閑話『彼女たちの夏休み』


 ――早川希華の場合。


「希華ー? 休みだからって寝すぎよ?」

「ふにゃぁ……けーくんそこはダメぇ……」

「休みに入るとすぐこれなんだから」


 完璧で運動以外は欠点のない女の子、聖女などと呼び名のある早川希華だが。

 彼女は夏休みや冬休みなどの長期的な休みに入るととっても他所には見せられない程に堕落する。


 これは恋人である一ノ瀬恵斗も知りえていない秘密である。


 幼い頃からの親友、柚月理奈だけはこの一面を把握しているが『これはさすがにけーとに話せないね』とこの秘密を墓までもっていくことを彼女は誓っている。


 彼女が課題を1日で終わらせられる理由。

 それはもちろん彼女が頭脳明晰なのも理由の1つではあるが、何よりもダラけたい。

 夏はエアコンの効いた部屋で惰眠を貪り、冬は暖かい布団でぬくぬく寝ていたいというのが理由なだけである。


「えへへ……けーくんだいすきぃ……」


 夢の中では愛しの彼とお楽しみであるのかふにゃふにゃに溶けた顔をしている。

 これはいくら声を掛けても目が覚めそうにないのだが。


「はっ――、けーくんが来る」

「えぇ……」


 散々早苗が声を掛け、体を揺すっても目を覚まさなかったのだが彼女は唐突に飛び起きた。

 光の速さで身支度を整える。母はあまりの展開についていけない。


 彼女が用意を終えたタイミングでちょうど来客を告げる鐘が鳴る。


「けーくん!」


 ベランダから身を乗り出した彼女は愛しの彼へ手を振っていた。

 一緒に確認してみるとそこには本当に一ノ瀬恵斗の姿が。


 恵斗センサーとやらを常備しているのだろうか、母である早川早苗もわからない娘の生態なのであった。


 

 ――柚月理奈の場合。


「ラスト一球、真っすぐいきますっ」


 マウンド上で左腕を振る。

 振りぬいた球は伸びのある軌道を保ち、キャッチャーミットへと吸い込まれた。


「オッケー、ナイスピッチ!」

「ありがとうございました!」


 ボールを受けた先輩へと挨拶をしマウンドを降りる。

 今日の彼女はこれで練習が終わりとなる。


「理奈調子いいね、この調子で秋がんばろうね」

「はい、春選抜こそ甲子園行きましょう!」

「その意気だ!」


 クールダウンとして軽くキャッチボールを交し終え、柔軟へを行う。

 先輩キャッチャーと共に談笑をしながらこなし、着替えをするために更衣室へと向かった。


 更衣室は既に数人着替えをしている最中であった。


「B組の田中さん、A組の村田くんにアプローチ成功したみたいよ」

「えぇー、いいなぁ。婚活一抜けじゃん」

「私たちももう2年だしねー、早く相手見つけないと」


 どの世界であろうと女子が集まると始まるのは恋バナである。


「お、誰よりも早く婚活が終わった後輩だ」

「先輩勘弁してくださいよ」

「いいじゃん~、噂の王子様でしょ。柚月が本当羨ましいわ~」

「てか、最近彼とはどうなの?」

「ど、どうなのって言っても、今まで通りですよ」

「えー、つまんなーい」


 穏やかに話が進んでいくが、やはり年頃の女の子たち。

 貞操観念が逆転した世界故に始まるのはやはり――。


「で、王子様とはもうエッチしたの?」

「ちょっ――!?」

「あー、この反応まだ処女だわ」

「しょ、しょしょ、処女じゃないしっ!?」

「いーや、その感じはまだ膜持ちだね」

「~~っ!?」

「王子様のアレどんな感じなんだろうねー、やっぱり大きいのかな?」

「イケメンで大きいとか最強でしょ」

「いいなぁ~、アタシも王子様とエッチしたいなぁ」

「お、お疲れさまでした! お先に失礼します!」

 

 彼氏持ちは弄られる。

 これはどの世界でも共通事項であった。


 

 ――佐良千尋の場合。


「課題ホント多くない? これ夏休み中に終わるのかなぁ?」


 佐良千尋の家で仙道みく、砂村紗耶香が集まり三人で夏休みの課題をこなしている。


 それぞれの得意分野を生かし、互いの苦手科目をフォローしあいながら順調に課題の量を減らしてはいるが、一ノ瀬恵斗が嘆いていたようにとにかく量が多いところを困らせている。


「みんなで頑張ろうみくちゃん」

「うぅー、アタシもう勉強したくない~」

「でも頑張らないと、王子様にもちひろちゃんに来年私たちが置いて行かれるかもしれないし」

「あ、そう考えるとやる気出てきた!」

「ふふ、ファイトだよみくちゃん」


 夏休み前の期末テストにて、一ノ瀬恵斗と佐良千尋は結果を出した。

 これは彼女たち、いやEクラスの誇りではあるが、この調子でいけば彼女たちは来年別のクラスになる可能性が高い。

 故にEクラスの人間はこの夏から決死の覚悟で勉学に取り組んでいる。


「はぁーっ、さすがに今日はもう無理ぃ」

「おなじく……」

「二人ともお疲れ様、紅茶とお菓子持ってきたよ」

『わーい』


 千尋から紅茶を受け取り、勉強後のティータイムを堪能する。


「ちっひー、ホントに勉強が得意になったんだね」

「私たちほとんどちひろちゃんに聞いてばかりだったね」

「そんなことないよ、わたしも英語はちょっと苦手だし……」


 彼女が急成長した理由、それはやはりあの期間だろう。


「ね、打ち上げでも聞いたんだけどさ王子との勉強中どんな感じだったの?」

「ま、前にも言った通り一緒に勉強しただけだよ」

「いや、これ程までにちひろちゃんが勉強できるようになるなんて信じられないよ」

「さやちゃんまで……」


 二人の追及にタジタジとなるが中々本心を話さない千尋。

 そうなると二人は切り札である『あの時二人きりにしてあげたよね?』を使った。

 それを言われると千尋に良い返す術はもうない。


「その……、恵斗くんも日に日に上達していって。途中からもう追いつけないかなぁって思ったの。でも恵斗くんとずっと一緒に居たい、離れたくないって強く願ったら力が湧いてくるような感じがして、そうさせてくれたのはきっと――」

『きっと?』

「恋……かな」

『キャーッ!』


 二人から黄色い悲鳴が上がり、千尋はビクッとなる。


「もう、ちっひー最高だよ」

「本当にこんな物語みたいな話があるなんて……」


 二人は感激して紗耶香に至ってはもはや涙を流すくらいになっていた。


「じゃあ絶対に今度のデート成功させなきゃね」

「うん、がんばる」

「告白、するんだよね?」

「う、うん」


 真っ赤になりアセアセとしている千尋。

 その様子を見て二人は『絶対付いて行こ』と千尋に内緒で結託するのであった。


 

 ――日笠奏の場合。


 とあるスタジオには日笠奏、北大路由利、藤崎亜紀の3人が揃っていた。


「カナ、その音いい感じだね」

「でしょ、少し歪み増やしてEQでLowをカットして調整したんだ」

「完璧、これで来週のライブはうまくいく」


 彼女たちは軽音部で活動する他に学外でバンド活動をしていた。

 今日はライブに向けてのリハーサルだ。


「でも残念だったなー、抽選漏れなかったらフェスに前座とはいえ参加できたのに」

「しょうがないよ、まだ私たちには遠いレベルだね」

「先は長い、もぐもぐ」


 彼女らには夢がある。

 それはバンド活動で生計を立てていくこと。

 そのために今は小さなライブハウスでライブ活動をすることで名を挙げていくという段階だ。


「やっぱりギター入れてさ、カナがボーカル専念もしくはツインギターって形にした方がもっと受けると思うんだよね」

「そうだけどね……」

「私たちの波長にあわないのばっかり、もぐもぐ」


 唯でさえ、マイペースなメンバーたちである。

 自由奔放な由利、食べてばっかりの亜紀。ちなみにスタジオは飲食禁止である。

 

 そして何よりも――。


「妥協はしたくないからね」


 この中で誰よりも音楽へと力を注いでいるのが奏だ。

 彼女はバンド活動においては一切の妥協をしない。

 軽音部はあくまで部活なのでその一面を恵斗はまだ知らない。


「ケイは意外と奏に合いそうな気がするけどなー」

「ん、ケイが入れば名前も抜群に売れる」

「ケイをそんな風に利用するのは感心しないなー」


 とはいえだ、奏自身も恵斗の能力は相当評価している。

 小さい頃から独学でギターをやっていたと言っていたが。

 それよりような、そのくらい能力の高さを感じさせている。


 そして彼は歌も上手い。

 カラオケはもちろん、文化祭に向けて彼がボーカルをやる曲を通しで練習したのだが演奏しているこちらが魅了されるくらいだった。


 ギターと同じように秀でた能力を感じていた。

 

 ――文化祭終わったらケイをバンドに誘ってみようかな。


 彼女たちに否定はしたものの、わりと恵斗を誘う方向で考えているのだった。



 ――鹿目智子の場合。


「さと~、けいちゃんがお姉ちゃんに構ってくれないの~」

「……」

「『課題やらないといけないから』ってお姉ちゃんとあんまり遊んでくれないの」

「……」

「昔は勉強しないでお姉ちゃんに構ってくれてたのに……うぅ」

「あの、うるさいんですけど」

「ひどいよさとっ」


 智子はため息を吐いた。

 突然家に明美がやってきたと思ったら止まらない恵斗への愚痴。

 いつものハリセンが手元にあれば引っぱたいていただろう。


「はぁ、まったくもう」

「ため息吐くと幸せが逃げるよ~?」

「誰のせいですか、誰の」


 という感じで心底うっとおしそうな顔をしてるが、実の所いつものように傍にいてくれてありがたいと思っている。


「……無理しちゃダメだよ?」

「……わかってます」


 彼女が何をここまで追いつめているか、それは――。


「ごめんなさい、電話がかかってきました。席外します」

「うん、大丈夫だよ。待ってるから、今日は一緒にいるから」

「……ありがとうございます」


 智子はそう言い残して席を離れた。

 電話の相手――と話をするために。


「けいちゃん、さとのこと助けてあげてね」


 ブラコンな姉はここには居ない愛する弟に望みを託すのだった。

 彼女が何に助けが必要なのか、ソレはまだ一ノ瀬明美しか知りえないことだった。


 

 ――春風スミレの場合。


『よし、そこだよIKETO』

『オッケー!』


 椅子に腰掛け、パソコンと向き合っているスミレ。

 彼女は今日課となっているゲームに勤しんでいた。


『よーっし、クエストクリア!』

「ふふ『やったなIKETO』と』


 彼女は今ゲーム内において、もはや親友と呼べる程に交友を深めているフレンド。

 IKETO共にクエストを達成したところだった。


『イベント対象モンスターだったけど、攻略しがいがあったね』

『そうだね、でもIKETOと一緒にパーティ組めば怖いものないね』

『SUMIの援護あってこそだよ、回復とかめっちゃドンピシャで助かるよ』

「えへへ……」


 IKETOのキャラクターは男である、だが中の人は女の子であるとスミレは思っている。自分自身が女の子であるのに男のキャラクターを使っているのだから。

 

 それに彼女の根底では男の子がこんなにも優しいわけがない、自分なんかと楽しくゲームするわけがないと今も信じ込んでしまっている。


『そういえば』


 ふと彼女は思い出した。

 新しくバイトへとやってきた男の子のことを。


『前に話したことなんだけどさ』

『友達の話』

『そうそう友達の話』


 本当は自分自身の話だけど、と彼女は心の中で付け足した。


『最近とある男子がいるんだけど、彼に対してだけはほんのちょっとだけ男子に対する苦手意識がなくなったんだ、あ、いや、なくなったって言ってたんだ』

『何かキッカケでもあったの?』

『こんな自分に優しく話しかけてくれるから、かな……』


 正直言って自身の態度は良いものではないとスミレ自身も思っている。

 すぐにどもってしまうし、目が合わせられないし。


 でも彼は自分に怒ることなく、自分が話をできるようになるまでじっと穏やかに待っていていてくれる。

 そして話すのが苦手な彼女に対し、積極的に会話を振ってくれる。しかも『うん』『そうだね』と返事がしやすいように気を使っているのをスミレは感じていた。

 

 まだまともに会話はできていないけど。

 彼とならいずれ堂々と喋れる日が来るのかもしれない。

 彼女の中には確かな自信があった。

 

『その調子ならSUMIさん、いや君の友達ならきっと大丈夫だよ。世の中の男は誰もがクズみたいなやつばかりじゃないはずだからね』

『そうだといいな~』


 ――でも私に一番安らぎを与えてくれる男の子は……IKETOだよ。


 相手が男の子がどうかもわからないけれど、密かに彼女の中にはある想いが芽生えていたのだった。

 

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