第39話『幼馴染の判断は早い』
連日続く雨もようやく終わりを迎え、月が替わればあっという間に学生の楽しみでもある夏休みがいよいよやってくる。
だがしかし、楽しい夏休みの前には避けられないビッグイベントがある。
そう期末テストだ。
学生という職業では切っても離せないテスト。
頭を悩ますイベントがもうすぐそこまで迫りつつあったのだ。
「いよいよテストか……」
朝のHRで鷹崎先生から二週間後に期末テストが行われると話があり、それに伴って今週から部活動が一部を除いて活動休止となる。
初夏でもあるこの時期、運動部は大きな大会を控えている為、例外となった一部の運動部は活動が許される。現に今夏の甲子園予選真っ最中の理奈が所属する野球部なんかはそれに当たる。
元々理奈はスポーツクラスという事もあり、今回のような期末テストの結果はそこまで成績に反映されない。
逆に普通クラスへ所属しつつ運動部に入っている他の生徒はそうも言ってられないから部活に勉強と今地獄を見ているわけだがで彰なんかはいい例である。
ただこの点を考慮してくれるのが城神高校の良い所であり、部活の参加態度や普段の授業態度がしっかりとしていれば期末テストで点を落とそうともそこまで悪い事にはならないらしい。
逆にだ。
この時期に部活動が無く十分に勉強時間が確保されたにも関わらず期末テストの成績が優れなかった者はどうなるのか容易に想像ができるだろう。
そして俺の所属する部活は軽音楽部。
もちろん活動休止対象となっている部活である。
つまり俺はこの期末テストで成果を上げなければとてもヤバい事になるのであった。
そして頭を悩ましているのは俺だけでなく。
「はぁ……」
「が、頑張るしかないんじゃないかなぁ……」
「そうは言っても私たちEクラスはここで点数上げとかないとヤバいよねぇ」
クラスメイト全員同じような感じであったのだ。
ただでさえE組という最低クラスのレッテルを貼られている俺たちはこういった所で成果を上げなければ来年上のクラスに上がっていくのが厳しくなってくる。
女性は実力がものを言うこの世界。良い大学へ進学、優良企業へ就職するためには一年の内から内申点を上げるのは必須事項になってくる。
当然ながら内申点が評価されるのはAクラスに近い人たちだ。
だから彼女たちは上を目指すためより一層勉学、スポーツに励まなければならない。
逆に男は生まれている数の都合上圧倒的に優遇されており、ある程度の成績を収めて卒業条件さえクリアできれば普通に生きて幾分には困る事が無いと調べてみたことがある。
――ここで大事なのは『ある程度』である。
……さて、ここで男という優遇された存在でありながら最下位のクラスに所属して『適用外』と呼ばれている奴がいる。
もちろん唯一のEクラス所属の俺こと一ノ瀬恵斗である。
最近は色々と嚙み合ってモテてきているが『適用外』と名付けられる程に俺の評価は低い。
いくらそう呼ばれても気にしないスタンスを取っているとはいえそのままでいるわけにもいかない。
理由の一つが来年はまれちゃんと同じクラスになりたいという事。
二つ目はまれちゃん、理奈の婚約者としてふさわしい男になりたい。
最底辺の男の婚約者が学年一の秀才と将来の野球界のスターである。
俺という存在のせいで二人の価値が落ちるのはとても耐え難い事だ。
だからこのテストをきっかけに自身の評価も上げていく。
そのためにもテスト勉強をしっかりとこなしていきたい。
「(とはいえだ……)」
一人で勉強していても集中が続かないのは目に見えている。
気付けばギターを手に取っているかゲームを始めているかだろう。
まれちゃんと一緒に……、もちろん考えたが一旦保留。
彼女の為に努力する決意をしてを結局まれちゃんに頼るというのは明らかに恰好悪いし情けない。
ただ彼女に勉強を教えてもらえば間違いなく上達するのは目に見えている。
ひとまず始めは彼女の力に頼る前に頑張ってみよう。
次に秀才という点で姉さんが思い浮かぶが……。
先日の生徒会室での一件を思い出す。
――今の姉さんと二人きりになると間違いなく襲われる。
久々に子供の頃の女性に対する恐怖感をまさか身内相手に怯える羽目になるとは思いもしなかったが。
今俺が警戒しているのは姉さんも少なからず感じとっているみたいで、俺に嫌われたくないという想いから家でもあえて距離を作るように彼女は動いている。
時々『けいちゃん寂しいよぉーっ!』と声が聴こえてくるが聞こえないふりをしている。
関係ない話だが芽美が『今は兄さんを独り占め出来て幸せです』と嬉しそうに毎日俺の部屋へやってきている。
小さな頃からたくさん可愛がってきた最愛の妹、彼女をまったく疑うことなく俺も芽美に甘えられるがままになっていてそれがまた姉さんのフラストレーションを溜めることになってるみたいだ。
――閑話休題。
思考を中断して前へ目を向ける。
帰り支度を始めているクラスメイト達。
みくと紗耶香も『はぁ~、さっきの授業全然頭に入んなかったっ!』『さっき教わった公式はテストで出るって言ってたよ』『うぇぇ……』と授業の振り返りをしている。
千尋は教室に居ない。彼女は日直だったから何かしらの用で職員室へ行っているようだ。
ちなみに俺が千尋に加えてみくと紗耶香も呼び捨てで呼んでいるのはみくから『そろそろアタシたちも呼び捨てで呼んでよ』と要望があったからだ。
それに併せて『そろそろ俺も王子じゃなくて恵斗って呼んでほしいんだよね』と伝えたが『はい、王子様』と呼び方が変わらなかった。
……何故だ?
疑問は尽きないが一旦置いておく。
そしてふと考える。
彼女たちに一緒に勉強しないか誘うのはどうか?
同じクラスで同じように上へあがりたい気持ちを持っているのは一緒だ。
だからこそより勉強が捗るのではないだろうか。
妙案を思いついたとテンションが上がりさっそく二人へ声をかける。
「ねぇ、二人とも。良かったらテストに備えてこの後一緒に勉強しない?」
「おー! 王子ナイス!」
「うん、私も賛成」
仲の良い二人を誘う事に成功、これで後は千尋が戻ってきたら誘いをして四人で勉強会だ。
四人もいれば誰かしらがサボってもストップを掛けることができるだろう。
あとは場所をどうするかだけど――『あーっ!?』――なにごと?
「ど、どうしたのみくちゃん?」
「忘れてたよ……アタシ今日この後バイト入ってたんだった」
「……テスト期間だよ?」
「店長にどうしてもってね……」
みくはがっくりと肩を項垂れてしまった。
ちょうどそのタイミングで千尋が戻ってくる。
「みくちゃんどうしたの……? 廊下に声響いてたよ?」
「聞いてよちっひー! アタシったらチャンスを棒に振っちゃったよ!」
「チャンス……?」
「男の子との勉強会、何も起きないはずがなく……っ!」
「落ち着いてみくちゃん」
頭を抱えるみくに苦笑いで止めに入る紗耶香。
千尋は頭にハテナ状態で困ったように俺を見た。
「俺が二人にテスト勉強を一緒にしないか誘ったんだよ、千尋もどうかな?」
「あ、そういう。わたしは大丈夫だけど……」
千尋はようやく合点がいったという感じで首をこくりと頷いた。
「じゃあみくには悪いけど今日は三人で勉強しようか」
人数が減ってしまったけれどしょうがない、みくにはまた後日加わってもらう事にしよう。
そう思って再び場所の考えを始めようとしていたけれど。
「……いや、やっぱり私も今日はパスします」
「え?」
口元に手を当てて紗耶香が言った。
それを聞いたみくはなるほどといった表情になる。
俺にはまったくわからない。
「な、なにかあった?」
「王子様のお誘いを断るなんて心苦しくて自分でも悔しいけど……」
ちらっと千尋を見る。
……もしかして紗耶香は俺と千尋を二人きりにさせようとしている?
考えている間に二人の行動は早かった。
「じゃあそういうわけでアタシはバイトに行くからまたねー!」
「ちひろちゃんファイトだよ!」
彼女たちはこっちの返事を待つことなくあっという間に教室を出て行ってしまった。
「……ふ、二人になったね」
「うぅ……っ」
察しの悪い俺でもこれくらいわかる。
紗耶香は千尋に対して気を使ったんだろう。
千尋も察したのか顔を赤くさせていた。
二人ともあっという間にいってしまったな、しかも連携が早かった。
さすがは幼馴染という所だろうか。
じゃあせっかく二人からアシストもあったわけだし。
「一緒に勉強……どうかな?」
「……はい」
未だ顔を赤くさせたまま彼女はゆっくりと頷いた。
――何か告白みたいな感じになってるけど、俺たちはこれからテスト勉強をする約束をしただけなのであった。
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