第7話『女性を幸せに』☆

 卒業式だ。

 

 今日で中学生としての学校生活も終わりいよいよ高校生だ。

 別世界とはいえ前世と同じような式典が行われる。

 校長先生、保護者会代表や地区の偉い人たちの長いお話を聞いて卒業式用の歌を唄って、卒業証書を校長先生から貰って卒業生代表が答辞を話して終える……、ごく普通の卒業式だ。

 

 ただ一つ違うとしたら俺が卒業証書を受け取って振り返ったら割れんばかりの完成と拍手が起こったことかな、正直滅茶苦茶びっくりした。

 歓声を送る同級生たちや涙ながら『卒業しちゃ嫌ですーっ!』と声を送る後輩たち、保護者たちや先生たちも微笑ましく見ていてくれた。もちろんうちの母さんもそこにはいた。

 

 びっくりはしたけれどみんなに想われてるのを感じてすごく嬉しかった。


 ちなみに卒業生代表の答辞はまれちゃんだった。

 答辞を話すまれちゃんはとても様になっていて、俺はずっと見惚れてました。

 彼女は常に学年の実力テストNo.1で超優等生なのだ。俺とは天と地の差もあるくらいの才女である。

 前世で学年トップだった生徒会長もまれちゃんにはきっと叶わない、こんな優秀な子が俺の恋人だなんて凄いでしょう。


 式も終わり教室に戻って最後の先生の挨拶も終わる。

 これで解散と思いきや俺は先生に『一ノ瀬君は少し残っていてもらえますか?』と言われる。

 名指しで残るように言われた俺を疑問に思うことなく、クラスメイト達は我先にと教室を出ていった。

 唯一ゆっくり支度をしていたまれちゃんは『またあとでね』と言って去っていった。


「い、いったい何が……」

「一ノ瀬君は学校全員からの人気者ですから、みんな最後に会いたいんですよ」


 先生が笑って言う、みんな会いたいとは?


「城神高校に進学する生徒は少しいますがそれでもほとんどの子は一ノ瀬君と会うのが今日で最後なんです、みんな思い出が作りたいんですよ」

「もしかしてその準備でみんな急いで出て行ったんですか?」

「そうですよ、下を見てみてください」


 言われて下を見てみるとなんとびっくり!

 人で校庭が溢れかえっていた。


「す、すごい……」

「私は教師として長く働いていますし他の学校で男子生徒を受け持ったこともありますが、一ノ瀬君みたいな男の子は本当に初めてです」

「それってどういう意味で……」

「ふふっ、集まってくれた生徒たちを見ればわかるでしょ、良い意味でですよ」


 にっこりと微笑む先生、この間家族と話した内容が何となく頭を過る。


「うちの学校から城神高校を受けた生徒が過去にないくらい多いんですよ、というかほぼ全員受験したんじゃないでしょうか。これだけの数の女性に好かれても真摯に対応してくれる男の子、こんな男の人は見たことないです」


 だからと先生は言葉を突き足して話を続ける。


「これからも一ノ瀬君は変わらないでいてください、そして一人でも多くの女性を幸せにしてください、何も全員と結婚してくださいとは言いません。世の女性は男性に相手をしてもらえないのが当たり前です。ただ話すだけでもいい、邪険にしないであげてください、これだけの事でも私たちは幸せに感じるんですから」


 ――『おめでとうございます、貴方は資格を得ました。私たちの世界に招待します。一人でも多くの女性を幸せにしてください』


 あの時のメッセージをふと思い出した。

 これが俺に与えられた役割なのだろうか、女性に対して優しくする行為が当たり前だと思っている俺が出来ること……。

 先生に『そろそろ降りて大丈夫ですよ』と言われるまで、俺の転生した理由が頭の中でぐるぐるとしていたのだった。



 校庭に降り立つと、式典の時とは比べ物にならないくらいの歓声が俺を出迎えた。


「プリンスーっ!」

「プリンスせんぱーい!  卒業しないでくださいーっ、 でも卒業おめでとうございます!」

「プリンスと三年間一緒で楽しかったよーっ!」

「卒業おめでとうー、プリンスくんが後輩で私嬉しいよぉーっ!」


 集まってるのはこれが学校内の生徒だけじゃなくて卒業した先輩たちもいるんじゃないだろうか……。


 前世では副会長としてそれなりに慕われたがここまで人に声を掛けてもらうことなんてあっただろうか……?


 いや、ないはずだ。


 だからこそこんなに集まってくれたみんなに驚かされはしたが純粋に嬉しく思う。


 とは言いつつも。

 ずっとここまで気になっていたことをこれを機に聞いてみる。


「みんな、訊いてみたかったことがあるんだけど!」

『なーに?』


 全員が俺に注目をし、返事をしてくれる。

 中学三年間でずっと気になっていたこと、それは――。


「俺の名前一ノ瀬恵斗って言うんだけどみんな覚えてる!? 気づいたらずっとプリンスって言われてるんだけど!?」

『……』


 たしか入学して最初の頃は『一ノ瀬くん』とか言ってくれてた気がする。

 でも気付けば『プリンス』に変わっていて、後輩たちからは『プリンス先輩』と呼ばれるようになった。

 もはや俺を『一ノ瀬くん』と呼ぶのは先生方だけになってしまったのである。


 彼女たちが楽しそうに呼ぶから敢えて指摘はしなかったんだけど……、これを機に聞いてみたかった。


 しかし、何故か――返事がない。


「あ、あの~?」

「プリンスはプリンスだから!」

「プリンス先輩いつもカッコいいです!」

「プリンスくん最高!」


 あの、名前……。

 結局答えを得ることは出来なかった。


 


「プリンスこっちこっち!」


 名前の件は未解決だがいつまでも経ち呆けているわけにはいかないだろう。

 どこから行けばいいのやらと見回していると前方にいるクラスメイト達が手招きをしてきた。


「みんなで写真撮らない!?」

「あぁもちろんいいよ!」

「やったー! A組のみんな集まって!」


 このクラスメイトとも最後の写真撮影だ。

 俺にとっても記念に残るものであるから、最後にみんなと写真を撮っておきたい。


「ね、ねぇプリンス……わたしたちとも写真お願いできない……?」


 ふと、クラスメイト以外の女の子から声を掛けられる。

 名前は確か……。


「C組の綾瀬さんだよね、いいよ!」

「ひぇっ……名前覚えてくれてる、涙が……」

「わ、私のこと覚えてますかプリンス先輩!?」

「もちろんだよ成美さん、ところで俺の名前は――」

「やったー! 先輩私の事覚えていてくれてた!」


 あの、名前は……。

 俺のことをガン無視する後輩ちゃんなのであった。

 

「ねぇねぇ、プリンス……、出来たらでいいからツーショットお願いできないかな……? 早川さんにちゃんと許可はもらってるから」

「いいよ、黒田さん。一緒に撮ろうね」

「ほ、ほんと!? これで卒業後も捗る!」

「……捗る?」

「な、なんでもないです!」


 捗るってなんだろう。

 聞き返すも顔を赤らめてぶんぶんと首を横に振るのみで黒田さんは答えてくれなかった。


「歩美のアホは放っておいて、わたくしともお願いできませんか?」

「いいよ川崎さん」

「はぅ……また呼んで頂けたっ!」

「総長ー!?」


 また川崎さん(総長)が倒れた、いったい何者なんだ彼女……。


 その後も代わる代わる一緒に写真を撮ってほしいと頼まれるが、必ず全員ととる約束を宣言したため一旦輪は落ち着いた。


 まずは最初はクラスメイトで写真を撮る為に集合する。

 真ん中には自然と俺が、隣にはもちろんまれちゃんが来ていた。


「けーくんモテモテだねっ」

「……嬉しいけど正直びっくりもしてる」

「けーくんがみんなに好かれてるとわたしも嬉しいよっ」

「……まれちゃん、前から聴きたかったんだけど」


 腕を組みながらまれちゃんは『なぁに?』と可愛らしく俺を見上げる。クラスメイト達は誰が俺の近くに位置取りをするか少し揉めてるみたいだった。


「まれちゃんって恋人がいるのに……俺こんなに愛想振りまいていて良いのかな」


 モテるのは嬉しいし前世からの夢だ。けれど昔の俺と違って今の俺は既に恋人もいる。

 もちろん婚約者を見つけるため恋人を彼女以外にも得なければならない、それは義務であることなんて俺にもわかっている。

 

 だけどこの女の子に愛想良く振舞うのが、知らないうちに彼女を傷付けてるのではないだろうか?

 

 まれちゃんはいつも笑っていてくれてるけど、もし止めてほしいなら振る舞いを変えなければいけない。

 先程先生に言われた変わらないでいて欲しいといった言葉に背く形となってしまうけど、きっと他にも手段はあるはずだ。


 けれどまれちゃんはそんな俺を見て笑いながら『そんなことか』と言った。


「良いに決まってるよ、 わたしの大好きなけーくんはどんな女の子にでも優しいところなんだから。みんながわたしの大好きなけーくんを好きになってくれてすっごく嬉しいよ!」

「そ、そうなの……?」

「うんっ、それに来年からは最低でもあと二人……このままなら一人かな、わたし以外に恋人も作らなきゃいけないんだからこれからもいろんな子に優しくしてあげてほしいな」


 止める所か今のままでいてほしいと彼女は言う、やっぱり俺が転生したから価値観が違うだけでこれが普通ということなんだろうか。

 この間の家族との会話であった当たり前のこと、これが俺の頭の中でずっと引っかかっていた事だったが、どうやらこの当たり前にきちんと向き合わなければならないようだ。


 僅かだが決心が固まってきた、そんな時にまれちゃんは一言『でもね』と付き足す。後ろのクラスメイト達は位置取りがようやく決まったのか先生が間もなくシャッターを切ろうとしていた。


「けーくんの一番はずっとわたしだからね――ちゅっ」


 写真が撮られると同時に頬へまれちゃんの口づけが、もちろんこの後の周囲は黄色い悲鳴で大騒ぎになったが割愛させてもらう。

 ただ言えるのはこの時の彼女の顔は真っ赤に染まっていてそれでいて微笑んでいた。

 まれちゃんが初めて『わたしが一番』と主張したこの時のことを俺は一生忘れないだろう。


 ――そしていよいよ俺はこの世界で一番大事だといわれている高校生活が始まるのだった。


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