18.恋愛成就確率0% ~side 凛~
あの日から、どうも私はおかしい。
担任から風邪を引いて休んだ西園寺に授業のプリントやお便りを持っていくように頼まれて彼の家に行った。坊ちゃんというだけあってとんでもない豪邸で、黒澤さんという執事がいた。自己紹介をしてプリントだけ渡して帰ろうと思ったら黒澤さんに止められた。
「大変申し訳ないのですが、今から買い出しに行かねばならず、要さまがお一人になるので、ご都合がよろしければ、戻るまで要さまに付いて頂けませんか?」
「……え、あー……はい」
そう安請け合いをするんじゃなかった。そしたら、額にキスされて「好き」などと言われることもなかったんだ。
そしたら、こんなにあいつのことばかり考えて悩むことだってなかった。
西園寺が私にとって特別な友人であることは変わらないはずなのに、あの「好き」とキスが向けられるはずだった相手が気になって、訳の分からない胸の痛みを感じることもなかった。
あの出来事が今も頭から離れなくて困っている。
その後、完治した西園寺が登校して、あのことを話した時に、勘違いするからあーいうことは好きな人にちゃんとやれ、と伝えたのに。
「勘違い、しろよ」
「…………え?」
「だって、俺の好きな子は…………」
言葉の続きは予鈴が邪魔をして聞くことはできなかったが、あまりにも西園寺が真剣な顔で真っ直ぐに見つめてくるものだから、平然としているような態度で聞き返したが、内心ドキッとしてしまった。あの言葉の続きを帰りに伝えると言われて、ふとした時にその事ばかり考えてしまうくらいには私はおかしくなっている。
落ち着かない気分で西園寺と一緒に校門をくぐった時、いきなり知らない女の子が西園寺に声をかけ、西園寺の許嫁と言い出して私も訳が分からなくなった。少し冷静になってみれば、彼は坊ちゃんなのだから許嫁がいてもおかしくはないと思い至ったが、私はとてももやもやした気分になっていた。
「もしかして、ユリ?」
その上、その女の子__不動院さんのことを思い出したらしい西園寺が彼女を親しげな呼び名で呼んだのを聞いて、何故か胸にツキリと痛みを感じる。
やっぱりどこかおかしくなったのか? 病気か? などと考えていると不動院さんが私に気づいたようで、彼女に声をかけられる。
「あなたは?」
「……剣持凛だ」
自己紹介すると、不動院さんは品定めするかのようにじっと見つめ、問いかけてくる。
「カナ様とは…………?」
「あー、ただの友人だ」
クラスメイトでよく一緒にいる、が付くが。
「友人にしては近い気もしますが……」
「西園寺のボディーガードをしているだけで、友人以上の感情はない」
いや、友人以上ではあるか、少し特別な友人なのだから。
「あら、そうなんですの? てっきり私、カナ様と剣持さんは……」
「違う。…………私、好きな人がいるから」
……………………ん? 好きな人?
これは流石にまずい。すっと自然に出た言葉に驚きつつも「好きな人がいる」という嘘を言ってしまったことをすぐに訂正しようと口を開くが、不動院さんに先を越される。
「あら、それは安心しました、これでカナ様に遠慮なく愛を伝えて好きになってもらえますわ」
「いや、俺、好きな人いるし」
彼に好きな人がいることは知っていたはずなのに、いざ彼の口から聞くとそれが真実なのだと突きつけられる。
……って、いや、そうじゃないだろ。西園寺の好きな人に興味ないし、私には関係ないだろう。そうだ、関係ない。特別な友人というだけで、彼が誰を好きでいたとしても別に気にする必要はないんだ。
なのに、何でこんなにも気になってしまうんだろう。
そう思ってふと西園寺の方に目を向ける。
「では、新しい恋をするならば、カナ様の恋人に立候補させて下さいませ」
「何でそういうことになるんだよ!? てか、やめろよ!」
「照れなくてもよいではありませんか。私とカナ様は永遠の愛を誓うのですから」
「いや、承諾してねぇんだけど!? ユリ、マジで近いから離れろ!」
不動院さんが西園寺に腕を回して抱きついている姿が目に入って心がざわつく。もうこれ以上この2人がイチャついているのは見ていたくなくて私は嘘をついた。
「…………あのー、すまない。先に帰っていいだろうか? 今母からLIMEが来ておつかいを頼まれてしまった」
「え、あ、ああ。分かった。また明日な、剣持」
「…………ああ」
西園寺の顔を見ることなく、不動院さんに軽く会釈をしてその場から立ち去った。
久しぶりの一人の帰り道、ずっともやもやとした感情が心から離れることはなかった。
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