第42話『Eクラスの誇り』
迎えた期末テスト当日。
教室には妙な空気が立ち込めている。
テスト前のピリついた空気というやつだ。
しかしそんな空気でもいつも通りな子は中には居て。
「はぁ~テスト嫌だなぁ、早く終わらないかなぁ」
「みくちゃん、まだ始まってもいないよ」
「ちっひーは何か余裕そうじゃん! 王子と二人で勉強して手ごたえでもあったかこのこのぉ~」
「そ、そんなことないよぉ~」
近くで千尋がみくにじゃれつかれていた、とても微笑ましい。
一方の俺はというと微笑ましい空気には流されず最初の英語のテストへ向け単語帳をパラパラと捲って復習をしていた。
「実際の所千尋ちゃんとはどうだったんですか?」
「いやいや、特に何も……」
「ふふ、よくわかりました」
今ので一体何が分かったんだ……。
顔を上げるとニッコリと笑顔になっている紗耶香が。
「私達は身を引いた甲斐がありましたね?」
「……それに関してはごめんなさい」
「いいんです、千尋ちゃんの事お願いしますね? あぁでも証だけは欲しいなぁ……」
俺が千尋と二人で勉強をしたいと告げた事で彼女たち二人も事情を察したのだろう。
普通男が自ら女子と二人になりたいというはずもないからそういう事なのだと。
……ところで証とは?
訊き返そうにも紗耶香も千尋とみくの所へ混ざってしまい完全にタイミングを逃してしまった。
サッと流したって事は大した話でもないのだろう、特に深堀せず思考を打ち切る。
そうこうしているうちに予鈴が鳴り鷹崎先生が教室へとやってくる。
いよいよ本番だ、勉強の成果をきっちり出さないとな。
――この時の『証』の意味、それを知る出来事が迫ってきているのをこの時の俺は考えもしていなかった。
テストの描写、なんていうものは特に存在せず。
テスト中に『ここは千尋との勉強で学んだ公式を使えば解けるな』とか『まれちゃん特製のテストでやったとこだ!』みたいな展開はほぼ全部のテストであったくらいでそれ以上に語ることは特になかった。
ただ手応えはどうだったかと言えば……。
過去も含めて今までで最高の期待が出来るかもしれないという事だった。
勉強仲間の千尋も同じような感触を得ているというのは雰囲気で感じ取ることが出来ている。
そうしてあっという間に全テストが終了し翌日に……。
城神高校は凄いもので10以上もある教科の採点がテスト翌日には終わっている。
もちろんこの学校は生徒数も多いのでその量は尋常ではないはずだ。
城神高校のテスト期間中における教員の処遇はまさにブラックと言っても過言ではないようで。
先生たち本当にお疲れ様です……。
こうして数々の先生たちの犠牲の上で成り立ったテストの結果だが、確認の仕方がまたちょっと特殊だ。
この学校には専用のアプリが存在しており、生徒一人ひとりにマイページというものが存在する。
試験の結果はこのマイページに送信されているというとても便利なものだ。
この試験結果は朝のHR後に全生徒のマイページへ反映される。
……家で確認させてくれれば登校せずに済むというのにわざわざ学校へ行くという手間をかけるのが学校というものの定めなのか。
さらにだが総得点上位の学生名はなんと各学年帯の掲示板に張り出される。
ご丁寧に生徒たちがHRを受けている最中に先生たちがわざわざ紙を貼り出すのだ。
近代的何だか古代的何だかよくわからないところだがここは学校だからという事にしておこうと思う。
そこの紙に俺の名前がある可能性はゼロだと思っているので関係のない事なのだが。
我が愛しの婚約者まれちゃんは当然1位を取っている事は言うまでもなく決まっていることだ。
何せ彼女はすーぱーうるとらぱーふぇくとなまれちゃんである。
彼女の名誉を目に焼き付けよう掲示板の所へ行くことを千尋たちへ告げると彼女たちも行くという事で共に行く事に。
「こっちだよけーと!」
掲示板の所へやってくると赤髪のポニーテールを揺らした愛しい二人目の婚約者である理奈がいる。
事前に彼女にもチャットで掲示板を観に行くことを伝えていたからだ。
「こ、この人ってあの柚月理奈さん!?」
「お母さんが有名な野球選手の柚月理奈さん!?」
「野球部で一年生ながらエースナンバーの柚月理奈さん!?」
「それで俺の婚約者でもある柚月理奈さんです」
「えへへー、なんか照れちゃうね」
直接会うの初めてだったみたいだ。
改めてみんな自己紹介をする。
「あなたが佐良千尋さん? けーとが言ってた……」
「理奈ストップすとぉっぷ!」
「……?」
危ない……。
俺が千尋の事が好きになったというのは理奈にも報告済みだ。
当然のように彼女も千尋がゆくゆくは婚約者になるであろうことを祝福してくれている。
それ関連で口を滑らそうとなったのを気づいたようで『ごめんごめん今のなしね』と謝った。
「それにしても人が多いねー」
「自分に関係なくてもみんなこういうのって見に行っちゃうよな」
「アタシらに縁のないとこだよねぇ……、結構頑張ったのに順位は全然だし」
「一年生の平均点って例年以上らしいよー」
「どうりで点数のわりに順位が伸びないわけだね……また次回頑張らないと」
「そういえばちっひー結果見たの?」
「わたしはまだ……恵斗くんと一緒に見ようって約束して……」
「へぇー?」
「ふぅーん?」
「ふふふ……」
「三人とも何か言いたいことがあるならはっきり言ってどうぞ!」
「べっつにー、けーとと佐良さんいい感じだねー?」
『ねー』
千尋の言った通り俺たちはまだ自身の結果を見ていない。
せっかく二人でこの期間勉強したのだし結果を共に一緒に確認したいなと千尋を誘ったら『……わたしも恵斗くんと結果を見たいな』とOKをもらえたからだ。
この時の千尋の上目遣いな感じが凄く可愛くて内心ニヤニヤしたのは内緒。
思った以上に俺は千尋に惚れてしまったなぁと実感した次第だ。
掲示板に名前が載ることはありえないけど、どのくらい差を詰められたか見ておきたかったしまれちゃんの功績を見に行くついでにそこで確認しようと今に至っている。
ところで肝心のまれちゃんはどこだろう?
彼女にもチャットで掲示板へ行く事は伝えていたのでそこで待っていると返事が来たのだけど……。
キョロキョロと辺りを見回すとガラス板の所に集団が、その中に一際輝かしさを放つ女の子。
あれは間違いなくまれちゃんだ。
人混みを搔き分けて彼女の所へ向かう。
「さすがだな希華、満点とは恐れ入った。少しでも君に近づけるように努力したつもりだがまだまだだったようだ」
「そうだね」
「学年1位2位を僕たちで独占か、やはり君は僕の婚約者になるのが相応しい」
「結構です」
「あんな落ちこぼれなど捨てて僕と――『おーいまれちゃーん!』」
「あ、けーくん!」
「希華!?」
近くに変な虫がいたようだけど、彼女は気にもせず振り返って溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「まれちゃん満点だなんて凄いねさすがだよ!」
「うぅん、こんなのけーくんと今こうして会えた事に比べたら全く大したことないよ」
「いやいや、全科目満点だなんて中々出来ることじゃないよ! さすがまれちゃんだ!」
「じゃあけーくん……ご褒美……くれる?」
「もちろんさ! 目を閉じて……?」
「……いつも王子と早川さんってこういう感じなの?」
「けーととまれは大体いつもこんな感じだよ」
「でも何だろう、妬ましくはならないね。この感情は……尊い?」
「恵斗くん幸せそう、いいなぁ……」
そっと目を閉じるまれちゃん。
俺はその唇へ吸い寄せられるように近づけて……。
「落ちこぼれ貴様ぁーっ!!」
あと少しでキスが成立するという所で怒声が響き渡る。
……またこいつかよ。
「き、貴様よくも僕の希華にき、キスをしようと!」
「まれちゃんをもの扱いするなよ」
「けーくんにもの扱いされてもわたしは構わないよ?」
「君みたいな奇跡の存在に対してもの扱いなんてしないよ! それにまれちゃんはものでも何でもなくて俺の大事なだいじな恋人で婚約者なんだよ」
「けーくん愛してる……」
「俺もだよまれちゃん……」
「だあぁーっ! その空気を止めろぉーっ!!」
またもや叫び声でキスを阻止される。
本当にうるさい、こいつは毎回何なんだよ。
「大体周りのお前たちも! 何故一切止めようとしない!」
「いや、私たち一ノ瀬君と希華さんを観に城神高校に入ったようなものだし……」
「邪魔しないでくださいませ」
「ならばお前たちは!」
「この二人の居る所に行けば尊いものが見れるって聞いて……」
「うんうん、もう少しなんだから邪魔しないで」
「だあぁーっ!!」
まれちゃんに夢中で気付かなかったが、周りにはいつの間にか女の子たちがたくさんいる。
中には同じ中学の子もいて、何故か拝んでる子がちらほら……。
そして眼鏡は頭をガシガシとやりながら絶叫をした、こいつ元気だな。
「とにかく僕は貴様を、Eクラスの落ちこぼれを認められるか!」
いつものように突っかかってくる眼鏡。
普段なら適当にあしらって終わりなんだけども。
今日に限っては奴のEクラスを指した『落ちこぼれ』というワードが嫌になる。
「Eクラスを落ちこぼれとか言うの止めろよ、俺はともかく彼女たちに失礼だろ」
「ハッ、女に失礼だと? だから何だというんだ。僕たちみたいな男に生まれず最底辺のクラスに所属する女を落ちこぼれと呼ばず何と言うんだ!」
「この学校に所属してる時点で彼女たちは相当なレベルだろ、そういう所評価しないと可哀想だろ」
「評価だと? 所詮はAクラスに及ばない女共に何を評価することがある?」
まれちゃんの事とでそもそもこいつとは分かり合えないと思っていたが。
ここまでねじ曲がっている奴だとは思ってもいなかった。
――そして俺を慕ってくれているクラスメイトを馬鹿にする発言が何よりも度し難い。
「はぁ……、お前の事を心底理解できないよ。彼女たちは誰よりも勉強して努力して、それでようやくこの城神高校に入る資格を手に入れたんだ。お前はこの世の女の子たちがいかに努力して生きてるか考えたことがあるか? 俺たち男と違って生まれた時から厳しい競争を今も昔も戦い抜いているんだよ。男ってだけで何よりも優遇された俺たちと違って彼女たちは強く生きているんだ! Eクラスが何だ、ここまで努力してきた女の子たちを認めることも出来ないお前なんかの方がよっぽど落ちぶれてやがるさ!」
「チッ……、何なんだ貴様は本当に忌々しい」
はっきり言ってこいつより頭の悪い俺はまさに落ちこぼれなのだろう。
こいつは最高峰のAクラス、対して俺は最底辺のEクラス。
差は歴然としている。
だから俺に対して落ちこぼれやなにやら言うのはイラつきはするが流すことが出来る。
――だけれど。
こんな取り柄のない俺を王子様と呼んで慕ってくれている彼女たち。
Eクラスという状況でもへこたれず前を向いている彼女たち。
――心から尊敬する彼女たちを馬鹿にすることはどんな理由があれど許すことが出来ない!
睨みあう俺と及川、一触即発の空気。
しかしそんな時だった。
「そ、そうだーAクラスの男だからなんだー!」
「貴方なんかより王子様はもっと凄いんだから!」
「王子と出会えたアタシらEクラスの方が選ばれた女子なんだからね!」
「王子様を馬鹿にする人は許せない!」
いつの間にか千尋たちに加えてEクラスのみんなが集まってきていた。
騒ぎを聞きつけて集まってきてくれたのだろう。
「恵斗くんは……落ちこぼれなんかじゃないです!」
この世界の女の子が男に対して非難する事はとても勇気のいることだろうに、彼女たちの行動に目頭が熱くなる。
「みんな……」
「……チッ」
舌打ちをしてあいつ、及川政臣は去っていった。
いくら男とはいえさすがに多勢すぎて分が悪いと判断したのだろう。
「その……みんなありがとう」
集まって声をあげてくれたみんなへ感謝を、彼女たちがいなかったらそれこそ手が出そうになるくらいの険悪な雰囲気になっていただろう。
「恵斗くんこそ……ありがとう」
「アタシら王子に大事にされてんねー!」
「私たち王子様と同じクラスで本当によかった」
「王子様これからもよろしくねー!」
「好きー! 王子様付き合ってください!」
「あんたは何どさくさに紛れて告白してんの」
「けーくん良いクラスだね」
「いいなぁけーと、あたしもEクラスがよかったなぁ」
入学当初は最底辺クラスとか、男で唯一でまさに適用外とか言われて散々な思いもしたけれど。
彼女たちに出会えたことは何よりも幸運なことだ。
Eクラスで良かったと心から思う。
1ーEは俺の誇りだ。
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