく、むしろ嬉しいくらいなんだけれども。


「だからなんかこう昨日からワクワクしちゃってさ、千尋とのデートというのもはしゃぐ要因の1つなんだけども、やっぱりこういう所へ来るのは楽しみが強いよ」

「……恵斗くんっ」


 ガシッと両手を握られる。


「これからもいっぱい色んな所へ行こう、わたしとでも、クラスのみんなでもいい。卒業するまでたくさん恵斗くんの思い出を作ろう。わたしそのお手伝いがしたい!」

「千尋……」


 真っすぐな千尋の想いが胸へと伝わってくる。

 その熱い想いに感化されるように俺も思ったまま返事を返す。


「そうだね、たくさん思い出を作りたい。得られなかった思い出を作る為に千尋も協力してくれる?」

「もちろん!」


 彼女は一度下を向き、そしてさらに言葉を続けた。


「だから、わたしをこれからも貴方の傍にいさせてください。貴方と共にこれからも歩んでいきたいです。たくさんの思い出を作りたい。良い事も悪い事も、全部笑って振り返れるように貴方とこれからも一緒に居たいです。わたしは、恵斗くんのことが大好きです!」

「千尋……」


 千尋からありのままの気持ちを伝えられる。まっすぐな言葉が俺の胸に温かく広がっていく。


「俺は馬鹿だから千尋と初めて出会った時のように迷惑を掛けることもあると思う。それでも今ではあんなこともあったなって笑って振り返れるくらいに君と一緒に過ごしてきた。これからも千尋と一緒に色んな思い出を作って、振り返っていきたい。だから君の告白を喜んで受け取ります、俺の恋人に……将来のパートナーになってください」


 握られていた両手を離し、千尋の方へと添える。

 彼女も察したのかスッと目を閉じた。

 

 ――それが合図のように自然に俺たちの唇は重なった。


「やっと好きだって言えたっ、恵斗くんの恋人になれたっ、嬉しいっ」

「俺もだよ、やっとこうやって君を抱きしめられる」

「暖かい……、ずっと抱きしめられていたいよ」

「千尋が望むのならいくらでも」


 恋人となった千尋と抱擁を続ける。

 その時間はまるで永遠――ではなく予想しない声で終わりを告げた。


「あー、御両人さん?」

「幸せそうで良い事だけど少し離れよう?」

「ふぇ?」

「――なんで二人が?」


 俺たちに声を掛けてきたのはまれちゃんと理奈。

 疑問に思っていると彼女たちの後ろから人影が。


「ちっひぃーっ!」

「わぷっ」

「千尋ちゃん~っ」

「ひゃぁっ」


 みくと紗耶香に勢いよく抱き着かれ千尋が離れていった。


「こうなるからね」

「危うく衝突事故だったねぇ」

「なるほど……」


 泣きながらおめでとうと声を掛ける二人。

 千尋は少し困りながらも嬉しそうに言葉を返していた。


「家出た時からなんか視線感じるなと思ったけど、その時からついてきてたの?」

「えへへ、ごめんね」

「気になっちゃって……」


 あの時感じた視線は彼女たちだったわけだ。


「アタシたちもちっひーがちゃんとデートできるのか気になって……っ」

「お、お母さんじゃないんだから」

「だって千尋ちゃんのことだから何かやっちゃうんじゃないかと……っ」

「さやちゃんもひどいよっ!?」


 ようやく泣き止んだ二人、彼女たちもまれちゃんたちと同じように千尋のことを影ながら見守ってここまで来たらしい。


「で、でもちっひーがあんなに積極的だとは思わなくて……」

「も、もしかして電車の時も見てたの……?」

「ごめんね千尋ちゃん、恋愛漫画見てるみたいでドキドキしちゃった」

「~~っ」


 声にならない悲鳴を上げて千尋は蹲ってしまった。


「けーくんも鼻の下伸ばしてた」

「え、それはあの、男の性といいますか……」

「そんなにおっぱいがいいのかこんにゃろー!」

「いたたっ、ちょっと理奈さん勘弁して」


 ポカポカと肩を叩かれる、いやもう参ったね。


「ま、まぁこうしてみんな集まっちゃったわけだしさ、一緒に回ろうよ。もうすぐイルカショーもやるみたいだし」

「いやいや、アタシらちっひーの告白が成功して飛び出してきちゃったけど、デートの邪魔するつもりなんてないって」

「邪魔だなんて思ってないよ」

「でもせっかく王子様と千尋ちゃんのデートが」


 二人は申し訳なさそうにしているが、俺は本当に邪魔だなんて思ってなかった。


「さっきも言ったけどさ、俺これからもたくさんみんなと思い出を作りたいんだ。恋人になった千尋とデートはこれからもたくさんするつもりだし、もちろんまれちゃん、理奈ともね。でも友達であるみくと紗耶香ともこうやって一緒に遊んで思い出作りもしたいからさ」

「うぅ……王子ぃ……」

「感激ですぅ……」


 また二人はポロポロと涙を零してしまった。

 俺は苦笑しながら千尋へと向き直る。


「勝手に決めちゃったけどさ、いいかな?」

「もちろん、これからもいっぱい思い出作ろうね」


 そう言って千尋は俺の腕へと抱き着き、頬へキスをしたのだった。

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