第35話『野球部の応援にて』


 まちにまったGW。

 高校に入ってから最初の多めの連休である。


 特にバイトもしておらず軽音楽部は休日に顔を出す必要は特に無いため俺は休日を謳歌していた。


 この休日の出来事といえば家族と買い物に出かけたり、休日によくある一ノ瀬家、早川家で一緒に夕食を摂るくらいだ。まれちゃんとはそこで顔も会わせている。


 この時ついでというわけではないが、まれちゃんと改めて婚約をしたことを話した。

 

 元々将来結婚するであろうことは分かっていたであろうが、こういう報告は大事なのでしっかりと行う。


 両家族とも特に驚くことなく『おめでとう』と祝福をしてくれた。


『やっぱりこの間のデートの時に伝えたの?』と姉さんに聞かれ頷いた後『そういえばあの日の兄さん帰りが遅かったような……』と芽美に言われれば適当にお茶を濁すような形で話を逸らした。


 ナニがあったのかは言うまでもないだろう。

 まれちゃんが赤面して下を向いてしまったのが答えという事で。


 ちなみに母さんと早苗さんは微笑ましそうに頷いてる。

 

 ――こりゃぁナニがあったか絶対わかってるな。

 ――そもそも早苗さんが休日に出張で家を空けてる時点でそういう計らいがあったっていう事だよな。


 互いの親に性事情を知られてしまって若干恥ずかしい気持ちを抱くのだった。


 そういうイベントもありながら今日はGW最終日。


 この日俺とまれちゃんは二人である場所へと来ていた。


 その場所とは……――。




「おぉ、凄い熱気だなぁ」

「お客さんいっぱいだね」


 野球場である。


 何故俺たちが野球場へ来ているかというとだ。


「お、理奈がアップしてる」

「ほんとだ、りなちゃーん!」


 まれちゃんの呼び声が聞こえたのか俺たちへ顔を向けるとニコッと笑って両手をブンブンと振った。


 そう、俺たちが野球場へ来た目的は理奈の試合を見に来たからなのだ。


 今日が理奈の高校野球デビュー戦であり、あらかじめ今日の試合に先発出場すると聞いていたので応援に駆け付けたというわけだ。


「練習試合なのにお客さんいっぱい居るんだねぇ」

「対戦相手が地方の強豪校らしいよ、本番の緊張感兼ねて俺たちみたいな一般のお客さんも入れるし互いの吹奏楽部も応援に来てるらしいんだ」

「そうなんだぁ、けーくん詳しいね!」


 全部友人から聞いた話なんだけども。


 その友人の姿を探すと……いたいた。


 傍から見れば運動部に見えてもおかしくない身体つきの男子、普段と同じ学生服を着た彰が野球部たちの陣取っている応援席でノートを広げていた。


「おーい、彰ぁ」

「お、恵斗も来たか」


 一声だけかけようと名前を呼ぶが、こちらを見つけると駆け寄ってきた。


「うっす二人とも」

「こんにちは、二神くん」

「なんかやってたんだろ、悪いな」

「気にすんなって、ただスコアを書く準備してただけなんだからさ」


 野球帽をかぶった彰。

 そう、こいつは野球部へマネージャーとして入部していたのだった。


 以前理奈の母親のサインをねだったことがあったが、彼は大の野球好きなのだった。

 この学校へ入学したのも野球部のマネージャーとなりたかったかららしい。


 男がマネージャーとして強豪校へ入りたがるのも珍しい……というのは前世の俺が持ってる感性であって、この世界では特別珍しがるような理由ではないみたいだ。


「今日の対戦校ってどのくらい強いんだ?」

「知らないのか? 去年の甲子園優勝校だぞ」

「えぇっ、そんなに強い所なのかよ」

「だからこんだけ注目されてだよ、まぁ理由はそれだけじゃなくて」


 ちらっとグラウンドを見やる。

 視線の先にはキャッチボールをしている理奈だ。


「あの子を見に来てるのも結構いるみたいだぜ」

「……やっぱ理奈ってすごいんだな」

「理奈ちゃん野球上手だもんね~」

「そういうレベルじゃないんだよなぁ、あそこのスーツ着てる女性たちなんてプロのスカウトだぜ」


 ぷ、ぷろのすかうと?


 理奈ってまだ一年だぞ、注目されすぎじゃないのか?


「あの柚月沙里ゆづきさりの娘だぞ? そりゃ注目されるって」

「うーんいまいち実感が湧かん」

「わたしも……」

「クソっ、柚月理奈の親友であるこいつらが憎い!!」


 沙里さんなら子供の頃から世話になってるし、あの人が作る肉料理美味いんだよなぁ~。

 理奈と一緒に練習に混じらせてもらったこともあるし、練習中の理奈には厳しかったがさすがに俺には優しかったので、俺にとっては優しい友達の母親という認識でしかないわけだ。


 そんな思い出を懐かしんでいると肩に手を置かれる。

 振り向くとこれまた友人の一人、リンが立っていた。


「やぁ、恵斗と早川さんも来たんだね」

「あれ、何でリンがここにいるんだ?」

「言ってなかったっけ? 僕は吹奏楽部に入ってるんだよ」

「いや初耳だ」


 そう言ったリンも学生服を着ている。

 吹奏楽部であるのは本当なのだろう。


「それで、面白いの連れてきたよ」

「面白いの……うげっ」

「希華! こんな所で会えるとは運命だな!」

「最悪……」


 俺にとって非常に不愉快な笑顔を浮かべているのは以前の部活紹介で出会った男、及なんとかだ。


「お前何てもん連れてきてくれてんの?」

「連れてったら何か起こるかもって思ったんだよね」

「迷惑すぎるわ!」


 明らかに確信犯であるリンの顔を殴りたい。

 のだがひとまず放っておかないとこのクソ眼鏡がまれちゃんにちょっかいを出してしまうので奴と彼女の間に入る。


 俺の事が目に入ってなかったのか、俺が間に入ると途端に顔を歪めた。


「お前もいたのか落ちこぼれ」

「まれちゃんの隣に常に俺ありだからな」

「失せるんだな落ちこぼれ、今僕は希華との逢瀬を楽しんでいるんだ」

「いや、迷惑だからどっか行って」


 相変わらず邪険に扱われてて笑ってしまう。

 まれちゃんが俺には向けたこともない冷たい目をしているのがとてもレアだ。


「何故だ希華! 君にそこの男は似合わない!」

「……わたしはもう身も心もけーくんの物なの。正真正銘彼の女になったんだからちょっかい出さないで」


 俺の腕を抱き奴へと言い放つまれちゃん。


 俺の女となったというセリフ辺りで話を聞いていた三人がなにかを思い立ったような表情になる。


 親友二人はおもしろそうに、及なんとかは心底悔しそうに。


「お、お前よくも希華を……っ!!」

「悪いなクソ眼鏡、もうまれちゃんは俺の女なんだ」


 ぐっと彼女の腰を引き寄せる。

 それに連なるように彼女は俺の腕を抱きしめていた力を強めた


「クソがぁ……っ、僕は諦めんぞぉっ!!」


 捨て台詞を吐いて去っていった。

 いや、諦めてくれホントに。


「やっぱり面白いことになったね」

「お前ホントふざけんなよ?」

「あはは、じゃあ僕は戻るからね~」


 ひらひらと手を振ってリンも吹奏楽部の居る集団の場所へと帰っていった。

 あいつ今度学校で会ったら一発ぶん殴ってやる。


「てかなんでクソ眼鏡がここにいるんだよ」

「あいつも吹奏楽部だぜ」

「……マジかよ」


 ということは今後も理奈の応援に行ったらあいつもいるってことか。

 物凄く迷惑な話だ、退部してくれないかな。


 彰もそろそろ持ち場に戻ると言って離れていく。

 俺とまれちゃんも二人で座れそうな所へと移動するのであった。




 ――


 色々と試合前から疲れてしまったが、野球の試合自体は何事もなく進行して無事終わる。

 結果だけ言うと、理奈のデビュー戦は大活躍で終えたという事だった。




 ――


「理奈、お疲れ!」

「りなちゃんカッコよかったよ!」

「二人とも応援ありがとね!」


 試合後、野球部が帰るまではまだ時間があるという事で球場の外で理奈と会えることになった。


「理奈凄いな、打って投げて大活躍じゃないか」

「うんうん、りなちゃんがずっと活躍してたよね」

「あはは……、今日は調子が良かったみたいだよ」


 謙遜するように言う理奈、素人目には凄いとしか言えないのだけれど改めて彼女は他の人とはレベルが違う選手であるようだ。


「彰が言ってたけど今日プロのスカウトも来てたんだろ? 理奈って注目されてんだなぁ」

「あたしだけじゃないよ、相手の方にも有名な人がいるからその人のチェックもあったと思うよ」

「それでもわたしたちはりなちゃんの方が凄いし上手だと思ってるんだから、ね、けーくん?」

「もちろん」

「へへっ、大好きな二人に応援してもらえるとパワーがもらえるねっ」


 そのまま三人で取り留めない話を続ける。

 すると同じ野球部と思われる女子が理奈を呼び掛けてきたのでそろそろ時間になったのだろう。


「じゃあここでお別れだな、また明日学校でな」

「あ、けーと。ひとつお願いがあって……」

「うん?」


 もじもじしたように顔を赤らめる理奈、だが時間がないのか意を決したように言葉を続ける。


「ご褒美欲しいなぁ」

「あぁ、そういうことか。ほら、おいで」


 理奈へと手を広げ胸元へと誘う。

 ポスンと胸元へと収まった彼女はとても先程まで熱闘を繰り広げていた雰囲気もなく、ただの一人の女の子であった。


「遠慮なんかしなくていいんだよ、もう理奈は俺の大事な彼女なんだから」

「えへへ、まだちょっと照れちゃうね」

「これから先何回でも抱きしめるし、何回もキスするんだ。そのうち慣れるんじゃないかな」

「慣れる気がしない……んっ」


 彼女の言葉が終わらぬうちに唇を奪う。

 

 キスを終え離れると恨めしそうに『うぅ……』と俺を上目遣いで睨んでくる。


 全然怖くないし物凄く可愛い。


「不意打ちは卑怯だよもう……うん?」


 顔に赤みを残したまま何かがおかしいと首を傾かせた。


「まれ……?」

「……?」


 そして視線はなぜかまれちゃんへと。

 まれちゃんも何故見つめられたのかわからないようだ。


「……」

「……?」

「……ま、まさか」


 何かを思い立ったように口に手を当てる。

 かと思ったら『まれ、ちょっと来て』とまれちゃんを連れて離れてしまった。


 ……というか時間大丈夫なのか?


 そんな疑問は解消されることなく俺は置いてけぼりに。

 とはいえそんなに時間もかからず二人は戻ってくる。


 まれちゃんは苦笑いで、理奈はちょっとムッとしているようで。


「けーと!」

「うん?」


 ビシっと指を突き付けられる。


「え、あ、そ、その、えーと」

「……いったい何が?」


 ムッとしたかと思えばアワアワしながら言葉が続かない理奈。

 よくわからずまれちゃんへと顔を向けると彼女は苦笑いのままだった。


「あ、あたしのことも抱いてもらうんだから!」


 そのまま彼女は走り去っていった。


「そういうことね……」

「意味、わかったの?」


 さすがに『抱きしめるってこと?』と何て言ったりはしない。

 まれちゃんと同じようなことをして欲しいのだろう。


 というかあのキスとまれちゃんの反応で俺と彼女がそういう事をしたのを察したのだろうか、女の子ってすごいな。


 理奈の勘の良さに感心しつつ、俺とまれちゃんは共に帰路へと着くのだった。




『スクープ! あのY選手の愛娘に恋人が!? お相手は地区で有名なイケメン男子!? ~球場の端で『抱いて』と大胆告白!?~』


「恵斗……これどういうこと?」


 後日、母さんが持ってきた週刊誌のタイトルと掲載された写真を見て俺は頭を抱えるのであった。

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