男女比のおかしな世界～人に優しい男が転生しモテる人生～（2章改訂中）

第11話『史上最大のピンチ』☆

　まれちゃんが朝食を終え、準備が出来た為共に家を出る。

　二人で仲良く肩を並べ手を繋いで歩く。

　中学生の頃はあまり一緒に登校が出来なかった分、こういう風に彼女と登校できるのがなおのこと嬉しい。

　隣のまれちゃんを見ると『ふふっ』と笑顔で返してくれた。

　はぁ～、幸せ。

　ここから城神高校へ行くには電車を乗り継いでいく必要がある。

　俺たちが住む地区『東葛（とうかつ）駅』から電車に乗り、乗り換えを経て城神高校のある『銅針町（どうばりちょう）駅』へと行く。

　城神高校の最寄り駅となっている銅針町は都市部の主要部の1つでオフィスビルや買い物ができる場所も多く人がとても集まる場所だ。

　まれちゃんの家を出て数分、東葛駅の改札入り口には見慣れた赤い髪。

　俺たちの友達である理奈が立っていた。

「おっはよー、二人とも！」

「おはよう理奈」

「おはよう～りなちゃん」

　理奈も同じ城神高校へと進学となっている、俺たちは三人で入学式へ行こうと事前に約束をしていた。

「まれ、今日はちゃんと起きられたんだ」

「うん、けーくんが起こしてくれたんだ～」

「けーとは凄いねぇ、あたしもまれを起こすのを挑戦したけどこれは無理だーっ、って諦めたよ」

「……犠牲にしたものは大きかったけどな」

　犠牲にしたというのはちょっとだけ暴走し、早苗さんを驚かせてしまった例のアレである。

　おかげで俺はこれまで積み上げた紳士な男性としての評価をちょっぴり失ってしまったのだった。

　なお早苗さんが驚いていたのは、胸を揉んでいたことでもあるが、また別の事だということを今の俺は知らなかった。

　まれちゃんの裸体を見ることが出来るのは大きな役得でもあるのだが、理性をフル動員させて鋼の意思を貫かなければならないのである意味天国と地獄である。

　そんなことを話しながら改札を通り電車へと乗り込む、都市部へと行くのは今日が初めてなので実は少し楽しみだ。

　と思ったのも束の間――。

「けーくん大丈夫？」

「だ、だいじょうぶ……」

「けーと、やっぱりもうちょっとあとの男性用車両に乗ったほうがよかったんじゃない？」

　この時間は通勤時間帯でもある為、そこそこの人が電車へと乗り込む。

　前の世界程の詰め込み具合程ではないとはいえそれでも電車内は人がとても多い。

　皆、行先は都市部である為この人混みが学校に着くまで解消はされないことだろう。

「銅針町駅のひとつ前に品森（しなもり）駅っていう所があるんだけど、そこも人の乗り降りが激しいから気を付けてね……っ」

「わ、わかった……っ」

　そう話している間にもまた駅へと着き、新たに乗り込んでくる乗客さんたち。

　当然乗り込むのは女性ばかり、前にも言ったがこの世界は女性のレベルが色々と高い。

　それは即ち、とてもきれいな女性に囲まれる、尚且つ密着へ近い状態になるということ。

　心優しい彼女たちのことだから、知らない女性に囲まれているのが辛いんじゃないかって心配してくれてるのだろう、過去の事もあるし。

　ただ二人には非常に申し訳ないんだが、俺はソレとは別の意味で辛い。

　なんかもう……色々とやばいのだ。

　主に情欲という観点で。

『耐えろ……耐えるんだ俺……っ！』

　俺はまれちゃんの着替えで培った鋼の意思を用いて、元気にならないように努める。

　ナニが元気になるんだとは聞かないでほしい。

　そもそもこんな満員電車ではなく、さっき理奈が言ったようにこの後に男性だけが乗れる『男性用車両』というものがやってくるのだから、それに乗ればいいだけの事。

　しかしそれは彼女たちと一緒に登校する、という夢を叶えることが出来なくなる。

　まれちゃんや理奈と一緒に通学する為ならば、俺は満員電車だろうと耐えきってみせる……っ。

　今後も二人と一緒に通うためには、今からこの状況に慣れるしかないだろう。

　大丈夫だ、俺も社会人時代には地獄の満員電車通勤を乗り切った実績がある。

　これぐらいこなして――あぁ、なんか背中に柔らかい感触がっ、やっぱキツイかも――！？

「とっとと……」

　電車が揺れ、バランスが崩れそうになるのを必死に堪える。

　つり革が埋まってしまったのでバランスが取り辛い、倒れないように必死だ。

　綺麗な女性に囲まれ続けるのは慣れてきた。

　脳内で牧場の柵を飛び越え続ける過去の友人チャラ男と生徒会長を妄想し続けることで、俺は情欲に打ち勝って見せたのだ。

　あとは駅に着くまで満員という状況を耐えるだけである。

　途中の駅へと着き、人の乗り降りを繰り返しているうちに二人とは結構離れてしまった。

　最寄駅はわかっているから改札へ合流で大丈夫だろう。

　……それにしてもこの感覚は懐かしさがある。

　会社通勤の毎日、あの頃は出社する時間帯がラッシュ帯だったので同じ、いやそれ以上の満員電車に乗る日々だった。

　人によっては何も掴まなくても余裕で立っていられたり、人の背に寄りかかる本を読むような強いメンタルの持ち主もいるみたいだけど、どちらも俺には無理でいつも辛い思いをしていた。

　俺は黙ってると咳が出てしまう人間で、式典とかそういう時にじっとして話を聞いてると急に咳が出る感覚に近い。

　それで咳をすると隣のおじさんが嫌そうに見てくるんだ……申し訳ないとは思うけど、咳が出てしまうものは仕方がないので毎日あの時間が憂鬱だった。

　だからポケットにはいつも飴を忍ばせてることにしたんだ、その時の癖を覚えていたのかポケットに手を入れると飴がふたつ入っている。

　一個取り出して飴を口に入れる。

　サイダー味の飴がシュワシュワした刺激と共に口の中へ広がっていく。

　――飴を食べ始めるという、油断をしていたからだろうか。

「うぉっとと！？」

　バランスを崩し、前のめりに身体が倒れて行ってしまった。

　――何故電車というのは唐突に揺れるものなのか、そして何故世界が変わってもこのシステムは変わらないのか。

　どうせなら満員電車は存在しない世界が良かった。

　次にアンケートに答える時は『満員電車という文化が存在しない世界』と書くようにしよう。

　そんな決意の中、倒れそうになりドアへと手を突こうしたが――。

「ひゃぁっ！？」

　照準を見誤り、俺の手はドアへと向かわず、と（・）て（・）も（・）柔（・）ら（・）か（・）い（・）も（・）の（・）を掴んでいた。

　――嘘だろ、頼む、冗談だと言ってくれ。

　前を向いたら実は掴むと女の子の声が発生する……、そんなはた迷惑な柔らかい玩具がドアに貼ってあったとか、そういうオチであってくれないか。

　ありえない希望を抱きながら、恐る恐る前を向く……。

　――どう見ても俺の手は玩具ではなく、女の子のおっぱいを掴んでいた。

　当然面識もまったくない、知らない女の子のおっぱいである。

『ヤバい、本当にヤバい、洒落にならんぞこれ』

　もしこれがラブコメ漫画なら『ラッキースケベ！』って笑える展開かもしれないけど、ここは現実。

　俺の人生、ここで……詰み？

　た、たすけてまれちゃん！？

『けーくん、はやく謝りなよ～！』

　脳内へ突如現れた小さなまれちゃん。

　彼女も謝るべきだと言っている。

　動揺で思考がおかしくなってしまったが、落ち着け一ノ瀬恵斗。

　こういう時こそ社会人時代に培った『平謝りスキル』の出番だ。

　不可抗力だったとはいえ、これは俺が100％悪い。

　とにかく、何が何でも誠意を持って謝罪しないと……っ。

「も、申し訳ありま――」

　その瞬間、相手の女の子が驚いたように声を上げた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい！」

　――え、俺が謝るはずなのに？

　一瞬、頭が混乱する。

「いやいや、悪いのは俺で――」

「ごめんなさいっ、わたしボーッとしちゃってっ、決してわざとじゃないんです！」

　いや、だから謝るのは俺の方で――。

「ま、まってください、胸を触ってしまったのは俺ですからこっちが謝らないといけないんですよ！」

「ごめんなさいごめんなさい！　男の人に胸を触らせちゃって、不愉快にさせてしまって本当にごめんなさい、許してください！」

　――いや、確かに驚いたけど、正直に言えば柔らかくて……いやいや違う、そんなことじゃない。

『今はそんなこと考えてる場合じゃないよ～』と、宙に浮かぶ小さなまれちゃんも言っている。

　俺の主張と彼女の主張はこうだ。

　俺：胸を掴んでしまった、当然悪いのは俺。

　彼女：胸を触らせてしまった自分が悪い。

　こういうことだ。

　俺の常識だと、今の行為は一発で牢屋行きになり、人生終わりなんだけれども……。

　恐らく、この世界の男女比のアンバランス……男性の価値の高さが俺を味方してしまってるわけか。

　つまりこれも、この世界での当たり前の事だというのだろうか。

　冷静に分析した結果に思わず溜息が零れる。

　しかしこの溜息は、俺が怒っていると勘違いさせてしまったらしく、彼女は小さな悲鳴をあげて怯えていた。

　怒るどころか申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけど……どうしよう。

『次は品森駅です、危険ですので電車が止まるまでつり革などに捕まって頂くようにお願いします』

　どうしたものかと考えていると、最寄り駅手前に近づいたようで車内アナウンスが流れる。

　たしかここって乗り換えが激しいとかまれちゃんが言っていたような……。

　電車のスピードがゆっくりと落ちていき――止まる。

　ドアの向こう側には大量のOLの方々、そして俺の後方では降りる雰囲気がバンバンに出ている大勢のOLさん。

　胸を触ってしまった女の子はドアを背に立ち、俺はその前にいる。

　ちょうど出入口の真ん中である。

　あっ……、これってもしかして……。

　ドアが開くとともにものすごい勢いで押し出されていく。

「ひっ！？」

　ドアを背に、まさか押し出されると想像もしていなかったであろう彼女、波に押されるように身体が後ろへと倒れていく――っ。

「……っ、危ない！」

　彼女が倒れるのを防ぐため、右手を女の子の背に回し左手で手を掴んで支える。

　俺の行為に彼女の身体がびくっと震えているのがわかるが……このまま立ち止まっていることは出来ない。

　電車内の奥の方から乗り換えを急ぐため、一刻も早く電車から降りようとする人の雰囲気が感じられる。

　――仕方ない。

「ちょっと我慢してね」

「ふぇ？」

　掴んでいた左手を膝裏へと回し、彼女を抱え上げる。

　俗にいうお姫様抱っこという奴である。

「ひ、ひゃぁ……っ」

　女の子は真っ赤になり自身の頬に両手を当てた。

　恥ずかしがる彼女をひとまず放置し、乗り換えの人波に逆らわず彼女を抱えて歩いて行く。

　改札へ向かう階段の所で人波から逸れることに成功し、ひとつ息を吐いた。

　安全を確保したため、優しくゆっくりと彼女を地面へと降ろす。

「お姫様……抱っこ……」

　カァッと真っ赤に頬を染めた状態で呟いている、その精神状態はすこし不安定なのが見て取れる。

　女の子が落ち着きを取り戻すまでの間に考える。

　まれちゃんたちは当然さっきの電車に乗ったままだろうな……。

　一旦目の前の彼女を放置してスマホを取り出す。次の電車で追いつくため、彼女たちに連絡を取らなければ。

　スマホを取り出した途端、彼女の顔の赤みが一気に引いて、真っ青になり、震え出した。

　もしかして……警察に通報するって誤解しているのかも。

　俺は慌てて笑顔を作り、できるだけ優しく声をかける。

「ちょっと友達に連絡するだけだから、心配しないで、さっきの電車に乗って行っちゃったんだ」

　彼女が微かに頷いたのを見て、急いでまれちゃんたちにチャットを送る『人波に押されて品森で降りちゃった。次の電車で向かうね』と。

　……正直こんな現場見られたくなかったし、彼女たちと離れたことに少しホッとした。

　改めて、震える目の前の女の子を見やる。

　ピンク色の髪をサイドアップにしていて、俺の胸くらいの背丈の小柄な女の子だ。

　だけど、どうしても目が行ってしまうのは……彼女の大きな胸。

　震えで少し揺れてしまうのが視界に入る……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない！

『けーくん、ちゃんと反省しなくちゃだめだよ！』

　ほら、脳内の小さなまれちゃんも俺を叱っているじゃないか。

　――さっきから現れるこの小さなまれちゃん、めっちゃ可愛いんだけど。

　今日からミニまれちゃんと名付けよう。

「えっとですね……、まず大前提としてあなたは全く悪くないんですよ」

　思考を振り払って、彼女を安心させようと、できるだけ丁寧に話しかける。

「で、でも、わ、わたしがこんな胸なんか触らせちゃって……っ」

「……何言っても納得しなさそうだな」

　このまま話しても、お互い『自分が悪い』っていう主張が平行して進むだけだな。

　もし騒ぎに気付いて、駅員さんが近づいてきたら駅員室へ連行され、最悪の場合逮捕されるだろう。

　――女（・）の（・）子（・）が（・）。

　ダメだ、そんなの絶対にダメだ。

　俺の過ちで、一切罪のない彼女を陥れてしまうなどあってはならないことだ。

　ならば、と考える。

　少し強引だけど……俺が一方的に話を進めてこの場を終わらせるしかない。

　今はそれがベストな選択だと思う。

　彼女の目を見つめ、しっかりとした口調で言葉を続けた。

　心の中で方針を固め、彼女の目を改めてみる。

　ぷるぷると震えていて今にも泣きだしそうだ。

　俺が胸を触ってしまったばかりに……心から申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

　――こんなことが起きないように、明日からは男性用車両に乗ろう。

　まれちゃんたちとの通学は家から駅までしか出来なくなるけど……こうなっては仕方のない事だ。

「俺はきみの胸を触ってしまった、とにかくそれを謝罪させてください、本当に申し訳ありませんでした！」

「そ、そんなこと……っ」

「いいんだ、俺が触ってしまったことは事実だし、そこは俺が謝らないといけない。君は何も悪くないよ、いいね？」

　捲し立てる俺に対して彼女は少しポカンとしてしまう、いいぞこの調子だ。

　強引に話を進めたことで彼女は少し戸惑ったような表情を見せた。

　だが、ここまで来たらこの勢いで乗り切るしかない。

「本当に申し訳なかった！　どうか許してほしい」

　深々と頭を下げた俺に、彼女はますます動揺しているのがわかる。

「許すだなんて、しかも男の人が頭を下げるなんてそんな……顔を上げてください。そもそもわたしは怒ってなんかいないし、自分の方が悪いと思ってるから謝ってもらうことなんてないんですっ」

　言われた通り顔を上げる……笑顔で。

「じゃあ許してもらえたってことですね！？　いやぁよかったこれで解決だ！」

「え、えぇっ！？」

　彼女が驚くのも無理はない。俺は自分でも驚くくらい急に話を終わらせたからな。だが、これでよし。

「貴方はなんて心の広い人なんだ、そんなあなたには俺からの気持ちとしてこれを差し上げます、どうぞ」

　俺はポケットに入っていたサイダー味の飴ちゃんをプレゼントする。

　持っていてよかったね飴ちゃん！

「では俺も人を待たせてるのでこれで！」

「え、あ、……え？」

　いまいち理解が追いついていない彼女を置いて、ちょうどやってきた電車へ素早く乗り込む。

　危うく痴漢で俺の人生終了かと思った。

　正直マジで肝を冷やした……。

　彼女には心から悪いことをしたが、今だけはこの世界の超が付く男尊女卑な所に正直感謝をしている。

　しかし、この時の俺はまだ少し勘違いをしていた。

　俺（・）の（・）知（・）っ（・）て（・）い（・）る（・）痴（・）漢（・）は（・）こ（・）の（・）世（・）界（・）に（・）は（・）存（・）在（・）し（・）な（・）い（・）ことを。

　そんなことを知らず、二人が待つであろう駅へ電車の中でじっと待つ。

　そこでふと、先程の彼女の姿を思い出す。

　――そういえばあの子の制服、まれちゃんたちと同じだったような……？

　答えが出るのはわりとすぐだった。