第13話『史上最大のピンチ2回目』


 教室に入ってきた最後のクラスメイト、名前はまだわからない。

 

 幼さを残しながらもとてつもなく柔らかかった大きな胸が特徴のピンク髪の少女は、俺の姿を見て固まっていた。

 

 対しての俺も固まる。

 

 ――もしかして痴漢野郎を追いかけてきたのか?


 ちゃんと許したって言質とったよな?

 それともやっぱり許せないから追いかけてきたのか?


 他の男子生徒がいないのはひとまず置いておいて考える。


 表情は笑顔、しかし内心汗だらだらな俺は彼女が口を開くのを今か今かと待つ。

 ここで痴漢行為をばらされたら俺の人生は終わりである、お願いだから違っていてくれ。


「ちっひー、おっそーい!」


 隣に座っていたみくさんが彼女を呼ぶ、どうやら『ちっひーちゃん』という名前のようだ。


「あ、みくちゃん……」

「千尋ちゃんもやっぱりE組だよね……、私たちあんなに頑張ったのにね」

「さやちゃん……」


 うん、『ちっひーちゃん』なわけないよね、わかってたよ冗談だよ。

 彼女の名前は『ちひろさん』だろう


 彼女は相変わらず固まって動かない、横二人以外はそんな彼女を訝しんでいる。

 

 ひとまずこの状況を動かさなければならない、席を立ち彼女に寄る事にした。

 そして可能ならばもう一度口止めの交渉が必要かもしれない。


 その方法は全く思いつかないけれど、まずは口を動かしてしまおうと俺は爽やかに話しかける。


「先程はどうも」

「ひっ、ど、どうも……」


 声を掛けただけで悲鳴をあげられる。

 めっちゃ怖がられてんじゃないか、どうしよう。


 やっぱりあんな飴玉をあげただけじゃ許してもらえないんだって。

 ここが前の世界だったら今頃痴漢の罪で顔を隠しながら警察に連行されるあの場面をマスコミに撮られている所だろう。


「王子、ちっひーと知り合い?」

「先に出会ってたなんて千尋ちゃんズルいよ~」

「え、えぇ……?」


 彼女たちが何を話してるのかは俺に耳には入ってない。

 俺は一刻も早くあれをバラさないように頼まないと『実はこの人に痴漢されました!』とかテンパって言われそうだと不安を抱えていた。


 あくまでさっきのは口約束だから破られたとしても俺が痴漢してしまったことは事実なのでどうしようもない。


 だって俺が悪いんだもの。


 でもこの子、もっかい謝り倒せば許してくれそうだけれど。

 今はそんな余裕はない。


 ひとまずは如何に『さっきのことはバラさないでくれませんか?』と頼む方法だが、こっそり伝えても周りに怪しまれる、てかバレる。

 

 何か上手くいく方法はないだろうか。

 考えろ……、どうすればこの状況を切り抜けられる。

 

 少ない頭で考えろ……、脳内のミニまれちゃん俺に知恵を貸してくれ!!


『う~ん?』と一緒に考えてくれるミニまれちゃん。


 あぁまれちゃんはやっぱり可愛い……じゃなくてだよ。


 その時ふと頭を過った。


『女の子は勉強もだけど婚活も兼ねてる所あるから』


 閃いた!

 これしかない!!


 俺はさっそく嘘くさい笑みを浮かべながら口を開く。


「素敵な髪色をしたお嬢さん、貴方のお名前を教えてくれませんか?」

「ふぇっ!? え、えと……佐良千尋さがらちひろです」

「佐良千尋さん、素敵なお名前ですね、今日俺は貴方に電車で会って恋をしてしまいました。そして俺と貴方は同じクラス、これは運命としか思えないっ、どうか俺と結婚を前提にお付き合いして頂けませんか?」

「え……ええぇぇ~~っ!?」


 題して『適当な嘘でとりあえず乗り切ってしまえ作戦』

 

 課長は昔言っていたよ、仕事でミスして部長のめんどくさいお説教が始まったら『これから私〇〇社に商談に伺う約束がありまして~』と適当な事を言っておけって。

 今その時を乗り切ってしまえばあとでどうにかなるってね。


 俺の作戦はバッチリ決まって、教室中に佐良さんとクラスメイトの叫び声が響き渡る。

 よし、これでとりあえず痴漢の件は彼女の頭から消えたはずだ。


 脳内のミニまれちゃんは『そうはならないでしょ~』と呆れてるけども。

 いやほんとこれしか思いつかなかったんだよ……。


 ――関係ないけどミニまれちゃんってやっぱり凄く可愛いよね?


 ――


 佐良さんは気絶してみくさんと紗耶香さんに保健室に運ばれていった。

 正直とても反省しています、三人とも申し訳ありませんでした。


 残ったクラスメイト達から追及をされるが『一目惚れだったんだよ』と爽やかな笑顔一点張りで乗り切る。

 正直何故これで乗り切れたのかわからないけど『王子様の言うことだし……』『私たちにもチャンスあるかも?』とか言ってたからまぁ大丈夫だろう。


 ――この偽の求愛行動、どうやら思ったよりもやらかし具合が深かったみたいで俺はこの時のことをしばらく後悔することになる。


 課長の言葉には続きがあった。『乗り切り方次第ではしっぺ返しがあるからそれは自己責任だよ』と。

 商談に行くと伝えて優雅にカフェでコーヒータイムをしていたのを他の同僚にバレ、それが噂好きの掃除のおばちゃんに伝わり、おばちゃんが喫煙所で部長に話してしまい、後日その件が部長の耳に入った時、俺は大目玉を食らったのをすっかり忘れていたから。


 だから俺はこの場を乗り切った安心感で後の事を何も考えていないのだった。




 担任の先生が教室に到着しみくさんと紗耶香さんが戻ってきた。佐良さんはまだ眠っているらしいことを伝え席に座る、彼女たちは戸惑いながら何か聞きたそうな視線を向けていたけれどやがて何も言わず前を向いた。

 

 先生の話曰くこれから体育館へ行き入学式を行うとの事。話が終わると全員席を立ち先生に続いて体育館へ向かった。


 道中、みくさんと紗耶香さんがこそっと話しかける。


「ねぇ王子、あとでちゃんと聞かせてよ」

「千尋ちゃんは私とみくちゃんの子供の時から親友なんです、絶対に聞かせてもらいますからね」

「も、もちろんだよ」


 さすがに『一目惚れだったんだ』で乗り切ろうとしたらダメなのは俺でもわかる。

 これ二人にはきちんと理由を話さないといけないな。

 

 未だ気絶している佐良さんに心で謝罪しながら俺たちは体育館へと向かっていった。


 体育館に入ると、俺たち新入生は拍手で出迎えられながら各クラス決められた席へと座る。

 俺の両隣はさっきと同じ二人、君たち連携とれてるね。


 後ろを振り返ると保護者の席から母さんが手を振っていた、隣には芽美がカメラを構えてる。

 

 ダメって言ってたけど芽美来れたんだね、母さんが折れたんだろうか。


 次に他のクラスの座っている所に向ける。

 するとそこには俺が待ち望んだ生の男子が数名ちらほらいた。


 ――本当に他に男子っていたんだな、テレビだけの存在じゃないんだな。


 転生して初めて生で男子を見て少しホッとする。

 A組のあの眼鏡かけた彼は前世の生徒会長に何となく似てるな、C組の二人は俺の前世の友達と雰囲気が似てそうだ。

 

 他クラスの男子観察をしながらふと思う。

 

 ――なんで俺のクラス他に男子いないの?


 疑問は解消されずに長い長いお偉いさんたちの話を右から左へ聞き流しながら式典は進行していく。

 ちゃんとこっそり飴を口に入れたから咳は出てないぞ。


 そして生徒会長の挨拶が回ってくる。

 この学校の生徒会長である『一ノ瀬明美』が壇上へ立つ、そう、俺の姉さんはこの城神高校の生徒会長なのだ。


 壇上でスピーチをする姉さんを誇らしく思いながら、さっきまでのお偉いさんの話と違い一言一句聞き逃さないように話を聞き入った。


「――以上で挨拶とかえさせて頂きます。そして新入生の皆さん改めて城神高校へようこそ!」


 そう言って挨拶を締めくくり姉さんは壇上を下りていく。

 と、その道中俺を見つけたのか姉さんはこっちを見て軽くウィンクをした。


 その姿を見た他の生徒から『キャー』と黄色い歓声が上がる。

 さすが姉さんは生徒会長、学校でかなりの人気者みたいだ。


 家では『けいちゃん!』と子供のように俺に構う可愛い姉を見るとギャップが凄いけど。


 生徒会長の言葉が終わると次にあるのが新入生代表の挨拶。

 これは一般クラスとスポーツクラスの二名が同時に行うことになっている。


 壇上に立ったのは一般クラス代表のまれちゃんと、スポーツクラス代表の理奈だ。


 彼女たちが代表のスピーチをするのは事前に聞いていたし驚くことはない。

 

 二人の言葉も姉さんの時同様に一言一句聞き逃さないように意識を集中させる。

 俺の良く知る二人が新入生の代表でとても誇らしいよ。


 あれ、そういや……。


 ふと、思い当たる。


 ――彼女たちに佐良さんの件どうやって説明しよう。


 や、やべぇ、どうしよう。

 

 二人のスピーチは続いているが全く頭に入ってこない。


『乗り切り方次第ではしっぺ返しがあるからそれは自己責任だよ』


 か、課長ーっ!!

 まさかこんなことになるとは思わなかったんです!!


「王子、顔色わるいよ?」


 隣にいたみくさんに心配されるが、『だ、大丈夫だよ』と声を震わせながら爽やかな笑顔を決めたのできっと大丈夫だろう。

 

 全然納得してないみたいだったが、スピーチの途中でこれ以上喋るわけにもいかず彼女は諦めて視線を壇上へ戻した。


 朝はあんなに幸せだったのにどうしてこんなことに……。


 自分で起こした不手際ををどう処理するべきか、胃に痛みを抱えがながら俺の高校生活はいよいよ幕を開けるのだった。

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