23.言われたくなかった言葉 ~side 凛~

 西園寺が大事な話があると言うから変に緊張していた。それが部活の先輩にも分かるほど私はそわそわしていたらしい。5時半までの部活だったが、メニューを終えた人から帰宅していいとのことだったので私は早々に終わらせて15分早く部活を終えた。


 でもそれが間違いだった。


 屋上にいないかもしれないと教室を覗こうとした時、西園寺が誰かと話している声が聞こえてきた。教室には入れる雰囲気ではなくそのまま二人の会話を盗み聞きする形になってしまう。

 しばらく話を聞いてしまってから急に出てきては困るなと思いちらっと覗いた、その時だった。


 …………………………え?


 目の前の光景が信じられなかった。嘘であればいいと思った。不動院さんの後ろ姿に重なった西園寺の顔しか見れなかったけれど、明らかに2人はキスをしていた。それをこれ以上見ていたくなくて、その場を後にした。

 気が付くと、家の前に辿り着いていた。何かしていないともやもやした気持ちが消えない気がした私は急いで部屋に戻ってベッドに倒れ込む。


 西園寺が不動院さんのことを恋愛対象として見ていないことは知っている。だからあの行動は不動院さんの独断だろう。頭ではそうだと分かっているのに、キスの事実が自分の胸をこんなにも締め付けている。

 特別な友人だと思っていたけど、きっと友人にはこんな気持ちは抱かない。


 私、西園寺のこと…………。


 友達としてではなく、異性として彼に好意を寄せていると考えたら納得がいく。とその時、丁度携帯の着信音が鳴り響いた。画面に表示された名前は今想い人だと認識したばかりのあいつで、起き上がってすぐに電話に出る。できるだけ平常心で話していたつもりなのに、少しの変化に気づかれてしまう。西園寺になんでもないと伝えると、安心したような声色が返ってくる。その後すぐに真剣な声色で名前を呼ばれた。


『剣持』

「……なんだ?」

『授業中指文字したの覚えてる?』

「……あ、ああ。あれか。あーいうのは本当に良くない。からかっ……」


 からかってすることじゃない、と言おうとしたその時、被せるように西園寺が言葉を発した。


『あれは、ちゃんと好きな奴に向けて書いたから、からかってねぇよ』

「…………………」

『…………………あー、明日、そのー、えっと、続き?話すから。だから、ちゃんと来いよ。じゃあな』


 そう言い残されてぷつっと電話が切れた。

 言われた言葉が頭の中で反響する。期待と嬉しさと恥ずかしさが混じった感情が溢れて、顔に熱が集中するのがわかる。


 あんなこと言われてしまったら期待してしまうじゃないか。西園寺がそういう意味の「好き」だと言ったんじゃないかと自惚れてしまうじゃないか。でも、期待しているだけじゃいけない。


 だから、明日、私も伝えるんだ、西園寺に「好き」だと。


 そう意気込んで早めに寝て、翌朝いつも通りの時間に起きて準備して家を出る。しかし、いつもとは少し違う景色で、目の前には高級そうな車が停車していた。車のドアが開き、そこから出てきたのは見たことのある人物だった。


「ごきげんよう、剣持さん」

「……不動院さん。何故ここに?」

「剣持、といえばこの街では貴女の家しかありませんから」


 情報通なのか? まあ、じいちゃんは警官を引退する前は警視総監をやっていたくらいだ、知っていてもおかしくはないか。そう思って私は不動院さんに返事をする。


「そうか。……ここに来たということは私に話があるのだろう?」

「ええ、単刀直入に言いますわ。……カナ様ともうこれ以上関わらないで下さいませ」

「は?」

「貴女がいることでカナ様は私を見てくれないのです」


 なんて自分勝手な人なんだろう。私がその話に応じるとでも思っているのか? そもそも、西園寺はそういう姑息な手段を使う人を嫌うはずだ。


「私のせいにしないでもらいたい。それに昨日だって…………」


 そう告げた後に、私ははっとして口をつぐんだ。たまたまとはいえ、昨日盗み聞きしていたことがバレてしまうじゃないか。しかし、不動院さんは驚く様子もなくとても冷静に返答してくる。


「見ていたのですか? …………結果は変わりませんでしたわ、カナ様が好きなのは私ではないのですから」

「……なら、私が西園寺と関わっていようが関係ないと思うのだが」

「いいえ、関係ありますわ。彼は世界に名を馳せる西園寺グループの御曹司、剣持さんのような一般人とは住む世界が違うんですの」

「……だから何だ? 私はそんなこと気にしない」


 思ったことをそのまま不動院さんに伝えるが、彼女は考えを変える気はなく、むしろ勝ち誇ったような顔を向けてくる。


「あら、剣持さんがよくてもカナ様はどうなのでしょう? カナ様は有名人……。貴女がカナ様を守りきれなかった時、ボディーガードが未経験のド素人で一般人だなんて言われかねません。そうなった時、優しいカナ様のことです、貴女に誹謗中傷されないように守るでしょう。貴女がそばにいることがカナ様の重荷になるんです。私なら、絶対にそんなことさせませんわ。言う通りにして頂けますわよね?」


 彼女の言い分は最もだ。私は剣道2段とはいえボディーガードの経験はまるでない。

 不動院さんは令嬢、私に比べたら西園寺に釣り合うし、西園寺の重荷になるようなことは絶対にならない。

 西園寺がお坊ちゃんなのも、優しすぎるのも知っている。だから、もしそうなっても「気にすんな」って笑ってくれるだろう。

 だけど私は、あいつの負担になりたくない。大丈夫、まだ、引き返せる。クラスメイトに戻るなら今しかないだろうから。


「…………分かった」


 私が不動院さんの目を真っ直ぐ見つめて告げると、不動院さんは満足気に笑って車に戻っていった。

 胸に少し痛みを感じながら私は不動院さんの乗った車を見送った後いつもより少し遅く学校に着くと、西園寺はもう既に教室にいた。


「剣持、おはよ。あのさ、部活前に少しだけ時間取れねぇか?」


 明らかに緊張している西園寺を見て、私はこれから自分がすることに胸を痛めながら、できるだけいつもの口調を意識して返事する。

 放課後、屋上で話すことになった。授業は気を紛らわすのに丁度よくて、いつも通りに受けられた。けれど休み時間が来る度に緊張と苦しさが込み上げていた。

 放課後になってお互い何も話さないまま屋上に向かった。先に口を開いたのは西園寺だった。


「……剣持、昨日の話の、続きなんだけど」

「…………うん」

「……可愛いって思うのも、一緒にいて心地いいって思うのもお前だけなんだ」


 彼はそこまで言って1度深呼吸をした後、続きを紡いだ。


「俺、剣持のことが……」

「ごめん……」


 しかし、私は彼が最後まで言う前に少し俯いて口を開いた。


「……お前の気持ちには答えられない」


 彼の気持ちが嬉しいのに、本当は彼の望む答えをしたいのに、反して思ってもいない言葉を口に出す。


「そ、そっか……。部活あるだろ?話聞いてくれてありがとな。あー、えっと今日は先に帰るからボディーガードはいいよ」


 無理して笑顔を貼り付ける西園寺を見て、まだ言っていないことを口に出すのが躊躇われたが、ここまで来たらもう言うしかない。

 西園寺のためなんだ。私は、西園寺の足枷にはなりたくないから。


「……そのことなんだが、お前のボディーガードも辞める」


 真っ直ぐ西園寺の顔を見て言うと、彼に困惑と衝撃に満ちた顔を向けられる。


「今、何つった?」

「……だから、ボディーガードを辞める」

「は? いや、何で? それは続けろよ、俺なら大丈…………」

「……っ、そういう問題じゃない! お前は御曹司なんだから、私みたいな一般人といるのは迷惑になるだろう?」


 そう言い放ってから顔を上げて西園寺の顔を見た私は驚いて固まった。


「お前にだけは……その言葉、言われたくなかった」


 酷く傷ついた顔でそう言って私の真横を通って屋上を去ろうとする西園寺を見て、ばっと振り返る。

 待ってくれ、など私に言う資格なんてない。そう思って喉まで出かかった言葉を飲み込んで、彼が屋上を出ていくのを見送る。彼の最後のあの言葉が頭に残って離れない。


「……っ、私だって、言いたくなかったよ……」


 誰にも届かずに行き場を失った言葉は、一筋の涙となって頬を伝う。


 今日、私の短い初恋は終わりを告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る