第12話『城神高校1年E組』


 電車内での騒ぎは二人には知られていなかった。

 軽く『遅かったね~』と言われたりもしたが人混みに迷っちゃってねと適当に返事をして事なきを得る。

 

 二人に『けーくん最低』『けーとってそういう奴なんだ』とか言われた日にはもう立ち直れる自信がない、その時はこの命絶ってやる。


 改札から出ると駅から見えるところに城神高校がある、歩いてもそんなに掛からず学校まで辿り着きそうだ。

 駅から近いっていうのはとてもありがたいね。


 三人で肩を並んで学校へ向かう。

 俺を真ん中に右にまれちゃん左に理奈。

 

 これがあのラブコメ主人公の鉄板シチェで噂の両手に華……。

 まさか俺が真ん中に立てる日が来るとは……。


 生きててよかったぁ。


「二人は部活はどうするの?」


 心の中で幸せを噛みしめていると理奈から部活の話が。

 俺はどうしようか、前世は軽音部に入っていたが。


「わたしは料理部に入ろうかな~、お姉さんもいるし」

「姉さんきっと喜ぶよ、俺はまだ何も考え中だなぁ」

「じゃあけーとは野球部入ろうよっ」

「それは前にも断ったでしょ」


 隙あらば野球部へと誘ってくるからこの子は油断も隙もない。

『そうだったかなぁ?』とわざとらしそうに首を傾ける、あざといを無自覚に使うとはこいつ……っ。


「けーくんギターやってるから軽音楽部とかいいんじゃないの?」

「んー……、あくまで趣味だしなぁ」

「けーとが歌って踊るの私観たいなっ」

「ギターは踊らないけど?」


 三人で他愛ない話をしながら歩き、学校へと着いた俺たちは『入学おめでとう』と書かれた門をくぐる。

 

 さすが都市部の有名校と言われることもあって校舎はとても綺麗で大きく校庭も広い。


 物珍しそうにあたりを見回していると、周囲の同じ新入生と思わしき子たちとさっきから目が合う。


「なんか見られてる?」

「みんなけーくんを見てるんだよ」

「俺を?」

「女の子は勉強もだけど婚活も兼ねてる所あるから、ね? りなちゃん?」

「う、うん……」


 俺が左に目を向けると目が合った理奈はちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせる。

 おい、照れるのやめてくれよ、俺だって意識しちゃうじゃないか。


『どう見てもあの人は兄さんに惚れてますよ』


 先日の芽美の一言がふと思い出される。

 理奈は大事な友達……親友と言っていいくらいに彼女の事は信頼もしているし、俺は彼女の事をそれくらいに好ましく思っている。

 だからこそいきなり彼女を婚約者と考えるとなると、少し考える時間は必要かもしれない。


 しかしだ。


 しっかり答えを出さないといけない時がもうすぐそこに迫っている気がする。

 何故だかわからないが今の俺にはそんな予感がした。


 ひとまず理奈の事は置いておいて、視線を浴びてるのはそういう意味が含まれていることはわかった。

 要は品定め的な意味もあるんだろう。

 いったい俺は何点くらいの品なんだろうね。


「それとは別にけいくんが普通にわたしたちと一緒に登校してる所もあるんじゃないかな」

「え、それってどういう?」

「男の子はわたしたちが多くいる時間帯にはこないから」

「え、俺ってもしかして早すぎたの?」


 事前にスマホに送られていた入学案内のお知らせを開く。


 えーと、なになに?

『男子生徒の皆様方に置かれましては入学式には別途登校時間を設けております』


 おいおいどういうことだ。

 これじゃあ俺が入学を楽しみに待ちきれなかったアホな子みたいじゃないか。


 しかしこれには理由がある。

 

 ゆっくりと首を右に向ける、そこにはいつものようにニコニコしているまれちゃん。

 可愛いね、いつも通りまれちゃんは可愛い、今すぐ抱きしめちゃいたいくらい。

 

 けどそうじゃない。

 俺は彼女を疑う気などこれっぽっちもないが、確かめるのは必要だよね。


「まれちゃん、俺聞いてないんだけど」

「だって言ってないもん~」

「まれちゃん『わたしが全部把握してるから見なくて大丈夫だよ~』って言ったよね?」

「えへへ~」


 えへへじゃないよ、可愛いなこんちくしょう!

 たまに発生するまれちゃんの可愛いらしい悪戯に俺は見事にハマってしまったというわけだ。


「はいはいごちそうさま」

「理奈、そういう事じゃないんだよ今は」

「いいじゃん別に、けーとも一緒であたしは嬉しいよ」

「あ、はい、ソウデスネ」


 まぁ俺も二人と一緒に通えて嬉しいけどさ。


 ということは男子生徒ってまだ来てないのか。

 やっとこの世界の男子に初めて会えると思ったから少し肩透かしだ、どうせ後で会えるんだけども。


「あっちでクラス表張り出されてるよ!」


 理奈が生徒たちが多く集まってる所を指さした。

 玄関口に大きくクラスと名前が張り出されている。


 この城神高校は一般クラスはAからEまで、理奈のようなスポーツ推薦組はF組となってるらしい。

 

 俺たちの名前はどこにあるだろうか?

 張り出されるところへ近寄っていくとひそひそと声が聞こえる。

 

 ――え、なんで男子がもういるの?

 ――かっこいいなぁ。

 ――あの人何組だろ?


 疑問や感想など様々だが悪いことは言われていないようで聞き流す。

 Aから順に名前を見ていく、まれちゃんと一緒のクラスなら嬉しいけれど。


「わたしA組だね」

「あたしはスポーツ科だからFって決まってるよ、けーともAかな?」

「……まことに遺憾ながら」


 俺の名前……A組に無い。

 どうやらまれちゃんとは離れてしまったようだ……。

 初日から凄いテンション下がった。


 朝から痴漢にはなりかけるし嫌なことが続くなぁ。


「……けーくんには言ってなかったんだけどね」


 心なしか申し訳なさそうなまれちゃんの言葉を片耳で聞きながら次にB組を見てみる。

 うーん、どこだろ?


「城神高校ってクラスが別れるみたいなの」

「じゃあけーとは頭悪いからE組じゃん!」

「おいおい理奈さん、言っていい事と悪いことが」

「ほら、あったよE組にけーとの名前!」

「ふっざけんなよマジで!!」


 理奈が指さしたE組の欄に目を向けるとそこには俺の名前。


 これでも昔は学年トップ10位以内に入ってた時期があるんだぞ?

 ちょっとの期間だけで勉強してもモテないってわかった途端落ちてったけど。


 ……そろそろマジで勉強に力入れないとマズイのでは?


「はぁ……、もう少し勉強しないとだな」

「わたしも一緒に勉強するからがんばろっ?」

「ありがとうまれちゃん、大好きだよ」

「えへへ~、わたしも!」

「こんなとこで唐突にいちゃつくな!」


 まれちゃんを抱きしめようとすると引き離された。なんでだよ中学では普通にやってたじゃん。


「けーとはもう学校が変わったことを自覚してよ」

「なんかおかしなことしたか?」

「はぁ……」

「ため息を吐くなため息を」


 引き離されてしまったのはもうしょうがないので大人しく下駄箱のある所へ向かう。

 俺はE組だから……あっちか。


 ――あのカッコいい人E組なんだ。

 ――なんか意外、天は二物を与えずっていうの本当なんだね~。

 ――男でE組に振られるって相当だよ?

 ――イケメンだけど、頭が悪いってのはね……。


 早くも俺の評価が落ちてるっぽいんですけど。

 

 二人と別れて俺は一人教室へと向かう。

 教室に入ると既に女子が二人いるが、あんまり明るい雰囲気ではない。


「せっかく城神高校に入れたのにE組だなんて最悪~っ」

「E組って毎年唯一男子がいない底辺クラスなんだよね」

「アタシとさーやとちっひーであれだけ勉強したのにまだ足りないなんて~っ」

「頑張って来年のクラス替えでD組に上がろう、また一緒に勉強頑張ろうよみくちゃん」


 最初に話していた子がオレンジ色のサイドテールでちょっとギャルっぽい雰囲気がする子、次に話した子が水色で髪をおさげにした眼鏡の女の子、仲は良さそうなのが見ていてわかる。


 なんか雰囲気が暗くなってるせいか俺に気づいてないな、よし声を掛けよう。

 

 えーと『好感を得られる方法』の本の通りに笑顔を意識して……。


「初めまして、俺もクラスメイトの一ノ瀬恵斗です。二人ともよろしくね!」


 なるべくさわやかに声を掛けた。

 だけどおかしいな、反応がない。

 

 顔に変なものついてたりしたかな?

 寝ぐせでもあったか? 鼻毛でも出てたか?

 モテるためにそういうケアは欠かさないようにしてるはずなんだが。

 

 俺が不安になっていると二人とも表情が徐々に変わっていく。


『お、おとこ~っ!?』

「あ、はい男です」


 二人揃って指をさした、こらこら人に指向けちゃいけませんて習っただろうに。

 もちろんそんなことは口に出さない、女性のミスは笑って受け流すのがモテる男の役目だからね。


「ど、どうしてこんなところに男の人が!?」

「頭が悪いからだけど?」

「男の人って最悪でもD組には入れるんじゃっ」

「知らないけど想定外の馬鹿だったんじゃない?」


 本当にテンパってるのだろう、あたふたしながら質問が続く。

 もちろん俺は怒る事なくその都度返事をする。

 正直彼女たちの慌てようが面白い。


「そ、そもそもアタシたちに話しかけて良いの!?」

「そうだよ、普通、男の人って私たち女とあまり話したくないって」


 またこれか、例の当たり前か。


 けれど頭を抱えることはない、俺は向き合うって決めたんだからな。


「俺は君たちと、まだ来てない他のクラスメイトと仲良くしたいんだ、だからそんなこと言わないでたくさん話しかけてほしい、親睦をどんどん深めようじゃないか」

『……』


 なるべく優しく諭すように伝えたつもりだが、どうだろうか?

 返事はなく黙り込んでしまった、さすがにたくさん話しかけてほしいは迷惑だったかな。


『お……』

「お?」

『王子(様)だ~っ!!』


 両手を組んで目をキラキラさせる二人。

 

 あ、あれなんか予想外の反応……。


 ここは『そうなんだ! アタシたちも仲良くなりたいな!』『キミって優しいんだね!』みたいな反応を期待してたんだけど王子様はちょっと違う。


 さすがに俺も今までからさすがにびっくりするし。


「アタシ|仙道せんどうみく! みくって呼んでね!」

「私は砂村紗耶香すなむらさやかです!  私も紗耶香でお願いします!」

「みくさんに紗耶香さんね、俺はさっきも言ったけど一ノ瀬恵斗。一ノ瀬でも恵斗でもどっちでもいいよ」

『はい、王子(様)!!』

「俺の話聞いてた?」


 王子様呼びは遠回しにやめろって伝えたんだが、全く俺の意図は二人に届かなかった。

 

 なんでだよ……。


 きゃーきゃー盛り上がる二人を尻目に教室のドアを見ると他のクラスメイトがぽつぽつとやってきていて、俺を見て固まってる。


 そこで俺はさっき二人に話しかけたように同じ感じで会話を試みる。

 もちろん好感触だった。

 ただ、呼び名は王子様だった。


 なんでだよ……。


 このクラスはE組ということで誰もが落ち込んで入ってくる。

 まれちゃんの言ってたとおり成績順ということで最下層のクラスに振られたことがショックみたいだ。

 

 そんなクラスに男がいて、話をしてくれるし自分たちと仲良くなりたいと言ってくれたことに感激して王子様と呼んだらしい、その理由を後日みくさんと紗耶香さんが教えてくれた。


 でも王子様はさぁ……。

 中学のクラスメイトだってちゃんと『一ノ瀬君』って呼んでくれたぞ。


 ――裏で一部からプリンスと呼ばれていたなんてこの時の俺は知らなかったけど。


 ひとまず座りたいなと思った俺は適当に空いてる真ん中後ろ位の席に腰かけることにした。

 そしたら一気に周囲が埋まった、みんなその行動力はいったい何?


 その後もぽつりぽつりと席が埋まっていき、残すのはあと一席。

 どんな男子が来るのだろうと、はわくわくしながらその時を待っていた。


 ――彼女たちちゃんと言ってたのに、毎年E組に男子は唯一いないって。


 その事は頭の中から消え去り、ひっきりなしに話しかけるクラスメイトに丁寧に対応しながら最後の一席を待っていると教室のドアが開けられた。


「あ……」

「え……」


 教室にやってきたのはさっき電車で痴漢行為疑惑をしてしまったピンク髪であの胸がとても大きかった女の子が立っていた。


 いや、それもびっくりだが……。


「……他の男子は?」


 クラスで男が俺一人、その理由が明らかになるのはまだ少し先の事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る