第23話『脳が壊れる』


「……というわけで理奈と恋人になりました」

「おめでと~」

「兄さん今度改めて紹介をしてくださいねっ」

「お母さんも理奈ちゃんと会うの楽しみだわ」


 理奈とのデート、告白を大成功に終え帰宅した俺は家族に夕食の場で今日の事を報告した。

 三人ともとても喜んでくれて心から嬉しい。

 もちろんまれちゃんにもチャットで報告をしておいた。

 とても喜んでくれたみたいで、明日会うのが楽しみだと。


 ただ……。


『わたしはひとつ理奈ちゃんに嫉妬してますのでかくごするよーに』


 え、何を……?


 文面が可愛いのはいつもの事なんだけど、何も思い当たらないのでひそかに恐怖するのだった。

 

「高校に入ってまだ間もないのにもう二人も婚約者が決まるだなんて恵斗は凄いわね」

「二人とも前からの付き合いでこういう関係になれたんだし、そんなに凄い事じゃないよ」

「あらそんなことはないわよ、世の中の男性誰もがこの規定をクリアできるわけじゃないんだから」

「そうだよけいちゃん、まだ規定数クリアしてない三年生だっているんだから」

「そういえば姉さんの婚活はどうなんですか?」

「めぐちゃん、ウチにはけいちゃんっていう私の理想に届く男子がいないからもう諦めたの、言っておくけどめぐちゃんもそうなるんだからね?」

「……否定はしません」

「いや、否定して?」


 二人して笑顔になる、それが答えという事で何とも言えずため息が出てしまう。

 家族とはいえ好意をストレートに伝えられるのは嬉しいが、二回も言うけど家族だからさ……。


 ――


 風呂を済ませ部屋に戻る。

 スマホにチャットの通知がある、相手は理奈だった。


『今電話していい?』


 チャットで返事を返さず電話を掛ける。

 

「も、もしもし?」

「ごめんね理奈、風呂に入ってたよ」

「うぅん、だいじょうぶ」


 コール二回で電話に出た理奈、まだいつものようの声でなく、ちょっとうわずったような感じが聞いてとれる。


「それでどうした、何かあったか?」

「えっとね、さっきけーとと恋人になれたんだよーってことをまれにも話したしお母さんに話したら二人ともすごく喜んでくれてね、嬉しくてついけーとにも話したくなっちゃったのっ」


 可愛いなおい、俺の彼女はとにかく可愛い。


 理奈からの履歴の時間は十数分前。

 こんなに喜んでて可愛い理奈を十数分も待たせるなんて何してんだ!

 電話かかってきそうなことくらい予感しとけよ俺!


 自分でも何言ってんのかよくわかってないが、とにかく理奈が可愛くて思考がおかしくなってしまったようだった。


「あたし今日の事まだ信じられない、ホントに夢みたいだって……」

「夢なんかじゃないって、不安になったらいつでも言うよ、俺と理奈は恋人なんだって」

「うれしいなぁ……、ねぇもう一回言って?」

「俺と理奈は恋人だし、お前の事が大好きだよ」

「うんっ、あたしもけーとが大好きだよっ!」


 ああぁぁっ!!

 理奈が超可愛い!!


 デートの時にも随分とやられたが、恋人になってまだ半日も経たないのに可愛さで脳がおかしくなる。


 二人目の恋人が出来たばかりなのにこういうのもなんだが、これ、彼女が増える度こんなに悶えることになるのか……?

 

 俺の身体持つのか……?


「けーと、どうしたの……?」


 不安そうな理奈の声が、いかんいかん彼女を不安にさせてしまうなんてとんでもないが俺は今の気持ちを正直に話した。


「理奈があまりにも可愛くて悶えてたんだ」

「そ、そういうことはあたしに言ってよ」

「理奈可愛いよ」

「えへへ~」


 もう脳なんてどうにでもなーれ。


 理奈との会話で脳が溶けきった俺はぐっすりと快眠するのだった。



――


 翌朝、今日もまれちゃんを朝から起こして二人で駅へ向かう。

 

 いつも通りの登校風景なのだが、ある違和感が。

 

 ――今日のまれちゃん、やけに起きるのに時間かかったけどどうしたんだろう。


 朝の出来事を脳内で振り返る。

 いつも通り彼女を起こし着替えを済ませようとしていたが、パジャマを脱がせた途端ぎゅっと抱き着いて離れなかった。


 おかげで俺のアレが主張激しくなるし、脳からの指示は『ヤッちまえ! 据え膳食わぬは男の恥だぞ!』と指令が降り注いだが、こんな寝ぼけてるまれちゃんを襲えるか。


 ――はいそこ、前科あるだろと言わない。


 大体俺の夢見てるまれちゃんとの初めては超良い雰囲気で甘々な感じで、お互いにちょっと恥ずかしがりながらも求めあって、事後には裸のまれちゃんが俺の腕で寝て、そんな彼女の頭を優しく撫でて彼女は恥ずかしそうに『やっとけーくんと一つになれたんだね』って振り返るのが夢なんだよ。


 如何せん経験も何もない寂しい人生であったからこそ、恋人が既に存在してるんだから夢見たいものなのだ。


 そういうわけで脳の指令に全力で抗いつつまれちゃんを苦肉の思いでなんとか離してから彼女の着替えを終えた。


 ぎゅっとくっついてきたわりにはすぐに離れたけど何だったんだろう。


 下に降りて早苗さんの用意したコーヒーを啜っているとしばらくしないうちにまれちゃんが降りてきた。


 一瞬不満そうな表情をしていたがすぐに『おはようけーくん』といつもと変わらない天使のまれちゃんに戻ったんでそのことは気にならなかった。


 手を繋ぎながら隣を見る、いつものまれちゃんだ、今日も可愛い。


 彼女は俺の視線に気づかず前を向いて歩く、やはり俺の思い過ごしだったのだろうか。


 東葛駅にはそろそろ着く。

 

 俺は今考えてたことを綺麗さっぱり忘れようとした時、後ろから近づいてくる足音が。


「お、おはよう二人とも」


 後ろからやってきたのは理奈だった。

 普段彼女はいつも駅で先に待っているが珍しいことだ。


「おはようりなちゃん」

「おはよう理奈」


 俺とまれちゃんは挨拶を返す、いつもの光景。

 そのまま理奈は隣に並ぼうとしたがまれちゃんから待ったが掛かった。


「りなちゃん……しないの?」

「え、なにを?」

「挨拶」

「挨拶なら今……あっ」


 何かを思い当たり驚き口に手を当てる理奈、そして恐る恐る尚且つ顔を赤らめながら俺を見つめる。


「けーくんもほら」

「あぁ、ハグのこと?」

「うんうん」


 すっかり家族とまれちゃんにはお馴染みになってったが、理奈も恋人になったし……いいのか?


 理奈を見ると戸惑いつつ恥ずかしつつそれでいて待ちわびている、そんな様子が感じられた。


 よし、ならば思い切って……。


「最初だからちゃんとやってあげてね」

「なるほど、わかったよ」

「え、どういう……?」


 理奈の質問には答えずぎゅっと抱きしめる。

 そして頬にそっとキスをした。


「……」

「理奈?」

「……」

「……おーい?」

「……」

「りなちゃんには刺激が強かったかな」


 硬直したまま理奈は動かなくなってしまった。


 もしかしてキスしたから?


 でも昨日……唇に。


 彼女の唇を見て自身の口を触る。

 

 昨日のあの柔らかい感触が蘇り、顔が熱くなってくる。


「……その反応、昨日キスしたんだ」

「え、う、うん」

「……つーんだ」


 ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。


 あ、あのまれちゃん?

 なんですかその可愛いセリフと仕草は?

 

 も、もしかして拗ねてるの?


「わたしだってちゃんとキスしたのはちょっと後だったのに」

「いや、だってあの時はまだ子供だったし……」

「そもそもわたしとけーくんは昨日のりなちゃんみたいにそれっぽい所行ってないし」

「うっ!! そ、それは非常に申し訳なく思ってます」


 実は昨日の理奈とのデート。

 あれは正真正銘俺が初めて女の子と出かけるデートだった。


 まだ子供の頃の話、この地区で俺がまれちゃんと恋人っぽく手を繋いで歩いているだけで周囲がざわざわとして騒ぎになってしまった事がある。


 如何せんこの地区の男子は俺一人、少し前から彼女と外で遊ぶ機会が増えてきたとはいえさすがに恋人として振舞うのは注目が集まりすぎた。


 散々恐怖したあの出来事でこの世界の事がわかっていたにも関わらずこれは考えなしだった。

 きっとまれちゃんと一緒にいれて頭がぽわぽわだったんだろう。


 ――はいそこ、いつも頭の中まれちゃん一色でしょと言わない、事実だけど。

 

 話を戻して。

 地区外に行けば周囲は男性とデートする機会を目にすることがあるからそこまで騒がれることはないと思ったのだが、さすがに母さんと早苗さんが『子供だけで地区外に行くのはダメ』と許可が下りなかったのだ。


 それでも仕方なく地区内でデートを続けるためにはまずはまれちゃんと『徐々に自分たちの事を周囲に認めさせていこう』と互いに相談し納得して、デートは基本俺か彼女の家、もしくは近所の東葛公園。学校では計画的に必要以上にまれちゃんとくっついていることで周囲を納得させていった。


 だから朝の挨拶をわざわざクラスメイトに見せつけるようにしていた。


 ……途中から計画関係なしに四六時中引っ付いてたのはお互いに反省している。

 

 しかもやりすぎたのか一度挨拶が出来なかった時まれちゃんが物凄く落ち込んでしまった。

 彼女の目に涙が零れてしまって青の時の俺は物凄く取り乱したのはよく覚えている。


 そんなわけで徐々に周りも俺とまれちゃんの関係に馴染んでいき、中学を卒業前にはすっかり東葛地区名物と化した俺たちは『高校生になったら改めてデートしようね』とまれちゃんとは約束をしていたのだった。


「わたしはりなちゃんに嫉妬をしています」


 ぷんぷんとした様子で頬を膨らますまれちゃん。

 もちろん可愛くて見惚れたいのだが状況が状況である。


 ちなみに理奈はまだもどってこない。


「ご、ごめんなさい……」

「わたしとまだちゃんとデートしてないのに」

「はい……」

「りなちゃんとさっさとキスしちゃうし」

「そ、それは雰囲気的に……」

「わたしが一番だって言ったのにぃ……」


 顔を下向かせてもう一度彼女は言う。


「わたしが一番……」

「……」

「わたしが……いちばん」


 ――こ、ころしてくれぇーーっ!!

 ――まれちゃんを悲しませた俺を今すぐ殺してくれぇーーっ!!


「ご、ごめんよまれちゃんっ、俺にはまれちゃんの事を蔑ろにするつもりなんて微塵もないんだっ!」

「うん、わかってるよ……でもぉ」

「まれちゃんのこと、心から愛してる。必ず君との初めてのデートを最高の物にするから信じてくれないか?」

「わかった……嫉妬してごめんねけーくん」

「いいんだよ、嫉妬するまれちゃん凄く可愛かったから」

「けーくん……」


 人目も憚らず彼女と唇を重ねる。

 

 ドサッと大きな音が周囲から聞こえたが目を瞑ってたしまれちゃんのことしか考えてないのでよくわからない。


「えへへ、けーくんとちゅーしちゃった」

「まれちゃんとのキスはこれから先も数えきれないくらいするつもりだよ」

「うん、けーくんっ!」


 もう一度唇を重ねる。


 また大きな音が鳴ったけどいったいなんだろうか。


 その時後ろから服を引かれる感触。


 復活した理奈が顔を赤めながらも上目遣いで。


「あ、あたしも……ダメ?」


 男は上目遣いにとても弱い。

 一切に迷いなく俺は理奈をまれちゃんと同じように抱きしめてキスをした。


 そうしたらまれちゃんは納得いかなかったようで。


「む~、りなちゃんずるい」

「ま、まれは今してたじゃん!」

「それとこれは別だもん」

「だ、だってあたし……けーとが大好きなんだもん!」


 そう言って俺の左腕へ抱き着いてきた。


「けーくんが大好きなのはわたしだって一緒なんだからっ」


 すかさずまれちゃんも右腕へ抱き着いて来る。


 え、なにこの板挟み状態。

 両手に花?

 これがあの噂の両手に花?


 ほ、本当に実在していたなんて……。


「けーくんの一番はわたしなんだからっ!」

「二人の一番は納得してるけどはけーとなんだからねっ!」


 そう言って二人同時に俺の頬へとキスをした。


 し、死ぬ……。

 脳が……、脳が幸せで壊れる……。


 ここが……楽園だったんだ……。




 結果いつもより学校へ着く時間が遅れクラスメイトを心配させてしまったのは別のお話。

 朝から幸せな気分で一日を過ごすことが出来たのだった。。


 


 余談だが、その日東葛駅は朝から会社、学校へ通おうとする人たちが駅周辺で倒れる怪奇現象が発生したらしい。


 怖いなぁ、俺たちは巻き込まれなくてよかったよ。


 原因が俺たちにある事を知ることはなかったのだった。

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