第14話『自己紹介タイム』


 俺の胃痛はさておき入学式自体は何事もなく終わる。


 教室に戻り各自席に着いていると、佐良さんが保健室から戻ってきた。

 みくさんと紗耶香さんが駆け寄り『ちっひー大丈夫?』『いきなり気絶したから心配したよ』と声を掛ける、佐良さんは笑顔で答えつつ俺の方をちらっと見る、合わせるように二人もこちらを見る。


 ――本当に反省してますから許してください……。


 申し訳なさの気持ちいっぱいだった。

 心の中ではなくて言葉で直接謝りに行こうとも考えたが、今俺が声を掛けると逆に気まずくなりそうで大人しくしておくことに。


 二人からは先程の件を問いたい雰囲気を感じつつも担任の先生が教室へ入ってきたので蒸し返すことはなく席に着いた。


「さっきも伝えましたが改めて、みなさん入学おめでとうございます、城神高校はあなたたちを歓迎します」


 教壇に立つ先生は名前を鷹崎明日菜たかさきあすなというらしい、紺色の髪を後ろで束ねスラっとした女性。


「とはいえです、皆さんが配属されたのはE組です。ご存じだと思いますが我が校はテストの出来によってクラスが割り振られます。この事実はあまり嬉しくないでしょう、そのことを常々忘れないようにしてください」


 教室に緊張感が走る、要はあなたたちもっと頑張りなさいということだ。

 そのことを感じ取った生徒たちの表情が変わる。『こんなところに居られない』『来年こそは……っ』と決意のこもった表情に変化する子がほとんど。


 この世界の高校生活はただ青春する所ではない、自分の人生を決めるターニングポイントになるところでもあるのだ。

 

『数少ない男性に目を向けてもらう為に女は常に努力すべし』


 これは外見の話だけではなく、学問、生活力、様々な意味を含めている。


 ――俺だって来年こそはまれちゃんと……。


 来年はこのメンバーのどれだけがE組を抜けるか見物だろう。


 生徒たちの決意を受け取った先生は満足したように頷き話を進める。


「とはいえせっかく入学したのですから三年間素敵な思い出を作るのも大事ですよ、華の高校生活を皆さん満喫してくださいね」


 先生は笑ってパンッと両手を合わせる。

 少し真剣になりつつあった空気が和らいでいった。


「それでは最初ですので皆さんに自己紹介をしてもらいましょう。まずは廊下側の前の席のあなたからお願いしますね」


 そうして自己紹介が始まると思ったが『あ、そうだ』と先生は付け足して俺を見据えた。


「唯一の男子のキミは最後でお願いしますね」


 なんで?

 そう疑問に思ったのは俺だけのようで皆疑問に思うことなく自己紹介が始まる。


 なんでだよ……。


 納得はいかないが既に自己紹介は始まってしまっているので俺も聞き入る。


 自己紹介はシンプルに名前と出身校、そして好きなことを発表する程度でスムーズに進行されていく。

 やがて隣の席のみくさん、俺を飛ばして紗耶香さんたちへ回ってきた。


「西飛道中学校から来ました仙道みくでーす、趣味は休日にアクセサリーを買いに都市部のお店を回る事かな、みんなよろしくねっ」

「西飛道中学校から来ました砂村紗耶香です、趣味は読書なので学校でも読書を楽しもうと思います、みなさんよろしくお願いします」


 そういえば彼女たちと佐良さんは一緒に勉強してたとか言ってたな。

 子供の頃から仲良しだって言ってたし佐良さんも一緒の学校なのかな。


「佐良千尋です……東飛道中学校から来ま、した。好きなこと、は、お家にいること……です、よろしく、お願い、しますっ」


 一緒ではなかった。たまたま中学校が別になったとかそういうのだろうか。


 自己紹介を終えたらすぐに着席をして周りの反応を見ずに下を向いている。

 結構後ろ向きの性格なのかな、言葉も詰まってたり、電車のアレもかなりおどおどしたり。


 電車のアレは俺が悪いだけな気もするけど。


 そんな彼女を見て少し悲しそうな表情をするみくさんと紗耶香さんだったが他の生徒の自己紹介はまだ続いている。

 すぐにそっちに意識を向け、何事もなかったような様子に戻った。


 明るい二人を陽とすれば佐良さんは陰という感じ。

 正反対な彼女たちはどうやって仲良くなっていったんだろうと興味が沸くが俺も自己紹介を聞かなければならない。


 ――彼女のあの様子はそう簡単なことじゃないって知るのはまだ先の事だったが、この時の俺はそんな解釈で流していた。


 そんな一幕もありながら無事に進行されていき、自己紹介は俺を残すのみとなる。


 さて、やっと俺の番か、みんな簡単に一言で終えてるし俺も趣味はギターと運動とでも言っておけばいいか。


「男子のキミ、自己紹介は簡単にすませばいいかと思ってそうでしょうがダメですからね、男子はしっかりと自己紹介をしてくださいね、皆キミの自己紹介が一番聞きたいんですから」


 なんでバレたんだ。

 

 謎である、ふふっと笑う先生は色っぽいけどそうじゃないんだよ。


 仕方ない、釘を刺されたのでしっかりと自己紹介をしよう。


「えーと、一ノ瀬恵斗です。東葛中学から来ました。好きなことはギターを弾いたり友達と身体を動かしたりすることで苦手なことは勉強です。家族は母と二つ上に姉が一つ下に妹がいます、みんな綺麗で可愛いんで自慢の家族です。自分は今日まで生まれた地区に他の男子がいなかったんで他の男子を知らないんでここで会えるのが凄く楽しみでした。あとモテたいって夢があるんでみなさんたくさんお話して親睦を深めましょう! 以上です」


「も、もてたい……?」

「はい、ちやほやされるのが好きなんです、夢だったんです!」


 なんせ長年の夢だったからな、中学で満喫してきたとはいえまだまだ俺はモテていたい。


 先生はドン引いたのか『そ、そう……』と苦笑い。


 だがウケは良かったのかみんな大きな拍手をしてくれた。


 いやぁ、優しいクラスメイトでよかった。

 ここで『あの男子きもいんだけど』『引くわー』とかなったら俺は高校デビュー失敗で引きこもってしまうところだったよ。


「モテたいっていうのはよくわからないですけど、一ノ瀬君自己紹介ありがとうございました。これで全員が終わりましたね」


 さて、と一息ついて先生は俺たちを見回し。


「では、一ノ瀬君へ質問がある方は挙手を」

「えぇ、なんでそうなるんですか!?」

「そりゃ、皆さんあなたの事が知りたいからですよ」

「でもこういうのってみんなで互いに質問してクラスの親睦的なものを深めるんじゃないんですか?」

「それだとどっちみちあなたに質問が集中するだけだと思いますけどね」


 そんなバカなと周りを見回すが視線が俺に集中している。


 いやいや……。


「み、みんな……クラスメイトの事知りたいよね?」

「アタシ王子の事しりたーい」

「はい、私も」

「わたしたちはいいから王子様のこと教えてください!」

「王子様の好きな食べ物とか聞いておきたいんです!」


 なんでだよ……。


 先生の方へ目を向けると『だから言ったでしょ?』と言っているような感じで笑っている。


「一ノ瀬君、あなたたちはこの学校へ学び、かけがえのない友を作り、青春を謳歌することも大事ですが一番は結婚の相手を見つけることですよ。あなたを含めた男子という存在は注目を浴びる、そのことを忘れないでくださいね」

「は、はい……」


 これもこの世界特有のものなのかもしれないな。


 女子たちの自己紹介は短いけど男子の自己紹介を長めに設定するのはそれが理由だったりするんだろうか。


 俺なんかは今だに前の世界の住人感が抜けないから、男子の自己紹介より女子のを聞いてた方が楽しいんだけど、女子の皆さんはそういうわけでもないようで。


「はい! じゃあ質問です!」

「はい、中野さんどうぞ」


 指名をされた女子生徒は立ち上がり俺を見据える。


「王子様の婚約者は今佐良さんを入れて何人決まっているのでしょうか?」


 佐良さんの名前が呼ばれた時彼女はビクッとなったのを俺は見逃さなかった。


「……佐良さんはもう婚約者なんですか?」

「え! いや、その、困っちゃうなぁ!」


 先生は朝の騒動を知らない、俺はひとまず笑ってごまかすのが精一杯だった。

 一方の佐良さんはなんかもう恐縮が極まった感じで下を向いてる。

 

 いや、ほんと佐良さんごめんね……。

 また飴玉あげるから……。


「い、一応確定してるのは一人です。幼馴染がいて彼女はこの学校のA組の子なんですけど。結婚するつもりです」

「さすが王子様、もう枠が一つしかないなんて……っ、お答え頂いてありがとうございました!」


 本当は二人なんですけど、いやなんかもう色々とゴメンナサイ。


「はい! じゃあ次はアタシお願いします!」

「はい、仙道さんどうぞ」


 隣の席のみくさんが立ち上がった。


「えと、王子はどんな子がタイプですか?」

「タイプかぁ、一緒にいて安心できる子が俺は好きかな」

「なるほどね! アタシは一緒にいると元気が出るねってよく言われるよ!」


 その後も代わる代わる質問が続き時間いっぱいまで俺の事に関することが聞かれた。


 今まで出かけたところ、好きな女優さん、好きな食べ物、一番良い思い出等々、根掘り葉掘りって表現がふさわしいくらいに。


「はい、じゃあ時間もいっぱいなので質問タイムは終わりにします。今日はこれで下校していいので明日から皆さん授業を頑張りましょう」

「つ、疲れた……」

 

 ずっと喋りっぱなしだったぞ俺。

 やっと解放されて机に突っ伏す、しばらく動きたくない。


 けれどそういうわけにもいかず……。


『話があるから付き合ってくれる(ます)?』


 佐良さんを指さしてにっこり両隣の二人から微笑まれた。

 まだまだ今日は終わらなさそうだ。


 そして同時に後悔した。


 なぜ大事な彼女たちに先に事情を説明しにいかなかったんだろうと。

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