第4話『まれちゃんには敵わない』☆

 早川希華はやかわまれか、彼女は俺の家からすぐ近くに住む、いわゆる幼馴染というやつだ。

 彼女はこの世界に転生して、初めて友達になった女の子。

 小さい頃に出会い、今もずっと付き合いが続いている。


 そしてある事をきっかけに俺が彼女に惚れてその後恋人になった。

 

 中学へと入学し、彼女とは3年間ずっと同じクラスで過ごしていて、学校公認の仲でもある。


 朝の騒動日常はあったが、授業自体は滞りなく進行していく。

 中学校生活も、残す所あと少し、月が変われば高校生活が始まる。


 高校からはいろいろと将来のことを考えなければならなくなるが、ひとまずはもう一度始まる高校生活が楽しみでもある。


「けーくんお昼たべよ~」

「あぁ、今準備するよ」


 午前の授業が流れるように終わり時間は昼休みへ、前の席に座る彼女は椅子を回してこちらに向き直り可愛らしいお弁当を机に置いた。


「相変わらず早苗さんの用意するお弁当は可愛らしいね」

「わたしもママも可愛いの大好きだからね~」


 話しながらニコニコとお弁当を開ける、今挙がった『早苗』さんという人は彼女の母親のことだ、家族ぐるみの付き合いで俺もよくお世話になっている。


「そういえば理奈は?」


 いつもなら弁当を用意してる頃に合流する隣のクラスの子、俺たちの友達である柚月理奈ゆづきりながまだ来ていない。


「りなちゃん今日は後輩と一緒に食べるって連絡があったよ」


 スマホのチャット画面を見せてくれる。


『ごめんねっ、お昼は後輩たちに誘われていけなくなっちゃった!』

『二人でイチャイチャしてな~♪』と載っている。

 

 イチャイチャって……、まぁ朝からキスしてるぐらいだし否定はしないけども。


「理奈は後輩に慕われてるなぁ」

「野球部のエースだもんね」


 理奈は野球部のエースで4番、将来はプロ野球選手になるんじゃないかってぐらいに野球が上手だ。

 以前もあげたがこの世界では当然女子野球である、男子野球は人数が足りず存在していない。

 もし男子が野球に関わるなら選手ではなくマネージャーになるだろう。


「けーくんも野球上手だよね、りなちゃんとたまにキャッチボールしてるんでしょ?」

「キャッチボールくらいならね、とてもじゃないけど本格的にはできないよ」

「けーくんは野球に限らず運動神経高いからね~、スポーツとかやってみるとおもしろそうだよ」

「嬉しいけど本格的にやる気はないかなぁ」


 この世界の男子基準で言えば俺はわりと運動神経が良いほうだ。

 なぜ高いのかといえば、だらしない身体の男でいるのは嫌だから、ある程度部屋の中でも筋トレとかをしていた。

 外へ安全に出られるようになったら早朝にはジョギングに励んだりと、そのおかげでもあるだろう。


 あとは前世でモテるために頑張ったからどう動けばいいか頭で覚えているということ。


 はいそこ、勉強関連は忘れてるくせにとか言わない。

 

『昔やったあのゲーム、たしかここに抜け道が……』とか、そういうものなら覚えてるけど。

『〇〇先生に習ったあの授業、たしか解き方は……』なんぞすぐ忘れるから、卒業したらきれいさっぱりだよ。


 要は自分にとって興味があるか無いかの差である。

 

「それに運動だけじゃなく歌も上手だし、ギターなんてどこで覚えたの?」

「あー……、ネットとか、独学でなんとなくかなぁ」


 モテるために前世でやってました――とはさすがに言えない。


 まぁチャラ男と組んでたバンドは卒業を持って解散したけども、ギター自体は趣味で続けていた。

 せっかく趣味にするくらい好きだったわけだし、どうせならこの世界でもやりたいなと思って今でも弾いている。


 キャッチボールやギターは前世での経験で、身体さえ慣れればできるようになるものである。

 こういうことを考えると、やはり前世の知識ってかなりのアドバンテージだと感じる。

 前世でモテまくってたり成功してる連中って実は2回目の人生でも送ってるんじゃないかな。


 ちなみに……。

 

 話は逸れてしまうのだが、この世界での男子は小学校に通わない、何故ならば好奇心旺盛な育ち盛りの女の子が、珍しい男に何をするかわからないからだ。

 前の世界でも小学生の頃の女の子って、中には男子に混じって遊んだりする子も多く、男子より女子の方がなんとなく元気いっぱいだった気もする。

 

 そしてこの世界でもそれは変わらず、むしろ貞操観念も逆転しているくらいなので、前の世界よりもこの影響が強い。

 これは母さんより聞いた話だが、とある男子が極度の女性不振に陥るという事件が起きてしまった為、小学校での義務教育はなくなった。同様の理由で保育園や幼稚園というものはない。

 

 つまりそれが理由で、小学生を送る予定だった6年間は暇だったので体を鍛えたり趣味を増やしたりしていたのである。


「けーくんは何でも出来て本当にすごいなぁ……」

「いやいやまれちゃん、代わりに勉強がまるで出来ないから、さっきの抜き打ちテストもボロボロだったし」


 先程あげた6年間の時間。

 趣味や体力作りに没頭して、勉強は全く手を付けていなかったのである。


 ――小学生レベルはさすがに問題ないだろ~。


 と、高を括っていた大馬鹿がここに。

 たしかに国語、算数、簡単な英語、理科程度なら問題なかった。


 だが社会の勉強はしておかなければならなかった。


 あの有名な戦国時代の武将とか名前違うし、そもそも女性だし。

 日本史もそもそも違うし、米騒動がこの世界は起きてなかったんだとさ。


 有名な女性運動もこの世界ではあるはずもなく、じゃあ代わりに男性運動があるのかと思えばない。


 なんでだよ。


 まぁ答えは簡単で、男性が少ないからこそ異常なまでに優遇されまくっているので、挙げる声などないのである。


「大丈夫、けーくんは勉強できなくてもけーくんだからっ!」

「ごめんまれちゃん、なんの慰めにもなってないよ……」


 まれちゃんは可愛らしく『えへっ』と舌を出した。

 その姿が死ぬほど可愛かったので、脳内フォルダに15枚くらい焼き付けた。


 まぁ……ぬるま湯に浸かりすぎたというか、慢心しすぎたというべきか。

 この間の入試試験で壊滅的だったのが堪えているので、少し頑張ろうという気にはなっている。


 それによって最近はまれちゃんの家に行き、一緒に勉強をしている。

 彼女の教え方は今までのどの教師よりも教え方が上手く、スッと頭に入ってくるからすごい。


 なお、彼女に見惚れて教わったことが抜け落ちるまでがセットである。

 しょうがないじゃん……まれちゃん超可愛いし、好きだし……。


「つまり俺なんてただ男なだけでなにも凄くないんだよ、もしここに他の男子がいればみんなそっちに目移りするよ、俺はたまたまこの地区で唯一の男子だからチヤホヤされていたに過ぎないんだよ」


 自分で言っていて悲しくなってくる。

 でも、本音も混じっている。


 もしこの地区に他の男子が居たら?

 俺なんかより当然勉強をしているはず、というか俺がしなさすぎたんだけど。


 そして中学に上がる、学力の差は歴然としていて、今朝もあぁやって囲んでいてくれた彼女たちも、もしかしたらそっちの方に行ってしまうかもしれない。


 その光景を想像するとなんだろう、脳が破壊されるというかなんというか。


 ――でもまれちゃんは、そんな俺の弱気をクスクスと笑い飛ばして言う。


「ふふっ、そんなことないよ。きっと他に男子が居てもみんな好きなのはけーくんだよ」

「……そうかなぁ」

「うん、絶対にそう。それにわたしは何回か都市部で男の人見たことあるけど、誰を見てもけーくんのが素敵だったよ。多分けーくんが抱いてる他の男性像と実際の男性は大きくかけ離れてるよ」


 にこっと笑いながら彼女は俺の悲観的な想いを否定してくれた。


「あとね、けーくんは弱点なんか無いすごい人なのっ、わたしと一緒にお勉強してくれるために、わざと頑張らないでいてくれてるんだから」

「……それはまれちゃんの過大評価が過ぎるかなぁ」

「そんなことないもん、けーくんは本気出せばあっという間に出来るようになるんだからっ!」


 彼女は本当にそう思ってくれてるのだろう、たしかに一緒に過ごしたい気持ちは常日頃抱えているのは事実だが、実際に勉強ができないのは本当に俺の実力である。


 まれちゃんの聖母のような優しさが心を抉る。


「わたしは知ってるんだから、本当にけーくんは優しいんだからっ」


 頬を染めてニコッと手を組む希華。

 ……あぁ、その顔をされたら見惚れてもうなにもいえないや。


 惚れた女に男は一切敵わないのである。


「今日も一緒にお勉強しようね?」

「う、うん……」

「えへへ、楽しみだなぁ、けーくんが来るとお母さん喜ぶんだよっ」


 結局流されてしまったが彼女と一緒にいられるのは俺も本望ではあるし……。

 なんだかんだ放課後のことを楽しみにしながら昼休みは過ぎていった。

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