第12話『城神高校1年E組』☆
電車内での騒ぎは二人には知られていなかった。
もし痴漢行為が二人の耳に入り――。
「けーくん最低」
「けーとってそういう奴なんだ」
などの事を言われ、軽蔑の眼差しをされた日にはもう立ち直れる自信がない、その時はこの命絶ってやる。
駅で合流した彼女たちからは『災難だったね~』と声を掛けてくれたが、俺は『……明日からは男性用車両に乗るよ』と悲しみの決断を伝えると、まれちゃんに『よしよし』となでなでをして慰めてもらった。
まれちゃんマジ天使、涙ながら彼女へ抱き着く。
隣の理奈は呆れて溜息を吐いていた。
改札から出ると駅から見えるところに城神高校が見える。
駅から近いというのは本当にありがたい、特に雨の日なんかはその利便さに感謝を抱くこと間違い無しだろう。
三人で肩を並んで学校へ向かう。
俺を真ん中として、右にまれちゃん、左に理奈。
これがあのラブコメ主人公の鉄板シチェで噂の両手に華。
まさか俺が真ん中に立てる日が来るとは……。
転生して……よかったぁ。
「二人とも部活はどうするの?」
心の中で幸せを噛みしめていると理奈から部活の話が。
まれちゃんは『んー』と思案している。
俺は……どうしようかな。
前世はバンド活動をしていたし、生徒会で忙しかったから部活には入っていなかった。
中学では色々とあり部活へ入れず、今度こそ部活動を楽しむチャンスではあるが……。
「わたしは料理部に入ろうかな~、お義姉さんもいるし」
「姉さんきっと喜ぶよ、俺はまだ何も考えてないなぁ」
「じゃあけーとは野球部に入ろうよっ」
「それは前にも断ったでしょ……」
隙あらば野球部へと誘ってくるから理奈は油断も隙もない。
『そうだったかなぁ?』とわざとらしそうに首を傾ける、あざと可愛いを無自覚に使うとはこいつ……っ。
「けーくんギターやってるから、軽音楽部とか似合いそうだよね」
「んー……、あくまで趣味だからねぇ」
この世界で前のようにバンドをしたいかと言われると……微妙だった。
あの時はチャラ男に『バンドはモテるよ一ノ瀬ちゃん!』と唆されてやってただけだし。
ぶっちゃけもうモテてるからやらなくてもいいし。
てか結局のところ、バンドやっていても俺モテなかったし。
「けーとが歌って踊るの、面白いかも」
「理奈さん? ギターってそういうのではないんですけど?」
何処かの世界の全く楽器が弾けないネタバンドじゃないんだから……。
そうやって三人で他愛ない話をしながら歩き、学校へと着いた俺たちは『入学おめでとう』と書かれた門をくぐる。
さすが都市部の有名校と言われることもあって校舎はとても綺麗で大きく校庭も広い。
体育館なんかはイベントで使われそうなくらい大きい、高校で使う規模なのかこれ。
物珍しそうにあたりを見回していると、周囲の同じ新入生と思わしき女の子たちから視線を感じる。
「なんか……見られてる?」
疑問に感じ、口に出すと隣のまれちゃんが苦笑しながら話した。
「仕方ないよね、みんなけーくんが気になるんだよ」
「俺が?」
彼女はにこっと笑いながら理由を説明してくれる。
「女の子は勉強もだけど、婚活を兼ねてる所があるからね」
婚活かぁ……、姉さんたちも前にそんなことを言っていたな。
つまり視線を浴びてるのは品定め的な意味も含まれているのだろう。
いったい俺は何点くらいの評価なんだろうね。
「それとは別にけーくんがわたしたちと一緒に登校している所もあるけどね」
「え、それってどういう?」
またも俺からの疑問に、今度の彼女は突然俺の右腕を絡ませて。
「これから高校へ通う、婚約者を作る男の人がこうやって女の子と一緒に居ることが普通ないからねっ」
「あぁ、そういう……」
見定めている男が既に、女の子と親しく歩いているのだから不思議に思ったりしているんだろう。
「はいはい、ごちそうさま」
呆れたように理奈が言ったが、まれちゃんは理奈を揶揄うように目を向けて。
「んふふ~、りなちゃんはいつになるかな~?」
「ちょ、ちょっと止めてよまれっ」
理奈は恥ずかしそうに頬を染めて顔を背けた。
おい……そういう風に照れるのやめてくれよ、俺だってなんか意識しちゃうじゃないか。
『どう見てもあの人は兄さんに惚れてますよ』
先日の芽美の一言がふと思い出される。
理奈は大事な友達……親友と言って良いくらいに彼女の事は信頼もしているし、俺は彼女の事をそれくらいに好ましく思っている。
だからといって、いきなり彼女を婚約者と考えるってなると……。
答えはすぐに出せなかった。
しかしだ。
ハッキリと答えを出さないといけない時が、もうすぐそこに迫っている気がする。
何故だかわからないが、そんな予感がたしかにあった。
「そういえばさ、まだ男子生徒の姿が見えないね」
ひとまず話題を変えようと、辺りを見回し気付いたことを言う。
この学校には1クラス二名程の男子生徒が通っていると姉さんが言っていた。
この世界で初めて会う男子、ようやく男友達を作れるんだと思っていたのだけれど姿がない。
「男子生徒はもう少し後で来るんじゃない?」
「さっきの満員電車も酷かったし、もう少し後でも余裕はありそうだからね」
「なるほどね……」
つまり俺が早く来ているってだけなのね。
これに関しては二人と一緒に登校したかったのだから仕方ないことか。
なんだか少し肩透かしだ。
「あそこでクラス表張り出されてるみたいだよ」
理奈が女子生徒たちの多く集まってる所を指さした。
玄関口に大きくクラスと名前が張り出されている。
城神高校はAからFまでクラスが存在する。
普通科はEクラスまでで、理奈のようなスポーツ推薦組はFクラスとなってるらしい。
俺たちの名前はどこにあるだろうか?
張り出されるところへ近寄っていくとひそひそと声が聞こえる。
『え、なんで男の子がもういるの?』
『かっこいい男の子だなぁ』
『あの人何組だろ、同じクラスだといいな』
疑問や感想など様々だが悪いことは言われていないようで聞き流す。
Aから順に名前を見ていく、まれちゃんと一緒のクラスなら嬉しいけれど。
「わたしAクラスだね」
「あたしはスポーツ科だからFクラスって決まってるよ、けーともAクラスかな?」
「……残念ながら」
俺の名前……Aクラスに無い。
どうやらまれちゃんとは離れてしまったようだ……。
中学の時はずっと一緒のクラスだったから余計にショックがデカい。
初日から凄いテンション下がった。
朝から痴漢騒動も起きるし、嫌なことが続くなぁ……。
「……けーくんには申し訳ないんだけど」
心なしか申し訳なさそうに話すまれちゃんの言葉を片耳で聞きながら次にBクラスを見てみたけど、名前を見つけることは出来なかった。
うーん、どこだろ?
「城神高校って
「あれ、けーとの試験結果ってたしか……」
「何故受かったのかわからないレベルで壊滅的でした」
某国民的アニメの眼鏡君のようなゼロではないぞゼロでは。
ただ片手で数えるぐらいにしか正解している問題がなかったんだけども。
「じゃあけーとはEクラス確定じゃん!」
「理奈さん、言っていい事と悪いことがあるだろ。もしかしたら俺よりも壊滅的だった男子生徒が何人かいるかもしれな――」
「ほら、あったよEクラスにけーとの名前!」
「……かふっ(崩れ落ちる音)」
膝から崩れ落ちた俺は理奈が指さしたEクラスの欄に目を向けると……確かに俺の名前があった。
――子供の頃に勉強をサボりすぎたツケを払わされている気がする。
努力をせず遊び呆けていたお前はこうなるのだと、まるで世界から戒められているような気分だ。
「はぁ……、これからは頑張らないとなぁ」
「わたしも一緒に勉強するからがんばろっ?」
眩しい笑顔で手を差し伸べてくれるまれちゃん、女神かな?
「――っ、ありがとうまれちゃん、大好きだよ!」
「えへへ~、わたしも!」
「こんなとこで唐突にいちゃつくな!」
まれちゃんを抱きしめようとすると引き離された。なんでだよ中学では普通にやってたじゃん。
「二人はもう学校が変わったことを自覚してよ」
「まれちゃん、俺たち何かおかしなことした?」
「さぁ?」
「はぁ……」
二人で首を傾げていると理奈は大きく溜息を吐いた。
引き離されてしまったのは仕方がないので、大人しく下駄箱がある場所へ向かう。
俺はEクラスだから……あっちか。
まれちゃんはAクラスなのですぐ別れることに。
隣のクラスである理奈と共に教室の方向へ向かった。
途中、俺たちのやり取りを見ていた女子生徒たちから、ヒソヒソと話をしているのが耳に入る。
『あのカッコいい男の子、Eクラスなんだ』
『なんか意外、天は二物を与えずっていうの本当なんだね~』
『男でEクラスに振られるって聞いたことないんだけど……』
『いくら格好良い男の子でもEクラスはね……』
先程と違い、明らかにガッカリした、残念な人間を見るような感想に変わっている。
「早くも俺の評価が地に落ちてるっぽいんですけど……」
「壊滅的に頭悪いから仕方ないんじゃない?」
「ちくしょう、自業自得だけど改めて言われると辛い」
「ま、まぁっ、あたしはけーとがいくら頭悪くてもす、すす――」
なんか小声でごにょごにょ言ってる。
まったく聞き取れず『どうしたの?』って尋ねると『し、知らないっ、あたし行くから!』とプリプリ怒って走って行ってしまった。
えぇ……。
一人取り残された為、仕方なくとぼとぼと目的のEクラスへ向かう。
通り過ぎる女の子からは一旦はキラキラした目で見られるがB、Cと教室を通り過ぎると次第に微妙な表情へと変わっていった。
いくら男女比が極端に偏っていて、男の価値が高くても馬鹿は求めていないようである。
これ完全にモテライフ終わっただろ……。
ようやく目的地であるEクラスへと辿り着く、教室に入ると既に女子が二人いるが、あまり明るい雰囲気ではない。
「せっかく城神高校に入れたのにEクラスだなんて最悪~っ」
「Eクラスって毎年唯一男子がいない底辺クラスなんだよね」
「アタシとさーやとちっひーで、あれだけ勉強したのにまだ足りないなんて~っ」
「頑張って来年のクラス替えでDクラスに上がろう、またみんなで勉強頑張ろうねみくちゃん」
最初に話していた子がオレンジ色のサイドテールで、ちょっとギャルっぽい雰囲気がする女の子。
次に話した女の子が、水色で髪をおさげにした眼鏡の女の子、二人の仲が良さそうなのは見ていてわかる。
なんか雰囲気が暗くなってるせいか俺に気づいてないな、よし声を掛けよう。
なるべく明るく、笑顔を浮かべながら……。
「初めまして、俺もクラスメイトの一ノ瀬恵斗です。二人とも一年間よろしくね!」
なるべくさわやかに声を掛けた。
あれ、おかしいな……反応がない。
顔に変なものついてたりしたかな?
寝ぐせでもあったか、それとも鼻毛か?
そういうケアは昔から欠かさないようにしているはずなんだが。
俺が不安になっていると、二人とも表情がみるみる変わっていく。
『お、おとこ~っ!?』
「はい、男です」
二人揃って指を指した。
とても驚いているようで口をパクパクと動かしている。
「ど、どうしてこんなところに男の子が!?」
「クラスメイトだって言ったじゃん」
「男の子って
「え、俺って最低保証ラインを下回ってんの!?」
そりゃ絶対に落ちたと思うぐらいの点数だったし。
本当なんで受かったんだよ俺……。
「そ、そもそもアタシたちに話しかけて良いの!?」
「そうだよ、普通、男の人って私たち女とあまり話したくないって」
いや、この世界の常識おかしいだろ。
女の子に話しかけることを驚かれるって普段この世界の男はどんなスタンスなんだよ。
男と女以前に俺たちは同じ人間じゃないか。
心の中で溜息を吐きつつも、彼女たちへはそのような感情を向けず笑顔を浮かべる。
「男とか女とか関係ないよ、今日から同じクラスメイトなんだから仲良くしたいな。だから二人ともたくさん話しかけてほしい、俺もそうするからさ」
『……』
親睦の意味を込めて、手を差し出す。
けれど彼女たちはその手を取ることなく返事はなく黙り込んでしまった。
……さすがにたくさん話しかけてほしいは迷惑だったかな。
そう思いちょっとだけ落胆しながら手を戻そうとすると……強く握られた。
『お……』
「お?」
『王子様だ~っ!?』
俺の手を握り、目をキラキラとさせる二人。
あ、あれ、なんか予想外の反応。
想定だと……。
『そうなんだ、アタシたちも仲良くなりたいな!』
『あなたって優しいんだね!』
……みたいな反応を期待してたんだけど王子様ってのはちょっと違う。
まるで中学時代のプリンス呼びみたいじゃないか。
さすがにアレ恥ずかしいから『一ノ瀬』か『恵斗』って呼んで欲しかったんだけど、結局最後まで誰も呼んでくれなかった。
「アタシ
「私は
「みくさんに紗耶香さんね、俺はさっきも言ったけど一ノ瀬恵斗。是非一ノ瀬もしくは恵斗って呼んでね、これ大事だからね」
このままだと中学の時と同じになってしまう。
牽制の意味を込めて後半の部分を強めに主張をした。
したのだが……。
『はい、王子(様)!!』
まったく聞いていなかった。
ま、まだだ……、諦めるな……っ!
「いや、王子様じゃなくて一ノ瀬か恵斗って呼んでほ――」
「王子すっごい気さくで話しやすい、アタシEクラスで良かったかも!」
「ほんと! 王子様みたいな人と会えてうれしいです!」
「……なんでこうなるの」
ダメだった。
この瞬間、俺の呼び名が王子様へとなったのが確定した。
盛り上がる二人を尻目に教室のドアの所を見ると他のクラスメイトがぽつぽつとやってきている、男である俺を見て固まってるのがほとんど。
まだだ……っ。
あの二人はダメだったけど他のクラスメイト達には……っ!
そこで俺はさっき二人に話しかけたように同じ感じで会話を試みる。
もちろん好感触だった。
そして、呼び名は……王子様だった。
どうして……。
このクラスはEクラスということで誰もが落ち込んで入ってくる。
まれちゃんの言ってたとおり成績順ということで、最下層のクラスに振られたことがショックみたいだ。
そんなクラスに男がいて、尚且つ話をしてくれる、自分たちと仲良くなりたいと言ってくれたことに感激して王子様と呼んだらしい。
その理由を後日みくさんと紗耶香さんが教えてくれた。
でもさぁ……なんか王子様って恥ずかしいじゃん。
俺そんなたいそうな人間じゃないし……。
呼び名が確定してしまったところで、さっきからずっと立っていたことにより足が疲れてきた。
ひとまず座りたいなと思った俺は、適当に空いてる真ん中辺りの席へ腰かけることにした。
すると一気に周囲が埋まった、みんなその行動力はいったい何ですか?
その後もぽつりぽつりと席が埋まっていき、残すのはあと一席。
どんな男子が来るのだろうと、
――彼女たち初めにちゃんと言ってたのに、Eクラスに男子は唯一いないって。
その事は頭の中から消え去り、ひっきりなしに話しかけるクラスメイトに丁寧に対応しながら最後の一席を待っていたのだった。
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