第50話『千尋とのデート』
「ふぅ……暑いな」
今日は暑い、今は8月故に当たり前のことである。
おまけに外は雲ひとつない快晴。
本来ならば涼しい部屋の中でゆっくりしていたいところであるが……。
「お待たせ千尋、待たせちゃったかな?」
「うぅん、わたしも今来たところだからっ」
目の前に居るのはいつもと違う装いの千尋。
デートの為に洋服を選んでくれたのだろうか、ミニスカートがとても映えていて可愛らしく、夏仕様である薄手の上着は彼女のボディラインをしっかりと主張しており、イケないことなのだが目が離せない。
「洋服とっても似合ってる、すごく可愛いよ千尋」
「えへへ……恵斗くんに褒めてもらえると凄く嬉しいな」
少し恥ずかしそうに手を前で組む千尋が更に可愛らしくなる。
今日の彼女の魅力は留まるところを知らないようだ。
「今日の予定なんだけど、このまま水族館に向かって、14時くらいからイルカショーがあるみたいだから最初にお昼ご飯を摂ろうと思うんだけど、どうかな?」
「大丈夫だよ、今日は全部千尋に任せるから」
「ありがとう、エスコート頑張るね! お昼はお弁当作ってきたから、お料理頑張ったから期待してねっ」
「マジか、すげー楽しみだ!」
「うん、じゃあ行こっ」
目的の場所へと振り返り歩みを始める――。
――今日は彼女に任せると言ったけど、これくらいならいいよな?
隣に立つ彼女の手をそっと握る、千尋からは『あ……っ』と小さな声が漏れた。
「今日はデートだからね、さぁ行こう」
「……うんっ」
待ち望んだ千尋とのデートがいよいよ始まる。
その前に今ここへ至るまでの事をふと思い出した。
それは昨日の夜からである……。
――
「あーもう嫌だ、課題疲れた!」
処理しても減らない課題にいい加減うんざりする。
夏休みは半分くらい過ぎたがこれは本当に夏休みで終わるように設定されたのか……?
解けないとか理解できないとかではなく単純に量が多い。
きっとみんなも苦戦しているだろう。
まさか早々に終えてる子などいないはずだ(注:まれちゃん)
また息抜きにゲームでもしようかなと思いつつスマホに通知が。
『また王子の抽選外したし! <<o(>-<)o>> 』
『わたしも、クラスで当選した子いる?』
『はいはーい、今日も外れでーす!』
クラスメイトで作っているグループで会話を始めたようだ。
夏休みであるから学校は無いのでこうしたグループチャットが役に立っている。
『ごめんね~、店長に聞いたら倍率が凄い事になってるんだって』
『さすが王子様+.(≧∀≦)゚+.゚』
『最近は天使様って呼び名が流行ってるらしい』
『私たちも今度から天使様に切り替える?』
『俺はみんなに恵斗って呼んでほしい!』
『やっぱアタシらは王子でしょ!』
『うんうん』
『賛成~!』
『٩(ˊᗜˋ*)وィェーィ*゜』
『あの、恵斗をよろしくお願いします……』
『恵斗くん、ファイトだよ』
こうして俺の名前呼びのお願いは流されることに決まってしまっている。
みんな俺の話はいつも聞いてくれるのにこの時だけは居ないかのように扱われるんだよな。
最後にいつも慰めてくれる千尋が俺の癒しだ。
『王子様次の出勤はいつですか?』
『明日は休みだから明後日だよ』
『よし、明日も時間前にサイトに張り付くぞぉ』
『がんばって!』
そうそう、喫茶HeaLingの抽選会はあまりの人数が集まってしまうのでネット抽選となった。
春風さんがプログラミングを組んで作ってくれたらしい。
彼女はその方面に強いとの事だ。
「ん?」
スマホにまた新たに通知、ではなく着信が。
相手は――千尋だ。
「もしもし?」
『こ、こんばんは!』
「お、おうこんばんは」
上擦ったような声で一体どうしたんだろうか……。まるで初期の千尋みたいだ。
『い、いまだいじょうぶ?』
「いやぁ課題がしんどくて逃げたいくらいだったからさ、千尋が電話くれてすげぇ嬉しいよ」
『う、うん! わたしも恵斗くんとお話しできてうれしい……えへへ』
か、可愛い……っ。
悶えそうになる感じをなんとか抑えて改めて用件を尋ねた。
『テストの打ち上げで話した事覚えてる……?』
「あぁ、デートへ誘ってくれるんだろ?」
『うん、あ、あした恵斗くんさえよければその……で、デートしませんか……?』
「――もちろん、OKさ」
「……っ、ありがとうっ、明日絶対に恵斗くんを楽しませてみせるから!」
通話を終了して、ふぅと一息は吐く。
「――うおぉっ、ついに来た!」
待ちに待った千尋からの誘い、喜びでテンションが上がる。
そして思い出すのはあの日の千尋が言った言葉。
『夏休み、わたしとデートしてください! それでわたし恵斗くんに伝えたい話があります!』
『今日の感じでわたしの気持ち伝わっちゃってると思うけど……それでもわたしちゃんと恵斗くんに伝えたいです!』
そういうことで……いいんだよな。
彼女の口から想いを伝えてもらえる時が来た。
もちろん俺の気持ちも決まっている。
デートは明日、電話もついさっき終わったばかりなのに彼女の声が聴きたい、会いたい気持ちが止まらない。
千尋への想いを自覚したあの日から彼女の事に夢中になっている。
「早く明日にならないかな」
早く寝て明日を迎えたい。けれどワクワクした気持ちで寝付けないのは目に見えている。
机の上には目を背けていた課題。
「やってやるかぁ」
進めていけばきっと眠気も早く来るだろう。そう思って取り組んだ課題はとても捗りかなりの量を終わらせることが出来た。
これも千尋の効果……なんてな。
「いってきまーす」
時間を確認して家を出る、集合時間はお昼前くらいだ。
さすがに俺も経験を積んできた故に待ち合わせよりも早く行くという冒涜は犯さない。
……いや、葛藤はしたけれど。
女性を待たせたくない、嫌な気持ちにさせたくない、女性に優しくしてあげたい。
もはやこれは魂に刻まれたレベルの想いだ。
とはいえ俺が早く着くことで千尋がショックを受けてしまうのも事実。
『待たせたくない』『嫌な気持ちにさせたくない』の天秤を測った結果後者になったので待ち合わせの少し前位に着くように時間調整をしたのだった。
「――ん?」
駅へと向かう途中、見慣れた髪色――まれちゃんと理奈の二人が見えたような気がするが……気のせいだったろうか。
「うーん……まぁいいか」
二人の事は気になるけれど、今はデートが優先だ。さすがに遅れるのは避けたい。
そういうわけで思考を切り替え、電車に乗る為駅へと向かっていったのだった。
『ふぅ……見つかるかと思った』
『けーと察しが良くてびっくりしたよ……』
――本当に彼女たちが後を付けていることに気付かずに。
――
時は戻って電車の中、目的地へと向かうため俺たち二人は電車に揺られている。
今日は休日ということもあって、普段に比べるとかなり人が少ない。
そのおかげで座席に座ることも出来た。
もちろん座った状態でも手は握ったままだ。
「そういえば……恵斗くんと初めて会ったのもこの電車だったね」
「入学式の日だね、あれからまだ数か月しか経ってないんだな」
満員電車に揺られる中、千尋の胸を鷲掴みにしてしまった記憶。
あの件では俺の立ち回りも最悪だったし、色々と千尋を振り回してしまって申し訳ない限りだ。
とはいえ、こうして今は手を繋ぎ、隣り合わせで座っていられるくらいに距離も縮んだのだから人生というのはわからないもんだ。
千尋の手はすべすべしていて、プニッとした柔らかさもあり思わず手に力が入ってしまう。
「ん……っ」
「あ、ごめん、痛かった?」
「うぅん、大丈夫。もっと握ってほしいな……」
「お、おう」
力を強めてしまったのは単なる俺の不注意だったが思わぬ反応だった。
千尋の希望の通り、そっと力を強める。
そうするとまた『んっ、えへへ……』と声が漏れた。
――俺の彼女が凄く可愛い。
いやまだ付き合ってないんだけれども。
「恵斗くんの手暖かいね」
「そ、そうかな、もし暑かったら一旦離すから言ってくれ」
「うぅん、このままずっと恵斗くんに触ってたい、離さないでほしい」
――俺たち実はもう恋人同士だったりしないのかな?
――もうキスをしても許されるだろうか。
「ねぇ恵斗くん」
俺が脳内で悶々としていると千尋から声がかかる。
今更なんだけど千尋は俺よりも背が低く、肩くらいに顔があるので常に見上げる感じになる。
頬を染めた女の子が見上げてくる感じは――男子にならわかるだろ?
「腕、組んでもいいかな……?」
「喜んで!」
一切の躊躇なく首を縦に振る。
千尋は握っていた手を一瞬放し、俺の右腕と彼女の腕を絡める。もちろんすぐさま手を握り直ししてくれた。
――こ、これは!?
密着することで真っ先に感じるのが彼女の柔らかなアレ。
ちょうど二の腕あたりにムニュッと柔らかな感触が。
もちろんこれだけでも興奮ものなのだが、千尋の蕩けるような笑顔が何よりもグッときた。
『思いっきりくっついちゃったね』と小声で話す彼女に俺は完全にノックアウト。
この大胆さ……あなたは本当に千尋さんですか?
そう疑いたくなってしまう程だった。
デートはまだまだ始まったばかり、俺の理性はこの後も持つのだろうか……。
『けーくんニヤニヤしすぎだよ~……』
『あたしもけーとの腕組みたい~っ』
『ちっひー、大胆っ』
『ちひろちゃん……がんばれっ』
デートを楽しむ者、デートを見守る者。
彼女たちはデート先へと場所を移していく――。
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