第13話『史上最大のピンチ2回目』☆
担任の先生が教室に到着し、一旦クラスメイト達とのお喋りは終わりを告げる。
結局空いた残りの一席に男子生徒はやってこなかった。遅れているのだろうか。
男子生徒がやってくると思い込んでいる俺を他所に、先生の話が始まる。
これから体育館へ行き入学式を行うとの事。
入学式中の注意点や挨拶の時に起立することを伝えられる。
話が終わると全員席を立ち先生に続いて体育館へ向かった。
体育館に入ると、俺たち新入生は拍手で出迎えられながら、各クラス決められた席へと座る。
俺の両隣はさっきと同じ二人、君たちめっちゃ連携とれてるね。
後ろを振り返ると保護者の席から母さんが手を振っていた、隣には芽美がカメラを構え何度もシャッターをきっている様子が見える。
ダメって言ってたけど芽美来られたんだな、妹の熱意に恐らく母さんが折れたんだろう。
次に他のクラスの座っている所に向ける。
するとそこには俺が待ち望んだ生の男子が数名ちらほらいた。
――本当に他に男子っていたんだな、テレビだけの存在じゃないんだな。
転生して初めて生で男子を見て少しホッとする。
A組の眼鏡をかけた彼は前世の生徒会長に何となく似ているな。
他クラスの男子を観察をしながらふと思う。
やはり姉さんの言っていた通り、各クラス二人の男子生徒が存在するみたいだ。
遅刻して向かっているであろうまだ見ぬ我がクラスの男子生徒を楽しみに、意識を式典の方へ向けた。
お偉いさんたちの長い話を右から左へ聞き流しながら式典は進行していく。
当然と言えば当然だが、来賓は女性ばかり。
そして生徒会長の挨拶が回ってくる。
この学校の生徒会長である『一ノ瀬明美』が壇上へ立つ、そう、俺の姉さんはこの城神高校の生徒会長なのだ。
壇上でスピーチをする姉さんを誇らしく思いながら、さっきまでのお偉いさんの話と違い一言一句聞き逃さないように話を聞き入った。
「――以上で挨拶とかえさせて頂きます。そして新入生の皆さん改めて城神高校へようこそ!」
そう言って挨拶を締めくくり姉さんは壇上を下りていく。
と、その道中俺を見つけたのか姉さんはこっちを見て軽くウィンクをした。
その姿を見た他の生徒から『キャー』と黄色い歓声が上がる。
さすが姉さんは生徒会長、学校でかなりの人気者みたいだ。
家では『けいちゃん!』と子供のように俺に構う可愛い姉を見るとギャップが凄いけど。
生徒会長の言葉が終わると次にあるのが新入生代表の挨拶。
これは一般クラスとスポーツクラスの二名が同時に行うことになっている。
壇上に立ったのは一般クラス代表のまれちゃんと、スポーツクラス代表の理奈だ。
彼女たちが代表のスピーチをするのは事前に聞いていたし驚くことはない。
二人の言葉も姉さんの時同様に一言一句聞き逃さないよう意識を集中させる。
俺の良く知る二人が新入生の代表でとても誇らしいね。
やがて二人の挨拶が終わると、偶然視線が重なる。
「……ふふっ」
まれちゃんが小さく手を振る。
その可愛らしい姿に俺は悶えるように屈みこんだ。
「お、王子……どうしたの?」
「もしかして……具合が悪いんですか?」
「い、いや大丈夫……悶えてるだけだから」
『?』
二人ともクエスチョンマークを浮かべている。意味わからんよな。
そうは言っても悶えてるのは事実なんだからしょうがないんだけども。
身体を起こすと式典は滞りなく進んでいった。
なんか途中男子生徒代表のスピーチもあったみたいだけど全然聞いてなかったな。
その後は何事も起きず、式典が進行し入学式は終わったのだった。
――
教室へ戻るとしばらく最初のように雑談タイムが始まった。
担任の先生は一旦配布する資料とかを取りに行っているらしい。
空き時間を与えられたので、クラスメイト達との雑談に生じる。
とはいってもほぼ全員のクラスメイトが俺を囲むようにしていた。
なんかこうしてみると彼女たちの言う王子様になったような気分で、とても心地の良い空間だった。
ただ王子様呼びは止めて欲しいけど。
一人ひとりの話をしっかり聴き、丁寧に返すことで彼女たちの好感が高まっていくのを感じる。
最高の気分だ、高校でも夢のモテモテライフが味わえることに喜びを感じる。
――その時だった。
教室後方のドアが開けられる。
「……あ」
「え……」
教室にやってきたのは……、先程電車で痴漢行為をしてしまったピンク髪の女の子だった。
幼さを残した彼女は俺の姿を見て固まってしまっている。
対しての俺の方も固まっている。
『やっぱり納得がいかず、痴漢野郎を追いかけてきたのか……?』
彼女の登場に背中の冷や汗が止まらない。
もし彼女が電車内でのことをここで話してしまったら……想像するだけで喉がカラカラになる。
『でも許したって言ってくれたよな……?』
なお、あの時の会話に許したという発言は無く、ただの勢いで押し切っただけなのを俺は完全に記憶の外へ追いやっていた。
「ちっひー、おっそーい!」
隣に座っていたみくさんが彼女を呼ぶ、どうやら二人は友達のようだ。
「あ、みくちゃん……」
みくさんの呼びかけに、ピンク髪の少女が答える。
すると続けて紗耶香さんも口を開いた。
「千尋ちゃんもやっぱりEクラスだよね……、私たちあんなに頑張ったのにね」
「さやちゃん……」
どうやら彼女の名前は『ちひろさん』というらしい、そして紗耶香さんとも友達のようだ。
彼女は相変わらず固まって動かない、俺の心の中に緊張が走る。
ひとまずこの状況を動かさなければならないだろう。
席を立ち彼女へ近寄る事にした。
――可能ならばどうかあのことは内密にお願いしますと誠心誠意頼み込む覚悟で。
そんな弱気な覚悟で、俺は爽やかに『ちひろさん』へと話しかける。
「さ、先程はどうも」
「ひっ、ど、どうも……」
声を掛けただけで軽く悲鳴をあげられる。
めっちゃ怯えてんじゃん……。
自分のやった行いが彼女を怖がらせているのだろうと、申し訳なさでいっぱいになる。
「王子、ちっひーと知り合い?」
「先に王子様と出会ってたなんて千尋ちゃんズルいなぁ」
「え、え、王子、様……?」
王子様と呼ぶ彼女たちに『ちひろさん』は動揺を隠せない。
そうだよな、王子様はおかしいよな。俺もそう思うぞ、言ってやってくれ。
――って、そんなことはどうでもいいから、どうすれば俺はあのことを内密にしてくれるかを必死で考えていた。
単純に『さっきのことはどうか話さないでくれませんか?』って頼めばまた勢いで押し切れそうだけど、いずれバレそうな気がする。
てかこの状況でどうやってそれを伝えたらいいんだ。
突然みんなが注目するなか『さっきの事』とか言い出したらそれこそ怪しいだろう。
何か上手くいく方法はないだろうか。
考えろ……、どうすればこの状況を切り抜けられる。
脳内のミニまれちゃん、馬鹿な俺に知恵を貸してくれ!
ぽん、と空中に現れた(幻視)ミニまれちゃんは『う~ん?』と一緒に考えてくれる。
――この考える動作のミニまれちゃん死ぬほど可愛いくね?
早くも思考が逸れまくった俺を他所にみくさんが彼女に声を掛けた。
「ちっひー、何で遅れちゃったの?」
「私たちと銅針町で合流の予定だったよね、電車も遅延してなかったけど……」
「あ、えぇと……」
ちらっと俺を見る彼女。
そこで俺を見るは色々とマズい……!?
成り行きを見守るクラスメイトも何かあったなと勘繰るように首を傾げている。
もしここで痴漢行為が露見してしまったら……、俺の高校生活が終わる。
『なにが王子よ……ただの変態じゃん』
『女の子の事、ただの性欲解消としか考えてないんだろうね』
みくさん、紗耶香さんのゴミを見るような目をしている姿が脳に浮かぶ。
そして……。
『けーと最低だよ』
『けーくん嫌い、別れて』
理奈、まれちゃんから告げられる拒絶の言葉。
あ、死ぬわこれ。
起きうるであろう最悪な未来に血を吐き出しそうになる。
一刻も早く彼女に許しを得なければ……やはり、土下座しかない!
行動を起こそうと一歩を踏み出す。
しかし、この一歩が間違いだった。
それは即ち彼女へ近寄るということ。
電車内でもそうだったが、この女の子は男を怖がっている様子があるというのに、近寄るというのは逆効果だった。
「ひっ……」
彼女が後ずさる。
だがその時、つま先と後ろ足が引っかかってしまったのだろう、身体が後ろへ倒れていく。
「――っ、危ない!」
彼女が床へと倒れるを防ぐため、右手を女の子の背に回し左手で手を掴んで支える。
まるであの時と同じように。
「あっ……」
支えられた彼女が頬を赤く染める。
そして交わる俺と彼女の視線。
目の色……水色なんだな。
透き通っていて綺麗な目をしている。
床に膝をつき、彼女は俺の腕の中で呆然としている。
まだ状況を理解できていないようだ。
そして、周りのクラスメイトたちも、初めは事態を理解できていないようで、しばらく静まり返っていたが……誰かが静かに声を漏らした。
「あれ……もしかして、助けたの?」
その声に反応して、教室内が少しずつざわつき始めていく。
腕の中の彼女は状況を理解してきたようで、顔を真っ赤にして俺を見上げているが言葉が出ない様子だ。
そして……教室全体が一気に盛り上がった。
「王子とちっひー、抱き合ってんじゃん!」
「すごい、こんなこと現実にあるんだ……っ」
黄色い悲鳴が教室中……いや、空いていたドアを通り越して廊下まで響く。
「倒れそうになった女の子を助ける男の子!」
「これって絵本に出てくるような王子様とお姫様だよね!」
「やっぱりこの人は王子様なんだ!」
クラスメイト達の盛り上がりに、反して俺と腕の中に抱かれた彼女はその姿勢のまま固まってしまった。
そんな俺たちを他所にクラスメイトは更に盛り上がりを見せる。
――その時。
「ちょっとうるさいって! あたしたちのクラスまで声が響いて……る、よ」
勢いよくドアを開け、Eクラスへと乗り込んできたのは……理奈だった。
そしてドアの近くでピンク髪の少女を抱きかかえている俺。
理奈と目が合う。
「え、けーと……?」
「……はっ、いや、違うんだ理奈!」
抱きかかえていた彼女から床へと落ちないように手を放し、理奈へと呼びかけたが彼女は去って行ってしまった。
――絶対に勘違いされた。
すぐにでも追いかけるべきなのだろうが、そこでちょうど運悪く担任の先生が戻ってきてしまう。
先生は『え、なにごとですか?』と目を丸くするも俺たちに席へ戻るように促す。
ひとまず俺も元の席へと戻る、ピンク髪の少女も空いている席へと座った。
――あれ、そういえばさ。
埋まってしまった座席を見て、ふと疑問が生じる。
「……男子生徒は?」
クラスで男が俺一人、その理由が明らかになるのはすぐの事だった。
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