第36話『文化祭へ向けて』


「まってましたぁーっ!」

「もぐもぐもぐ」

「頑張ってねー」


 小さなステージに立ち、チカチカとカラフルな照明を顔に浴びる俺。

 手に握られているのはマイク、バックではこの世界に来てから好きになったロック調の曲のイントロが流れ始めていた。


「何故俺はカラオケで歌うことに……」


 改めて思い返してみる。

 始まりは今日の部活の最中の事だった……。

 



――


「今日は文化祭に向けてやる曲を決めるぞ!」


 今日は軽音楽部の活動だ。

 ホワイトボードの前に立って話しているのは部長だ。


「はーい、部長ー。いつもの曲でいいと思いまーす」

「それもいいけど、今年は男子がいるし違うのも欲しいな、カナは何かある?」

「私は……今流行ってるやつでいいかなぁって」

「あぁ~、最近テレビでも流れてるよね」


 奏先輩が提案したのはドラマの主題歌になっている歌の事だ。

 ロック調でアップテンポな曲なので人気が出ている。


「ケイはどう?」

「んー、俺も奏先輩の案で賛成ですね」

「こら、呼び方はカナでしょ」

「はい、カナ先輩の案で」


 部長は『カナでいいのに』と苦笑しているが年上を呼び捨てってのはなんとなくやり辛いのがある。


 ここの部活のルールで各メンバーの下の名前を簡略して呼ぶようになっている。

 簡単に言えば芸名みたいなものかな。


 俺は恵斗をもじって『ケイ』と名乗るようになっている。

 奏先輩は『カナ』

 部長は『ユリ』でもう一人のいつもの曲と提案した先輩が『アキ』


「あの曲ってバンドスコア出てたっけ?」

「それなら俺家にあるんで今度持ってきますよ」

「おぉ! さすがケイだ。よっ、男の子!!」

「いや男の子ってそれただの性別……」


 このノリの良い人が部長で北大路由利きたおおじゆりさん。

 ノリが良くて元気の良い人だ。


「そんじゃ曲も決まったしお菓子タイムにしよう~」

「いや、アキ先輩まだ一曲しか決まってないんだけど」

「気にしない気にしない~、今日はわたしの好きなチョコパイ買ってきたよ~」

「え、今取り出したお菓子一瞬でなくなったけど、え!?」


 このちょっとのんびりな感じの先輩は藤崎亜紀ふじさきあきさん。

 凄い、お菓子がみるみるうちになくなっていく……。


「アキは甘い物大好きだもんね」

「お~う、糖分がなきゃわたしは死んでしまうよ~」

「ふふっ、それ一個もらっていい?」

「どぞ~」

「お、アタシにも一個くれ!」

「話し合いがあっという間にお茶会に……」


 先にお菓子を一個もらっていたのがあの日最初に出会った日笠奏さん。

 呼び方は最初の二文字で『カナ』だ。


 俺を含めたこの四人で軽音楽部は活動している。


 見事に個性バラバラな四人である。


「ケイはいらないの~?」

「……おひとつ頂きます」

「あっはは! 男の子なんだから遠慮しないで『寄越せ!』でいいんだよ!」

「先輩相手にそんな態度取れませんて」

「ふふっ、私飲み物いれるよ、なにがいい?」


 カナ先輩が席を立ちケトルに水を汲みに行く。

 二人は紅茶を頼んだので俺も同じのをお願いした。


 俺が軽音楽部に入ってから既に何度か活動に参加しているが、今日までしてきたことはお菓子を食べるだけなんだがこれでいいのか軽音楽部。


 この文化祭への曲決めも今日で三回目なんだが。


 ここまでツッコミ所満載で喋っているがこういうのは別に嫌いではない、学生らしいともいえるし。

 カナさんの淹れた紅茶を啜りながらそんな感想を抱くのであった。




「そんじゃ気を取り直して曲決めしよっかぁー」

『はーい』


 部長の一声で俺たち三人が返事をする。

 この仕切り直しも三日連続三回目である。


「アタシ思うんだけどさ、せっかく男子が入ってくれたんだしこれを生かさない手は無くない?」

「へ?」


 部長は俺を指さして言った。


「どゆこと~?」

「ほら、いつもならカナがボーカルでいってるけどさ、幸いにもカナもケイもギター出来るっしょ? 一曲はカナが歌ってもういっこはケイが歌えばいいじゃん?」

「おぉ~」

「なるほど!」

「え、え?」


 つまり……?

 俺が歌うってことですか?


「部長にしてはいい案だね~」

「うん、私も賛成かな」

「でしょ? というわけでケイ、カラオケ行くよ!」

「え、え?」


 と、いうわけで回想終了。

 

「よっ! 頑張れ男の子!」

「もぐもぐもぐ」

「楽しみにしてるよー!」


 上から部長、アキ先輩、カナ先輩でそろぞれ声を掛けてくれる。

 ……いやアキ先輩ずっとポテト食ってるだけだわ。


 さっきあんだけお菓子食べたのにまだ食べるんかい。


 と、考えてるうちに曲が始まってしまった。


 えぇぃ、ままよっ!


 なりふり構わず思いっきり歌う。


 前世の新人歓迎会でカラオケ行った時、トップバッターを任されてしまったあの時を思い出す。


 あの時は上司たちの前で歌うから妙に緊張してしまってガチガチになってしまった。

 おかげで見事に滑ってしまった悪い思い出があるので、アレを繰り返さないためにもはっちゃけることにした。


 画面の歌詞を見つつ周りの反応を見てみる。


「おぉ~……」

「もぐもぐ」

「上手だぁ」


 いい感じの反応だ、アキ先輩は変わらずポテト食ってるけどこっちを見てくれている。


 そんな感じで一曲を歌い切った。

 曲を終えると三人から拍手が起こる。


「上手いよケイ!」

「……ごっくん、美味かった美味かった」

「これならボーカルで行けそうだね」


 良い感じの評価だ、一名ポテトの感想とも思えるが。


「よし、じゃあ次採点入れてやってみよう!」

「え、また俺?」

「今日はケイの実力を見に来たんだから!」

「あ、あの俺カナ先輩の歌聴きたいなぁなんて……」

「私ケイの歌聴きたいなっ」

「アキ先輩……?」

「もぐもぐもぐもぐ」

「……はぁ」


 こうして連続で歌う事が決まったようで、諦めつつも俺はマイクを握りなおすのだった。

 




「はーいじゃあ今日から練習やってくよー!」

「もぐもぐ」

「はーい」

「……うす」


 日は変わって場所は部室。

 今日も部活に顔を出している。


「どうしたケイ、元気ないよ!?」

「枯れたんじゃぃ!」


 昨日あれだけ歌わされたんだからこうなるわ。

 まさか最後まで一人で歌わされるとは思わなかったよ。


 おかげで昨日から家族やまれちゃん、クラスメイトに喉を心配されて大量ののど飴を受け取っている。

 もうカバンの中のど飴でいっぱいだよ。


「あはは……ごめんねケイ。私も悪ノリしちゃったね」

「俺はカナ先輩の歌聴きたかったですよ……」

「また行こうね、その時は私いっぱい歌うよ!」

「約束ですよ!」


 次回の約束も取り付けられたので俺は機嫌を治した。


「もぐもぐ……自らカラオケに行く約束をする男子、意外だねぇ」

「さすがケイだな!」


 今日も今日とてアキ先輩はお菓子を食べまくっている。

 そして昨日の一番の悪ノリは当然部長だった。


「それよりも練習しましょうよ、バンドスコアちゃんと人数分コピーしてきたんで」

「やるなケイ! よっ、男子!」

「だからそれただの性別……」


 昨日と同じようなやり取りをしつつ各メンバーに紙を配る。

 ちなみにこのメンバーのパートはギターが俺とカナ先輩、ベースがアキ先輩、ドラムが部長だ。


「ふむふむ、結構難しそうだな」

「これは出来るようになるまで時間かかりそうだね」

「早く終わらせてお菓子を食べたいのに~」


 アキ先輩はいつもお菓子食べてるけどもう突っ込まんぞ。


「それにケイの歌う曲も決めないとだな」

「んー私は昨日の最初の曲がいいかなぁって」

「わたしも~」

「ケイはどう?」

「俺も最初の奴が一番十八番なんでそれがいいですね」

「よし、ついでに曲決めも終わったし順調だな!」


 そして部長は心地よいリズムでドラムを叩き始めた。

 他二人もスコアと睨めっこしながら練習を始める。


 色々脱線が多い部活だが、なんだかんだ俺はこの軽音楽部を気に入っているのだった。

 

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