第6話『この世界の当たり前』☆


 家族4人で食卓を囲み、姉さんの作った食事に舌鼓を打つ。

 今日も姉さんの作る料理を美味しく堪能をしていると母さんから話題が振られた。


「恵斗ももう少しで高校生だね~」


 卒業まであと少し、4月になれば高校生となる。俺にとっては2度目の高校生活が待っているわけでもあるため楽しみである。


「そうだね、姉さんと同じ学校に通えるから楽しみだよ」

「私もけいちゃんが一緒で楽しみだよ~」


 来年から俺が通う城神高校、ここは姉さんが一緒である。来年は三年生になるため1年しか共に通うことはできないがそれでも楽しみだ。


「姉さんが羨ましいです……、芽美も絶対に来年は城神高校に入るので兄さん待っててくださいっ」

「もちろん、芽美が受かるように俺も出来ることがあればするからね」

「じゃあいっぱい抱きしめてもらいますねっ」


 ニコニコして嬉しそうな芽美を見てるとこっちも嬉しくなり思わず頭を撫でる、芽美は嬉しそうに顔を綻ばせて『えへへ~』と声を漏らした。


「恵斗も高校に入ったら卒業までに婚約者見つけないとね」

「あぁ……それね」


 この国は一夫多妻制で男性は高校を卒業するまでに3人と婚約をする義務がある。これは数少ない男性が少しでも多くの女性と結婚をして子供を作ってほしいという国の意向だ。

 この婚約義務も色々とあって高校を卒業までに3人、大学を卒業までに5人、大学院に進めば卒業までに7人の婚約義務が発生する。

 

 ちなみに高校を卒業し社会人に進めば3人のままで義務は完了となる。


 現時点で俺の婚約者候補はまれちゃん1人の為、最低でもあと2人は結婚相手を探さなければならない。


「もしかしたら恵斗の在学中に婚約制度が変わるんじゃないかって噂もあるからね、色々と考えてたほうがいいかもね」

「婚約制度が変わる?」

「そのニュース見たよ、一夫多妻制の枠増加とか言ってたね~」

「本当か定かじゃないけどね、何があっても大丈夫なようにしっかりと探すんだよ?」

「もちろん、わかってるよ」


 高校でもう将来の伴侶を探すのか……、前世では考えられないような話だ。

 高校生ってまだまだ将来の事なんて曖昧で友達と遊んだり、部活に打ち込んだり、バイトして初めてお金稼いだり、勉強も四苦八苦しながらも頑張って良い成績目指したり、恋愛して彼氏彼女作ったり……そんな青春を送るものじゃなかったっけ。


 色々と似てるようで違う世界なんだなぁと改めて感じる。


「希華ちゃんはもちろんとしてあの子はどうなの? よく一緒にキャッチボールしてる女の子」

「もしかして理奈のこと?」

「あの子理奈ちゃんて言うんだね、野球部の人が話してたけど凄く野球上手なんでしょ?」

「兄さんと一緒にいるところを見たことありますが、とても元気あって楽しそうな人でしたね」


 推薦で野球部に入るわけだし理奈は結構有名なのだろう、贔屓目線ではあるが彼女はとてもセンスがあると思ってる。


「理奈とは仲が良いけどただの友達だよ」

「あらそうなんだ?」

「そうそう、向こうも友達だと思ってるだろうし」

「何を言ってるんですか兄さん」


 芽美は呆きれた顔で『はぁ……』と息を吐く。

 兄さん大好きをいつも出してくれている芽美から今まで見たことないような冷たい目。

 

 え、これが兄離れってやつなんですか?

 兄さんちょっと傷ついた。


「どう見てもあの人は兄さんに惚れてますよ」

「理奈に限ってそんなことないって、波長の合う良い友人なんだって」

「……兄さんの欠点はやはり少し鈍感なところですね」

「けいちゃん……理奈ちゃんが可哀想だよ」

「お母さんもそう思うわ……」

「えぇ!?」


 三人揃って非難めいた視線を向ける、そんなこと言われても理奈との思い出ってキャッチボールしたり練習の一環で一緒に走り込みしたり、毎年出る野球の新作ゲームを一緒に遊んだり……。

 

 ――いつも野球しかしてねぇな!?

 

 あの子は男より野球に恋してるって言われた方が似合うと思うんだけど。


「そもそも同じ学校の女の子は、みんなけいちゃんが本気で好きだとお姉ちゃんは思うよ」

「モテてる自覚はあるけど、それはあくまで唯一の男子だからキャーキャー言ってくれてるだけなんじゃ」

「ん~、けいちゃんはなにもわかってないね」


 ひとつ『コホン』と咳払いをした姉さんは少し真面目な表情になる。


「けいちゃんはこの地区でただ一人だけの男の人で、まだ他の男の人を見たことない以上しょうがないんだけど、世の中の男の人はみんなけいちゃんみたいに優しいわけじゃないんだよ」

「いやいや、そんな特別優しくしてることなんて……」


 常々『女の子に優しく』を胸に生きてるけど、そこまでのことをしてるつもりは正直ないんだが……。


「けいちゃんにはいっぱい女の子が話しかけてると思うけどどのくらい返事を返してる?」

「そりゃ、声をかけてくれた子には全員相手をしてるけど……」


 無視するなんてありえないしこれもの事だろう。

 もちろん色んな子が話しかけてくるから時間が足りなかったり、話が被ったりして意図せず無視しちゃってることもあるけどその都度謝ったりもしている。


「じゃあ女の子の名前はどのくらい覚えてる?」

「そりゃクラスメイトは当然としてそれなりに覚えてるかな」

 

 そもそも名前を知らないで喋るのなんて失礼だし覚えるのはだよなぁ、苗字とはいえ名前を呼ぶだけで喜んでくれるからこの世界の女の子は良い子ばかりだよね。


「……みんな好意をぶつけてると思うけどどう思ってる?」

「恋愛的な意味じゃなく、物珍しいからだと思ってたけど……やっぱり嬉しいかな」


 モテたいって昔から言ってんだから今の状況を喜んでるのはでしょう、もう改めて言うまでもないよ。


 さっきから姉さんはなにを当たり前の事を言ってるんだろうか、ここまでの質問は優しくするとか以前に普通の事じゃないの?

 姉さんは『はぁ……』とため息を吐く、姉さんだけでなく母さんと芽美も同じような感じだ。


 えぇー……。


「あのね? けいちゃんの年の男の子は私たちが話しかけても相手にされないのは当たり前だし、余程興味のある女の子以外の名前は覚えないのも当たり前、そもそも好意をストレートに向けることが失礼でもあるの」

「それって……酷くない?」

「酷いと思うのかな、こんなのなんだよ。私たち女もそれが酷いなんて思わないし。昔からこれが当たり前なの、これは本当の本当になんだよ?」


 たしかにこの世界は極端なまでに男女比が偏ってるけどさ……。

 その為男尊女卑が当たり前なのはなんとなく知ってたけどさ……。

 

 そんなのって楽しくないじゃん……。


「そんな世の中で声を掛ければ嫌そうな顔もしないで相手をしてくれる、私たちの名前も覚えてくれる、好意をぶつけても怒るどころか喜んでる、そんなを見て惚れない女の子なんていないよ」


 ……待てよ、もしかして?


「バレンタインのお返しにお菓子を用意したりさ……」

「今年も大変だったね~! 毎年学校中の女子全員からチョコもらうし、けいちゃんは優しいから全員にお返し用意するんだから~、普通は返さないよ?」

「クラスメイトに誕生日プレゼントあげるのって……」

「芽美の友達のお姉ちゃんが兄さんからプレゼントもらったってすごい喜んでましたよ、一生の宝物にするらしいです。絶対盗られないように超厳重な金庫を買ったそうですよ」

「ケガした女の子をおんぶして保健室に送るのって……」

「お母さん先生たちから言われちゃったのよ『生徒たちがわざと彼の前で怪我をしようとするから何とかしてください』って」


 そ、そんな馬鹿な……。

 だって前世じゃ義理チョコだろうと返すのは当然だし(基本3倍)

 誕生日っていう絶好の交流イベント逃すはずがないし。

 保健室に送る行為って合法的に女子と密着できるチャンスじゃないか。


「恵斗は罪作りな男ね~、クラスメイトも同じこと思ってるはずよ」

「これが兄さんの魅力です!」

「そ、そんなことって……」


 今までの感覚で俺にとって当たり前のように接してきたことは、この世界にとっては当たり前ではなかったのだった。


 

 

「私も学生時代に恵斗みたいな男の子がいたらなぁ~、絶対に結婚できるよう頑張るのに」

「ちょっ、母さん?」


 唐突に母さんから色っぽい目で見つめられる。

 見た目も物凄く若く綺麗なあなたに言われたら母親といえどドキドキするに決まっている。

 

「芽美も兄さんの妹で幸せですが、どうして妹なんだろうと思う時もあります」

「め、芽美?」


 隣の芽美も恋する女の子といった目をしている。

 あ、兄に向ける目じゃないよそれは……。

 

「そんなの私だってそうだよ、けいちゃんと血が繋がってなかったらなぁって思う時もあるよ」

「姉さんまでっ!?」


 姉さんも二人同様熱い視線を送ってくる。

 な、なんだこの状況……何故血の繋がった家族から色恋まみれた視線を受け続けているんだ!?


 ――つまり家族という縁がなければ三人とも俺を恋愛的に好きになっているということで、家族という防波堤が無ければ今にも食われている。

 そう感じさせるのは容易かった。


「けいちゃんていう男の人を知っちゃったらもう他の人は好きになれそうにないよ、ある意味私の将来を潰したけいちゃんには責任取ってもらわないとねっ」

「兄さんにはわたしたちと結婚して、愛溢れる家庭を築くことが義務付けられました!」

「希華ちゃん含めてこれで婚約者四人よ、枠が増えても大丈夫ね」

「何言ってんだこの人たち」


 家族とは結婚できないから、そういう法律がありますから。

 その事実を伝えると不満そうに三人は『ぶーぶー!』と抗議の声をあげる。


「けいちゃん、たとえ結婚できなくても子供は作れるよ?」

「そういう法を蔑ろにする愛はちょっと……」

「わたし……兄さんとの赤ちゃん欲しいです」

「俺は近親相姦ってマズいと思うんだ」

「科学の発展で血の繋がった家族でも安全に子供が作れる時代になったし大丈夫じゃない?」

「母さん!?」

 

 こら、三人とも上目遣いで迫ってくるんじゃない!?

 あの日以来の恐怖を味わいつつ、なんとか三人を宥めて話題を戻す。

 

 本当に危なかった、貞操の危機だった。

 

「けいちゃん、覚悟するんだよ、 けいちゃんの魅力を知ったら高校ではみんな本気でアタックしにくるからね?」

「は、はい……」


 これから俺の高校生活はいったいどうなってしまうんだろうか……。

 色々と不安になる夜のひと時だった。

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