第49話『これからも一緒に』


 ランチへお誘いした受付のお姉さんであるアンさんとマコさん。

 この二人は城神高校のOGだそうで、この時期における女子側目線での話を聞かせてもらえた。


 男子の精液検査というのは女子生徒たちにとっても大事な日であるそうだ。


 例えば、意中の男子、僅かながらも脈ありの男子等が万が一×判定を受けてしまったら退学措置になってしまうので女子たちにとっても緊張する日だという。

 

 一部では有名な神社へ赴きお祈りを捧げる女子生徒も存在するのだとか。


 ――俺もそこまで気に掛けてもらえたら嬉しいなぁ、と能天気な感想を話すと『一ノ瀬様の人柄なら絶対にいきますよ』『なんならクラス総出で祈願ツアーなんてやってるかもしれませんね』とか言ってけどさすがにないだろう。


 アンさんの時はBクラスだったそうだが、男子生徒一名が夏休み明けには退学してしまう事態にもなったそうだ。


「付き合えたらいいなぁ~程度には想ってましたけどまさか夏休みが明けたら居なくなるとは思ってもいなくて……」


 と、当時の思い出を語ってくれた。

 一方のマコさんはAクラスだったそうで退学者は現れず。


「友達と祈願に行ったんですよ~、あそこの神社階段長くて長くて……。有名な所なんで結婚した女性は妊娠祈願をしに行くなんて聞きますね」


 ということらしい。

 ちなみに祈願した相手とは結局お付き合いすることなく今に至るという。

 残念ながら努力が報われなかったそうだ。


 そんな感じで楽しくランチを楽しんで当初の目的通り進行も深めることが出来た。

 今後も献精に来る時はお世話になる事だろう。


 施設に帰り二人と別れる。

 検査の結果にどうやら時間が掛かっていることで俺はもうしばらく待つように言われた。


 時間が掛かるってどういう事なんだろうか。

 ――もしかして×判定?


 いやいやまさか、でも可能性はあるんだよな……。

 と、不安になりつつもあるが、ロビーで大人しく待っていると。


「……貴様か」


 聞き覚えのある嫌みの声、献精室から出てきたのは――及川だった。


「こんな所でなにしてるんだ、検査不可だったのか?」


 馬鹿にしたような笑みで話しかけてくるが残念。


「とっくに終わったんだよ、飯も食ってきたし、お前が遅いくらいだよ」

「……何を言ってるんだ?」

「いやだからそのまんま」

「貴様の事は本当に理解できん……」


 そんな感じの反応は彰とリンにもされたわ、やはり出した後にピンピンしているのは異常なことなのだろう。

 

「まぁいい、適用外のことだ。そういうことなんだろう」

「いつもみたいに噛みついてこないじゃん。希華は僕のものだーとか勢いがないぞ」

「……疲れているんだ、今は彼女のこと考える気力も起きん、それに何故か彼女の事を思い浮かべると申し訳なくなる」

「……お前、あの中でまれちゃんっぽい女の子に設定しただろ」

「ど、どどっ、どうしてそれを!?」

「わかりやすいわ! それとその感じは賢者タイムって奴だよ覚えときな」

「賢者タイム……?」


 好きな子を思い浮かべて果てる、よく理解できるよ。

 男の子なら誰もが通る道だ。


「まれちゃんは全てがパーフェクトだからな気持ちもわかる。彼女を思い浮かべてするのは本当に最高さ、病みつきになる……まるで麻薬のようにね。特に興奮した時は中学時代の夏だったな」

「僕は貴様と希華の思い出など一ミリも興味ない、興味ない……が後学のために聞いておいてやろう」

「あの日はもの凄く暑かった。それこそ人前だろうが衣類を脱ぎ捨てたくなるくらいにな」


 この世界で男の俺がそんなことすれば大騒ぎになるけどな。前の世界じゃただの変質者にもなるし。


「まれちゃんも相当暑かったんだろう。あの子は人目がある所ではどんなに制服を着崩しをした事もない『けーくんの恋人としてだらしない姿見せたくないから』って、かぁーっ、俺のまれちゃん最高!」

「そんなことはどうでもいい!」


 なお、朝については対象外とする。

 おっと脱線したすまんな。

 

「とにかく暑くてヤバかったんだ。彼女も耐え切れなかったのか、スッと胸のリボンを外しシャツで胸元を扇ぎ始めた。その時彼女の封印されし谷間を目にした瞬間俺の脳に衝撃が走ったね。思わずジっと見ていた俺の視線に気づいたまれちゃんは恥ずかしそうに胸元を隠して『……見ちゃヤダ』と言ったんだよ。今度は俺の股間に衝撃が走った。あの時ほど興奮した日はないね、今でもお世話になる」

「……ゴクリ」

「その日の夜は大変だったな、普段は風呂場でしか処理をしないのに我慢できずに部屋でしてしまったんだ。そして換気が十分に終わる前に芽美が部屋にやってきた時はもう俺の人生終わったと思った」


 芽美が部屋の匂いを嗅ぎ出した時はヤバかった。

 とっさに抱きしめて芽美を照れさせたりしなかったら本当にヤバかった。


「貴様と希華の思い出という点は実に不愉快だが、僕が次に献精に来るときにもしも今の話を思い出したら……映像を使わないでいいかもしれんな」

「その代わり今日以上に罪悪感湧くけどな、マジで死にたくなるぞ」

「……それぐらい乗り越えて見せよう」


 及川は苦虫を噛み潰したような顔となる。こうやって男の子は成長していくんだよ。

 

「あのCG技術もすごいんだけどな、やっぱ本物には敵わないよ」

「当たり前だ、希華の魅力などCG如きで再現できるはずがない」

「わかる、彼女の魅力はこう……言葉では表せないものがあるんだよな」

「ふん、さすがに……お前もわかっているようだな、だが僕はあの映像を使わざるを得なかった。僕はお前のように想像力が豊かではないからな。だが聞いていたよりも献精が苦しいものではないと彼女のおかげで思えたような気がする」


 やってることは事態はただの〇ナニーだけど。

 俺たちは真面目な顔をして好きな女の子を使った猥談をしているだけなのである。


「……お前本当にまれちゃんが好きなんだな」

「……自分でもわからない。何故ここまで彼女惚れこんでしまっているのか。これまで女という存在は足枷にしかならないと思っていた。けれど彼女だけは違う、僕は彼女が傍に居てほしいと心から思っている」

「まれちゃんだししょうがないな」


 彼女の魅力というものは言葉で語り尽くせない。

 まだ女性に強く興味を持つことが出来ていない彰とリンの二人でさえもまれちゃんは目で追ってしまうと話していた。

 及川だけじゃなく他の男子生徒も彼女の事を気になっているって話だし、それでEクラスの俺が嫌われた原因でもある。


 女性が決死な想いで男をアプローチするのに必死な世界で、男は女を選び放題な世界で。

 まれちゃんだけは男側がアプローチを掛けに行く存在。


 それが早川希華という女の子だ。


 だからこそ。


「お前も他の男たちには残念だけどまれちゃんは俺の恋人だからな、絶対渡さないぞ」


 彼女は俺の、この世界の光をくれた女の子。


 世界で何よりも大切な恋人だ。

 

「……うるさい、そんなことは僕だってわかっている、でもっ――」

『一ノ瀬恵斗様、検査が終了いたしましたので所定のカウンターまでお越しください』


 ちょうど割って入るようにアナウンスが流れた。

 ようやく俺の検査結果が出たらしい。


「呼ばれたし行くよ。じゃあな、。また学校でな」

「……あぁ、またな、


 互いに初めて名を呼び別れる。

 普段はまれちゃんを巡って言い合いしかしない俺たちだが、今日初めて彼女を交わさないことによって互いに素で話すことが出来たような気がする。



 きっとアイツが賢者タイムなのも関係しているとは思うけど。

 また学校で会えばいつものような関係になるだろうけど。


 あいつは嫌な奴だけど、たぶん嫌いじゃない。

 なんとなくだけど、向こうも同じような感情を持っていると思えた。


 

 

 

 検査結果は封筒で受け取り持ち帰るように言われた。

 ここでは開封はしていけないらしい。

 プライバシーに関することでもあるし、結果次第では暴れる人間も出てくるだろうからだ。


 結局献精室から出てきたのは及川だけで、残りはまだ時間が掛かっているのだろう、彰やリンもまだ出てきていない。


 二人を待とうかと思ったが、及川でもあれぐらい疲れてたし二人を待っていても向こうが困るだろう。

 ということで二人へチャットを残し先に俺は帰る事とした。


 電車の中で家族のグループへ『終わったからこれから帰るよ』とチャットを送る。

 すぐに既読は付いたが中々返信は来なかった。何故だろう。

 1駅過ぎた辺りで『気を付けてね』と母さんから返信がありスマホをポケットへと閉まった。


「ただいまー」


 家に着き玄関へ、ふと家族以外の靴が目に入る。


 これは……まれちゃんと理奈か?


 二人の存在が思い至った所で今から当の二人が顔を出した。


「けーくんお疲れ様」

「けーと疲れてない? 大丈夫?」

「二人ともわざわざ来てくれたんだ」


 二人の姿を見て嬉しくなる。

 彼女たちも顔を綻ぶように笑い気持ちが通じ合った。


 二人を伴ってリビングへ、足を踏み入れると――『けいちゃーん!』ととても柔らかいものに顔を塞がれ目の前が真っ暗になった。


「大丈夫!? 身体何ともない!? 献精ってすごく疲れてるっていうしけいちゃんが心配で心配で……っ」

「ふがふがっ」

「あの、お義姉さん……」

「けーとが死んじゃう」

「へ? あぁごめんねけーちゃん!」


 ふぅ、危なかった。

 危うく姉のおっぱいで昇天する所だった。


「姉さんはもう……、兄さんお帰りなさい」

「明美と芽美どっちがお姉さんなのかたまにわからなくなるわね……」


 困った顔で芽美と母さんもやってきてこれで全員が集まった。


「みんな心配してくれてありがとう、でも大丈夫。体は何ともないよ」

「本当によかったわ、毎年何人かは倒れて救急搬送されることもあるらしいから」


 え、オ〇ニーってそんなに命がけなの?


「いやもう全然、むしろ早く終わったから職員さんを困らせたくらいだし」

「だよねぇ、けーちゃんの連絡早いなぁって思ってたし」

「兄さん……早漏?」

「そそっ、早漏じゃないよ!」


 妹の何気ない一言が俺を傷付ける。

 こんな感じのやり取り向こうでもやったぞ。


「けーくんは全然早漏じゃないよ、わたしと気持ち良くなるまで一緒にその……」

「へぇー、さすが経験者は違いますねぇ。――実際の所本当にエッチって気持ちいいの?」

「けーくんはまずね、慣らすためにいっぱいキスしてくれて、わたしの身体を優しく触れてくれるんだよ。その優しさで胸がきゅーってなっちゃってすぐに濡れちゃってね――」

「あわわ……っ」

「ふむふむ」

「その先は!?」

「そこ猥談は控えて頂けませんかね?」


 本人のいないところでやっていただきたい。

 あと姉さんと芽美も興味津々で聞くのやめてお願いだから。


 「そ、それで、検査結果は……?」


 母さん少し顔が赤いですよ、お願いだからさっきの猥談に興味はなかったと言ってくれ。

 

 とはいえ今日の目的は精液の検査である。彼女らは猥談から意識こっちへ戻す。

 ソレを見て俺はバッグにしまっていた封筒を取り出した。


 封を破き丁寧に折りたたまれた用紙を広げ中身を確認する。

 その間は誰も言葉を発さずしんとした空気が流れていた。


「えーと『一ノ瀬恵斗様、本日は精液検査にご足労頂き誠にありがとうございました。本日の検査結果ですが貴方様の精子はSランクと判定させて頂きました。今後は定期的な献精義務が発生いたしますので後日案内の書類をお届けいたしますのでよろしくお願いいたします。尚――』」


 まだ文章は続いていたがここまでの内容だと……。

 

 俺の精液に精子はあるから退学にもならない?

 まれちゃんや理奈と今後も居られる?


 よっしゃぁーっ!!


 喜びに打ちひしがれる。


 よかった……、恐れていたような未来はこないんだ。

 本当によかった……。


 この場にいる彼女たちと喜びを共有しようと顔を上げると、みんな揃いも揃って固まっていた。


「みんなどうしたの……? 俺判定もらったよ……?」


 そう伝えるも変わらず動きがない。

 そんな中で口をようやく開いたのはまれちゃんだった。


「けーくん、そのね……? Sランクってどういうこと……?」


 そういえば。

 この間の書類にはランクがAからEまでと書いてあったはずだ。


 先程の文章には続きがあったのを思い出しもう一度確認する。


『尚、今回のS判定は世界で一人目となります。騒ぎになる事が予測されますので近しい方以外にはA判定とお伝えするようにご協力願います。後日献精委員会会長よりご説明に伺います』

 

 世界初……?


 ど、どうなってんだーっ!?


 あまりの事態に脳が追い付かず全員でパニックになるが、少なくともこの先も彼女たちと共にいられることだけは確定した。

 長かったけど色々あった1日であったのだった。

 



 ちなみに彰とリンはC判定だったそうだ。

 俺のAランク(Sランクは内緒)に凄く驚いていたがこれで卒業まで共に城神高校に居られる喜びを分かち合えたのだった。


 後でわかることだが及川もA判定だったらしい。解せぬ。

 城神高校は今年度二人のAランク認定を輩出したということでますます知名度が上がるのだった。

 

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