第43話『打ち上げにて』


「というわけでテストお疲れさまでした!」

『イェーイ!』


 ここはとあるファミレス、その一席で俺、まれちゃん、理奈、千尋、みく、紗耶香の六人が集まった。


 今日の学校はテストの結果発表と簡単な午前の授業で終わり。

 俺たち六人はあの出来事の後、集まって打ち上げをしないかと理奈の提案があり授業終了後に集まってこの店に移動してきた。


 ちなみに席は窓際からまれちゃん、理奈、俺。

 向かいにみく、紗耶香、千尋という順番だ。


「しかしさぁ、アタシたちの前に一年で有名な三人がこうして目の前に揃ってるなんてびっくりじゃない?」

「そうだよね、そう考えるとその三人の前に座ってる私たちも冷静に考えたら凄い事なんだろうね……」

「有名ってどういう事?」


 理奈がきょとんとした感じで聞いた。


「まず柚月さんは一年生ながら野球部のエースで有名ですし」

「この間の試合もすごかったもんね」

「あぁあれかぁ……あと2個勝ってれば甲子園だったんだけどなぁ」

「1対0だし惜しかったよなぁ」

「うぅーっ! 今もまだ悔しいよぉ!」


 今年の夏の予選、城神高校野球部は準決勝までコマを進めていたのだが、最終回で1点を取られてしまいそれが決勝点となって敗北してしまった。


 俺とまれちゃんはその試合を見に行ってたので負けた時の理奈の悔しそうな顔をよく覚えている。

 

「早川さんはファンクラブの人に聖女様って呼ばれてるし……」

「ファンクラブ?」

「聖女様?」

 

 まれちゃんのファンクラブ……。

 たしかに彼女は女の子たちはもちろん男子からも告白されるくらいに人気があるというしそういうモノがあっても不思議ではない。

 

 ところでそのファンクラブはどこで入会できるんでしょうか?

 

「まれったら聖女だなんてすごいねぇ」

「わたしは聖女なんて呼ばれる人間じゃないよ~」

「早川さんといえばその美貌、頭脳、人柄」

「王子様以外の男に対して一切ブレない塩対応、その度胸の強さ!」

「何か始まったよ」

「幼馴染たちがすみません……」

「まさにアタシたち女子の理想ともいえるんだよね!」

「私たちも聖女様って呼んだ方がいいかな?」

「やめて?」

「ヒエッ」


 ニッコリと拒否の意思、それでいて圧が凄い。

 思わず背筋が凍るような恐怖を感じた。


 意気揚々に喋っていた二人もぶんぶんと首を縦に振っている。


「ち、ちなみに王子と柚月さんのファンクラブもあるよ」

「えぇー、あたし聞いてない!」

「こういうのは非公式だしな、俺は前からあったの知ってたけども」

「会員ナンバー1はわたしで理奈ちゃんが6だもんね。わたしが1番最初で、りなちゃんが6番目!」

「こ、こいつぅ……」


 何か二人の空気が怪しい感じになってきているが触れないでおく。

 前の三人にもアイコンタクトで突っ込まないように合図を送る。

 

 ちなみに理奈の前の番号は誰かって?


 芽美が2で姉さんが3だ。

 どっちが2を取るか母さん曰く結構ガチ目な姉妹喧嘩が起きたのをなんとなく覚えている。


 普通当の本人を前にどっちが前の番号取るとか喧嘩しますかねぇ……。

 そして母さんは4なのでうちの家族は揃って俺のファンクラブに入会するというよくわからないことをしているわけだ。

 

 その後にはまれちゃんのお母さんである早苗さんが確か5で理奈が6。彼女のお母さんが何か続いて7だったかな?

 後は覚えていないがそんな感じだったと思う。


「これは当然だけど」

「私たちEクラスも全員入会済みです」

「じゃあ千尋も?」

「う、うん。クラスでは一番最後になっちゃったけど……」


 みくから『ちっひーはアレがあったから少し出遅れちゃったんだよねぇ』と、アレとは入学式の日のチカン騒動のことだろう。


「アレといえばあの時けーとが告白したのって佐良さん? あたしすっかり忘れてたよ」

「りなちゃん泣きっぱなしでそれどころじゃなかったもんねー」

「……まれさっきからあたしに少しキツくない? 本当に聖女様なの?」

「だってりなちゃんのせいでけーくんから離れちゃったんだもん!」


 まれちゃんがテーブルをバンと叩いた。


 あぁ、やっぱり不満だったんだな……。


「まれとけーとはいつもくっついてるんだからたまにはあたしに譲ってもいいじゃーん」

「けーくんの隣はわたしのなの!」

「ふっふーん、まれが相手でも今日ばかりはけーとの隣は譲ってあげないんだからね!」

「りなちゃんのばかぁ!」

「あたしにはけーとと野球があるから馬鹿でいいもーん」

「わたしにもけーくんがいるもん!」

 

 ギャーギャーと言い争いを始める二人を尻目に追加の注文何にすると三人へ尋ねる。


「お、王子さ、アレ止めなくてもいいの?」

「二人は大丈夫だよ」

「私早川さんが怒ってるの初めて見た……」

「まれちゃんとりなって割とよく喧嘩するから俺には見慣れた光景だよ」

「そ、そうなんだ。でも喧嘩するほど仲が良いって言うしね」

「逆に三人はしないの?」

「うーんアタシたちは子供の頃にかなぁ」

「よく私とみくちゃんで喧嘩したよね」

「したねぇ! それでいつも千尋に成敗されるの!」

「そ、そんなことしてないよ! 止めてって言うだけだよぉ」


 いつも仲が良い彼女たちにも喧嘩することはあるようだ。

 程々に感情をぶつけられる相手が居るのはとても良い事だ。

 

「りなちゃんなんてわたしが教えなかったらジャージでデート行こうとしてた癖に!」

「はあぁ~!? 今それ蒸し返す!?」

「二人共そろそろ止めようよ」

『けーくん(けーと)はどっちの味方なの!』

「俺は二人の味方だよ、それにどっちも心から愛してるよ」

「むぅ……」

「しょうがないなぁ……」


 よし喧嘩は終わった。

 あんまり長続きするとそれはそれで嫌な感じになってしまうしこういうのは程々でいい。


「何か凄くレアな物を見た感じ」

「早川さんも柚月さんも普段と全然違うね」

「あたしらはいつも通りだよ。あ、そういえば苗字じゃなくてみんな名前で呼ぼうよ。あたしたちもう友達なんだしさ!」


 理奈の提案に驚いた三人だが是非ともという感じだ。

 

 ……無駄だと思うが俺もチャンスだ。

 便乗という形で乗らせてもらおう。


「俺の事も恵斗でいいからね、みんなで名前で呼び合おう!」

「よろしくね理奈、希華、王子!」

「はい、理奈さん、希華さん、王子様」

「あはは……」


 撃沈。

 

 意地でも王子呼びを辞めるつもりは無いらしい。

 もういいよ、無駄な抵抗だってわかっていたよ。


「ところで話は変わるんだけどけーとってばいつの間にあんなに勉強できるようになってたの!?」

「ちっひーもアタシたちを置いていっちゃったねぇ……」

「王子様が『11位』で千尋ちゃんが『12位』をとったのはびっくりだよ」

「けーくん毎日頑張ってたもんね」


 話は変わり結果発表の時だ。


 俺と千尋は一緒に点数を見ようって約束をしていて、あの時のクソ眼鏡のアレがあってバタついたけど、あいつが去ってから思い出したかのように確認をしたんだ。


 そうしたらなんとびっくり。


 俺と千尋の点数差はわずか1点で二人で11,12位の連番を取るという快挙を成し遂げたのだ。


「やっぱり王子と二人で何かあったの? そもそもあれから少しは進展したの? キスは?」

「なな、なっ、何言ってるのみくちゃん!」

「ちひろちゃん、私たち友達だよね? 私は証だけでもいいから……」

「それならアタシだって欲しいよ!」

「さやちゃんもみくちゃんもおかしいよぉ……っ」

「何なにけーと、二人はどこまでいったのー?」

「何と言われても話した通りだよ……」

「けーくんどういうこと?」

「え、あの話したよね? まれちゃんは応援してくれるって話……ですよね?」

「やきもちは焼くもん」


 俺と千尋、互いに問い詰められる形になってしまう。

 あとまれちゃんの最後の『焼くもん』はとても可愛いので脳内で音声保存しました。


「みんなにも言っておくけど何もなかったから、本当に何もなかった! 二人でまじめに勉強してただけだからね!」

「けーとのことだから何か起きてそうなんだよね」

「信頼ゼロか!」

「例えばちひろちゃんが部屋散らかしたまま王子様を招待して」

「ぎくっ」

「下着を触らせちゃったとか? あははそんなのありえないってー!」

「ぎくぎくぅ……っ」

「下着触る程度ならけーとはまれをよく着替えさせてるんだから大したことないってー」

「りなちゃん!」

「あ、やば」

「希華さんを……」

「着替えさせてる……?」

「りなちゃんのばかばかばか!」

「ご、ごめんねまれっ」


 もう俺たちには慣れっこな行為だが、他の人が聞くと中々に衝撃的な内容のようで。

 聞いた二人はそれぞれ口に頬に手を当てながら『きゃー♪』と言いそうな様子である。


 千尋は何かわからないけどボソッと言ったような気がする。

 

 ちなみに理奈を真っ赤な顔で睨むまれちゃんは物凄く可愛いかったので脳内フォルダへ5枚くらい保存した。


 しかし可愛いのは良い事だがこのままだとまれちゃんが恥ずかしくて泣きそうな雰囲気を出しているので急いで話を戻したい。

 そして話を蒸し返されたくないのは千尋も同じなようなので俺が目で合図を送ると彼女はコクコクッと頷いてくれた。


「俺は勉強が嫌いだったんだけど、こうして千尋と二人で初めてみたら案外楽しくなってさ、それでどんどんと進み良くやれたんだよ」

「わたしも! 恵斗くんと二人きりで最初は凄く緊張したんだけど慣れてきたらなんだか楽しくなってきちゃって!」

「えー、でもけーとってあれだけ勉強嫌いだったじゃん」

「ちっひーも引きこも……受験前に勉強しようってなった時凄い嫌そうだったよねぇ~」


 これはまれちゃんには説明したけど、改めて必要そうだ。

 もう一度彼女に話した事と同じことを話そうと口を開く……前に千尋が語りだした。


「……そもそもわたしなんかが城神高校に入れたのは奇跡なレベルだったのに恵斗くんと一緒にいて……、好きな人と一緒に居れば嫌いな物も全然苦じゃなくなったの……。わたしは数学が少し得意だったから恵斗くんが苦手なのを予習しておけば明日またわたしを頼ってくれるかな? すごいって褒めてくれるかな? とか考えてたり、逆に彼が得意な現代文なんかはわたしから聞きやすいし自然に話す機会も増えるからそれ嬉しくてそうやって勉強を続けてたら勝手につながっただけで……」

「あのちっひー?」

「ちひろちゃんが止まらない……」

「これは相当惚れてますねぇまれさん」

「そうだねぇりなさん」


 溢れ出る千尋の想いに聞いてるこっちがなんだか照れてしまう。


「そもそも恵斗くんは初めて会った時から不思議な人でわたしが謝っても済まないようなことをしても笑って許してくれてむしろ逆に謝られちゃったし、わたしみたいな女に凄く優しくしてくれるしそれでそれで……」

「千尋の惚気が止まらないねぇ」

「ちっひー早く王子様に告ればいいのに」

「……俺はこれを告白と受け取ってもいいのかな?」

「だめだよけーくん、ちゃんと待っててあげてね」

「ちひろちゃんいざという時尻込みしちゃうから大丈夫かなぁ」


 延々としゃべり続ける千尋を温かく見守ることに。

 これ我に帰ったら恥ずかしすぎて死にたくなるパターンだよ。


「あ……っ」

「おかえりちっひー」

「いやぁ聞いてて楽しいねー、好きな人への想いはわかるよー」

「りなちゃんは弱々メンタルで告白躊躇しっぱなしだったからこういうことできなかったもんね」

「……まれぇ?」

「うふふふ」

「見える、虎と龍が睨みあってるのがよく見える」

「おもしろそうー!」


 なんだかカオスなことになってきたぞ。

 みくと紗耶香は止める気なさそうだし、千尋は顔真っ赤で泣きそうになってるし、まれちゃんと理奈はまたバチバチしてるし。

 今度は長そうだなぁと思ったので一旦飲み物を取りに取りに行く呈で離脱。


 はぁ……何飲もうかな。


「あ、あの恵斗くん!」


 飲み物を選んでいると俺を追いかけてきたのか千尋の声が掛かる。


「お、千尋も逃げてきた感じ?」

「そ、それもあるけど恵斗くんとお話ししたくて……」


 千尋の顔の赤みはまだ引いていない、そして手をモジモジとさせている素振りは何とも愛らしい。


「恵斗くんのおかげで今回こんなに成果が出たのまだお礼言ってなかったなって……」

「それを言うなら俺の方もだよ、千尋のおかげでこんなに勉強頑張れたんだ。今までで勉強がこんなに充実したのって全然ないんだよ」


 大好きなまれちゃんと一緒に勉強しても中々上手くいかないというか教わってばかりで申し訳なくなってくるというか……そんな感じで上達が全然していなかった。

 理奈は野球だし、姉さんと芽美は逃げ道を大量に用意してくれるし……。


「わ、わたしも恵斗くんと一緒で凄く充実してた! 毎日これが続けばいいのにってずっと思ってたりして……」

「千尋……」

「そ、それでわたし恵斗くんにその……」


 そこで千尋はいったん口を止める。

 モジモジさせていた手はギュッと胸の前に持って行き、やがて意を決したように声を発した。


「夏休み、わたしとデートしてください! それでわたし恵斗くんに伝えたい話があります!」

「デート……」

「今日の感じでわたしの気持ち伝わっちゃってると思うけど……それでもわたしちゃんと恵斗くんに伝えたいです!」

「……わかった、デートと千尋の話凄く楽しみにしてるよ」

「うんっ、しっかりエスコートするから!」


 そこで彼女はようやく緊張から放たれたように笑顔を見せた。


 そうだ、俺はこの子の笑顔にこんなにも惹かれたんだ。


 ふと気付けば千尋の後ろで今のやりとりを見守っていた四人がぐっとサムズアップしている。

 この後千尋は弄られるの確定だろうけど彼女には頑張ってもらうとして……。


 来たるべく千尋とのデート、その日が今から待ち遠しくなっていくのだった。

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