第15話『男に有利な世界』☆


「それで王子様、朝のアレはどういうことなんですか?」

「アタシもさーやもずっと気になっていて、しょうがないんだよね~」


 人気のない校舎裏、ここに居るのは俺とみくさん紗耶香さん、そして佐良さんの四人。


 俺が校舎を背にしており、前に二人が立って後ろで佐良さんが困った顔をしながら立っている、そんな構図だ。

 

 見ようによってはいじめられているように思われるが、まったくそんなことはなく自然とこういう構図になった。


「王子様とちっひー、絶対に何かあったよね?」

「うん」


 確信めいた顔で俺と佐良さんそれぞれに視線を送る。

 隣の紗耶香さんも力強く頷いている。


「……なんでわかったの?」


 ここまで来ては彼女たちに隠し通すのは無理だろう。

 だけど、どうして気付いたのか気になったので尋ねてみることにした。


「私たち三人は小さい頃からの親友なので、なんとなくわかったんですよ」


 そう言って紗耶香さんは佐良さんをぎゅっと抱きしめる。

 それを見たみくさんが『アタシもー!』なんて言いながら反対側から抱きしめた。


 佐良さんどう見ても困ってるけど迷惑そうにはしてないしこれが三人の関係性なんだろう。


「なるほどね……」


 三人の関係性にほっこりしながらも、電車内でのアレをどういう風に伝えようか悩みつつ、正直に事の顛末を話すこととした。

 

「実は……朝の電車でね」

『電車?』


 俺は電車内で……彼女の胸を掴んでしまったことを正直に白状した。

 

 最後は勢いで乗り切ってしまったけど、常識的に考えて自分の胸を見知らぬ男に掴まれて許す人は普通いないだろう。


 最低な行いだったことを改めて心から反省し……。


「佐良さん、本当に申し訳なかった!」


 駅のホームの時と同じように、深々と頭を下げた。


 彼女たちの反応が怖い。

 どう思われてるのだろうか、先程までの『王子様』と讃えてくれた評価がガタ落ちし、明日から冷たい目を向けられる日々が始まるのだろうか……。

 

 不安を抱えながら恐る恐る頭を上げ、ゆっくりと目を開ける。

 すると彼女たちは想像していたような冷やかな目をすることなく、ポカンとした表情をしていた。


「えーと……」


 いや、むしろ困惑しているような、そんな雰囲気がある。


「ちっひー……、今の話本当なの?」

「う、うん……」


 佐良さんの申し訳なさそうな返事を聞くと、みくさんは目を吊り上げ。

 

「はぁ~!? だからアタシたちと一緒に行こうって言ったのに!」

「う、うぅ……、ごめんなさい……」


 佐良さんへ向けて怒鳴った。

 え、なんで佐良さんに怒ってんの?


 てっきり俺が非難されると思ってたんだけど……。


 困惑する俺を他所に、みくさんは佐良さんへ『そもそもあれほど……』と佐良さんを叱っている様子である。

 対照的に佐良さんがどんどんと縮こまっている。


 すると紗耶香さんが俺へと声を掛ける。


「あの、王子様、私からも謝ります、本当にごめんなさい!」

「え、えぇ!?」


 なんで彼女が謝るんだ!?

 みくさんも困ったようでそれでいて申し訳なさそうな顔をしている。


「そしてなによりあなたは……千尋ちゃんを助けてくれたんですね」

「はい?」


 助ける?

 おっぱいを掴むことが?

 

 それってどんな状況で起きることなんですか、新ジャンルの痴漢ヒーローモノのゲームでも出たんですか?


「王子って、他の男の子知らないって自己紹介で言ってたよね」

「うん、俺の生まれた地区では男は俺以外居なかったんだ」

「だからこんな奇跡が……? それにしたってねぇ……?」


 なんだか一人で納得してるみくさん、俺にもわかるように説明をもらいたいところなんだけども。


「もっかい聞くけど王子はバランスを取ろうとして手を伸ばしたらちっひーの胸を掴んじゃったんだよね?」

「うん」

「それで王子様は自分が悪いことをしたと思って、千尋ちゃんに申し訳ないと思ってると……」

「うんうん」


 前の世界だったら速攻で牢屋行きになって人生終わりだよ。

 この世界がありえない程男尊女卑だからこそ、こうしてこの場に居られるわけで。


 ところが二人はそんなこと思っておらず。


「これ完全にちっひーが悪いじゃん……」

「う、うぅ……っ」

「やっと引き籠りから脱出しそうになったのに、笑えないよ千尋ちゃん……」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、悪いのは俺なんだけど」

「王子はさ」


 悪いのは俺だと訂正をさせてもらおうとするとみくさんに遮られる。


「なんか勘違いしてんだよね、さっきの話ってちっひーが王子に迷惑をかけたってことなんだよ?」

「……はい?」


 佐良さんの胸を掴んだ俺が迷惑をかけられた?

 全く意味が分からない。

 

「ほらやっぱり勘違いしてるよ、そこが王子の素敵なとこだと思うけどさぁ~」

「王子様、昔あった事件知らないですか? 男性専用車両が作られる経緯になった事件」

「事件……?」


 彼女たちの話はこうだ。

 

 男性専用車両というのが出来たのはそもそも数十年前でわりと最近出来たものらしい。

 今は試験運用期間らしく走ってる本数が少ないというが、いずれは完全に男性女性を分ける計画もあるんだとか。


 そしてこの専用車両が作られるきっかけになったのが女性の男性に対する痴女行為だ。


 ……痴女?

 

 中心都市に出稼ぎへ行くことが多い以上、そこに向かうための電車には人が多く乗る。

 それは男と女も変わらない。

 

 しかし、この世界は男女比が偏った世界、前の世界では男が女に痴漢するという認識が俺にはあったがこの世界では逆らしい。

 

 女が男を狙って行う痴女行為。

 

 電車の揺れに便乗して女が胸を男に押し付ける、手を取って自身の秘所に当てさせるといった自身の身体を活用した内容らしい。


 ――それって風俗の専用プレイですか?


「え、じゃあ男が女の子の胸とかお尻を触ったりするのは……?」

「……王子様何言ってるんですか?」

「それってAVの話? たしかにアタシはこの間それでオ――って何言わせるの!?」

「勝手に自爆しただけじゃん!?」

「うぅ……男の子に自分のアレを聞かれたぁ……」


 ……みくさんが自身の発散事情を暴露してしまったのは災難だったが。


 この世界に男性向けのアダルトビデオやエロ漫画なんてものは無く、存在するのは女性向けの物ばかり、怖いもの見たさに見たら男優の顔やモノばかり映っていて死ぬほど後悔した。


 男女比逆転どころか貞操観念も逆転してる世界だったとは……。


 ……この世界の男はどうやって処理してんだ。

 

 ――この辺りの男の性事情について詳しく知るのはまだ先の事なのだった。


 

 話が逸れた、二人が話した事件というのは電車内で女が男に痴女するという事件が増え、かなりの男性がショックを起こし、やがて男性による出社拒否運動が起きたらしい。

 

 これを受けて政府主導で行ったのは電車に男性専用車両を設置する事だった。

 いずれは男性専用駅も作るんじゃないかって話も挙がっているらしい。


 俺にはものすごく迷惑な話だよ。


 つまり今朝の電車で俺が佐良さんにしてしまったのは……。


 傍から見れば佐良さんが俺に胸を触らせるような位置に立っていたということになり、佐良さんが俺に痴女行為をしてしまったという認識になるらしい。


 ……佐良さんは俺の不注意で胸を掴まれてしまった被害者なのに、それが却って佐良さんの痴女行為?

 

 そこまで男に有利な捉え方ってあるか?


 けれど真面目な顔で話す二人を見て冗談じゃないことは明白だった。


 だから本来あの場で彼女は痴女として捕まってもおかしくなかったそうだ。

 それを俺が触ってしまったということにして水に流してくれた……。

 

 どうやらそういう結果になったらしい。


 いやそんな事ってさぁ……。


「だから王子様がしてくれたことって、千尋ちゃんを守ってくれたことなんですよ」

「う、うん、わたし……」


 そこまでずっと黙っていた佐良さんがようやく口を開く、さっきまでの怯えた表情ではなくしっかりと俺を見据えて。


「わたし、今日駅のホームから教室でも言えなかったけど、本当はずっと……、あなたにお礼を言いたかったんですっ」


 初めてしっかりと意思を持った彼女の言葉に耳を傾ける。


「わたし中学時代はずっと引きこもりで……男の人が怖くて閉じこもってたけどようやく勇気を出せてここまで来られたんです」


 ぽつりと言葉を零した。

 引きこもりというワードにみくさん、紗耶香さんが悲しそうな表情をしたのが目に入る。

 

「でも電車で男の人に痴女をしちゃって……わたしもうダメだ、このまま捕まって人生終わっちゃうんだって思ったのに、あなたはわたしの事を責めなくて……っ」


 ポロポロと涙を流しながら訴えかける佐良さん、その様子に俺は口を挟むことなく黙って聞いていた。


「それで教室に着いたらあなたがいて……っ、わたしすぐにお礼を言いたかったのに言葉が出なくて……、そしたら転びかけた所にまるで絵本の王子様のようにわたしを抱えてくれて……」


 そこで彼女は涙と共に顔を赤らめた。

 その様子に俺も思わず照れくさくなり、頬を掻く仕草をする。


 そして彼女は涙を拭き、前を……俺の目を見据えて。


「本当にすみませんでした! そして電車でも、教室でも、わたしを二度も助けてくれてありがとうございましたっ!」


 涙は止まらないけれど、笑顔を浮かべながら彼女は言い切った。

 

 

 

 この世界の事は未だに理解しきれていない。

 深く知ろうとしていないだけで、実はまだまだ重要なことが他にもありそうな気がするけれど。


 今はそれを置いておいて、改めて彼女へ伝えなければ。


「今の話を聞いて俺の認識が違っていたってのもわかるし、君の謝罪と感謝を受けとるよ。でもやっぱり俺も謝らければならない」

「……え?」


 彼女は呆然とした表情をしている。


「不可抗力とはいえ、女性の身体に触れてしまったんだ。男として、いや……俺の気持ちの問題として改めて謝罪をさせて欲しい、本当に済まなかった!」

「そ、そんな……」

「だから、お互いに謝ってこれで終わり、お互いに今後気を付けようってことで終わりにしよう」


 そう言って彼女へ手を差し出す。


 例えあの行為が、この世界の常識により佐良さんの痴女行為なのだとしても。

 

『女性に優しく』を胸に生きている俺の気持ちとして、恋人でもない女の子の胸に触れてしまったことは許されないことだ。


 だから俺は改めて謝罪をした。


 これからは俺と佐良さんは同じクラスメイトなのだから、お互いに悪いことをした気持ちを持ってこれからを過ごすのは嫌だった。


 だから勝手にこれでこの話は終わり、と俺が結論付けたのだった。

 

 脳内に浮かぶミニまれちゃんも『けーくんらしいね』と同意してくれている。


「これからは同じクラスメイトだ、よろしくね佐良さん」

「はい、王子――」

「お願い、佐良さんだけでも一ノ瀬君って呼んで!?」

「え、あ、はい……一ノ瀬くん」


 なんともしまらない結果になってしまったが。

 俺は唯一の『一ノ瀬くん』と呼んでくれるクラスメイトを得ることが出来てひと安心なのだった。


 これから一年間、彼女たちと楽しい学校生活が送れる……、そんな予感がしたのだった。



 

『けーくん、大事なお話があるから東葛公園まで来てください』


 なお、まれちゃんからの呼び出しチャットによって、恐怖で怯えることになるのはこの後すぐのことだった。

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