第40話『佐良千尋を意識した日』


「おじゃましまーす……」


 少し遠慮気味に部屋へ入る。

 足を踏み入れた部屋は可愛らしい女の子の部屋。

 広すぎず尚且つ狭すぎず、壁側にはベッドと勉強机があり、真ん中には小さめながらも二人でノートを広げられる大きさのあるテーブル。

 床には夢の国のマスコットが描かれている絨毯が敷かれている。


 一方でその部屋の主は隣でとても恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


 女の子の部屋に入ったのはこれが初めてではないけど。

 彼女の恥ずかしさに当てられた俺はつい視線を彷徨わせてしまう。


「あ、あんまりお部屋の中見ないで……、は、恥ずかしいよぉ」

「その……なんていうかごめん」


 まるで付き合いたてのカップルが初めて彼女の部屋を訪れたような雰囲気。


「(しかしまぁ……何故こういう状況になったんだか)」


 少しだけ時間を遡る。

 あれはまだ二人でテスト勉強する予定を決めた後だった。




「ありゃぁ、ここもダメか」

「困ったね……」


 なんやかんやあって俺と千尋はテスト勉強をしようという事になったのだが……。

 

 困った事に場所がない。


 都市部ではトップクラスを誇る城神高校。

 授業で使う教室以外にも生徒が勉強できる場所として少人数用の部屋が解放されているのだが……。

 何処も人で埋まっており全滅であった。


 最初は図書室でやろうと考えたのだがこちらも生徒がそれなりに居て、同じクラス以外の女生徒が多数いる中に俺が混じってしまうと迷惑になるだろうと考えて結局断念したのであった。


「ファミレス辺りかなぁ、でもそれなら図書室使うのと結局変わらないし……」


 参ったな、せっかくの機会なのに場所が見つからないとは……。

 誘いを受けてくれた千尋に申し訳ない。


 腕を組み考えてはみるが中々思いつかない。

 

 仕方ないから今日の所は図書室を使わせてもらうしかないか。


 そう思っていると千尋から声がかかる。


「あ、あの! 恵斗くんがよかったらなんだけど……っ!」


 顔を伏せているが耳が赤く染まっているため真っ赤になっているのがわかる。

 一体どうしたのだろうか。


「わたしの家に来ませんかっ!?」

 

 


 

 千尋の住む所は俺が使う東葛駅から何駅か先にあった。

 電車を降り二人で歩く、今もさっきも千尋は喋らず『あわわ……』と声を漏らす程度だ。


 千尋は俺に対して好意を持ってくれているみたいだし。

 恐らく自分の家へ誘うのは凄い決心があったに違いない。


 気楽に考えていた俺だが、ふと思い当たることが。


「(……待てよ、部屋に誘われるってそういう意図があったりするのか?)」


 物凄く極端な話だが。


 前の世界で男子が女子を部屋に誘うというのは『いやらしい行為がしたい』といった欲求があるからである。

 全員ではないが大多数がそういう事を狙っているのではないだろうか。


 この世界は男女の考え方がまるで異なっている。

 

 つまり女子が男子を部屋に誘うというのはそういうことなのでは……?


「(うえぇーっ!?)」


 急に恥ずかしくなってきた。

 さっきまで恥ずかしがる千尋を気遣うつもりで敢えて何も気にしてないアピールで『勉強捗るといいなぁ』『苦手な科目を頑張って克服しよう!』なクソド下手な場しのぎをしていたというのに。


「(えぇと落ち着け、こういう時は冷静に素数を数えてだ……っ)」

「恵斗くん……、そっちじゃなくてこっちだよ」


 ブツブツ頭の中で数えていたら一人まっすぐ歩いていたらしい。


 何やってんだ俺……。


 その後は何を話していたのか、もしかしたらお互い何も言葉を出せなかったのかも覚えていないくらい余裕がなくなりつつも千尋の家へ到着したのだった。


 家の中へと案内された俺は今リビングに居てお茶を飲んでいる。


 千尋が部屋に案内するつもりらしいのだが『どうかわたしに少しだけ時間をください!』と言ってここで待つように言われたのだ。

 特に言ってはいなかったが部屋を少しでも片づけるという事なのだろう。

 

 それに俺も少し心を落ち着ける時間が欲しかったから丁度良い。

 まれちゃんや理奈以外の女の子の部屋に行くのは初めてだから緊張しているし、さっき考えてしまった事もあって勝手に動揺をしている。


 数十分くらいだろうか、恥ずかしながら『お、おまたせしましたっ!』と千尋が迎えに来て共に2階にある部屋へ行く。


 ――そして今の状況に戻ったというわけだ。


「可愛い部屋だね、なんていうか千尋のイメージにぴったりだよ」

「か、可愛いなんてっ、そんなことないよっ」


 パタパタと両手を振るがその仕草が既に可愛い。

 顔も赤くなっていて余計に魅力が増している。


 千尋めちゃくちゃ可愛いな。


 ――なんでだろう、千尋から目が離せない。


 さっき変なこと考えたからか?

 それとも千尋の部屋にいるから?


 わからないけど千尋の事を意識してしまい俺の方がなんだかドキドキしてしまっている。


「と、とりあえずせっかく来たんだし勉強始めようか?」

「う、うんっ、今クッション出すからっ!」


 思わずどもってしまったが千尋も気にした素振りは無い。

 彼女も余裕がないだろう。

 

 千尋が後ろへ振り返りクローゼットを開けた時に……事件が起きた。

 ドサドサッと服やら雑誌やらが大量の物が落ちてきたのだ。


「……わお」

「あ、ああぁぁ~~っ!!」


 もしかしてさっきの時間はこれらを棚に仕舞い込んでいたのかな。

 それで今クッションを出そうとして無理やり物を詰め込んだのを忘れて開けてしまったという感じか。

 なんというか千尋らしい。


「……片づけ手伝うよ」

「ご、ごめんなさい~!」


 勝手ながら千尋の事をこういう所はマメに整頓してると勝手ながら思っていたのだが、イメージが違いギャップ萌えみたいな感じだ。


 千尋は元から可愛い女の子だけれど。


 けど今日はいつも以上の魅力があってまたも俺はドキドキしてしまう。


 何なんだこの感じ……、今日の俺おかしいぞ。


 思いを振り払うように片づけを手伝おうと手を伸ばす。

 近くにあったものを手にとってみたのだが……。

 

「なんだこれ……もしかして……ブラ?」

「ひゃぁぁ~~っ!?」


 柔らかなシルクの肌触り、どうみてもブラジャーだった物をあっという間に回収した彼女の顔はもう茹蛸のように真っ赤になっている。


 黒だったな……、結構セクシーなの着けるんだな……。

 しかもサイズ的にめっちゃデカかったな、あの時胸を触った時も大きいと思ってたがこれほどとは……。


 自然に千尋の胸へと視線が移る。


 アレか。

 おもわずごくりと喉を鳴らす。


 めっちゃ柔らかそうだな。


 ……。

 …………。

 

 いかんいかん!

 何考えてるんだ俺!


 煩悩退散煩悩退散!


 これから勉強するってのにどこに熱入れてんだ俺の馬鹿野郎。


 千尋は泣きそうになっていて、俺は煩悩まみれになっており幸先不安な勉強会がスタートしたのだった。


 

 


 

 

 互いに最悪なスタートであったがいざ勉強を始めた俺たちは案外順調に時間を過ごしていた。

 とりあえず互いの苦手科目から進めており、俺は数学、千尋は現代文を解いている。


 数学は本当に苦手だ。

 色々式やらなにやらごちゃごちゃしていて解けると気持ちが良いんだが如何せん解けるまで頭が痛くなるくらいに考え込まなくてはならない。


 ふと視線をノートから上へ千尋の表情を見る。

 俺の視線には気付いておらず問題を読み進めている。


 こうして改めてみると実感するが彼女はとても可愛い。

 童顔寄りで普段はオロオロする印象があるので幼く感じる雰囲気があるが、今の物事に集中している彼女の表情は普段とはとても雰囲気が違い非常に魅力的だ。


 入学後の『わたしに惚れさせて見せる』宣言から友達になって、クラス会の後には千尋は俺の事を名前で呼んでくれるようになり、今では距離が大分縮まったように感じる。

 

 初めは俺の不注意で彼女に迷惑を掛けて、若干ギクシャクした関係からスタートしたけれど。

 今はもう自然体な彼女と学校で毎日接することが出来ている。


 千尋は最初の頃は少しオドオドした感じだったのを思い出す。

 

 実はその理由が彼女の中学生時代に最低最悪な男子生徒からいじめを受け、男という存在が怖くなってしまった経緯があるからだ。

 

 俺が出会ってからの彼女は大人しい印象だけど、昔の彼女はみくよりも明るい性格で紗耶香も含め二人を引っ張っていく存在だったらしいが、中学生時代の最悪な経験で塞ぎ込んでしまった結果改善されたとはいえ今では引っ込み思案の女の子になってしまったという事だ。


 これは彼女の幼馴染二人から聞いた話。

 二人から千尋という少女を知っていてほしいと伝えられたことだ。


 いつか彼女から自身の過去について語ってくれるだろうか。

 そしてその時には俺と彼女は今と同じような関係なのだろうか。


 それとも――。


「恵斗くん?」

「ん?」


 彼女から声が掛かる。


 どうやら考え事をしすぎてボーっとしていたらしい。

 彼女から声が掛かるまで気付くことが出来なかった。


「少し休憩する? 今飲み物持ってくるね」

「そんなお構いなく……いや、ありがとうお言葉に甘えようかな」

「ふふっ、待っててね」


 部屋から出ていく彼女を目で追う。

 相変わらず今日の俺は彼女がとても気になってしまうのだった。





「今日はありがとう」

「ううん、わたしこそありがとう。初めはごめんなさい色々バタバタしちゃって」


 外も暗くなりつつある時間になり俺たちは勉強を切り上げた。

 彼女のお母さんがもう少ししたら帰宅するらしく、さすがに男子を家に連れているのを見たら卒倒してしまうということである。


 そして最寄り駅まで彼女から送らせてほしいという事で共に駅までやってくる。


「今日は千尋の意外なところが見られて何ていうかとても楽しかったよ」

「も、もう! あのことは早く忘れてほしいな……っ」


 互いに笑いあう。

 勉強もかなり捗ったし、千尋と一緒に過ごした時間がとても心地よくて今日は凄く充実していた。


 だからだろうか。


「明日からもこうやって勉強を続けたいな」

「そうだね、きっと明日はみくちゃんもバイトがないだろうしさやちゃんも大丈夫だよ」

「……いや」


 俺から誘いをかけておいてなんだけど、とてもひどい事なんだけど。

 俺は言葉を続ける。


「俺は千尋と二人で勉強したい」

「……ふたりで?」

「千尋と二人きりがいいんだ」

「あ、うぅ……っ」


 今日何回目かわからない彼女の照れ顔。

 でも彼女はきっとこの誘いを断らないようにも思った。


「二人には俺から伝えておくよ、だからこの事考えておいてほしい」


 千尋の返事を待たずに俺は『それじゃまた明日』と続けて改札へ向かった。


 みくと紗耶香には俺から明日伝えなきゃならない。

 これも勘だけど二人とも二つ返事で了承してくれそうな気がする。


 ホームで電車を待ちながら一人ごちる。

 

「俺……千尋に夢中だな」


 ――この想いの正体がわかるのはすぐそこに迫っていた。

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