第34話『一ノ瀬明美と鹿目智子』


「ねぇけいちゃん! 今日はお昼をお姉ちゃんと食べよう!」

「いやあの姉さん……」


 ある日の昼休み。


 授業も終わりこれから昼休みだというタイミングで姉さんは現れた。


 突然生徒会長が教室にやってきたのだからみんな唖然としている。


 四限で歴史を担当している鷹崎先生は呆れていた。


「一ノ瀬さん? 生徒会長なのだからもうちょっと慎ましさを……」

「明日菜先生! わたしとけいちゃんの間にそういうのは大丈夫なんで!」

「はぁ~……」


 額に手を当て盛大なため息を吐かれた。


 この鷹崎先生、実は料理部の顧問でもあるそうで。

 姉さんの事は一年の時にも担任をしておりそれなりに親交があるとの事。


 以前鷹崎先生が『一ノ瀬さん去年と人が違うのだけれど、そっくりな双子の姉妹でもいるのかしら』と悩みを話してくれた。

 先生には『すみませんうちの姉が』とひたすら平謝りをしている。


 まぁでも姉さんて家でも大体こんな感じだし。

 いつも『けいちゃーん!』って言いながら抱き着いて来るから俺にとってはいつも通りの姉さんだなぁって感想しか湧かない。


 むしろ生徒会長らしい姉さんて入学式でしか見てないんだけれど。


 俺にはあっちの方が違和感バリバリなわけですよ。


 とりあえず現在進行形で腕をホールドされているので断れないだろう。


 弁当箱が入ったバッグを掴んで俺は姉さんに引かれるがまま生徒会室へ向かったのだった。





 ――


「あれ程生徒会長らしい行動をしてくださいって私言いませんでしたか?」

「ごめんなさい……」



 現在姉さんは生徒会室で正座をさせられている。

 前に仁王立ちで立っているのはもはやお馴染みの智子先輩。

 この光景をボケーッと突っ立って見ているのが俺だ。


 生徒会室へ入り姉さんが弁当を取り出そうとしたタイミングで智子先輩はやってきた。

 そのままツカツカと姉さんの前へ立ち例のどこから取り出したかわからないハリセンで頭をパシーンと叩いたのだった。


「正座です」


 その言葉通り姉さんは正座をすることになった。

 姉さんと智子先輩が一緒になるたびに怒られてるような気がするんだけどいつもこうなんだろうか。


 姉さんの視線が『けいちゃん助けて』って言ってるけど、ごめん無理。

 俺まで怒られるの嫌だし……。


 先輩に説教されている姉さんを眺めながらそんなことを考えていた。




 ――


「うぅ~けいちゃぁ~ん」

「はいはい、よしよし」


 漫画で流すような涙を流しながら足に抱き着く姉さん。

 無下にするのも可哀想なので頭を撫でておくとする。


「はぁ~、あなたが来てからあけ先輩は別人よ」

「そんなに違うものなんですか?」

「……ここまでではなかったはず」


 目を逸らしながら先輩は答えた。

 つまりたまにやらかしてるのはこれまであったと。


 きっと外での振る舞いは凛々しいって言われてる姉さんで、智子先輩とかの前ではいつもの感じなんだろう。

 なんとなく想像が出来てしまった。


「姉さんと先輩は仲が良いんですね」

「これでもこの人尊敬してるからね」

「これでも!? さと酷いよぉ~」


 姉さんがどんどんとギャグみたいなキャラになりつつある。

 

「姉さんと先輩ってどうやって仲良くなったんですか?」

「ん、気になるの?」

「なんか気になります」


 今でこそ仲が良いからこうしたやりとりが出来るはずで、最初からこんな感じではなかっただろう。

 二人がどうやって仲良くなったのか純粋に興味がわいた。


「さっきも言った通りこれでもあけ先輩を尊敬してるのよ、この人いう時は結構ズバズバ言うんだからね?」

「へぇ~、姉さんが? 意外だなぁ」

「ちょ、ちょっとさと? けいちゃんに変なこと教えないでくれるかな……」


 姉さんが止めに入ったが俺も興味がわいている。

 申し訳ないが姉さんの言ってることは無視させてもらう。


「私たち女はどうしても男子相手だと物言いが出来ない子が中にいるのよ、それを良い事に好き放題する男子は城神高校といえど極まれに居てね。でもあけ先輩は『あなたみたいな尊ぶ価値はありません、失せなさい』ってピシャって言い放ったのよ」

「おぉ、姉さんカッコいい!」

「や、やめてよ~」


 恥ずかしがって蹲ってしまった。

 立派なことだし恥ずかしがることなんてないのに。


「うぅ……こんなお姉ちゃんけいちゃんには知られたくなかったのに~」

「なんでさ、立派なことだよ?」

「そうですよ、先輩」


 蹲った状態から立ち上がった姉さんは頬に手を当てて『だって……』と呟き言った。


「けいちゃんの前では可愛いお姉ちゃんでいたいから……」


 俺の姉可愛くない……?

 

 血のつながった姉ながら純粋に思ってしまった。

 ただ智子先輩は『殴りてぇなこいつ』と言いたそうな顔になっている。


「私は先輩に憧れて生徒会に入ったんだけど、ここまでブラコンだったのはさすがに分からなかったわ」

「わたしはブラコンなんじゃなくてちょっとけいちゃんが大好きなだけなの!」

「姉さん、それを世間ではブラコンというんだよ……」


 普段の抱擁とか、こないだの部活紹介での騒動や、今日の教室でのことから姉さんは超が付くブラコンなのはもう言うまでもないだろう。


 弟である俺が良く理解してるんだから。


「けいちゃんこんなお姉ちゃんは嫌い……?」

「ブラコンだけど姉さんを嫌いになったことなんて一度もないよ」

「やったぁ! けいちゃん大好きー!」


 満面の笑みで抱き着かれる。

 もしかしてこう返事する俺もシスコンだったりするのかな。

 

 相変わらず智子先輩は深いため息を吐いて呆れている。

 今日ここまでで何回溜息を吐いたんだろうか。


「あけ先輩がブラコン気質なのは、普段の言動でなんとなく察してたから驚かないつもりだったんだけどね」

「普段姉さん何を言ってるんです?」

「やれ『けいちゃんはカッコよくて可愛くて優しい男の子なんだよ!』やれ『世の中の男が全員けいちゃんならいいのに!』とか」


 なんとなく姉さんが意気揚々に話している場面が想像ついてしまった。

 俺がもし智子先輩の立場ならため息を吐きたくもなる。


「先輩はブラコン関連の言動以外は完璧超人な人だから、正直私も弟くんには期待してたんだけどね……」

「うっ、何も言えないです」

「もう、さと! けいちゃんいじめたら許さないよ!」

「事実を言ったまでですよ」


 これに関しては何も反論できないのも事実だし、智子先輩の言うことはもっともだ。


「弟くん知ってる? あけ先輩って一年の時から学年トップを誰にも譲ったことないのよ?」

「……え?」

「先輩本当に自分の事を弟くんに話してないんですね」


 し、しらなかった……。

 生徒会長ってのは聞いてたけどそこまで凄いだなんて。


「弟くんに勉強教えてあげたりしなかったんですか?」

「けいちゃんお勉強嫌いみたいだし、一緒に遊んだほうがわたしも楽しいし?」

「あぁ、過保護だったんですね」


 たしかに姉さんって大抵俺と遊んでてくれてたし、勉強している姿をそこまで見た事が無い。


 智子先輩の言う完璧超人ってのは比喩でもなく事実ということなんだろう。


「きみはその生徒会長の弟なんだから頑張らないとダメよ?」

「は、はい……」


 俺の周りは秀才のまれちゃん、運動神経抜群の理奈、完璧超人の姉さんと優秀な人間が多い。

 彼女たちに見劣らないようにしないといけないってわけか……。


 少し落ち込んだ俺を見かねてか『でもね』と先輩は付け足してから話す。


「他の男の子と違う子だっていうのは私もわかってきたよ、勉強はダメだけどそれをカバーできるくらいにきみには魅力があるってことをね」


 フッと優しい笑みを先輩は俺へと向ける。


「きみのクラスの女の子たち本当に毎日楽しそうだよ。毎年E組に配属されると毎日上にあがる事ばかりで勉強漬け。楽しむ余裕がない子がほとんどなの。この間はクラスみんなで遊びに行ったんでしょ? 結構噂になってるわ」


 この間のクラス会か、あれは楽しかったなぁ。

 みんなで写真も撮ったし、クラスのグループチャットに思いで写真がたくさん保存してある。


「女の子全員に優しくする男子なんて聞いたことないんだから。だから今のきみにはちょっと期待してるの、この間の私を見返すってやつちゃんと守ってよ弟くん?」


 出会った人同じようなウィンクをして告げられる。


 ……ちゃんと期待してくれてるんだな。

 

 頑張らないと。


 心の中で意思表明をしつつ何かを忘れていることに気づく。

 そして思い出したときにちょうど鐘の音が鳴った。


 ……昼休みの終わりを告げる鐘だ。


「あ、もうこんな時間ね。急がないと、じゃあね二人とも」

「お昼……」

「食べそびれた……」


 智子先輩は部屋を出ていき、俺と姉さんはお腹に手を当ててぼやく。

 こういうところはやはり姉弟だった。


 しょうがない、運が悪かったという事でなんとか午後の授業を乗り切ろう。


 カバンを持って教室へ戻る支度をしていると姉さんから声を掛けられる。


「けいちゃん、さとの事嫌いにならないであげてね?」

「いや、そんなつもりはないけど……」

「そう、だね。けいちゃんはそうだよね」


 全く嫌いになるつもりはないし、ちゃんと見返したいとも思ってる。


 ただ姉さんは少し思ってることが違うようで、安心しつつも悲しい目をしている。


「あんまり話せないけどさとはね、男の子が嫌いなんだよ」

「……え、それってどういう」

「ふふっ、これ以上はだーめ」


 口に人差し指を当てられる。

 

「けいちゃんならきっとさとの事変えられるとわたし信じてるからねっ」


 そう言って姉さんは『じゃーねけいちゃん!』と告げて部屋を出て行った。

 生徒会室には俺一人が残される。


「智子先輩か……」


 初めはただ見返してやりたいと思っただけだった。

 ただ今の姉さんが言っていた言葉が胸に残る。


 ――いつか話してくれるかな。


 ただの姉の友人から少し気になる先輩へと印象を変えた、そんな騒がしい一幕の昼休みだった――。

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