14.いつも通りの君でいて ~side 凛~

 稽古が終わり、私は西園寺に着替えたら玄関で待っているように伝えて、自分の部屋に戻ろうとした時、名前を呼ばれる。振り返れば母がニマニマとした顔をして西園寺のことについて聞いてきた。じいちゃんも母さんもどうしてか西園寺が彼氏だと思い込んでいる。母さんに至っては付き合っていないと言ったら残念がられた。意味が分からない。


 それから母は、私に紙袋を渡してきて、これを着ろと言ってきた。紙袋を受け取って中を見るとレースの付いた白いワンピースに、白いパンプス、そのコーデに合う鞄が入っていた。

 ま、待て。これ母さんの服? 自分の服があるから、母さんの服は必要がない。しかも、こんなの私に似合うわけがないのに……。と反論しようとしたが、「待たせてるんだから早くしなさい」と言われてしまい、仕方なく用意された服に袖を通した。髪型にも文句を言われ、母のなすがままにされた。


 その後、玄関に向かって西園寺と合流する。似合わないと言われると思って少し嫌だったが、可愛いと言われて安心した。そのことを伝えたらドアに頭をぶつけていたが、大丈夫だろうか?


 それから家を出て、スイーツのお店でケーキを堪能した。どれも美味しかったが、やはり噂のロールケーキは本当に絶品だった。また食べに来るか。


 店を出てから足に軽い痛みを感じていると、少し元気のなさそうな声が隣から聞こえてくる。


「なぁ、ごめん。お茶買ってきていい? 口の中ヤバい」

「お前そんなに食べてないじゃないか。……分かった、ここで待ってるから早く買ってこい」


 あいつ、チーズケーキ1つと他のケーキ1口ずつしか食べていないのに、だめなのか。というか、さっきから足が痛いな。

 足を見ると靴擦れになって、血が滲んでいた。慣れない靴は履くものじゃないな。絆創膏は持っていないし、西園寺に気付かれずに家まで帰ることができればいいが。


 それから待つこと10分。

 流石に遅くないか? 近くの自販機で買えば、5分もかからないで戻ってこれると思うんだが、まさか、あいつ不幸発動してるんじゃ……。ついて行くべきだった気がしてきた。


 と思っていると、突然声をかけられる。


「お姉さん、こんなとこで1人? 俺と遊ばない?」


 ナンパか、面倒だな。無視をしようとしたが、あまりにもしつこいので男を少し睨みながら答える。


「人を待っているから他を当たってくれ」


 しかし、男が諦める様子はなく、しつこく口説いてくる。


「お姉さん、いいじゃん。俺と遊ぼー」

「だから、私はここで人を待っているから行かないと言っているだろう」


 今すぐにでも距離感が近いこの気持ち悪い男を成敗してやりたいところだが、スカートだし、何よりも足が痛くてそれもできない。どうにかして言葉で諦めてもらうしかないのだ。なのに、男の方も下がる気がないらしい。


「でも来てねぇんだろ? 大丈夫だって。こんな可愛い子ほっとくなんてそいつがおかしいよ」


 そこまでで一旦言葉を切り、1歩近づいて私の耳元で囁くように続けた。


「ね? 俺と遊ぼ?」


 不快感から逃れたくて1歩下がった瞬間、足に鋭い痛みが走った。


 いった……。もう諦める気がなさそうだし、足の痛みを我慢してこいつに蹴りでも入れるか。と思ったその時。


「……凛!」


 聞き慣れた声で初めて呼ばれた呼び方に驚いて、顔を声の方に向けると、西園寺がこちらに向かってきていた。


「あ、さい……」

「待たせて悪い。自販機のお茶全部売り切れててコンビニまで行ってた」


 そう言って西園寺は男の方を向きながら、私の肩に手を回して軽く抱き寄せる。


「俺の彼女になんか用ですか?」


 …………え? 彼女? 驚いて固まっていると、男が口を開いた。


「……え、あ、いや…………な、なんだよ、お姉さん、こんなかっこいい彼氏いるなら言ってくれたらよかったのに! あ、あはは……」


 そう言って男は立ち去ったが、私はそれどころじゃなかった。


 助けるためとはいえ、いきなり彼女だなどと言われるし、抱き寄せられるし、ドキッとしてしまったじゃないか。何よりも名前だ。……「凛」って呼んだ、よな?


 そう思ってちらっと西園寺に視線を向けると、先程まで男を睨みつけていた彼がこちらを向く。


「剣持、大丈夫? 何もされてねぇ?」

「……あ、ああ。平気だ」

「よかったー……」


 剣持呼びに戻っている。さっきのは聞き間違えだったのだろうか。いや、「彼女」としての私だったからそう呼んだのかもしれないな。……って、何で私は少し残念がっているんだ。別に普段の呼び方で構わないだろう。訳が分からない。


 自分の気持ちにハテナを浮かべていると、西園寺が離れて私の前に背中を向けてしゃがんだ。


「帰んぞ」

「…………え?」


 これは背中に乗っておぶられろということだろうか、と思っていると西園寺が私の足を指差しながら言う。


「足、慣れないヒール履くから靴擦れして痛いんじゃねぇの? でなきゃお前がナンパ男追い払えない訳がねぇ」

「……っ、べ、別に平気だ。というか、私をおんぶできるのか?」

「女の子一人くらいおぶれるっての、ほら」


 女の子……。他の人とは違う扱いをしてくる彼に戸惑ってしまって、私の胸がドキドキと少し早めに鼓動を打つ。申し訳ない気持ちが大きかったが、足の痛みも増していく一方なので西園寺におぶってもらうことにした。

 帰り道、西園寺が少し不機嫌そうな声で私の名前を呼んだ。


「剣持、今後そういう格好禁止な」

「は? 何でお前に禁止されなきゃならないんだ?」

「やっぱりいつものがいいなって思ったから」


 その言葉を聞いて、胸にズキンッと微かな痛みが走った。


 やはりこの格好、似合っていなかったのか? 多分、そうなんだろうな。西園寺に可愛いって言われて嬉しかったのにな。

 ……? いや、普通、友達にこんな感情を抱くのか?あー、そうか。友達でも、私にとってはこんなに一緒にいる友達はいなかったからな。きっとそういうことだ。


 その日、段々と大きくなる西園寺に対する自分の気持ちが特別で、西園寺が他の人とは違って特別な友達なんだと自覚した。

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