28.俺のボディーガード様!

 バレた。


 楸が口笛なんか吹きやがるからあああ!! お前のせいでと言うようにこめかみをぐりぐりしてやった。超痛がってたけどいいだろ、うん。楸に制裁を食らわした後に立ち上がって服に付いた葉っぱと土を払っていると、ユリがかすれた声で尋ねてきた。


「か、カナ様……いつから……」

「悪ぃ、最初から聞いてた。剣持と2人でどっか行くのが見えて、つけてきたんだ。……やっぱりお前が剣持に余計な話してたんだな」

「…………ええ、どうしてもカナ様のことを諦められなかったんですもの」


 そう言うユリの笑顔に少しぞっとする。まるで、どんな手段でもいとわないとでも言っているかのようだ。

 だけど、俺だって譲れない。ここでちゃんと断らないと、俺も剣持にちゃんと告白なんてできないから。俺は以前と同じように真っ直ぐに見つめる。


「ユリ、いや、不動院。……ごめん」

「……っ、どうして……っ!? だって、私……っ、私の方が……」

「一般人と違って金持ちで、俺と釣り合ってるって、そう言いたいのか?」


 息を飲み目に涙を溜めて俯く不動院を見て、それが彼女の言いたかったことなのだと分かる。


「……不動院。俺は一般人だろうが、金持ちだろうがどうだっていいんだ。外見とか、家柄とかだけで好きになられても俺は嬉しくない」

「そ、それだけで好きになったわけじゃ……っ」

「なら、俺が泥だらけで学校来たり、バナナの皮でずっこけたり、頭から水だのなんだの被ったりしても好きでいられるか?」

「は、はい……?」


 うん、引くよな普通。まあ、事実だと思っていないとしても、俺のダサいところが見えるような話を聞いたらその反応が普通だ。不動院は間違ってない。けど……。


「多分、お前には無理だよ。男の、しかも、俺みたいに顔が知れてるような奴のダサいとこ見たら引くのが当たり前だ。でもな、こいつは……剣持は違ったんだ」


 ちらっと剣持の方に視線を向けると、驚いたような顔をしている。俺は不動院に視線を戻した。


「俺の全部を受け入れてくれるような奴じゃねぇと無理なんだ。だから諦めてくれ」


 そう言うと、不動院は涙で目を潤ませた。


「う、うわーん!!」

「お嬢様!? お、お待ちくださいませ! 百合香お嬢様あああ!!」


 ……ちょっと言いすぎたか? ま、あれで完全に諦めたろ。一段落着いたかと思っていると、楸が俺の名前を呼ぶのが聞こえて振り返る。


「剣持ちゃん逃げようとしとるけどええの?」

「は!?」


 そう言われて剣持がいた方を向くと、そろりそろりと公園を出ていこうとする彼女が見えた。俺の声にびくっとしやがって、俺が気づいていない隙に逃げようとしてたな、あいつ。とりあえずとっ捕まえるか。

 それを察した楸が俺の方をぽんっとしてきた。


「要くん、後で合流しよ、な?」

「それはいいけど、お前はその間どうすんだよ?」

「俺は……適当にぶらぶらしとくわ。ちょい気になることもあるし」

「お、おう。分かった、じゃ、また後でな! 連絡する!」

「はいはーい」


 そう言って駆け足で剣持に追いつこうとしたその時、俺が追いかけてきてるのに気づいて剣持は全速力で走り出した。


「あ、おい! ……ったく、不幸発動すんなよ!?」


 なんて言ったのがフラグだった。公園を出た数秒後。


「へぶっ!? どわぁあああああぁぁぁ!! 痛い! ちょ! まっ……!」


 その1、公園を出てすぐ、何故かバナナの皮があって思いっきり踏んですっ転ぶ。

 その2、転んだ先に散歩の小休憩中の犬に突っ込み、尻尾を踏んづけて噛まれる。

 その3、犬と飼い主さんに謝った後に、剣持を追いかけていき、通りかかった家の人がしていた水やりのホースの水がぶっかかる。

 その4、全身びしょ濡れの状態で捨てられた空き缶を踏んづけてずっこける。

 見事と拍手を送りたくなるぜ、流石俺の不幸。

 倒れたままいると、心配になって戻ってきたのか、剣持が俺の近くまで来てしゃがんで「大丈夫か?」と声をかけてくる。これはチャンスだと思った俺は、がしっと彼女の手を掴んで傷だらけでびしょ濡れという最悪のコンディションになっている顔を上げてにっこり笑った。


「……つーかまえたー」

「ひっ!? は、離せ!」

「やだ、離したら逃げるだろ」

「……いいから離してくれ、もう逃げないから」


 彼女の言葉を信じて手を離すと、本当に逃げるつもりがないのかその場にいてくれる。剣持の家の近くまで来ていたようで、剣道場に案内されると、剣持は救急箱を出して「じっとしていろ」と言って手当てをしてくれる。


「剣持」

「ん? あ、痛かったか?」


「好き」


 ムードもない状況で、いつものように無意識に俺の本心がすっとその言葉が出た。剣持の手が固まり、彼女の頬が赤く染まっていく。やばい言っちまったと思ったこと以上に剣持可愛いなと思ってしまった阿呆な俺はそのまま言葉を続ける。


「俺、お前のことが好きだ」

「っ、聞こえたから……嬉しいのと腹立つのと感情がぐちゃぐちゃだからちょっと待ってくれ」

「おい待て。嬉しいは分かるけど、腹立つって何?」


 告ったのに腹立たれる俺。何でだ、泣きそうです。心の中で泣いていると、頬を優しく掴まれた、と思ったらぎゅっと強くつねられる。


「いでででででっ!?」

「盗み聞きしたことは怒っているからな」

「ほへんなふぁい! はんへーしへふぁふ! はんへーしへふはらはひゃひへ! いひゃい!」


 反省しているのが伝わったのか、剣持は不機嫌な顔をしながらも離してくれた。まだ痛む頬をさすりながら俺は剣持に問いかける。


「……で、告白の返事は?」

「も、もう分かってるからいいじゃないか……」

「俺は盗み聞きしただけで直接聞いてねぇもーん」

「うっ、屁理屈だ……」

「剣持、ちゃんと言って?」

「……〜〜っ、…………………好き、だ」


 彼女は俯きながら、聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で俺がずっと聞きたかった言葉を告げた。普段クールだから照れるとこんなにも可愛い顔をするとかずるい。俯く剣持の頬に触れて顔を上げさせ、おでこをくっつけて微笑む。


「……うん、今日から恋人としてよろしくな」


 お互いの気持ちを伝え合い、剣持の家で剣持のお父さんの服を借りて着替えてから、2人で楸と合流した。その後コロッケを食べるという名目の事情聴取をニマニマ顔の楸にされて、一から十まで聞き出された。あと、何故か不動院のことを少し聞かれた。意図は分からないけれど、不動院について分かることは伝えておいた。剣持が少し不機嫌になってたけど。それと、楸が俺たちのことを学校で広めそうだからそれは阻止するために全力で釘を指したけど、大丈夫だろうか。

 疑問や不安が残る中、俺と剣持は楸と別れ、2人で久しぶりに一緒に帰ることになった。俺は付き合えたことで舞い上がっていたせいで、ずっと聞きたかったのに忘れていたことを思い出して尋ねた。


「そういえば……剣持、ボディーガードはやめんの?」

「……私がボディーガードをしないと、お前不幸発動して怪我が絶えなくなるじゃないか」

「…………仰る通りです」


 マジで不幸体質が憎らしいわ。でも、これでボディーガード問題は解決だな、よかったぁ。一安心したところで、俺はふと思ったことを口にする。


「いやー、でも剣持もびびったりするんだな」

「……お前、私を何だと思っているんだ」

「クールで何事にも動じない鉄人」

「………愛が重くてドジなお前よりマシだ」

「いや、すげぇ顔してるし、めっちゃディスってくるじゃん。ごめんって。ちゃんと可愛いと思ってるって」


 そう正直に思っていることを伝えると、剣持は拗ねた顔で返す。


「可愛いと言えばいいと思っているのが腹立つ」

「思ってねぇよ。なぁ、機嫌直せって」

「機嫌を直せと言うなら、それなりの何かをすることだな」

「お前なぁ…………しゃーねー、何がいい? いつものクリームパン?」


 あ、でも、クリームパンの店、この時間閉まってるか。やべぇ、どうしよう。そんなこと思っていると剣持が少し考え込んでから顔を上げた。


「…………いや、それよりもっといいものだ」


 いたずらっ子のような顔をした剣持を見て、「え、何?」と言うよりも早く彼女の顔が目の前に来て、唇に柔らかいものが一瞬触れてすぐ離れる。


「………………へっ?」


 ………………い、今のって……き、き……っ!?


「……ぷっ、変な顔だな」


 一瞬固まって、徐々に何をされたかを理解して顔を真っ赤にしている俺を見て、悪戯を成功させて嬉しいというような顔をする彼女。俺、めっちゃ翻弄されてるじゃん。


「あ、でもクリームパンももらう」


 その上、尻に敷かれてるな、うん。なんて思っていたのが顔に出ていたらしく、剣持が不機嫌そうな顔をする。


「なんだその文句ありげな顔は……」

「文句じゃねぇよ。ほんとクリームパン好きだなーって思ってさ。でも店閉まってるし……家にあったかな?」

「明日でいいぞ。今日の分と明日の分の報酬ということでクリームパン2つで頼む」

「恋人になってもボディーガード代取る気かよ!?」

「クリームパンをもらえなくなるのは嫌だなと」

「俺よりクリームパンですか…………」

「違う。ちゃんと西園寺のこと、その、す、好き……だけど、クリームパンは別だ」


 こいつ、ほんとに俺のこと好きなのか?と疑いたくなる時もあるけど、顔を真っ赤にして真っ直ぐに想いを伝えてくれるのも確かで、剣持のそういうところも含めて愛おしく感じてしまう程彼女に惚れた俺の負けなんだろうなと思う。


「……お、おい、結局、クリームパンはいいのか? いいって言ってくれ……」


 俺が何も返事しないでいることに不安を感じたのか、あわあわしている剣持。どんだけクリームパン食べたいんだよお前。あー、ほんと可愛くて愛おしい奴。その可愛さに免じて、クリームパン用意しておいてやるか。

 俺は剣持の手を取り指を絡めて、その手の甲に優しく口付けてから微笑んで答えた。



「……ったく、しゃーねぇな。仰せのままに、俺のボディーガード様!」



 Fin.

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