第15話『男に有利な世界』
「それで王子様~? 朝のアレはどういうことなんですか~?」
「アタシもさーやもずっと気になっててしょうがないんだよね~」
人気のない校舎裏、ここに居るのは俺とみくさん紗耶香さん、そして佐良さんの4人。
俺が校舎を背に前に二人が立って後ろで佐良さんが困っている、そんな構図だ。
見ようによってはいじめられているように思われるが、何度も言うが悪いのは元凶である俺だ。
「最初は驚いたけどちっひーを見た感じ絶対一目惚れとか嘘なんでしょ?」
「え、バレてたの!?」
「王子様の事はわからないけど、私たち三人は小さな頃からの親友だからなんとなくわかるんですよ~」
佐良さんを紗耶香さんはぎゅっと抱きしめる。それを見たみくさんが『アタシもー!』なんて言いながら反対側から抱きしめた。佐良さんどう見ても困ってるけど迷惑そうにはしてないしこれが三人の関係性なんだろう。
「白状します……、佐良さんには電車でもそうだけど教室でもずっと迷惑をかけてるし、本当に申し訳ない!」
『電車?』
「あぁ、実はね」
俺は電車で痴漢行為……もとい彼女の胸を掴んでしまったことを白状した。
あの場では勢いで『じゃあ許してくれたね』なんて言って去ったけど、本当は許してないだろうと思われているのをなんとかごまかす為に咄嗟に嘘の告白をした……という内容をすべて話した。
あぁ、どう思われてるのだろうか、これで俺の評価がガタ落ちで明日から冷たい目を向けられる日々が始まるのだろうか……。
俗にいう高校デビューは失敗に終わり明日からクラスの居ないものとして扱われるようになるのだろうか。
不安を抱えながら恐る恐る彼女たちを見る。
すると彼女たちは冷やかな目をすることなくポカンとした表情をしていた。
「えーと……」
ちょっと困ったようにみくさんは佐良さんを見やる。
「ちっひー、今の話本当なの?」
「う、うん……」
「はぁ~!? だからアタシたちと一緒に行こうって言ったのに!」
「ご、ごめなさい……」
え、なんで佐良さんが謝ってんの、てっきり俺が非難されると思ってたけど。
「あの、王子様、私からも謝ります、本当にごめんなさい!」
「え、えぇ!?」
なんで彼女が謝るんだ? みくさんも困ったようでそれでいて申し訳なさそうな顔をしている。
「そしてなによりあなたは……千尋ちゃんを助けてくれたんですね」
「はい?」
助ける?
おっぱいを掴むことが?
それってどんなシチェのゲームですか?
新ジャンルの痴漢ヒーローモノのゲームでも出たんですか?
「王子って、他の男性知らないって言ってたよねさっき」
「あぁ、俺の生まれた地区では男は俺以外居なかったんだ」
「だからこんな奇跡が……? それにしたってねぇ……?」
なんだか一人で納得してるみくさん、俺にもわかるように説明をもらいたいところなんだけども。
「もっかい聞くけど王子はバランスを取ろうとして手を伸ばしたらちっひーのおっぱい掴んじゃったんだよね?」
「そうそう」
「それで王子様は自分がチカンだと思って千尋ちゃんに申し訳ないと思ってると……」
「うんうん」
前の世界だったら速攻で牢屋行きで人生終わりだよ。この世界が男尊女卑であるからこそ一旦俺は逃げ切りに成功してしまったわけで、普通に許されないことなんだよな。
ところが二人はそんなこと思っておらず。
「これ完全にちっひーが悪いじゃん……」
「う、うぅ……っ」
「やっと引き籠りから脱出しそうになったのに笑えないよ千尋ちゃん……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、悪いのは俺なんだけど」
「王子はさ」
悪いのは俺だと訂正をさせてもらおうとするとみくさんに遮られる。
「なんか勘違いしてんだよね、さっきの話ってちっひーが王子に迷惑をかけたってことなんだよ?」
「はぁ……?」
「ほらやっぱり勘違いしてるよ、そこが王子の素敵なとこだと思うけどさぁ~」
「王子様、昔あった事件知らない? 男性専用車両が作られる経緯になった事件」
「事件……?」
彼女たちの話はこうだ。
男性専用車両というのが出来たのがそもそも十数年前でわりと最近出来たものらしい、今は試験運用期間らしく走ってる本数が少ないという。
そしてこの専用車両が作られるきっかけになったのが女性の男性に対するチカン行為だ。
前の世界でもそうだったが中心都市に出稼ぎに行くことが多い以上そこに向かうための電車には人が多く乗る。
そしてこの世界は男女比が偏った世界、前の世界では男が女に痴漢するという認識が俺にはあったがこの世界では逆らしい。
女が男を狙って行うチカン行為。
ただし前の世界のような相手のモノを触るという行為はではなく、この世界では女が胸を男に押し付ける、手を取って自身の秘所に当てさせるといった自身の身体を活用した内容らしい。
――それって風俗のプレイか何かですか?
前世の知識を持った俺には女性に求められるというのは非常に興奮する、たとえばまれちゃんに迫られたら俺はすぐににゃんにゃんするだろう、迷いなどないさ。
だがここは世界が違う、男がする痴漢なぞ存在せず女がするチカンが横行する世界であった。
この『チカン』という表記がポイントだ。
後日『痴漢』で検索したら何もヒットせず『チカン』ばかりが出てきた。
後ろの文字が『漢』だからだろうか、なんかもやもやするが『痴漢』は存在しないらしい。
さらに検索してて知ったがこの世界に男性向けのアダルトビデオやエロ漫画なんてものは存在しなかった。
存在するのは女性向けの物ばかり、怖いもの見たさに見たら男優の顔やモノばかり映ってて死ぬほど後悔した。
……この世界の男はどうやって処理してんだ。
この世界の女性レベルなら滅茶苦茶捗るんだろうなとか思ってないんだけどさ。
俺に恋人はいるがそれとはやはり別でね、自己満足っていうのは大事だよね。
いやほんと全然これっぽっちも興味なかったんだけどね?
そもそもこの世界の男性は性行為というのを好まないようで、あくまで子供を作る手段と割りきってる所があるとかなんとか。
だからそういうモノは必要ないとかなんとか。
『男は狼』『お猿さん』『ベッドヤクザ』って言い回しはないの?
もしかして俺は男女比が偏っただけじゃなくて貞操観念も逆転した世界に来てしまったのか。
まだまだ俺はこの世界について知らないことばかりだなと実感する。
話が逸れた、二人が話した事件というのは電車内で女が男にチカンするという事件が増え、かなりの男性がショックを起こし、やがて男性による出社拒否運動が起きたらしい。
これを受けて政府主導で行ったのは電車に男性専用車両を設置する事。
数十年後は男性専用駅も作るんじゃないかって話も挙がっているらしい。
――俺にはものすごく迷惑な話です。
つまり今朝の電車で俺が佐良さんにしてしまったのは、傍から見れば佐良さんが俺に胸を触らせるような位置に立っていたということになり、佐良さんが俺にチカンをしてしまったという認識になるらしい。
ただ立っていた佐良さんは俺の不注意で胸を掴んでしまった被害者なのに、それが却って佐良さんのチカン行為?
――そこまで男に有利な捉え方ある?
――いくらなんでもやりすぎじゃないの?
けれど真面目な顔で話す二人を見て冗談じゃないことは明白だった。
だから本来あの場で彼女はチカン者として捕まってもおかしくなかったそうだ。
それを俺がチカンをされなかったということにして水に流してくれた……。
どうやらそういう結果になったらしい。
いやそんな事ってさぁ……。
「だから王子様がしてくれたことって千尋ちゃんを守ってくれたことなんですよ」
「う、うん、わたし……」
そこまでずっと黙っていた佐良さんがようやく口を開く、さっきまでの怯えた表情ではなくしっかりと俺を見据えて。
「わたし、今日駅のホームから教室でも流されちゃったけど本当はずっと……、あなたにお礼を言いたかったんですっ」
初めてしっかりと意思を持った彼女の言葉に耳を傾ける。
「わたし中学時代はずっと引きこもりで……男の人が怖くて閉じこもってたけどようやく勇気を出せてここまで来れたんです、でも電車であんなことしちゃってわたしもうダメだ、このまま捕まって人生終わっちゃうんだって思ったのにあなたはわたしの事を責めなくて……っ、それで教室に着いたらあなたがいて……っ、わたしすぐにお礼を言いたかったのに言葉が出なくて……、そしたらあんなことになっちゃって……っ」
ポロポロと涙を流しながら訴えかける佐良さん、その様子に俺は口を挟むことなく黙って聞いていた。
「だから……っ、ありがとうございましたっ! わたしを助けてくれてありがとうございましたっ!」
泣きながらだけど笑顔で会った彼女のその顔に何かが惹かれたのか。
後で思い返すとわけのわからない事を言っていた。
「佐良さん……、一つだけ言わせてほしい。今日君の胸を触ってしまったんだけれど、俺にはチカンされたって気持ちはこれっぽっちもなくて、逆に堪能させてもらったっていうか、あの感触今まで味わったことのないくらい素晴らしくて今思い返しても興奮するくらい最高でした。だから……ありがとうございました!!」
「……へ?」
凄い馬鹿な事を言ってるのはわかる。
なんで彼女は涙ながらに謝ってんのに俺はスケベ心満載でお礼を言ってんだ。
ここちょっと感動的な雰囲気出てただろ。
けれども、その時の俺は彼女がチカンしたっていう結果を認めたくなくて、あくまで俺が堪能しただけだから君は悪くないよっていうのを伝えたかっただけだった。
なぜ彼女が責められる側なのか、説明をされた今でも結局俺には納得できない。
だから彼女は悪くない、悪いのは俺!
ついでにおっぱい揉ませてくれてありがとう!
脳内の可愛いミニまれちゃんも『けーくんらしいね』と同意してくれてる。
「あっははっ! 王子意味わかんないよ~!」
「だ、ダメだよ笑っちゃ……ぷぷっ」
「……」
二人は笑ってしまってるし佐良さんは呆けている。
なんともしまらない結果になってしまったけれど、なんとなくこの先彼女たちとは仲良くやっていけそうだなと感じた時間だった。
『けーくん、大事なお話があるから東葛公園まで来てください』
――まれちゃんからの呼び出しチャットがあるまで俺は能天気に構えていたのだった。
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